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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
262/630

18.砂の薔薇/その頃の島の館 ~ドラゴン襟巻~

 

 岩の中に掘られた門がそびえ立っていた。

 その下部に削り出された円筒状の石柱の隙間を潜り抜けると、街があった。

 驚いたことに、シアンの冒険者証はここでも効力を発揮した。グリフォンを連れた翼の冒険者の名前がこんな所にまで届いていたのだ。

 身分証を見せると、門番が冒険者ギルドから聞いていると、ティオも快く入れてくれた。

 香辛料を中心に交易が行われ、多くの物品が集まって来るのだとセーフティエリアでこの街を教えてくれた商人たちは言っていた。

 息をするのも難しいほどの暑さから一転、街には木陰があり、水路によってふんだんにある水が安価で売られていた。

 ジャスミンの香り漂う異国情緒溢れる街だ。

「こんな岩の狭間に街を作ったのは砂嵐を防ぐためなんです」

 検閲所の役人はシアンに身分証を返しながらそう言う。

 砂はどんな所にでも入り込み、被害をもたらすのだと言う。風もまた全てをなぎ倒し、時に建物さえも破壊するそうだ。

「ここはいくつかの交易路が交差してできた名もなき街、砂漠の薔薇。正しく砂漠に咲き誇る富と豊かな水の街です。高名な翼の冒険者の来訪を歓迎しますよ」

『高度な技術によって水路を引き、貯水槽やダムを作り、豊富な水がある街だ』

 オアシスは化石帯水層で潤っているところもある。長い年月をかけて地層に蓄えられた水が浸透性の砂岩の厚い層から地上へ水が湧き出ている。

 ところが、この街は遠く離れた山の水源から水路を築いた。そして、街の周辺に何十もの貯水施設を築いた。水は高い所から低い所へ流れる。その習性を利用して、水路にはち密な計算によって緩やかな勾配が付けられた。

『この地方の地形では鉄砲水のような洪水が起きるため、水を逃す隧道を作った』

 重晶石もしくは石膏でできた砂漠の薔薇という薔薇の形の石がある。

 幾重にも重なった花びらが円形を成す様が薔薇に似ているからつけられた。

 これはオアシスの水が地中の深い場所に潜り込み、硫酸カルシウムや硫酸バリウムを吸い上げる。そして、そのオアシスの水が干上がる際に硫酸カルシウムや硫酸バリウムが析出して結成が生成される。この時、花びらのような形、あたかも薔薇のようになる。

 水と大地と太陽が作り出した、砂漠の潤いが結晶化したものである。

 そこから、「砂漠の潤い」という意味を込めて、この街は「砂漠の薔薇」と呼ばれるようになったのだそうだ。

 砂漠の薔薇は三万人が暮らす大都市である。

 ゼナイド国都エディスに匹敵する。ゼナイドは寒冷地帯にある国だが、長らく一角獣の放つ魔力によって夏は温暖で豊かな土地へと変化していた。

 それと同じことを人の英知が可能にしたのだ。

 計算しつくされた水道工事がなされ、プロテアやバニステリアといったヤシやつる性の植物が植えられ、商隊が運んできたジャスミンがあちこちで芳香を放ち、また、茶にして飲まれた。

 砂漠の中の豊富な物資が集まる街。正しく砂漠の中に咲く薔薇である。

 冒険者ギルドへ寄ってシアンがログアウトしていた時に幻獣たちが狩った獲物の素材の一部を売却する。残りは鸞とユエへの土産に仕舞ってある。

 そう言えば、エークがお土産をねだっていたので、他の幻獣たちにも何か見繕っていこうと考える。

 門番に通達してくれていた冒険者ギルドは、大量に持ち込まれた獲物に大仰に驚くことなく、掲示板に張り出されていた討伐依頼を引き揚げ、素材の料金とともに討伐報酬を払ってくれる。

 鹿のように引き締まった体つきの魔獣は種類によって立派な角がそれぞれ形が異なる。

 その他、種類がだぶついたネズミ、トカゲ、カメレオンに似た魔獣が次々とマジックバッグから出される。

 中には、体に羽毛が生え、翼と鶏冠、そして蛇の尾を持つ魔獣もあった。その眼差しから発せられる毒は即死するほどのものであるという。体が石化し致死する。

『この魔獣はここいら一帯のボスクラスですよ。素材は売らないでおいて、討伐証明の部位だけ提示すれば良いのでは?』

 九尾の助言通りにすると、惜しまれたものの、しつこく食い下がられることはなかった。

 受付の老爺が何かと話しかけてくるので、シアンはこの地方で最もよく使われる言語を習得することにした。スキルポイントは有り余っているので、気軽なものだ。

「この魔獣は鶏を嫌い、その毒はイタチに効かないと聞く」

 そう言いながら、シアンの肩に陣取るリムに視線が向く。

 オコジョはイタチ科である。

「その白いので陽光を反射させて目眩ましをして、グリフォンで襲わせるのかね」

 言われてみれば、白いものは陽光を反射するので目に眩しい。

 曖昧に笑って流しておいたが、ティオは恐らく一撃で軽々と屠ったに違いない。

 受付の老爺は買取りの査定を待つ間、砂漠での過ごし方について様々に注意喚起する。軽装のシアンがよほど危なっかしいのだろうか。

 旅装などの他、旅の必需品を揃えることができる店や大型テイムモンスターを預けることができる厩舎を備えた宿などを教えてくれた。

 この街に来ると、途端に眠りにつく者が多いのだそうだ。

「その眠気に抗って無理をしようとしてはいかん。眠りたい時はしっかり睡眠をとることじゃ」

『体の休息というよりも、脳の温度を下げようとし、冷却のために睡眠を欲しているからだね』

 そういうものなのか、とシアンは頷いておいた。

 老爺は続ける。

 気温よりも砂の温度の方が高い。外気温よりも人肌の方が低いため、肌を寄せ合わせると涼が取れると語る。

 砂漠は新しい発見に満ちていた。

『他のも襟巻になるんだね!』

 リムの言葉に苦笑する。

 外気温が体温よりも高いから生じる現象だ。リムの毛並みは暑さに合わせて冷涼さをもたらしてくれるので、実情は異なる。

 様々に教えてくれた受付に礼を言って、外に出た。

「さて、この街には闇の神殿はないと言っていたけれど、どうかな?」

 独り言を言う風を装いながら、視線を風の精霊にやって問うた。

『ここにはないね』

 それでは致し方がない。

 念のため、風の神殿と大地の神殿へ転移陣登録を済ませておく。

 闇の神殿があれば、一旦、島へ戻ることも可能であるものの、この街で宿を取ることにした。

 他の属性の神殿を使って他の街を経由すれば島へ戻られるが、折角なのでこの街で一泊することにする。

 行き交う者は頭や体に布を巻き付けている。狭い路地も多く、広めの通りには物売りが並び、どこも混雑している。気配を薄めているティオがすぐ傍を通るとぎょっとする者もいる。

『わあ、見て! 太鼓がいっぱい!』

 神殿へ赴く途中の道すがら、民家の壁に太鼓が幾つも紐で吊り下げられているのを見た。

『大地の民が用いる太鼓だね』

「大地の民?」

『そう。大地の精霊を祀る民のことだよ。大地に感謝し、大地と共に暮らす』

 大地の神を崇める者は大地の神殿に赴いて祈りを捧げ、大地の精霊を敬う者は大地の息吹が感じられる場所に住み、精霊の姿を見たり、言葉を聞いたり、また言葉を献じる者に従うのだそうだ。

 そんな説明を受けながら、この街で使用できる貨幣を手に入れたシアンは、日差し除けの布をはためかせる店々で砂漠を旅する旅装や道具、香辛料に果物、野菜、薬草などを買い込んでいく。

 香辛料の効いた串焼きの肉があちこちで売られていたので、十四本ずつ行く先々で買い求めて食べ比べをする。十本はティオ、残りは一本ずつで、風の精霊にも渡した。

 尋ねると串焼きに用いられた肉を教えてくれ、それも購入して置く。同じくこの街で手に入れた香辛料を使って、なるべく近い味を再現してわんわん三兄弟やその他の幻獣たちへの土産にしようと決める。

 彼らはそうやって屋台を巡ることで夕食を済ませた。

 神殿では雷の鳥や雨鳥の伝説を聞いた。

 雷鳥は巨大な鳥で、雷の化身と言われている。

 雨鳥は一本しか足がない鳥で、これに雨乞いをした。群れが一本足で跳ね躍れば大雨が降ると言われている。

 雷は雨を伴うことが多くあり、雨同様この地方では重要な役割を持つのだろう。

 街を観光しているうちに日が沈んだ。

 夕方になるにつれ増えだした星は夜の闇に包まれた後、満天に広がった。

 どこか癖の強い甘い香りがたゆたう江灯こうとうの巷では煌々と灯りが灯り、闇に沈む町の一角を彩った。

 宿を取って早々にログアウトしたシアンにはあずかり知らぬことではあった。

『やれやれ、シアンちゃんは品行方正というか、まあ、あっちの世界でも忙しくてそれどころじゃないのでしょうがねえ』

 香辛料の効いた食事を楽しんだ幻獣たちもまた厩舎で丸くなり、そのうちの一匹が呟いた。



 ユエは酷い嵐が去った後、魔晶石の採れる洞窟を心配し、様子を見に行くことにした。

 一角獣はその護衛に同行した。

『入り口は木の葉や木の枝が散乱していたけれど、内部は全く損害はなかった』

 帰って来たユエはそう報告した。

『シアンは? まだ眠っているの?』

 帰路の途中から気配が感じ取れなくて不安になった一角獣が鸞に尋ねる。

『風の精霊王が炎の精霊王の下へ行くと言うのに同行した』

 起きてすぐに出かけて行ったと聞き、非常に残念がった。

 危険だからと留守番を言い渡された鸞や麒麟、わんわん三兄弟、カランはともかく、一角獣はシアンの一番槍を自負している。

 さて、どう諌めようかと思案を巡らせていると、日課の島の見回りに出てくると言う。

『よもや、シアンたちの後を追うのではあるまいな?』

 出ていって大分経つが、一角獣の特技、突進を繰り返せば追い付けるかもしれない。しかし、それを何度も行えば、消耗は大きいだろう。

『ううん。追いかけないよ。シアンにはティオやリムがついているんでしょう? 我は残って他の幻獣たちを守る』

 鸞は感心した。

 思い込んだら一直線である一角獣はだからこそ、その特性を活かして突進と言う武器を手に入れたのである。それが我慢することや、自分の役割を自覚し、それが武力を持たない者を守るというのだ。

 実際には有能な家令がいるため、必要がないといえばそうだった。

 ただ、一角獣が我欲を抑えて他者のためにしようとする姿勢が素晴らしいと思った。

 残った幻獣たちはそれぞれがそれぞれのできることをした。

 一角獣は島の見回りと館の幻獣たちを守り、ユエはフラッシュと工房に籠り、ユルクは嵐の後、様々なものが打ち上げられた浜辺の確認、麒麟はカラムの農場を見に行った。自分が育てるモモだけでなく、他の農作物に被害が出ていないか心配してのことだ。

 わんわん三兄弟はセバスチャンの足元をうろつく。

 鸞は幻獣のしもべ団たちへの助言の傍ら、マティアスが用いた非人型異類を操作する薬草の育つ環境からその分布地や流通を、そして薬効についても改めて調べた。薬草の流通については幻獣のしもべ団が現地で直接行うので、そちらの相談も直接幻獣のしもべ団と行った。

 同時に、島で採取した薬草の研究も行う。

 そんな折、ふらりと研究室に姿を現したカランに珍しいこともあるものだと思った。所在なげに研究室の器材や素材を眺める姿に、怒れる精霊王が他属性の精霊王の元へ向かうのに同行したシアンのことを心配しているのだろう、と得心が行く。

『忙しそうな所を悪かったにゃ』

 鸞が察したことに気づいてばつが悪い表情を浮かべる。

『いや。カランはユエの物づくりに助言をしてやったことがあるだろう。どうだろう。吾の研究でも何か気づいたことがあれば言ってほしい』

 否定して見せたものの、話の接ぎ穂を探していた鸞はそう言ううちに自分でもその気になって来た。

 カランはこの島に来る前は人の世を彷徨っていたらしく、九尾とは少し違った視点で人の世に詳しい。一歩引いたところからシアンを含めた館の幻獣たちのことをよく見ている。

 まだ完全に胸襟を開いている風ではないが、可愛い研究会で壇上に立つなど、遊び心がないでもない。

『いやあ、シェンシの研究は難しくて俺にはよく分からないにゃ』

 言いつつ、物珍し気にあちこち覗き込む。

 その様子がリムやユエのようで、鸞はいそいそと近づき、説明してやる。

 鬱陶しがる素振りは見せず、頷きながら聞いていたカランが尋ねる。

『俺は薬に関しては難しいことは知らにゃいが、植物ばかりを加工するものなのかにゃ?』

『いいや、動物の素材を用いることもある。しかし、植物と動物のそれぞれの素材をうまく折り合いをつけてやらねば、薬効がないどころか、人の身には害になることが多い』

 そうなのか、と頷くカランが言った。

『そうなのにゃね。じゃあ、石とかは使わないのかにゃ? ユエが見つけて来た魔晶石、あれは貴重なものなんだろう? でも、この島には大量にあるんだにゃ?』

 鸞は雷に打たれたように立ち尽くした。

 そうだ。

 カランの言う通り、鉱物からも様々な成分を得ることができる。

 確か、古の技術として伝わっていた。鸞はそういった記述を見たことがあった。

 山のミネラルが河を伝って海に流れ込むことによって、豊富な生態系を支えているのだ。つまり、山のミネラルは有益であるものが多いということだ。

 魔力を多く含んだ鉱石ならば、魔晶石という貴重な資源がこの島にある。

 それを用いてみれば、どうなるだろう。

『今朝、ユエは洞窟で大量に魔晶石を持ち帰ったから、頼めば分けてくれるだろうにゃ。その前に、食事を持っていってやってほしいにゃ。あまり根を詰めるのもよくないにゃ。シェンシも一緒に食べてくると良いのにゃ』

 鸞の表情を読み取って、カランがそう言う。

 本当に良く見ている。そして、良く気が付く。

『それもそうだな。休息を取った方が頭の巡りも良くなろう。カラン、お主も一緒に来てくれ。料理を持ち運ぶのを手伝ってくれ』

 カランは何だかんだ言いながら、鸞に付き合って厨房に付いて来た。

 一人では見ることができない視点に立ち、新たな発見をすることができる。

 それがシアンが良く言う分かち合い、新しい視点を得ることなのだなと鸞は噛み締めるのだった。



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