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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
26/630

26.密林の遺跡2

 

 地上に戻り、建物の外に出て、迂回する。

 横手にも別の建物があるが、熱帯の樹木に絡まれている入り口は狭く、ティオは入れなさそうだ。

 先ほどの地下でも魔獣は出なかったし、リムを肩に乗せているから大丈夫かと油断して中を覗き込んだ。

 と、空気を引き裂く雄たけびを上げながら何かが襲ってきた。

 慌てて身をすくめたが、矢のように一直線に飛んできた何かが急に減速して床に落ちた。

 一匹だけでなく、何匹もおり、一斉に飛び掛かってきたのが全て床にぼとぼとと落ちる音がする。

「な、何事?!」

「キュア?」

 不審の声を上げていることこから、リムがしたのではないと知る。ティオはシアンの体が影になって中をうかがい知ることはできない。

『私がやった。息を止めたんだ。血も出ないし肉も吹き飛ばない。綺麗に倒せただろう?』

 シアンの傍らの中空に浮かんだ風の精霊が言う。腕組みをして自分の仕事の結果を観察している。

『人は魔獣の部位を売買するんだろう? 綺麗な状態の方が高く売れる』

「息……ああ、風を操って。そう……」

 酸素供給を止められ、敵対者は気が遠くなったと思ったら死を迎える。風の精霊と対峙した者は不意に倒れ、息の根が止まるのだ。

 初見殺しだ。対策は取れるのだろうか。もはや敵なしではないか。

 ふと、以前、冒険者ギルドで四人組に絡まれた際、風の精霊が息の根を止めてやればよかったと言っていたが、文字通りの意味だったのか。シアンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「地下には魔獣は出なかったから、油断していたよ」

『あの場所は罠があったから、魔獣も入らないんだろうね。あそこを守護していた魔法で作られたゴーレムも既に倒されていたみたいだし』

 そんなものまであったのか、そして、そんなものがあったことが分かるのかとシアンは驚いた。ようやく暗闇に慣れてきて、入り口からの光を元に、四角い室内で床に何かがあるのがぼんやり見えてきた。『そのうち、解体もできるようにしておく』

「英知はいろんなことに好奇心旺盛だね」

 シアンに加護を渡してから人間世界の機微にまでも相当詳しくなった。

『人間は脆弱なせいか色々考えついて面白い。今までは人間を特に意識したこともなかったけど、君に合わせて条件を絞った上で事を成すのも面白い』

「僕が弱いから、面倒なことをさせるね。ごめんね」

 精霊たちには人前では力を使わないように、危険が迫ってもそれと知られないように力を使ってほしいとお願いしている。あまりに強い力を持つと人間の世界では生きにくいのだと説明すると、みんな受け入れてくれた。中には理由がわからない者もいたが、シアンの良いように、と慮ってくれた。

『いいや。君と共にいると新しい発見があって面白い』

『ぼくもシアンと一緒で楽しい!』

 リムは物おじせず、加護を受けていない精霊にも接する。

 逆にティオは大地の精霊以外は少し苦手にしているようだ。

 以前、横寝しているところを、光の精霊にソファ代わりにされて緊張していたので、すぐさま引き離したこともある。面白くなさそうな光の精霊はリムと闇の精霊に任せておいた。

「そういえば、闇の精霊はもう一人他の人型になれるんだよね。大地の精霊もかな」

『そうだね。大地のはともかく、闇のは会わなくてもいいんじゃないかな』

 何かあるらしい。

 こういう時は素直に従っておくことにする。


『シアン、あちらの壁に文字が刻まれている』

 シアンは再び魔法で光球を呼び出し、風の精霊が指さす方を見る。

 風の精霊が言う通り、壁一面に何かが刻まれている。

 床には先ほど風の精霊が仕留めた猿に似た魔獣が横たわっている。大小さまざまで、長い尾を持つ茶色の毛に覆われたものや、手足が長いもの、中には黒い毛に覆われて手足が長く細くて蜘蛛のような姿をしているものまでいた。

『ヤシの葉や動物の皮に文書を残したそうだけど、それは失われているだろうね。壁の碑文は残されていたけど、中央にも塔があって碑文を残したとあるけど、なかったね』

 言われてみれば、中央の広場には台座があったくらいで、何もなかった。

「冒険者の誰かが持ち去ったのかな?」

『もしくは墓荒らしかが。なんにせよ、重要性が分かっていたのかな?』

 シアンにしても、風の精霊に言われなければ、壁に何か刻まれているくらいにしか思わなかっただろう。こちらの世界の文字は読めるが、壁に刻まれたものは模様にしか見えない。

「英知、これ、読める?」

シアンの問いに軽く頷いて、風の精霊が涼やかな声で読み上げた。

『世界は各属性、その精の粋を極めた存在、至高の精霊たちに管理を委ねた。時折思い出したように、気まぐれに何らかの指標を与えた。その指標に沿って、至高の精霊たちは大地を整え、海を作り、動植物を創造した。やがて、多種族が生まれ、それぞれの社会を作った。高度な知能を持ち、文明を築くものもいれば、高知能高身体能力を持つにもかかわらず、個体数が少なく、群れを形成することができなかったものもいた。後者は時に前者を指導し、時に支配し、時に破壊した』

「創世記みたいな世界創造神話かな?」

『うん、でも神話ではなくて事実だよ』

 意外な言葉に驚いて目を見張る。

「そうなの?」

 風の精霊は頷いて碑文に視線を戻す。

『アダレード国では昔、異類がいた。些細な諍いから端を発して異類と人間に溝ができた。それを重く受け止めたある異類が不当に迫害されたと言って、故意に騒乱を引き起こした。魔物の巣に穴を開け、その群れを扇動し、誘導した。人里へ向けて。確かに、異能を持つ異類を、その特異な姿からアダレード国民の多くが忌避した。どこへ行っても冷淡に遇された。だが、それは虐殺を引き起こすほどのことなのか。あまりの感性の違いに、その一件以後、アダレード国は異類排除の機運が高まった。そして、異類はことごとく国外へ追いやられた。騒乱を巻き起こした非人間型異能保持者だけでなく、亜人も、幻獣も魔獣も駆逐された』

 あまりな内容にシアンはしばらく身じろぎすらできなかった。気持ちが落ち着いて来てようよう口を開く。

「これも事実?」

『この国の史実だね。異類による国土破壊によって異類の徹底排除につながる。そののち立て直してある程度回復して、富めるようになったものの、今度はその裕福さから隣国に攻め入られたんだ。疲弊した国土を手に入れても旨味がないから、立て直した直後を狙われたんだね。そののち、先代国王が国土を取り戻した後、融和政策を行った。現在の国王に代替わりした頃、徐々に穏健派異類を迎え入れるようになったんだ』

「それで僕ら異界の眠りを持つ特殊能力保持者も迎え入れてくれたんだね」

『そうするように世界の指標が打ち立てられたからね』

 製作会社の意向、ということか。プレイヤーが冷遇されることのない環境を整えたのだろう。

 大きな出来事を受け入れられずに戸惑っていたが、ようやく現実感が戻って来た。

 ひとつの世界の深淵を覗き込んだかのような心的負担に、知らず疲弊した。


「それにしても、異類というのは色んな種類があるんだね。幻獣や亜人の他、特殊能力保持者、だっけ?」

 スキルを持つプレイヤーも特殊能力保持者のうちの一種に数えられている。

『そうだよ。特殊能力保持者は個体数は少ないけれど、驚異的な存在だとみなされているね。知能が高い非人間型タイプで好戦的なものがこの碑文にある異類に該当するから、アダレード国では特に忌避されているし、おおよその国でもあまりいい印象を持たれていないね』

「意思疎通ができるなら、ティオやリムの様に良い隣人として接することはできないのかな」

『根深いものがあって、拗れに拗れているから、どうだろうか。もともと、セーフティエリアも世界の意向で作るよう精霊に指示があったものだけれど、それも異界という概念から作られたものなんだ』

「異界?」

『そう。人間は自分たちが属する世界の外側を別世界とみなし、異界と呼んだ。異界に住まうものを異類とした』

 つまり、異類とは人間が自分たちの生活の外の世界という認識から生まれたものなのだ。

『異界の観念は「境界」の観念と深く関わっている。「境界」の概念は二種ある。セーフティエリア、つまり魔獣に襲われない場所との境目という意味と、人間社会とは異質の社会空間との線引きという意味とだ。この後者が異界を指す。人間社会の中でも、橋や坂、峠、辻などの境界の場所は、異界との出入口で、ふとした拍子に別世界へ迷い込んでしまうことがあると考えられているね』

 実際はそんなことはないけれど、と風の精霊は続けた。

「そうなんだ。僕はセーフティエリアはアジールから来ているんだと思っていた」

 風の精霊が片眉を上げてかすかに微笑んだ。

『そうだよ。聖域からきている。聖域であり、避難所でもあり、自由領域でもあるね。紋章陣による境界に区切られた、特殊なエリアのことだ。碑文の内容はそんなものかな』


 碑文のことで風の精霊と話し込んでいる間、リムはつまらなくなったのか、途中で外に飛び出していた。

 シアンは外へ出て二頭を探した。

「ティオ、リム? 待たせてごめんね」

『あちらにいるよ』

 風の精霊が指し示す方へ向かう。

 ふと視界に何かがよぎった気がして顔を動かす。木々の緑とこげ茶色、石の灰色がほとんどの色彩だ。と、その緑色が揺らいだ。

 蛇だ。

 木の枝に鮮やかな緑色の鱗の蛇がその長い体を何重にも巻き付けている。するすると鎌首を持ち上げ、半身ほどもほどき、長く下へ向けてぶら下がる。

 鮮やかな緑色で保護色極まる。音もなく動く様はなめらかで枝を極力揺らさない。その動きは敵に察知されないよう本能に刻み込まれているのか。

 棒を飲んだように突っ立っているシアンに蛇が鎌首をもたげる。

「ウ、ウインドアロー?」

 どもった上に疑問形の詠唱はだが、碧色の軌跡を幾つも作り、過たず蛇に刺さる。肉に突き刺さる鈍い音が十数回聞こえる。振動で枝が折れ、蛇は地面に落下してこと切れた。

「英知、ウインドアローって魔法の風の矢が一本しか飛ばないんじゃないの?」

 驚いて風の精霊を振り仰ぐ。

『いや、レベルが上がると本数や威力、速度が上がる』

「僕の詠唱自体あやふやだったよね?」

 シアンはやや混乱気味だった。

 初の攻撃魔法がとんでもない威力を発揮した。


『シアン、蛇を倒したの?』

『シアン、やっつけたの?』

 ティオとリムが石壁の向こうから姿を現した。

「う、うん。僕、初めて一人で魔法を使って倒したよ」

『そうだったの、おめでとう』

 風の精霊が拍手をする。

『おめでとう!』

『やったね、シアン!』

「あ、ありがとう? なのかな?」

 間違いなく風の精霊の加護のお陰だ。それでも、自分も魔獣を倒せたという実感がじわじわと湧いてきた。素直に笑顔を見せる。

「ティオたちは何をしていたの?」

『魔獣たいじ!』

『終わったよ。数が多いから持ってこれなかった』

 口々に言うリムとティオに連れられて角を曲がると、死屍累々だった。

 トカゲの体を大きくして、顔の先が尖った三角形をした姿をしている。腹は地面に触れそうなほど近く、それを支える腕立て伏せをするような短く曲げた足に長い太い尾、何より特徴的な大きく裂ける口にびっしり生えた鋭い牙だ。

「鰐? 物凄い数だね」

 鰐に似た魔獣が散乱している。ニ十匹はある。

 現実世界では鰐革も蛇革も高級品だった。こちらではどうだろう。

「昨日の冒険者たちから鰐も蛇もとり肉に似た味で、から揚げに調理するのが人気だって聞いたな。そういえば、から揚げは出したことがなかったから、今度そうしてみようか」

『おいしい?』

 シアンの方に上半身を長く伸ばしてリムが小首を傾げる。それに合わせてシアンも首をひねる。

「どうだろうね? リムたちも美味しく食べられたらいいね」

『楽しみにしているね』

 狩った獲物の味を期待する面々を他所に、風の精霊がうっすらと顔をしかめる。

『ここは色々盗り尽くされて、何も残っていなさそうだね』

「でも、こんなに沢山肉が手に入ったし、皮も売れるんじゃないかな?」

 言いつつ、マジックバッグにしまっていく。

「数が多いから、全部の解体を今やるのは難しいね。明日にしようかな」

『もしくは冒険者ギルドに解体の依頼をしたら?』

 シアンの呟きを風の精霊が拾う。

「そうだね。それがいいかな」

『すぐには食べられないの?』

 ティオが残念そうに言う。リムは鰐の頭から尾の先までを行ったり来たりしている。タイヤみたいなおうとつがあるのに器用なものだ。

「ううん、全部は任せないよ、一匹二匹はこっちでやるから」

『ありがとう!』

「ふふ、ティオとリムの戦利品だもんね。早く味見してみたいよね」

 腹にこすり付けてくるのを顔の首筋を撫でる。

『ぼくも楽しみ!』

 リムも声を上げた。



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