12.招待 ~トロピカルジュースとバカンスと~
幻獣のしもべ団は拠点を得たことで、これを機にあちこちに転移陣登録を行うことにした。
幸い、島で得ることができる魔獣の素材はどれも珍重され、高く売ることができた。資金は潤沢だ。
それでも全員をあらゆる方面に転移させるには届かない。いくら金銭や魔力があっても無理だ。
そこで交代要員を含めて各自地域を決めて登録することにした。
これが図に当たった。
その担当地方ごとにチームを組み、誰がどれほど遠くまで転移陣登録できるか、仲間内で競争意識が高まったのだ。達成するために方々の街を目指して歩き、その途中で遭遇する魔獣を倒さなければならない。チームで連携して狩るようになり、結束力も固まった。
カークやリリト、グェンダル、ルノーといった戦闘能力の乏しい者も均等に振り分けられ、戦闘以外で役立っている。カークは戦況把握と指示を行い、ルノーは対象の特徴を掴むのが上手いので相手の弱点や特性を発見するのが早い。両者は戦闘にも十分貢献しているので重宝されていた。
自ら志願して戦闘にも参加したリリトは、異能の隠ぺいを応用して敵の不意を突くことや機先を制することを行うようになった。
転移陣登録の方針を大まかに決めた後、細かい部分では各チームに任せたので、グェンダルなどはそういった場面で活躍している。限られた金銭による限られた登録で、情報や物資を得るのに効率的な登録場所の選択の仕方などは幻獣のしもべ団の中でも随一である。
また、魔獣の素材は幻獣のしもべ団の武器防具に用いられることがあったため、物資の管理でもグェンダルやカーク、ディランといった者が役に立っていた。
彼らの指示の下、オージアスやアーウェルが動く。オージアスなどは冒険者を経験したことがあるので、時に、首脳陣に意見を求められることもあった。
マウロが鷹揚かつ部下を信頼し、その特性を生かそうとしたことが良い結果をもたらした。
島の幻獣たちが全員が戦闘能力が高いのではなく、それぞれが多彩な力を持ってできることをしているのだと聞き、自分たちも、と奮い立ったというのも大きい。
ここにきて、彼らは変化を遂げつつあった。
そうやって行動範囲が広まり、後に神出鬼没の結社、流石は翼の冒険者の支援団体と称されるまでになる。
彼らは並行して寄生虫異類の足取りを掴むこと、そして、黒ローブ引いては貴光教の動向を探ることを行った。
そんな折、幻獣のしもべ団はフラッシュたちパーティメンバーをつれてやって来た。
転移陣を駆使し、馬車や馬、船といった乗り物を駆使し、旅慣れ世情に長けた結社の団員に付き添われ、シアンを除いたどのプレイヤーよりも早く海を渡った。
プレイヤーたちはゼナイド隣国サルマンを経て、その次の国へ移動しているのだそうだ。ザドクやフィルらトッププレイヤーたちはその次の国にすでに入国しているらしく、本来、アレンたちもその辺りにいるはずだった。
しかし、幻獣のしもべ団が声を掛け、島に連れて来たのだ。
幻獣のしもべ団がチーム編成を行い、あちこちに散らばっていたこと、そのチームにエメリナというよく気を配ることができる人間がいたことが幸いした。エメリナはシアンがフラッシュが工房を手放す原因となったことを気に病んでいたことを聞き覚えていた。
実際には数人のしもべ団が聞いており、シアンは後悔していると口にした訳ではない。家主もまた工房を手放すことになった、ということと、新しく手に入れた館に工房があるという情報から、シアンが気に掛けていたのではないかと類推したのだ。
エメリナからその話を聞いたディランもまた賢明だった。シアンならば、そう望むだろうとフラッシュらに声を掛けた。流石に島に連れて行くかどうかの判断を仰ぐために、班の一人を使いに出し、転移陣を用いてすぐさま返答を持ち帰らせた。
シアンからアレンたちが望むなら、連れて来てほしいというものだった。異界人でこちらの世界での活動時間が限られているため、時間短縮を最優先に、との言伝を元に、魔族の商人といった伝手を辿って島へ向かった。
チーム同士の競争から脱落することになるが、ディランは手段と目的を取り違える愚は犯さなかった。
幻獣のしもべ団の頂点からも下知されている。シアンのために、である。
そうしてやって来た島に、アレンたちは驚いた。
「綺麗な場所ね」
「空気が美味い」
「川の水も美味いぞ」
「セーフティエリアが近接していて転移陣もあるんだって?」
「景色も良いな」
キャスはディランたちと同行していたオージアスと話し込んでいた。オージアスは幻獣のしもべ団の前身、はみ出し者集団になる前には冒険者をしており、キャスと同じ密偵職についていた。幻獣のしもべ団が密偵集団である一因でもある。オージアスの経験と知識は大いに役立っている。
オージアスの現役のころと今現在の密偵の違いやスキルのことなど、話は尽きない。
オージアスもまた、密偵職の現役冒険者の話を聞き、昔を懐かしく思い起こしていた。
逆に鸞という知者の幻獣に教わって新しい武器の開発に取り組んでいることを当たり障りない部分を話すと、羨望された。それが心地よかった。
幻獣のしもべ団などぬるま湯につかっているようなもので、彼らのように腕一本で難敵とやり合っているのではない。潤沢な金銭と人脈による安全と生活を保障されている現状だった。それでも、それを羨まれると気分が良かった。
「ステータスを見てみろ、魔力が回復していっている」
「本当だ!」
「どういうこと?」
MPと称される魔力値の減った分が僅かずつ戻っていっている。
「恐らく、魔力溜まりと言われる場所と同じなんだろうな」
「もしかして、この島全体が?」
「シアンは長く滞在しているんだろう?」
「だとしても、属性の違う魔力が回復するってどういうことなの?」
魔力溜まりと呼ばれるものは何らかの世界の粋が結集した場所のことだ。大抵がその地形に影響される特性を持つ。火山では炎、湖では水、風が強く吹く高地では風、といったものである。そして、その属性を強く持つ者の魔力が回復することがある。稀に、火山で炎と大地の属性の魔力が回復するといった現象が起こることがある。
狭い場所に強い力が集まった結果のことである。
その現象が島全体に、しかも複数属性で起きている。
「炎の属性は回復しにくいようだな」
炎の魔法を扱うアレンが顎を撫でる。
心当たりが多大にあるフラッシュは何とも言えない顔つきになる。
そんなことを話すうちに、船着場から館へ到着した。
門扉の前でシアンが出迎える。
「フラッシュさん、皆さんもお久しぶりですね」
肩にリム、傍らにティオ、といういつものメンバーの他に足元に子犬が三匹纏わりついている。
ベイルが目を細め、エドナが歓声を上げる。
女性の高い声に驚いた子犬がシアンの陰に隠れようとするが、一匹が隠れきれずに後ろに転がる姿が愛らしい。
「彼らも幻獣なのか?」
「そうなんです。他にも沢山いるので、紹介しますね」
幻獣好きのベイルが相好を崩す。
エドナは後ろに控える家令に気づき、視線が釘付けになっている。美形好きのお眼鏡にかなう相貌に魂が抜けた風情で眺めている。
「この島は海産物が美味しいんだってな!」
食べることが好きで、五感を刺激するゲームの中で制限なく食べられることに魅力を感じているというダレルが期待の眼差しを向けてくる。
「はい。ユルクという幻獣が水の中の活動を得意としているので、沢山狩って来てくれるんです。後でご馳走しますね」
ダレルが喜びの声を上げる。
とうとう、わんわん三兄弟が驚き飛び上がり、逃げ去ってしまった。ベイルが非難の視線を向け、ダレルがシアンとベイルに謝罪する。
「九尾様は?」
アレンは九尾のファンだ。フラッシュは狂信者だと呼んでいる。
「確か、庭にいました。案内しますね」
シアンの後ろにフラッシュたちが続く。
「すげえ、でかい建物だなあ」
キャスが後頭部で両手を組みながら、視線を彷徨わせる。
「綺麗に整えられた庭だな。それでいて、自然さが損なわれていない」
フラッシュも感心する。
九尾は庭の日当たりの良い所にデッキチェアを置いて、仰向けに寝転び寛いでいた。
ご丁寧に隣に置かれたガーデンテーブルの上には鮮やかな色合いの飲み物が入ったグラスが置かれている。サングラスを掛け、短い脚を組んでいる。
「何、あれ、九尾? すっげえ、超寛いでいるんですけど!」
本当に、何あれ、だ。
フラッシュはそういえば、いつぞや、九尾が海辺でトロピカルジュースを片手にバカンスを楽しみたいと言っていたな、と遠い目をしながら思い返す。
これが聖獣で凶獣、傾国の狐なのだろうか、と頭痛を感じる。
「きゅうちゃん、今日はちょっと寒くない?」
そして、シアンはシアンだった。いつもの通りのずれっぷりである。
転移陣と幾つものセーフティエリアがある植生豊かな島の主になったというシアン、物理的にもアダレードから遠く離れた場所に到達した彼を遠く感じていた。
変わらない彼にどこか安堵すら感じた。
『天気が良いですから、日向ぼっこですよ———ックシュ』
くしゃみをした。
お約束をしっかり外さない狐である。
「風邪をひかないようにね」
「きゅっ……」
馬鹿は何とやらと言う。
暑い最中にひょっと肌寒い日が混じる。
秋の気配が近づいている時分だった。
なお、後に、葉巻という小道具が加わったとか。
フラッシュは案内された工房に目を輝かせた。
「おお、器材も素材も魔石も充実している!」
連れて来たシアンも我がことのように喜んだ。
「気に入っていただけて良かったです」
館を勧められた際、充実した設備の工房、というのが後押しになったのだ。使い手であるフラッシュが気に入るかどうかは重要事項だった。
棚の影からその様子を伺う者がいた。
「うん? 誰かいるのか?」
「ああ、ユエ。紹介しますね、この子は幻獣のユエです。ユエ、彼女はフラッシュさんと言ってね、君と同じ道具作りの名人なんだよ」
「名人なんてほど遠いがね。君がこれのメンテナンスをしてくれていたのか?」
低い台の上にミンサーなどフラッシュが作成した調理道具が乗っていて、調整中、といった風情である。
「そうなんです。ユエは物づくりが得意で、こういった器材の手入れもしてくれているんですよ。ユエ、この調理器具はね、フラッシュさんが作ってくれたんだよ。ティオやリムが扱えるように色々工夫してくれたんだ」
君と一緒だね、と笑いかけると、ようやっと棚の影から出て来た。
「ほう、ここをいじったんだな。強度を上げるためか?」
フラッシュが示して見せた部分に鼻を近づけ、蠢かす。
『そうだよ』
「そうすると、この部分が弱いままでは脆さには変わらんな」
『そこはね、これを使うの』
ぴんと長い耳を立て、ユエが素材を入れた箱の中をかき回す。
「待て待て、そんなに粗略に扱っては折角の素材が台無しになる」
フラッシュがすかさず、手を出す。
仲良く顔を突き合わせてああでもないこうでもないと熱中し始めた二人に微笑み、シアンはSP不足にならないよう料理をテーブルに乗せ、そっと工房を出た。
ユエは初めて物づくりをする仲間を得た。
人間は怖い。
ユエを力ない幻獣だと見て取ると、都合の良いように使い、八つ当たりで怒鳴ったり暴力を振るう。
でも、シアンは違った。
そして、シアンが連れて来たフラッシュという人間はユエと同く物づくりが好きで、話も合うし、スキルという異能でもって、ユエなど考えつかないことをやってのける。その閃きも素晴らしい。
残念ながら、シアンと同じく、この世界にやって来る時間は限られていたが、フラッシュがやって来るのが楽しみになった。
ユエはその他の人間を怖がった。
ベイルは非常に残念そうにしたが、アレンは人を怖がるユエの他、麒麟や鸞といった聖獣の中でも四霊と称される幻獣が集っているのに、あまり人の身で頻繁に接しない方が良いだろうと判断した。
「フラッシュは今までの分を取り戻す勢いで生産作業に没頭しているからな。俺たちとしては、ユエが仲間として容認してくれただけで御の字さ。フラッシュが工房への出入りをするのに限れば良いだろう」
そうシアンに言うアレンもまた、フラッシュと同じく潔い人物だった。相手の事情を慮ることができる懐の深さを感じた。
「君には感謝しているよ。フラッシュと九尾の居所を作ってくれた。フラッシュと九尾が伸び伸び過ごしているのを見ることができて嬉しいよ」
フラッシュはユエとともに、フードプロセッサーを作ってくれた。
幻獣たちがシアンの料理を手伝うことができるように、ユエが野菜の皮むき器を作ったというところから発想したのだという。
荒いみじん切りやピューレを作ることができる。
今まで使用していたミンサーは、肉のミンチ専門としてそのまま用いることにする。
フードプロセッサーのお陰で魚のすり身も簡単に作れるようになったし、何より、幻獣たちが取り扱えるようにミンサーと同じく踏み台を踏むことによって生じる力を利用できる。
ジュースも作れるように今度はジューサーに取り掛かるのだそうだ。フードプロセッサーとは内蔵された刃の形状や大きさを変える必要があるのだとフラッシュとユエがシアンに語ってくれた。随分仲良くなった二人に、シアンは莞爾となって耳を傾ける。
時折、九尾や鸞、カランといった幻獣たちが助言し、必要な素材は一角獣やユルクが狩って来る。
フラッシュにとっても夢のような場所になりつつあるようだった。
そんな最中、あちこちに散った幻獣のしもべ団がNPCパーティの噂を聞きつけ、シアンに報告が上がる。
全てが理想的にとはいかないものなのだな、とふと考えたシアンは汗顔の至りだ。全てが思うようにいくなんて、とんだ傲慢さだ。
この恵まれた環境が様々な者たちからの恩恵であることを忘れてはいけないと自戒すべきだった。




