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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
253/630

9.それぞれが出来ることを4 ~そんなにかかるの⁈/そっと目頭を~

 

 館に戻ると一角獣が狩り兼修行から帰って来ていた。同行したユルクも一緒だ。

 平然とした一角獣の傍らでへばってくったりと鎌首を地面に投げ出している。

 中々にきつい武者修行だった様子だ。

 カラムに言付かったジャガイモを見せると、地面を蹄で掻きながら喜んだ。

「今からこのジャガイモを使った料理を作るから、ユルクも食べていってね」

『うん。それまで休んでいるよ』

 ユルクはその長い体をリムが行ったり来たりしても気にならない様子だ。艶やかな筒状の滑りやすい体を高難度超高速もぐら叩きのもぐらのように素早く行ったり来たりできるのはすごいものだ。


 幻獣たちの様子に口元を緩めながら料理に取り掛かる。

 トマトと西洋出汁をブレンダーにかけて潰す。

 玉ねぎをニンニクで炒め、一旦取り出した後の大鍋で今度は一角獣が狩ってきた獲物の肉を炒める。玉ねぎとニンニクを戻し、さらに潰したトマトにハーブを数種類と塩コショウ、酢を加えて煮込む。切ったジャガイモを加えて更に煮込む。

 このジャガイモはわんわん三兄弟がせっせと皮むき器の踏み台を踏み、皮を剥いたものだ。


「ゼナイドの料理だよ」

 ジャガイモが好きな一角獣のために料理を作った。

『こんな風な料理を作るようになったんだ!』

 様々な料理を教えてくれたニーナとイレーヌのことを想起して話したのを一角獣が喜んで聞いた。

 今の豊かなゼナイドの暮らしが誇らしい様子で、シアンも唇を綻ばせる。リムが崖の上の神殿や天空に浮かんだ廃墟の村、ヒュドラに遭遇した不思議な樹木が生える場所のことなどを話すのに、食事を楽しみながら幻獣たちが耳を傾ける。


「ゼナイドではジャガイモをよく食べると聞くけれど、ベヘルツトがもたらしたんだね」

『シェンシが教えてくれたんだよ。寒い土地でも育つって』

 古の王女が寒冷の土地においても育つ食料となる植物を探していたのだと聞いたことがある。そのジャガイモを用いた料理はゼナイドに沢山あると言うと、一角獣は目を細めた。

『そうか、あの時教えたものが広まったんだな』

『シェンシの知識が国を支えたんだねえ』

 鸞がしみじみ言い、麒麟がおっとり笑う。

 その麒麟は一頭、食事をせずに水を時折嘗めるだけだ。それでも、一角獣が守ろうとした国の出来事を楽しんで聞いていた。

 シアンは彼らが正しく力ある幻獣で、長命種なのであることを実感せざるを得なかった。


 食事が始まった時からちらちらと麒麟を見やっていたユエが意を決してその眼前に進み出た。

『どうして食べないの?』

 何かな、と穏やかに問うた麒麟の笑顔が、ユエの問いかけに戸惑いに取って替わる。

『ユエ、レンツはその慈悲深い気性から生命を奪わない。食事も枯れて死んでしまった草しか食べぬのだ』

 鸞が麒麟に代わって説明する。

『では、私たちが食べているのは悪いことだと言うの?』

『そ、そんなこと思ったことないよ』

 泡を食って麒麟が否定する。

『食べないから魔力の回復が遅いのだと聞いた』

『そうなんだよ。でも、この島は霊力に溢れているから』

『そんなの、贅沢だ! 食べ物を貰えるのに、食べないなんて! 自分は長らく食べたくても食べられなかったのに! 食べられるのに優しいから食べなくて弱っていくなんて! 傲慢だ!』

 麒麟のおっとりとした言葉を遮って、ユエが言い放つ。

 それは目の前で扉を勢いよく閉じられたのと同じで、激しい拒絶と否定、一切の事情を鑑みないと言う意思表示を感じさせた。

 麒麟はおろおろと首を動かし、鼻面を行ったり来たりさせる。


『ユエ、言い過ぎだ』

 言葉が出ない麒麟の代わりに、また鸞が返す。

 それすらも腹立たしい様子で、後ろ脚立ちして麒麟を見上げるユエの表情に一層の嫌悪が滲む。

『自分だけじゃない。食べたくても食べられない者が大勢いるのに、慈悲から食べないというのは傲慢でなくて、何だと言うの』

 ユエは自分が便利な道具を作り、周囲に認められたと思い込んでいた。褒められたことから、自分は他人を責めることができる立場にあるとみなしたのだ。


『ユエの言うことも一理あるにゃ。ただ、色んな者がいるのにゃ。それぞれの事情や考え方があるのにゃ。そして、それが許容されているからこそ、自分たちはここにいることができるのにゃ。それを、自分は許容されて、相手は許容されないというのは違うにゃ。ユエは妖精であることを否定されて幻獣になって悲しくはなかったのかにゃ。レンツに同じことをしているにゃ』

 自分は妖精であることを否定されたのではない、と反射的に思った。でも、妖精であった際、その時すべきことを自らが否定して幻獣になり、その幻獣の時の自分を否定されたのは、カランの言う通り悲しかった。自分が否定したのに他人に否定されたくなかったのだ。

 そして、変わり者だと言われた自分をこの館の幻獣たちが受け入れてくれるからこそ、ここにいることができるのだという言葉に、素直にそうだと思い至った。


 しばらく経って、こくりと小さく頷いたユエに、一番安堵したのは麒麟だった。

 ユエはじっと自分を見下すカランの視線が何を言いたいかを良く分かっていた。

 麒麟に向き直り、頭を下げた。

『ごめんなさい。レンツの事情をよく知らないのに、酷いことを言った』

『う、ううん。我も自分が情けないと思うよ』

 しょげるユエを、麒麟は逆に励ました。


『それにしても、カランはよく見ているな。レンツのこともユエのことも良く分かっておるようだ』

 鸞が話題を変えようとカランを褒める。

『俺はレンツが好きだからにゃ。自分を殺してしまっても信念を貫く強さがあるにゃ』

 ユエははっと息を飲んだ。

 そういう考え方もできるのだ、と教えられた。

『そんなこと。我はただ弱いだけだよ』

 麒麟が強く頭を振る。

 その投げ出した前脚に、シアンがそっと手を掛けた。そうすることで、麒麟の自己否定を止める。

「そうだね、レンツ。君にはいつも傍にシェンシがいたから頑張ってこれたんだね。これからは僕たちも協力するよ。一緒に考えていこう」

 麒麟と鸞が顔を見合わせて笑い合う。麒麟は心底嬉しそうに、鸞は照れ臭そうに。

『そうなの! カラムも来てくれたもの。レンツは何か食べられるものを育てると良いの!』

 リムがぴっと前脚を上げて宣言する。

 決意も露わにへの字口を急角度にするが、その口元がトマトソースで汚れている。シアンは柔らかく苦笑しながら拭いてやると、嬉し気に目を細める。ティオは二人の様子に機嫌良さそうに喉を鳴らす。

 そうして、麒麟はカラムの元へ訪ねていくことになった。



 果物とは木及び草の実で、食用になる果実のことを指す。その果実をつける木を果樹と言う。

 この果樹が樹齢を経て、花をつけ実を結ぶようになるのだ。これを結果年齢と言う。この結果年齢はそれぞれの果実で変わる。


 意気揚々としたリムに連れられて農場にやって来た麒麟はカラムに引き合わされ、挨拶を交わした後、何を育てたいのかと尋ねられて首を捻る。

『そうだなあ、ウメかモモ、かな?』

 ウメは古くから酸味の調味料として用いられ、止血剤や健胃剤、強心剤として用いられてきた。

 モモは仙果と称され、邪気を祓う聖なる果実だと言われている。中でもとある種は六千年に一度実をつけ、それを食すると不老不死となる仙果があるという伝説がある。


「ふむ。モモは比較的早く花をつけ実を結ぶから、ちょうど良いかもしれんのう」

 カラムが頷くと、リムは麒麟と顔を見合わせて喜んだ。

 それを見守るシアン、ティオ、鸞、一角獣も顔を綻ばせる。


『じゃあ、早速植えよう! 何日くらいで実がなる?』

 浮き浮きと言うリムにカラムが眉尻を下げる。

「花実をつける結果開始は一般的に二~三年必要じゃよ」

 枝が増え、果実の量と質が安定するのは八年ほど要するという。

 リムは驚くが、麒麟は気長に結構かかるんだねえ、とおっとりと言う。

 気の短い一角獣などは絶望的な表情を浮かべる。

『何とか早く生らないの?』

「何を言う、リムの好きなリンゴなどは実を結ぶのに五~六年かかるし、美味しいものができるのは十五年かかるんじゃよ」

 リムは愕然とする。

 ティオがリムに大丈夫、と首肯する。

『大地の精霊と光の精霊が助けてくれるから』

 キュアぽんすれば即座に育つだろう。

 カラムが聞いているのに、と慌てるシアンを他所に、カラムがそうだろうな、と頷く。

 農場を指し示して、島にやって来て試しに苗を植えた瞬間から、リンゴとトマトの成長著しく、もう実を結んだのだと言う。

 そういえば、保管場所が必要になるほど、農作物が収穫できたのだった、と思い返す。その時も、ティオが大地の精霊に願って地下貯蔵庫を瞬時に作って貰ったのをあっさり受け入れてもいた。


「トリスでわしは季節変わりなく農作物を育てることができとったが、ティオとリムがわしの農作物を食べるようになってからは、量や品質の向上、成長速度が凄まじかったでな」

 それだけでなく、収穫後の土地を休ませる必要がないくらい、栄養豊富な土に、必要なだけの日光、温度湿度が備わっていたと言う。

 この島へ来てみたら、更に環境が整っている。まさしく、精霊の恩恵をふんだんに受けた土地だ。


「なに、そう心配せずとも、モモは苗の植付けからすぐに育つだろうて」

 そのすぐが一日二日にして、というレベルに変化するのだ。それほどまでに早くては、逆に育てる目的を果たせないとシアンは考えた。

「ねえ、リム。一年か半年くらいかけて育ててみるのはどう?」

 二、三年は長くて待てないだろう、とシアンはそう提案してみた。

『そんなにかかるの?』

 一角獣が不満そうな声を発する。リムもやや気に入らぬ様子である。

 麒麟は逆に気長に育てるものだと思っていたらしく、不安気だ。何しろ、六千年年に一度に実をつけるではないが、そのくらいの悠久の時をたゆたうように過ごしてきた聖獣なのである。


「大丈夫だよ、カラムさんが言っているみたいに、精霊たちが助けてくれるよ。育てるなんて大それたことを背負わなくていいよ。植物の、生命の生長を見守るくらいの気持ちで良いんじゃないかな」

 そう言いながら麒麟の背中を撫でるとほっと安堵の鼻息を漏らす。

「リムもベヘルツトも、本来はもっとゆっくり時間をかけて少しずつ生長していくんだよ。そういった種もあるんだね。人間だったら、成人するのに十七年もかかるんだよ。比べたら目まぐるしいくらいだよ。毎日少しずつの変化を見守って行こうね」

 確か、ゼナイドでは十七歳が成人とされていた。


『ベヘルツトとリムはもう少し待つことを覚えると良い』

 これは一連の流れを黙って眺めていた鸞である。

 リムと一角獣は顔を見合わせ、こっくりと頷き合う。

 育てる当の本人である麒麟がほっと安堵の息を吐く。

 折角だからと、リムも育てたいと言う。

『リンゴはカラムが作ったのが一番だから!』

 ということで、比較的早いというモモを麒麟と一緒にリムも育てることにしたのだ。


 後日、ディーノが小さい如雨露やスコップを用意してくれた。

 シアンがいない間に世話をして寂しさを紛らわせるのだと聞いて、魔族の商人と元魔神がそっと目頭を押さえたと言うのは九尾の談なので、真実か否かは不明である。

 ともあれ、実が生ったら食べることを楽しみにしながら、カラムに教わって世話をしている。

 といっても、日当たりも肥料も降雨量も全て良好なので、剪定や施肥や灌水といった処理はことごとく不要だ。受粉も同一種の花粉で受精が行われる自家受粉で風が上手い具合に運んでくれ、無事に受精した。

「この分だと摘蕾や摘花の必要もなさそうじゃのう」

 それどころか、摘果の必要すらなくなった。病害虫の被害を受けることなく、その他の生理障害を受けることもなく、すくすくと育った。

 こっそりとティオが毎日、土を叩いて大地の精霊によく育つように祈っていた。


 なお、トマトは寒冷地帯発祥と言われている。

 豊富な日光と昼夜の温度差が大きい、つまり、夜の冷涼さを必要とする性質を持つ。

『なるほど、昼は光の精霊が、夜は闇の精霊が、しっかりリムのために美味しいトマトが生るよう気を配っておられるのだな』

『そうなの? 稀輝、深遠、ありがとう!』

 カラムの農場ではより一層、トマトとリンゴが美味しく実ったという。



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