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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
252/630

8.それぞれが出来ることを3 ~ティオぽんは地下設備も作れます~

 

 幻獣たちはブラシをかけて貰うのが好きだ。

 シアンだけでは手が足りないので、時にリムやセバスチャンが手伝う。

 セバスチャンにブラシをかけて貰うのは多くの幻獣が緊張するので、専らわんわん三兄弟がやって貰っている。

 なお、リムも緊張はしないのだが、セバスチャンの方が緊張するらしい。

 わんわん三兄弟も緊張しないわけではないが、それでも良いらしい。


 カランは自分をも含めた幻獣を守ろうとする一角獣が、ブラシの順番待ちしているのをしているのを見て、自分がかけてやると言う。

 告げた後、一角獣としてはシアンにして貰う方が良いのか、と提案を引っ込めようとした。案に反してお願いされ、ブラシを足に掴んだ。リムほどではないが、自分も器用だ。

 そして、魔力の満ちた島に滞在することになって、短時間なら浮かんでいることもできるようになった。体高の上の背筋もブラッシングしてやることができる。

 一角獣が目を細めて気持ち良いと言い、面はゆい面持ちになった。

 それを見ていたシアンが唇を綻ばせる。

『シアン、嬉しいことがあったの?』

 シアンの膝の上でくったりと力を抜いてブラッシングして貰っていたリムが顔を上げて小首を傾げる。

「うん」

『良かったね!』

 うふふと笑い合う二人にちょっとばかり羞恥を覚えた。


 次にシアンがアインスにブラシを掛けると、リムも手伝ってウノにブラシをかける。

 残ったエークが尾を振りながらわくわくと待っているのに、シアンがカランにエークのブラシをかけてくれないかと声をかけてきた。

 自分で良いのかと聞くと、エークはよろしくお願いします、と頭を下げる。

 気持ち良さそうなエークに、シアンはカランは器用だね、と言う。

 カランは頭も良い、とわんわん三兄弟が誉めそやす。

 彼らはシアンの周囲にいる幻獣の美点を見つけて褒めたたえることを良くした。まさか、自分までもその餌食に掛かろうとは思わなかった。


 カランは不思議だった。

 力ある幻獣が自分の話に耳を傾け、ともすれば、自分の主張の方を優先させてくれることもある。

 動物社会であろうと人間社会であろうと、力がある者の意見が通った。単純な力だけでなく、特殊な能力や富を多く持つがゆえに数多のことができる。それが一般的だった。

 カランのように知識を持つ者もある程度は尊重されたが、それはその知識を必要とする場面があってこそだ。常態ではない。

 なのに、この館の幻獣たちは違う。怠惰であっても、意見を聞いてくれる。

 ちょっとした思い付きでのアドバイスで他者に良い影響を与えれば、カランにさえも感謝してくれる。

 必要とされるのは嬉しい。

 遊びも好きな時に参加させてくれ、おやつも平等だ。


 この島に来るまでは、二足歩行して人語を話す猫として恐れられた。それでなくても、子供ほども大きさがあり、恐れられやすいので、普通の猫の振りをした。なのに、同じことをする九尾やそれを受け入れるシアンたちを見て、目から鱗どころかもっと大きくて硬いものが落ちる気持ちだった。それは価値観の違いというものだったかもしれない。

 九尾など、後ろ脚二本で歩き、ドアを前足で開け、そのまま二本足で歩いていく。

 妙な狐だった。

 シアンはそれを受け入れていた。

 だから自分もこのままでいいとカランには思えた。


 カランは九尾とも表面上はうまくやっていたが、九尾はいち早くカランの複雑な、あるいは偏屈な内心を読み取っていた。

 シアンにとって、九尾もそうであるように、カランは知者である。世情に詳しく、九尾とは違った情報をもたらしてくれる。

 シアンが見たところ、カランは順応が早い。無理をしやすく、それを隠すので、こちらが良く見て気づいて動いてやらなければならない。

 怠惰なカランがのんびり寛いでいるのを見るのが好きだった。陽だまりで微睡む姿は、こちらも穏やかな気持ちにさせてくれる。

 それを聞いたセバスチャンは、カランが怠惰に過ごすことを容認するようになる。

 真面目な鸞と相性が悪そうなものの、自分とは違った価値観の知者として敬意を表し、カランはシアンのために薬作成をする鸞に一目置いていた。

 そうやって、島の幻獣たちは自分たちができることをそれぞれ行い、互いを尊重し合うようになったのだ。



 植物の成長に必要なのは光、水、空気、温度である。

 そして、それらが揃った島ではありえない速度で農作物が育つ。

 大地の精霊の恵みがあっても、光の精霊の恵み、すなわち日照が不足すると果物は熟れない。もちろん、十分な雨、つまり水の精霊の恵みもいる。植物によっては温度差を必要とするものもある。

 風の精霊の恵みで受粉を行う場合もある。

 さて、ひるがえって、シアンが滞在する土地はどうか。いずれの恵みも満ち溢れている。

 シアンが生まれ育った国の果物は間引きを行うため、相当糖度が高い。現実世界でも果物の間引きを行わければ甘味が少ない。

 この世界では精霊の恵みさえあれば相当甘い果実を食べることができる。恵みが少ない場合は間引きを必要とする。

 大地の精霊も光の精霊も小さなドラゴンのためにせっせと果物を美味しく育ててくれている。自分たちの心を揺さぶる音楽を奏でる人間や変化を厭わないグリフォンのためでもあったが、人間の方は自覚が薄い。

 あったとすれば、精霊たちやリムのお陰で自分も美味しい農作物を食べられるという謝意だ。

 カラムが生産量を絞っているくらいだ。


 館の幻獣やカラムとジョン一家、幻獣のしもべ団だけでは消費しきれない農作物の保存場所をどうするかで頭を悩ませていた。

 農業従事者として、捨てたり腐らせてしまうのは心苦しいものだ。かといって、それらを島のどこかへ持っていって魔獣の餌にしてしまっては、余計な魔獣の危険を呼び寄せるようなものである。

「冷暗所を作りましょう」

 生産量を絞るにしてもその前に作ってしまった物の保管場所を作ろうとシアンが言った。

「そうじゃな。冬の間は流石にそう多くは作れんだろうて。備蓄があるに越したことはない」

 カラムも同じことを考えていて、幻獣のしもべ団の手を借りることができないかとシアンに言いたかった様子だ。

 けれど、その必要はなかった。


 わんわん三兄弟が勇躍してカラムが指定する地面を掘り始めた矢先、ティオが地をぽんぽんと叩いた。

 地響きが起き、大地が割れた。

 わんわん三兄弟が驚いて飛び上がり、シアンの足元に駆け寄り、身を震わせる。

「おお、すごいもんじゃのう!」

 言って、カラムが謝意を込めてティオの背を叩く。

 ティオがどういたしまして、と喉を鳴らす。

 地面はぽっかりと四角く口を開けていた。

「階段状に段差ができている」

『これでシアンもカラムも降りられるね。ありがとう、大地の精霊』

 言いながら、カラムを真似て、感謝を込めてティオが大地を叩く。

「あ、ありがとう」

 ついうっかり、シアンもティオに倣って大地を手でたたく。

 九尾がここにいれば、そういう問題ではないでしょうに、と言っただろうか。


 カラムは懸念を抱くことなく、家の中から持ち出したランプに火を点し、ティオが大地の精霊に願って作って貰った冷暗所に降りていく。シアンも着いて行くと、そこはちょっとした小屋の大きさの空間が広がっていた。

 立派な地下貯蔵庫である。


「十分な広さがあるのう。ティオ、後で通気口を作ってくれんかの」

「ピィ!」

 カラムの要請に気軽に応じる。

 闇の精霊の力を借りて冷蔵庫を作る訳にはいかなく、そこでシアンは冷暗所というものを考えた。それには、地盤がしっかりした場所を調べ、基礎工事から入るものだと思っていた。

 精霊に願えば、これほど簡単なものなのか、と驚きを禁じ得ない。

 どこまでいってもティオとリムの人間の基準はシアンであり、梯子を使うなんて危ない真似はもってのほかである。そのため、階段の傾斜も緩やかなものができあがっていた。

 カラムはカラムで、ティオが大地の精霊の加護を持つことを確信していたので、こんなものだろうと思っていた。


「ほれ、長い角のある白い馬がいるだろう。あやつの好きなジャガイモは長期保存ができるが、日光は大敵だからな。ここでなら大量に置いて置けるさね。またたっぷり作ってやるから、今出来ているものを持っていくとええ」

 聞けば、一角獣はカラムが土から掘り起こしたものを興味本位で食べてみたが、近くにいたリムに勝手に畑のものを食べてはいけないと諫められたことがあるそうだ。

『ちゃんとカラムが食べていいよって言ってからだよ!』

 そう言ったリムに大人しく従っていたらしい。

「生の物を興味本位で食べてみたんだろうが、あれもまたリムと同じ幻獣だろう? 蒸したり焼いたりした方が美味いと感じるだろうから、シアンが料理してやるとええ」

 そう言いつつ、籠に山盛りにしたものを渡してくれる。

「たっぷり作っておいてやると言ったら、嬉しそうじゃったからの」

 カラムの農場やジョンの牧場周辺が魔獣に荒らされないよう、よく見回ってくれるのだそうだ。

 感謝の言葉を述べるカラムはわんわん三兄弟をそれぞれ撫でていることからも、新しい幻獣に馴染みつつある様子だ。


『みんな、カラムの作った野菜や果物は美味しいって言っているよ!』

「そうかそうか。大地の精霊もティオが大事に思っているリムに願われては美味しい物を作らねばのう」

 幻獣のしもべ団団員たちがカラムの農作業を手伝いに来て、リムがキュアキュア鳴きながらぽんぽんと大地を叩くのを見ていた。そうすると野菜が美味しくなると言っていたそうだ。

「キュアぽんした野菜は味が濃くて美味しい」

 そう言い伝えられるようになったが、それは後の話である。


「冷暗所をいっぱいにするよう調整しながら作ってやるからな」

 カラムが力強く請け合う。これでストックも十全だ。

 リムが新しく仲間になった兎の姿をした幻獣が肉の旨味をたっぷり吸った野菜が好きなのだと話すのに、好々爺の態で相槌を打っている。

『道具を作るのが上手だからね、カラムも必要なものがあったら作って貰うと良いよ!』

『ユエは我らがご主人のお手伝いをすることができる道具を作ってくれました!』

『カランも知恵を出してくれたそうでする!』

『可愛い姿でもありますっ!』

 わんわんわわわんわんわわん

 足元で一斉に鳴き出すわんわん三兄弟に、カラムは目を丸くした後、笑いだした。

「ほうほう、シアンのところはまた賑やかになったものだのう」

「僕も幻獣たちもカラムさんの作った農作物を食べることができてとても嬉しいです。リムの言う通り、何か不足している物や、あったらいいな、という物があれば言ってくださいね」

 シアンの言葉に礼を言って、カラムはティオの背に乗って飛び立つのを見送ってくれた。


 ジョンの牧場へも顔を出すと、家族三人がそれぞれ忙しく働いていた。

 家畜も元気に過ごしており、早速子供が生まれたのだそうだ。

 ジョンの息子も生まれたばかりの家畜の世話で大忙しだ。

 何より、妻の表情が明るくなり、忙しさに反比例して少し頬がふっくらして見えたくらいだ。

 心労が取り除かれ、目の前にやるべきことが沢山あり、前途が明るい。それだけで人は変わるものなのだろう。

 シアンは必要なものの有無を尋ね、逆に牛乳や卵を持たされて牧場を後にした。



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