3.幻獣のしもべ団との交流2
テイマーのセルジュはいつかはこんなすごい幻獣たちを使役するのだ、と意気込んだ。
エメリナは双子が羨ましくて仕方がなかった。
元々、動物好きだったのだ。
可愛い子犬三匹が絡み合いながらこけつまろびつ、双子が投げた木の枝に向かって駆けていく姿に、両手で口元を覆って悶絶した。
グラエムは気持ちは分かる、と心の中でひそかに頷いた。
小さい体で懸命に地を蹴り駆けていく姿は健気ですらある。
グラエムは実は、何でもこなすリベカに取り得がないのに一丁前に嫉妬するエメリナを見下していたことがある。しかし、彼らが幻獣のしもべ団となったころ、エメリナを受け入れるようになった。マウロからエメリナは人より幻獣の方が好きなのさ、と聞かされた時から、人にはそれぞれの事情があるのだと感じ入った。
単純で、それだけに素直に事実を受け入れ飲み込むことができる男だった。
グラエムは破落戸くずれの喧嘩上手だ。がっしりした恵まれた体格で大抵の相手を拳で蹂躙してきた。マウロに挑んで簡単に返り討ちにあってから心酔している。形の大きさは自分の方が優れているが、マウロはいともあっさりと自分をいなし、それを誇ることなく何てことないと受け止めている。
そして、グラエムはティオが大好きだ。強者であるティオが小さくて可愛いリムを大切にしているのを見てから、何となく真の強者とはということを感じ入った。
リムがドラゴンだというのを半分ほど信じていなかったが、エディスで変身したのを見て完全に心を入れ替えた。
シアンに関してはその少し前から考えを改めていた。ティオやリムといった複数の幻獣に慕われる人間である。普通の間尺で測れるものではない。
そのグラエムがマウロにあっさりいなされる場面を見ていたのがリベカだ。
リベカは中肉中背のどこにでもいそうな雰囲気を持つ。だからこそ、密偵として溶け込みやすい。
面倒くさがりだが、一旦やるとそこそこの成果を上げる。それだけに、色々仕事を押し付けられてのらくら逃げようとしていたが、ティオの号令でシアンの役に立とうと思った。やる気が出てからは、剣の腕でも頭脳戦でもめきめき功績を上げる。
気持ちの持ちようで、そこそこの成果がより大きくなった。
リベカは小さいころから小器用で何でもあっさりできた。
駆けっこだって木登りだって男子よりも得意だった。運動が得意な男子には流石に譲るが、そういった男子に勝ってしまっては本人ばかりではなく取り巻きからも顰蹙を買うと頭が回ったので、大して悔しいとは思わなかった。
文字もよく見るものや覚えておいた方が得になるものは早々に覚えたし、簡単な計算もできたから、工房に下働きに出された。
そこでもそこそこの頑張りでのらくらやってきた。
つまらなかった。
世界はぼんやりしていて、ぬるま湯につかっているようだった。
こんなものかと思った。
こうやって大したことなく、一番になれずともそこそこの結果を出し、それなりの暮らしをして墓の下に入るのだ。
そう思っていた。
それが、トリスで大柄な破落戸をあっさりいなし、なおも突っかかる男を最後には配下にするというマウロとグラエムの出会いの一部始終を見守り、思わず自分も一緒に行くと言っていた。
マウロも筋肉のついた体をしていたが、グラエムは一回り大きい。拳など皮手袋をしているようだし、それが唸りながら飛んで来るのだ。
体の大きさはアドバンテージとなる。それを軽々と覆したマウロは見極めが良いのだとリベカは見抜いていた。
面白そうだと感じた。
自分の閃きを逃さず、リベカはグラエムに乗る形でマウロの部下になった。
実際、マウロは適当に見えて、色々考えているし、部下の裁量度が高いせいか彼の下には個性豊かな者が集まって来る。個性に比例して特技も豊富だった。
強盗騎士や追剥から糧を得る生活は楽しかった。他者から奪い取る者が獲物だったので、罪悪感なく奪い返してやれた。
マウロ率いるはみ出し者集団は、密偵集団の様相を呈していった。
でも、まだそれが薄皮一枚向こうの世界だったのだと後に知る。
グリフォンとの出会いが嫌が応にも知らしめた。
こんなに美しく大きな生き物がいるとは知らなかった。その上、知性の宿った瞳を持ち、孤高の振舞いをし、四肢は力強く躍動する。何より、悠々と羽ばたき飛行する姿は神々しくさえあった。
全身の毛穴が全て開くような下知の声。
自分が誰かに仕えることなど考えたことはないが、ぜひともしもべになりたいと思った。
その彼が、自分たちに向けて意思表示をした。
感動で胸が熱くなると、涙が出てくるものなのだということを、リベカは初めて知った。
いや、違う。
その前に一度、同じようなことがあった。
こちらも大きく美しいドラゴンが顕現した時だ。
正直、人の肩に乗る小さい幻獣がドラゴンなどとは信じてはいなかった。
だから、リムが大きくなったのを目にした際、横っ面を勢いよく殴られたような衝撃を受けた。
自分が間違っていたのだ。
そして、世界はまざまざと明瞭に見えるようになった。
幻獣たちの周囲はより一層輝かしく眩しく見えた。
まるでそこに光が集まっているようだ。
そんなグリフォンとドラゴンが人間に甘え、人間社会のことを教わり諭されている。
異界人であるシアンからだ。
一見なよやかに見えるが、どうしてどうして、グリフォンに乗ってどこまでも行く上、幻獣たちが狩る獲物を調理して食べているという。
腹の底から笑いがこみ上げる。
本人は自分は力がないというが、強力な魔獣を調理して食べる人間が無力なものか。
その上、鷹揚というか無欲というか、手下である自分たちに潤沢な軍資金と装備を与えてくれる。手下の身を案じ、料理の延長で薬も作って、健康に気遣ってくれる。
第一、シアンが幻獣をたしなめてくれるからこそ、自分たちのようなちっぽけな人間を面白半分に殺傷したりせず、その特技の技量を認めてくれているのだ。
リベカは幻獣のしもべ団としてグリフォンに仕えることになった当初からシアンのことを首領として認めていた。面白い人間だとも思っていた。
そこへティオの下知である。
シアンのために。
面倒くさいなどと言わず、精いっぱいのことをやろうと思う。
彼らが認めてくれた技術の技量を突き詰めるのだ。
「はー、変われば変わるもんだなあ。お前がやる気を見せるなんてなあ」
幻獣のしもべ団となる前身のはみ出し者集団からの付き合いであるオージアスは呆れ半分、感心半分、といったところである。
普段、エディス支部で常駐し、翼の冒険者の支援団体に入団したいと続々と集まって来る者の審査をし、新人の育成に努める彼は、新旧しもべ団団員の幻獣への傾倒ぶりにやや引き気味である。
「まあ、原動力は人それぞれだからな。モチベーションに繋がるなら良いことだ」
はしゃぐ仲間たちを尻目に、島の地形や様子をしっかり見定める密偵の鏡のような男であった。
ロラははしゃぎまわる幻獣のしもべ団の中にあり、エメリナとともに子犬の姿の幻獣に見とれるリリトを見て、安堵していた。
あの悲惨な事件から、リリトを注意深く観察していた。
幾晩も眠れぬ夜を過ごしていたようだ。
それでも、弱音を吐かなかった。
自分は何かをやるのだと決意の籠った目で、しっかりと立っていた。
そして、どんどん隠ぺいの異能に磨きをかけ、今では幻獣のしもべ団の中でも重要な役割を担う存在にまで成長していた。
痩せて薄い体も少し肉付きが良くなり、身長も伸びた。
たまにロラが抱き寄せると、複雑そうな表情をするので、まだ女性らしい体つきにほど遠いと本人は考えている様子である。
ロラは頑張るリリトに救われていた。
ああ、瑞々しい植物のように、こうしてしなやかに立ち直って、まっすぐ前を見て行けば良いのだ、と示唆されている気持ちにもなった。
ロラこそが毎晩毎夜、夢に苛まれていた。
夫ギーが色んなパターンで殺されるのをただ見ていることしかできないのだ。
ある晩に夫はオタマジャクシの姿をした非人型異類に首筋を噛みつかれ、大量の鮮血を噴き出しながらどうと倒れた。違う晩には振り払っても振り払っても次々と食いついてくる非人型異類に埋め尽くされるようにして、のたうち回り徐々に力が抜けていき、最後には動かなくなるのだ。皮を突き破り、血肉を咀嚼する音すら聞こえてきそうである。
そんな死に方はしなかったという最期を幾度も夢で見て来た。
夜になれば、何度となく夫を殺され、それを目の当たりにさせられるのだ。
そして、今まで高い感知能力を誇り、視界も遠くまで見渡せていたのが、徐々に視力が落ちていくのが怖い。持っていたものを失う方が恐ろしい。初めから持たないままの方がまだましだ。
それでも、衝撃波を放てる力を得たことを、ロラは後悔していなかった。むしろ、嬉しい。
これで、ギーの仇を取れるのだ。
誰が何のためにあんなことを。
そう、ロラはずっと考えていた。考えても答えは出ない。考えすぎて吐きそうになったことが何度もある。
あのオタマジャクシを大きくしたような非人型異類をけしかけた張本人のマティアスもまた、ゾエ村と同じように非人型異類に村を襲われたのだという。
被害者だから同じことをしても許されるのだろうか?
ロラは旅に出ることができて幸いだと思った。自分にとってもマティアスにとっても良かったと思う。同じ村で顔をつき合わせることになったら、いつかは殺してしまっていただろう。
今は、一度訪ねてきた旅人であるシアンが滅茶苦茶になったゾエの復興を助けてくれたことに感謝し、彼の手助けをすることによって、この世界の不条理を相手にすることだけを考えていようと思う。
バリエーション豊かな殺され方をしていたとしても、夢の中で夫に会えるのだから。




