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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
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2.幻獣のしもべ団との交流1 ~わんわん似た者同士の巻~

 

 麒麟と鸞は幻獣のしもべ団たちと会った際、多少の緊張をした。

 シアンの活動を支援する結社とはいえ、人間である。島に来る前に大勢の人間に捕らわれそうになった恐怖は未だ新しい。

 しかし、幻獣のしもべ団たちは正しく、幻獣のしもべだった。

 グリフォンやドラゴンに仕えるだけでなく、麒麟や鸞という四霊と称される聖獣に出会える僥倖に感激すれど、遠巻きに眺めているくらいだった。

 カークやディランといった知者に、鳥獣を生み出したと言われていることや慈悲から殺傷をしない、諸書に通じ様々に薬を煎じるといったことを教わり、感心していた。


 特に、その命を救われたガエルと彼のバディであるエヴラールはその傾向が顕著だった。

 シアンに連れられて麒麟と鸞の前に立ち、解毒薬を作ってくれた礼を言った。

 人慣れぬ風情を読み取って、シアンに声を掛けてから仲立ちを頼んだのはエヴラールだ。

「ガエルみたいなでかい人型に急に近寄られたら、そりゃあ驚くだろうからさ」

 そんな風に後から茶化したエヴラールはだが、麒麟と鸞の前では殊勝に頭を下げた。感謝の念は本物だ。

「シェンシは博識で、薬の他にも料理のことも教わっているんだよ」

 シアンの言葉に感心する人型異類に、麒麟は少し得意げに鼻を鳴らす。


 ガエルの後ろからアーウェルがひょいと顔を出す。

「兄貴、俺のことも紹介してください。俺も動植物について色々聞きたいです」

 スリングショットの弾のバリエーションを増やしたいのだという。

『ほう、面白いことを考えるものだな』

「僕も持っているんだけれど、時折使っているよ」

 感心する鸞にシアンが微笑む。

『シアンの辛いやつ、大活躍しているよね! ヒュドラをやっつけたし、子供を助けたんだよ!』

 今度はリムが得意げにシアンの肩の上でぴっと前脚を上げる。

「はは、僕が倒したのではなく、機先を制するというか、不意打ちして勢いを削いだ程度だけれどね」

「そうです。でも、それが戦いには有利になる。特に団体戦ではね」

 自分の強みになると意気込むアーウェルに、そういうものか、と圧倒的強者に守られるシアンは頷く。


「シェンシ、アーウェルさんに教えてあげてくれる?」

『承った』

「直接意思疎通ができるように英知に頼んでおくね」

 こっそり囁くと、同じく知性を司る最上位の存在に、鸞が鼻白む。

「アーウェルさん、シェンシが教えてくれるそうです。彼は高知能の幻獣の中でも知性が高いので、人とも意思疎通をとることができます。色々質問してみてくださいね」

「そいつは有難い!」

 アーウェルが浮き浮きとスリングショットとその弾を取り出す。

 鸞が興味深げに覗き込む。

 人が作り上げた道具はもちろんのこと、世情に長けた密偵の話は鸞の知識をより深めてくれるだろう。


「シェンシが良ければ、研究室を使ってね」

「良いのか?」

 いつの間にかマウロが近寄っていた。

「はい。幻獣に無暗に触れたり、嫌がることを強要しないのであれば、後は自由にしていただいて構いませんよ」

 マウロは一つ頷いて、鸞に連れられて館に向かうアーウェルに声を掛ける。

「アーウェル、今日だけだぞ!」

「はい!」

 振り返って頭を下げ、いそいそと鸞を追う。

「構いませんよ?」

「いや、下手に人馴れして、他所で油断を誘発したらまずいからな。それにユエだったか。あの兎の姿の幻獣は人に怯える。あまり俺たちは館に近寄らない方が良いだろう」

 マウロは用がある時は必ずシアンか家令に声を掛けてから館の敷地内に入るよう、幻獣のしもべ団に徹底させた。

 大雑把に見えて、しっかり線引きをする幻獣のしもべ団の頭に、シアンは感心しきりである。



 この島で最も注意すべき存在は家令であるとマウロは考える。

 闇夜に美しく冴え冴えと輝く鋭い気配を持つ男だ。

 シアンが自分たちに好意を持っているから容認されているのだとひしひしと伝わってくる。

 彼はまた、狩場の管理人である。

 島は広大だ。猟用の鳥獣を統制する狩猟番人、ゲームキーパーも相応の能力が必要とされる。

 島の主たちは主にシアンと彼と友誼を結ぶ幻獣だ。幻獣たちは相当な力を有している。調理して食べることを好むので、一定量を狩る。

 獲物は減る一方かと言うとそうではない。

 獲物の側からしても魅力的な土地なのだ。複数の精霊の力あふれる場所なのだから。食物連鎖が大きく偏り過ぎないよう整えられてもいた。

 密猟者の監視も行うゲームキーパーは招かれざる客を全て排した。ゲートキーパーを兼任している。

 彼はリムだけでなく、幻獣全てに丁寧に接していた。

 その幻獣やシアンのために働く幻獣のしもべ団もそれなりに認めていた。


 幻獣のしもべ団は密偵集団だ。

 力ある幻獣では成し得ない世情に絡んだ物事を処理する。情報収集や探索といったことが主な任務だ。

 けれど、事あるごとに黒ローブと衝突し、力をつけることが急務となっていた。首魁であるシアンが戦闘能力の高い人型異類をスカウトしたり、亜竜の貴重な素材を用いた武器防具を渡してくれたりしたおかげで戦力増強はできている。

 ただ、元いる団員が弱いまま、武器防具の性能を引き出せないままでは宝の持ち腐れである。

 そのため、元々、島での狩りを行うことによって戦闘訓練に代えようとした。島の地形を知ることにも繋がり、食量や素材も手に入って一石二鳥三鳥である。

 そういった理由で繰り出した狩りではあったが、幻獣のしもべ団が張り切っているのは別の理由があった。


「うっは、セーフティエリアがあちこちにある!」

「湖も川も水が美味いな」

「そこかしこに果物が生っている。すげえ甘い!」

「リム様が喜びそうだな」

「ちょっと採取していくか」

「お前ら、はしゃぎすぎだ。真面目にやれ! リムは自分で取って食べるだろう。それに、今はカラムが移住しているから、そっちでたらふく食わせて貰っている」

 目にも鮮やかな透き通った緑色に覆われた野を歩きながら、幻獣のしもべ団員たちは高揚していた。浮足立っていると言って良い。


 なだらかに傾斜する向こうに山が霞んで見える。雲を頂くその上には青い空が広がっている。

 素晴らしく美しい光景だった。

 団員が言った通り、セーフティエリアが近い間隔で点在し、飲み水や食料が豊富で安全面にも恵まれている。

 ゲームキーパーである家令は凶悪な非人型異類は存在せず、力ある魔獣も出没するエリアは限られていると言っていた。


「って言っても、頭、いくらカラムが農作物づくりの名人でも、果物なんてすぐに育ちませんぜ」

「普通はな。この島だったら別だ。幻獣もいるしな」

「リムは闇の精霊の加護があるんだよね。もしかして、ティオが大地の精霊の加護がある、とか?」

 ロイクが窺うようにマウロを見やる。もしかして、と言いつつも、ティオに何らかの精霊の加護があることには確信を持っている様子だ。

「そうじゃなきゃ、トリスでのカラムの農場の豊作は説明がつかないよなあ」

 フィオンが呑気に笑う。

「リム様やティオ様に食べてほしくて農作物の方が育っている、って感じだものなあ」

 同じくらいの気楽さでフィンレイも笑う。


 双子の周囲には小さい犬が三匹まとわりつき、しきりに小枝を軽く放って貰って拾ってくる、というのを繰り返している。

 行動は全く犬そのものであるものの、彼らは幻獣である。

 同じ顔の人間が二人、というのに三兄弟がシンパシーを感じて懐いたのだ。

 彼らはシアンからそれぞれ名前を付けて貰い、一括りでわんわん三兄弟と呼ばれているが、三つ子ではない。

 ケルベロスが分裂した姿だ。

「地獄の番犬という別称があるくらいなのに」

 しかも、シアンのために可愛くなろうとしたのだという。


 わんわん三兄弟は双子に遊んで貰って大はしゃぎだ。投げたのがシアンだと他の幻獣に先に取られてしまう。今ならば取り放題だ。

『いやはや、良い人間ですな!』

『あまり遠くへ投げられてしまっては取りに行けませぬ』

『絶妙な投げ具合っ!』

 三匹は揃って尾を振る。

『流石はご主人のしもべ!』

『なるほど殿のしもべ!』

『納得の主様のしもべ!』

 わんわん三兄弟はそれぞれシアンをご主人、殿、主様と呼ぶ。


「ふふ、アインスとウノとエークはフィンレイさんとフィオンさんが好きなんだね」

『はい。同じ顔の兄弟!』

『我らも三匹で一体』

『似たものを感じまするっ!』

 笑顔を向けるシアンとそれに嬉し気に鳴いて尾を振る様子は、双子を好いているという言葉を肯定しているのが傍からよくわかる。

 言われた双子だけでなく、それを眺めていた幻獣のしもべ団もほんわかと笑顔になる。

 そして、双子が言ったティオの精霊の加護に関して、シアンは否定も肯定もしなかった。幻獣のしもべ団には信頼が出来上がっている。殊更否定する必要性を感じない。


 当のティオは我関せずで、シアンの隣を悠々と歩いている。

 リムはティオの背中の上で高難度超高速もぐら叩きのもぐらとなっている。

 一角獣などは一行の歩みが鈍すぎるとばかりに先行している。

『全くあの猪突猛進は。獲物が狩りつくされていなければ良いのですがねえ』

 九尾が後ろ脚立ちし、前脚を背中の方へ回しながら歩く。

 出発時、この出で立ちで幻獣のしもべ団の視線の集中砲火を浴び、それを自分が可愛いから注目されているのだと宣っていた。

『多くの人間に自分の狩りを見せてやるんだって意気込んでいたからねえ』

 狩りつくす前にたどり着けると良いねとのほほんと言うのは宙を這うユルクだ。

 殺生をしない麒麟とそれを気遣い薬作成作業に誘った鸞、昼寝で忙しいと言う怠惰なカラン、工房に籠って出てこないユエは留守番である。


「悪かったな、あの兎の幻獣は俺らに相当怯えているのに、大勢で押しかけてしまって」

 ユエは元は妖精で、人間の街で暮らすために兎の姿の幻獣となっていた。物づくりが好きで、それで工房で働かせて貰おうとしたが、掃除などの雑用しか任されず、大した仕事をしていないからとろくに食事を与えられなかった。暴言や暴力も受けていたようで、特に大柄な男を怖がる。それがなくても体格差から恐怖を感じやすいだろう。

「いえ、気を使っていただいているのは分かっています。ユエももう少ししたら慣れてくると思います」

 人を怖がる幻獣がいるのだから、と幻獣のしもべ団は館には頻繁にやって来ることはなかった。

 もし頻々と来訪があれば家令が制限するだろう。

 ただ、今日ばかりは違った。

 幻獣たちと間近で接したい、その狩りを見てみたいという幻獣のしもべ団たちが、拠点にいる者全てがやって来たのだ。


 事の起こりはフィンレイとフィオンとわんわん三兄弟だ。

 カラムの農場を手伝った二人はいち早く収穫できた農作物を届けに館へ訪れた。

 門扉の前で渡すだけで追い返されたとしても、隙間からちらりとでも幻獣たちの姿を見ることができないかとそわそわしていた。

 農作物を受け取る造作が美しく整った家令の足元では子犬三匹がちょろちょろしていた。

「うっは、可愛い!」

「よしよし、良い子だな!」

 家令に籠を渡して手が空いた途端、双子はその場にしゃがみこんで子犬を撫でた。

 一瞬、怯えを見せた子犬たちは純粋に撫で愛でる人間に、すぐに慣れた。

 何より、二人はそっくりな相貌をしていたのだ。

『同じ顔が二つ!』

『兄弟なのでするか?』

『そこ、もっと撫でて下されっ!』

「ははっ、可愛いなあ」

「お前たちは三つ子か?」


 双子の瓜二つさにわんわん三兄弟が驚いて鳴いたのを聞きつけ、シアンがやって来た。

「あ、兄貴、収穫第一弾をお持ちしました」

「うっかり、子犬扱いしてしまったけれど、幻獣なんですよね」

 撫でまわしていた二人が揃ってばつの悪い表情を浮かべるのに、シアンは笑って否定する。

「いいえ、つい撫でたくなるのも分かりますし、エークたちも嫌がっていません。フィンレイさんとフィオンさんが瓜二つなのに驚いているみたいですよ」

 嫌がるどころか更に撫でてほしいと要求していた。

「しかし、リム様と言い、兄貴のところには可愛い幻獣が集まるんですかねえ」

『おお、リム様は確かにお可愛らしい!』

『愛らしさは超弩級でする!』

『愛くるしさにおいても頂点のドラゴン!』

 リムのことを褒める双子の片割れに、わんわん三兄弟が目を輝かせてわんわんわわわんわんわわんと我も我もと称賛に参加する。

 そこへ残りの片割れがお前らティオ様を忘れんな、と言い、「おう!」「「「わん!」」」と答えが揃う。顔を見合わせてそうか、お前ら、ティオ様も好きなのか!とシンパシーを深める。

 シアンが微笑まし気にその様子を眺めていたので、家令は静かに控えていた。


 そのフィンレイとフィオンにせがまれ、シアンは幻獣としもべ団とともに狩りに出かけることになった。

 初めは幻獣もわんわん三兄弟だけ、しもべ団の方も双子だけだったのを、聞きつけた者たちが我も我もと参加したがったのだ。

 わんわん三兄弟を愛で、かつ幻獣であることを考慮してくれる彼らならば大丈夫だろう、と同じ島で暮らすのだからいつか狩り場でかち合うこともあろうと考えた。

 シアンがその気になったのを見て取った双子は、頭に報告してくる、と素早く身を翻した。

 そうして話を聞きつけた島にいた全団員が集まったのだ。

 密偵集団は常になくはしゃぎ、時折マウロに注意された。

 それほど突発的な褒美に、浮かれていた。



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