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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
243/630

49.君たちとこの世界を共に ~ぶらーんして!~

 

『俺にも名前をくれるにゃか』

『ちょっと語尾が苦しいですな。まだまだ板についていない様子』

 シアンが猫の姿をした幻獣に名をつけて良いか尋ねると笑顔を向けられたが、それを九尾が茶化す。

 シアンとしては麒麟たちに名をつけた一環のつもりだった。この島に滞在したいと言っているのに、一頭だけ名前を付けなかったら、仲間外れのように思ってしまいかねないかなと考えた。

 常に幻獣たちの輪から二、三歩退いた位置で眺めている姿から、何とはなしそう思った。

 嫌がるそぶりを見せたらすぐに引っ込めようとしたが、まんざらでもなさそうな雰囲気に安堵する。


「カランという名前はどうかな?」

『じゃあ、俺は今日からカランにゃ!』

 特に是非もなく受け入れる。

『どういう意味があるの?』

 麒麟が小首を傾げる。

「優しく包み込むとか抱きしめるとかいう意味があるんだよ。後は愛らしいとか」

『愛らしい!』

『ご主人に相応しい呼び名!』

『主様のために我らはそうあるべき!』

 わんわん三兄弟がいつもの主張をするのに、シアンは苦笑した。

「普通に振る舞ってくれるので良いんだからね。君たちが自然体でいてくれることが嬉しいよ」

 猫を含め、幻獣たちを見渡して言うと、みな、こっくりと頷いた。ティオや一角獣のような巨躯を誇る戦闘能力を有する者までも揃って首肯するのを、猫は不思議そうに眺めている。


『抱っこ! ぼくもぶらーん、する!』

 リムが後ろ脚立ちして、前足を斜め前方に差し出し、じっとシアンの顔を見上げる。万歳ポーズや威嚇のポーズと足の角度の違う、新たなポーズをシアンはしげしげと眺めた。

 無言で見つめ合う二人。

「キュア……」

 リムがやや不安げな鳴き声を上げたのに、我に返ったシアンが慌てて細長い体を両手でそっと掴んで持ち上げる。

 への字口が緩む。

 シアンの指にリムの前足がかかる。鋭く小さい爪がくすぐったい。下に垂れた後ろ脚を時折動かして、他者の力で宙に浮いている感触を確かめている。

 自由に空を飛ぶリムが全幅の信頼を寄せているのを感じる。


 なお、万歳ポーズは四肢を斜め上に広げ、威嚇のポーズは両前足を天へ真っすぐ向け、指を軽く内側へ曲げて爪を誇示して見せる。全て後ろ脚立ちして行う。

「これは抱っこのポーズ、かな」

 シアンの呟きを拾う九尾が忍び笑う。

『お兄ちゃんなのに抱っこは可笑しいよ、リム』

『大きくなっていないもの!』

 リムが九尾にへの字口を急角度にして反論する。九尾はシアンに対しても揶揄っているのだろう。大きくなっていないと言うのは、リムは館ほどの巨大なドラゴンになれることを指している。

 結局、ぶらーんのポーズに変更された。


 シアンとリムが顔を見合わせて微笑むのに、周囲の幻獣たちもつられて笑みを浮かべる。

 リムがぶら下がった足の甲をはたはたと動かして、他者の力によって浮かぶ心もとなさを楽しんでいる。

 ああやって絶対の信頼と愛情を持っているから、怖がらずに素直に甘えられるのだと思う。

 自分の翼と魔力でもって中空に浮く幻獣が、やすやすとその手に体を委ねている。それが何よりの証拠だ。

 そんなことを考えていると、シアンが近づいてきた。リムはいつの間にかその肩に移っている。

 なるべく、可愛く見えるように小首を傾げて見せる。

 自分はリムやわんわん三兄弟みたいに可愛らしい姿をしている訳でも、ティオや一角獣のような立派な巨躯を誇っている訳でもない。

 ましてや、通常の猫よりも大きくて不気味だと言われてきたのだ。毛並みが良ければまだそういうものだと思われたかもしれないが、長らく続いた栄養失調がそれも叶えてくれなかった。

 更には、二足歩行して人語を話す猫として恐れられた。

 他の小柄な猫たちが可愛がられ、素っ気ない態度もまた可愛いと言われる中、石もて追われた。

 だとしたら、生き残るための手法を講じるべきだ。

 この島の主だというシアンは可愛い幻獣に囲まれている。馴染むように努力すべきだ。

 先ほど、九尾に語尾のことを言及されてしまったが、特段、誰も悪く受け取ったりしなかった。九尾などはもっと精進しなさいという明後日な方向の発言をしていた。


 などと考えていたら、シアンの腕が伸びてきた。思考に捕らわれていたせいか、体調がまだ本調子ではないせいか、それとも、のほほんとしたこの幻獣たちの様子に感化されてしまったのか、その手を避けることができなかった。

 慎重な手つきで、抱き上げられる。猫もまた、その手におのが手をかける。

「おっと」

 シアンが重みによろめく。

 一角獣が猫の尻を鼻先で支えた。角が当たらないように顔を斜めに向けている。

『ベヘルツトは力持ちだね』

 リムがそれを見下ろして、シアンと頬を寄せ合うようにして笑う。

 肩の上のリムの毛がくすぐったそうに笑うシアンに、猫もまたくすぐったいような気持ちになり、むずがゆい。


「僕も腕力をつけなくちゃ。だって、カランはもっと沢山食べなくてはね。そうしたら体重が増えるだろうから、こうやって抱き上げられなくなるものね」

 シアンは何となく分かった。カランは甘えられないのだ。では、こちらから手を出してやらなくては。

 猫は自分を抱き上げる必要はないとは言えなかった。今はこんな風に言っていても、今後シアンの気が変わるかもしれない。それまではこうやって抱き上げてくれるのではないかという希望は捨てないでいたい。

『それまで我が支えていてあげる』

 自分の抱き上げてほしいという取るに足りない望みのために、力ある幻獣も助けてくれると言う。いや、幻獣たちはシアンの望みを叶えるために力を貸してくれるのだ。


「カランは何が好物なの?」

『特に何も』

 覗き込んでくるシアンの視線がやはりむずがゆくて、猫はその腕の付け根の辺りに額をつける。

「何も?」

『食べられるなら何でも食べるにゃ』

 今まで、そうしてこなかったら生きてはいられなかった。木の根でも草でも食べた。それでも、いじましく、人の作ったものには手を出さなかった。厭われ武器を持って追われるのが怖かったのだ。


「じゃあ、これから、何が好きか、見つけて行こうね」

『まずはきゅうちゃんたち幻獣の好きなものを試してみると良いですよ! きゅうちゃんの好きなものは芋栗なんきんです!』

『ぼくはリンゴとトマト!』

 九尾にリムが続く。

『ぼくは肉と生クリームを使った料理』

『我はジャガイモ』

『『『ハンバーグ!』』』

 ティオと一角獣、わんわん三兄弟も口々に言う。

『食べられるなら何でも食べるけれど、野菜。肉と野菜が一緒に織りなす味わいに感動した』

 常に言葉少なな兎が珍しく熱弁をふるう。


 それぞれに好きなものが明確に存在するのだなと思っていると、そっと視線を落としてその場で片足踏みするように蹄で地をかく麒麟を、鸞が気遣わし気に見やるのが視界に入る。猫の視線に気づいたのか、鸞が口を開く。

『ユルクは海のものと山のものが入っているシアンの料理が好きだと言っていたな』

 鸞は麒麟と共に何度かユルクと会い、そののんびりした性質を好ましく思っていた。

『『ぼくもシアンの料理好き』』

 ティオとリムの声が揃う。


「ふふ、みんな色々だね。順々に試してみようね」

『シアンはね、みんなの体に良い植物を使って料理をしてくれるの! 元気になりますようにって。美味しいだけじゃないんだよ!』

 リムが声を弾ませる。

『美味しくて幸せな気持ちになる上に元気にもなる』

『美味しいから元気になるだけではなくて、元気になる材料も入っているんだな』

 ティオが言うのに、鸞が首肯する。

『シアンの優しい気持ちも入っているんだね』

 麒麟がおっとりと微笑む。

 本当に、のほほんとした幻獣たちだ。でも、彼らはいざとなったら獰猛になるし、その知性や特技をいかんなく発揮するだろう。

 このとろとろと微睡むのに似た穏やかな空気は、カランを抱くシアンが発し、そこからみなに影響を与えているのだ。

 それが酷く心地よくて、もう少しだけ、と暖かな体温に顔を押し当てた。

 名を貰ったこと、その意味、幻獣たちが猫の好物を見つけようと言ったこと、何より、抱き上げられていることから、彼を外界と隔てる強固な殻に亀裂が入り、ひび割れた。その僅かな隙間から垣間見えた性質は、寂しがり屋で意地っ張り、傷つきやすい自分を恥じ、それらを隠し通せる知能と器用さを持っていた。

 カランの特性を知ったシアンはちょっと強引にでもスキンシップを取ろうと思った。



 ログアウトは異界の眠りと称されていたが、プレイヤーが自分たちは異世界からきており、向こうの生活がメインだと主張するようになってから、その認識は浸透していった。

 ゲーム会社が異界の眠りという定義づけたものから変遷した。実に、この辺りの作り込みが曖昧で行き当たりばったりで、逆に言えば、柔軟で変化に富んでいる。

 そして、シアンの周囲に集まる幻獣たちにもシアンは異世界の生活をし、そこで体調を損なえば、こちらでも著しく影響を受け、ともすれば体を壊してしまうと知り、異世界との行き来をそれぞれ受け入れた。



 シアンは幻獣たちと島を散歩した。

 黄緑の牧草地に黄金の縁取りがされている。背後の丘に雲が黒く大きな影を作っている。

 夕日のきらめきが大地を黄金に輝かせる。一日の終わりのほんの一瞬の豊潤なひと時だ。

 傍らを悠々とティオが音もなく歩き、肩でリムが周囲を見渡し、足元をわんわん三兄弟が転げまわるようにして歩く。一角獣は露払いのつもりかシアンの前を行き、麒麟と鸞が連れ立ってシアンの後ろをついていく。ユルクはシアンの膝当たりの高さを蛇行する。兎と猫はやや離れた距離感を保ってそれに続き、最後尾を九尾が後ろ脚立ちし、前足を腰の後ろに回してのんびり歩く。

 どこまで広がっていく息を飲むような美しい景色を、幻獣たちと分かち合い、楽しんだ。

 彼らの様々な価値観を知り、尊重し、新しい発見を共にしていきたいと願う。







   許してください、あなた自身を


   憐れんでください憐れんでください

   憐れんでください、我らを惑わす者は全て排除するがゆえに


   獣になりたかった。力を持つ獣に

   何ものにもとらわれず、広く旅ゆく獣になりたかった




5章はこれにて終了です。

お付き合いありがとうございます。

次は6章の人物紹介と第一話を同時更新する予定です。

そちらも楽しみにして頂けたら幸いです。


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