24.プレイヤーとの交流 ~ひっつきリム~
『誰か来る。人間だね』
ティオが密林の方を向く。
「また盗賊かな?」
シアンは皿をテーブルに置いた。
『ううん、敵意はないみたい』
「あれ、じゃあ冒険者かな。何人くらい?」
『三人』
特に警戒した様子を見せないティオに、だが、先日の冒険者ギルドで絡まれた一件を思い出し、気が重くなる。
密林の中から疲れた足取りで出てきた先頭の男がセーフティエリアにいるシアンたちに気づいたようで一瞬足を止めた。
三人は近づきながら手を上げこちらに挨拶をしてきた。シアンも返す。ティオは我関せずで食事を続け、リムはシアンの陰に隠れる。
「おお、美味そうな匂いだ。密林から命からがら出てきたら天国のような匂いが!」
「あんた、挨拶くらい先にしなよ! こんばんは」
「こんばんは。ご一緒しますね」
体格の良い体に革の鎧を着こみ、剣を持った男が開口一番言うのに、紅一点の女性が威勢よくその後頭部を叩き、残りの魔法職然としたローブ姿の男が如才なく挨拶してセーフティエリアに入ってくる。
「だって、焼き肉の匂いなんて、匂いテロとしか!」
「確かにカレーと並ぶほどの食欲をそそる匂いが拡散しますよね」
穏やかそうな最年長の男が荷物を下ろして座り込んだ。
剣士の男も腰を下ろして大きなため息をつく。
「ふへー、疲れた!」
女性も座って荷物から水筒を取り出して喉を鳴らして煽る。
「皆さん、密林の遺跡に行ってこられたんですか?」
「そうそう。宝箱はほとんど持ち去られていたけどね。でも、いい経験値稼ぎだった。大物も仕留めたしな!」
へたり込んでいた顔を上げて剣士が人懐こく笑う。
「さあさあ、早く支度しないと飯にありつけませんよ」
最年長の男がリーダーだろうか、その言葉に残りの男女が気の抜けた返事を返す。やはりダンジョン攻略後は疲れるのだろう。
「よろしかったら、こちらの肉を食べますか?」
三人全員ががばっと音がしそうなほど体を振り向ける。
「い、いいのかい?」
「そちらのグリフォンはまだ食べそうですけど」
「でも俺も食べたい」
最後に本音が漏れた。
「まだ沢山あるから大丈夫ですよ。あ、肉を焼くの、手伝ってくれますか?」
シアンは笑って手を借りたいと言う。役割を振った方が遠慮する心的負担も減るだろう。
「やりますやります!」
「何でも言って!」
先ほどのリーダーに返した返事と打って変わってやる気に満ちた返答だ。
「もう火は十分ですし、肉は味付けしてあるから鉄板に乗せて、焼けたのを取っていくだけです。あと大量に焼くので、時折余分な脂を拭き取ってください」
「おう!」
トングや肉の入ったボール、取り皿などを指し示す。
「じゃんじゃん焼こう!」
「では、私は火を見ますね」
バーベキューコンロ脇に置いた炭やトングがある。
「いや、しかし、すごいですね、この調理器具」
「テーブルやイスまで!」
「揃えるのも金がかかるが、持ち運べるだけのマジックバッグがあるってことだろう?」
「流石はグリフォンを連れているだけありますね」
もうもうと煙を浴び、肉の焼ける音と食欲のそそる匂いとにまみれ、視線は鉄板の上に集中しつつ、三人がしっかり手を動かしながら口々に言う。なかなか器用な面々だ。
年長の男がパーティリーダーでザドクと名乗った。剣士がウィルで、女性がヴェラだ。
今日は他のパーティメンバーの都合がつかなかったので、全員で攻略したことのある遺跡に三人で挑戦したのだと言う。
「何か聞いていますか?」
「おお、グリフォンなんてすごいの連れていりゃあなあ!」
「ほんと、まだまだこの国じゃあどこでも見たことないって聞くし」
「これほど立派な幻獣ですからねえ」
「あ、でも、俺たちはうらやましいって思うくらいだぜ? やっかむやつらもいるけど、騒いでいるのは少数だしな」
やはり色々言うものがいるようだ。
何とも言えない表情になるシアンに、ヴェラがちょっと、とウィルをつつく。
「すみません、デリカシーとかに縁遠いやつでして」
「いえ、ギルドで絡まれたこともありますし、多分そうなんだろうなって思っていましたから。あ、そろそろ焼けていますよ。皆さん、お腹空いていますよね。今焼いているのをさらっていってください。僕がまた焼きますから」
気持ちが幾分沈んだが、空気を切り替えるためにも楽しい話題に変える。
「いえいえ、次のもちゃんと乗せますよ。焼いている最中に食べられますから」
「焼き立ての方が美味しいですから」
肉用のトングをザドクと取り合っている間に、ウィルが早速肉を口に放り込んだ。
「熱い! 美味い!!」
「ほんと、美味しい! 柔らかい! 味付け最高!」
負けてなるものかとヴェラも頬張る。
双方ともに単語で端的に喜びを表す。
「やだ、タレ、二種類ある! 私、甘いやつが好み!」
「俺はピリ辛の方だな。でも、辛い方も果物の甘みがするな」
シアンの勧めに従ったザドクは言葉なく咀嚼しては肉を口に運んでいる。目を細めて味わっていて、気に入ったのが分かる。
イスは精霊用を考えて五脚ある。残り三脚をテーブルに出しておき、さり気なく風の精霊が座っているイスには座らないように誘導した。
「ティオとリムの分もまた焼くからね」
鉄板の上に肉を乗せていく。ティオが嬉しそうに喉を鳴らす。
「意思疎通もできているんですね。街中を一頭で歩いているのを目撃した者から危ないんじゃないかという話も出ていたんですよ」
「でも、面倒ごとを起こしたって聞かないしなあ」
「ちゃんと列にも並ぶって聞くし」
「そこらのプレイヤーやならず者あがりの冒険者よりもよほど礼儀正しいですよ」
極めて高評価にシアンは目を見張った。
「みんな結構しっかり見ているものですよ」
ザドクが穏やかに笑う。
肉の礼を、と素材か金銭を渡されそうになったが、固辞し、代わりに密林内や遺跡内の話を聞いた。情報も売買される。時にはとんだ高値がつくこともある。
三人は納得して口々に話した。
「まあ、ここの遺跡はプレイヤーにとっては初期のダンジョンですから、謎解きは簡単なものです」
「罠感知の方が厄介じゃない? 大抵パーティには密偵がいるものよ」
ザドクにヴェラが言う。かく言う彼女も密偵だそうだ。
「ソロはそこが辛いところだよな」
その辺は気配に敏いグリフォンがいるから、と答えておいた。
風の精霊が任せておけと言っていたから、心配していない。
話が進むうちに慣れたのか、リムも姿を現し、ヴェラに可愛いと称賛されていた。リムは女性に人気だ。
そのリムは体の構造上、テーブルに乗って食事をしていたのだが、三人は全く気にしていない様子だった。テーブルがある方が珍しいのだと言う。
話題は冒険者ギルドで強引にティオをパーティに入れようとした者たちのことに移った。
「それにしても、災難でしたね。NPCとはいえパーティに無理やり入れようなんてひどいマナー違反です」
「料理人で吟遊詩人の何が悪いんだかなあ。こんなに遠くまで出てくる勇気の方を買うけどね、俺なら」
満腹になった腹を撫でながら、こんなに旨い肉を食べさせてくれるのだし、と調子よく続ける。
「ねえ、吟遊詩人って何の楽器を弾くんだい?」
「これです」
マジックバッグから取り出したリュートを見せる。ピアノやバイオリンは大切なもので替えがきかないので、仕舞ったままにしておく。
「ね、何か弾いてみてよ」
ヴェラのリクエストに応じて、夕方にふさわしいメランコリックな音楽を奏でていると、触発されたのか、リムが胡坐をかいたシアンの足に小さな前足をかけ、見上げながら鳴きだした。
「キュアーキュアー」
小さな口から牙が見える。
「どうしたの、リム」
抱き上げるとぴったり胸に小さな体を貼り付け、しっかと四本足でしがみつく。首を軽く曲げ、頬を首筋に擦り付ける。背中を軽くたたいてあやしてやれば、尻尾を左右に揺らす。滑らかな動きが楽しげだ。
抱えなおそうとすると、引きはがされると思ったのか、切実な鳴き声を再び上げる。
演奏家が独自に表現するテンポの揺らぎが情感の豊かさを発揮し、聴き手の脳神経に働きかける。これがでたらめな揺らし方だったり、人工的なものでは感じ取れない。音楽のルールに則ったものでなければ働きかけることができない。
これをリムも読み取ったのだろう。
哀愁を帯びた音色に感化されたのか、と柔らかい毛並みをしばし撫でながら、感傷にしばらく寄り添った。
「すみません、途中でやめちゃって」
「いや、気持ちは何となくわかるぜ。俺もしんみりした」
「こう、グッときたね」
「よい演奏でした」
拍手を貰い、軽くお辞儀を返す。
湯を沸かした後、男性陣がバーベキューコンロを片付けその火種で焚き火を熾し、女性の方は茶を淹れてくれた。
その間、シアンはセーフティエリア内をリムを張り付けたままゆっくり歩く。気分は子守だ。小さな柔らかい背中を軽く叩いていると、竹のように中が空洞になっている固い木の枝が落ちているのを見つけた。
ふと思いついて表面に細かい溝を作る。その辺に落ちている小さな棒状の枝に持ちやすいように握りに紐を巻く。
冒険者三人に聞こえないように小声で風の精霊に即席の楽器を乾燥してもらう。
出来上がった楽器の下の部分を打ち、その音が消えない内に溝をこするように上部へ棒を移動させる。 溝を連続してこする音が響く。ちょっと変わったコミカルな音質だ。
次いで、上から下へ、下から上へ勢いよく棒を滑らせリズムを取りながら音を出す。
下の部分を打ち、上部へ向けて引き上げ、上下、下上と滑らせる。
「キュア!」
リムが気に入ったようで鼻先を近づける。
「やってみる?」
聞くと、目をキラキラさせ、シアンから棒を受け取る。
新しい打楽器に夢中になり、ようやく離れた。
溝をつけた木の枝の溝の裏側に爪を食い込ませて固定させる。確かに円筒状で持ち手がなく、小さな指のリムには不安定だが、小さく愛らしい姿に似合わぬ大胆かつ荒っぽさだ。
驚いて言葉を失うシアンを他所に、リムが先ほどのシアンの真似をして音を出す。
「おお、上手いもんだな」
バーベキューコンロを片付けて茶を啜っていたウィルがリムに感心した。
弦楽器の特徴的なリズムをティオに教え、叩いて貰う。リムに音を出すタイミングを伝える。
シアンは声楽を専門に習ったことはない。
でも、この気の良いプレイヤーたちなら下手でも嘲笑ったりしないだろう。
ティオの力強いリズムに合わせてリュートを奏で、導入部分を経て歌う。
映画の主題歌になった古い歌だ。低い音程を辿っていく。
冒険者の方も一仕事終えた達成感と安全な場所へ来た安心感、暖かくて美味しいものを食べて満たされたことから開放的になる。手拍子をしたり鼻歌で繰り返すメロディを辿っていたので、三人に歌を教え、歌は彼らに任せた。
最初は戸惑い恥ずかしがっていたが、ザドクが歌いだすと残りの二人も声を出すようになった。野外で焚火を前に、複数人で歌をうたうのは爽快感や開放感がある。
何度か歌い終わった後、自然、笑い声に包まれた。達成感に似たものを共有した。
密林を背景に、茜色に染まる広大な大地に、音楽が溶けていく。自然と調和する音に圧倒される。
跳ねて荒ぶる旋律を、美しい調べに乗り遅れないように、自分のものにする。情景がまざまざと脳裏に浮かぶ。匂いが、光が、熱気が蘇る、そんな演奏を楽しめるように指が自然と動くよう練習を重ねてきた。
『シアン、次はあれやろう!』
リムがマジックバッグに頭を突っ込み、タンバリンを取り出す。
「お、チビは他の楽器もやるのか?」
リムが好きな軽快な曲を幾つか歌う。
まさしく飛んだり跳ねたりしながら体全身で音楽を楽しんでいる。リムを見ていると音楽と踊りはどちらも体の奥から湧き出てくるものなのだと実感する。脳のあちこちでリズムや音程やピッチの反応があり、それが体の動きとなって現される。
肩あたりの高さを飛んでいるリムと一緒に歌いながら頭から首筋、背中と撫でていって、そのまま尾をなでると、するりと手の中をくすぐるように抜けていく。目を細めて嬉しそうだ。柔らかくてなめらかな感触に、シアンも微笑んだ。
ティオが大地の太鼓を叩きながら顔を近寄らせてくるので、頬を向ける。頬と頬が合わさり柔らかい。リムはその広い背中の上で跳ねている。
そうして、暮れなずむ中、三人で存分に音楽を楽しみ、ザドクたちからも温かい拍手を貰った。 寝る段になって、木の枝で試作した楽器が爪痕によりもはや使えなくなったのに、リムがショックを受けていた。今度筐体の素材を乾かしてちゃんと作成すると約束してなだめた。
ティオやリムを大切にしていて、動物NPCでもプレイヤー仲間と変わらないのだということがよくわかったと冒険者たちが言ったことが心に残った。自分の言動を見て、分かってくれる人がいるというのは意外と心強いのだと。




