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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
234/630

40.幻獣のしもべ団、乗船す ~報告するの巻~

 

 床に描かれた転移の陣から円筒状に光が発し、やがて消えていく。

 光の紗が薄れていく向こうに、端正な姿勢の人影が佇んでいた。

『狼、いえ、セ、セバスチャン!』

 新しい呼称に未だ慣れぬアインスが言いなおした際、声が裏返る。

 しかし、静かに出迎えてくれた者は無表情のままだった。

『た、只今戻りました!』

 力み過ぎて四肢を踏ん張るアインスの隣に並んだウノが姿勢を正し、所謂お座りポーズで家令を見上げる。

『こ、これを主様よりお預かりしましたっ』

 感情が乗らない視線で見下される沈黙に耐えかねて、エークがシアンから託された料理を差し出す。

 静謐な空間に漂う場違いな香ばしい匂いに、アインスが慌て、ウノがこっそりエークを突く。咎められた方は何が悪かったのか分からず、慌ててしまい、料理を盛った器が傾き、あわや中身が零れそうになる。

『垂れている、垂れている!』

『ば、ばかっ』

『えっ⁈ わ、わわっ』

 子犬三匹が円陣を組んで賑々しい。

 そこへ、す、と白い手袋が差し出される。

 それまでの器を平らにしようとして逆方向へ傾けすぎたり、悲鳴が上がったり、手を貸そうとしてまた逆方向に傾けすぎたり、といったてんやわんやが瞬時に解決する。

 セバスチャンが深皿を手に取り、持ち上げたのだ。もちろん、水平に。

 わんわん三兄弟は揃って安堵のため息を吐いた。

 次の瞬間、前主の手を煩わせたことに息を止め、青くなる。そのまま呼吸をしないでいたら白くなってくる。

 丸い子犬の後頭部を順々に軽く叩いて行くと、ぱほ、と軽い音をたてながら呼吸が再開された。ついでにわんわん三兄弟の固まっていた体も動き出す。

 傍から見ていたら、不可視のスイッチが押されたようにも思える。


 それからシアンの心づくしを味わうセバスチャンの足元でわんわん三兄弟は道中や浜辺での出来事を語った。

『それでですね、ティオ様の飛行はとても素晴らしい速度でっ』

『背に乗る我らが耐えられるように殿が精霊王様に頼んでくださいましてっ』

『その場で狩った獲物の何と美味しいことかっ。主様の料理の腕が冴えわたりっ』

 初めは三匹ならんできちんとお座りポーズで揃ってセバスチャンを見上げて報告した。報告というよりもシアン一行への称賛だった。

『そして、リム様が引きずり出したクラーケンをティオ様が一撃で仕留められたのです!』

『石ころのように水面を転々と跳ねてゆきました!』

『焼いて醤油を垂らすととても美味しゅうございました!』

 次第に話は熱を帯び、前のめりになり、前脚でクラーケンの大きさを示そうとしたり、リムやティオの勇姿を再現してみたり、クラーケンの美味さにうっとりした。

 セバスチャンが今まさに賞味している。


『ご主人もリム様も各精霊王様からのご寵愛深く』

『リム様がユルクに闇の君の助力を賜りたいと仰られたときにはあまりの畏れ多さに身が凍りました』

『リム様は闇の君の上に乗って海を浮いておいででした』

 あまりのできごとに、前主の足に縋りつかんばかりに近寄っている。

『以前、ご主人たちがお助けしたという一角獣も現れましてっ』

『水の精霊王様の加護を受けた素晴らしき威容!』

『獲物を鋭い角で突き刺す勇猛さ‼』

 興奮してその場をくるくると駆け回る。

 うっかり、エークがセバスチャンの足を踏んでしまう。大きさの違いから触れると言うよりも半ば乗り上げる形となった。

『『『……‼』』』

 三匹はエークの両前足の下にある足をまじまじと見つめ、ゆるゆると顔を上げた。

 そこには無表情ながらもうっすら唇に笑みを刷いた端正な相貌があった。

『そうか、楽しかったようで、何より』

『『『……!』』』

 三匹は半瞬体が固まり、次いで激しく短い尾を振り出した。

 セバスチャンが食器を片付けに立つのに付き従う。

 嬉しい気持ちのまま、先行しすぎて家令の足に纏わりつく形となる。有能な家令は足を取られることなく、子犬を蹴り飛ばすことなく進んだ。



 大洋では海水は常に同じ方向に流れる。

 しかし、アダレードの南東沖では季節で風向きが変わる。それが原因となり、表層海流の向きが変わる。

 そのため、この地域の航海は慣れた航海士が必要とされる。慣れない者では大海の最中で迷ったり岩礁に乗り上げて沈没することもあった。

 この海は生態系も豊かだ。固有種も多く生息する。

 そういった理由からも、この海をよく知る航海士は重宝された。

 昔、海洋貿易が盛んなころに記録された航海案内は今でも珍重されている。

「航海は順調のようだな」

 マウロは船べりに立つディーノに声を掛けた。

 シアンの協力者として、互いを情報の上で知っていたが、今回初めて顔を見合わせ、知遇を得た。マウロはリムの手下としてシアンのために働く集団を纏める者として、ディーノは底知れない力や人脈を持つ者として。

「風や水の魔法をよくする者が幾人かいるんでね」

「へえ、闇の魔法だけじゃないのか?」

 言いつつ、立派な帆船だからというだけではないのだなと思う。

 追い風に強い横帆と縦帆を備え、それらを組み合わせて風を捉えて進む。風の魔法を使える者がいたら、相当心強いだろう。

「我ら魔族は闇の属性を持つが、他の属性の魔法も扱える。中には闇の魔法よりも得意な者もいるな」

 マウロは片眉を跳ね上げた。

 大抵、人が持つ属性は一つだ。複数持つ者は稀で、複数の魔法を扱える者は更に少なくなる。そして、保有魔力はその分、弱くなる。つまり、魔法の威力も弱くなる。しかし、二つないしは三つ同時に魔法を操れるということは非常に便利だ。これまでも、名を馳せた魔法使いの中には複数の魔法を操る者がいた。

 しかし、種族全員が複数属性を持つなど、ついぞ聞いたためしはなかった。

 魔力が高いうえに複数属性を持つ。

 とんでもない民族だ。

「へえ? そんなこと、初めて聞くな」

「秘匿されているってことでもないんだがな。まあ、広くは知られていない。魔族は多種族とあまり交流したがらなかったからな」

 それが最近は違うというのを、マウロは肌で感じていた。まず、他民族との窓口となり得る商人の動向だ。明らかに取引が増え、積極的に活動するようになっていた。

 だが、そのことは口に出さずに、唇をゆがめて見せる。

「そこからすると、いち早くトリスに入り込み、商人として活動したあんたは規格外だったんだな」

 マウロの揶揄に鼻息ひとつで応じて、ディーノも笑う。

「まあ、あんたたちと同じはみ出し者というやつだな」

「シアンはそういうのばかり集めているのか?」

「そういうのがあの御方に魅かれやすいんだろう」

 そうかもしれない、とマウロは素直に頷いた。


「海は難破も怖いが、他にも厄介なことがある」

「病か?」

 水平線に視線を向けたまま、ディーノは無言で首肯した。その硬い表情に、もしかすると以前、大変な目に遭ったのかもしれないと考えた。

 物資が乏しく、助けを求めることもできない閉ざされた世界。それが航海だ。

 なす術もなくただ見ていることしかできないのは辛い。マウロもつい先日、部下が毒に侵されたのを見ているしかできなかった。それを颯爽と助けてくれたのがシアンである。


「なあ、頭、ちょっと良いか?」

 ディーノと話しているものの、雑談している風なことから、幻獣のしもべ団の一人が声を掛けてくる。気軽に応じると、大事そうに取り出したものを見せる。

 それが意外にも植物だったので、マウロは片方の眉を跳ね上げた。

 鮮やかに濃い緑色で細い茎にこんもりと葉を生い茂らせている。

「これ、さっき料理で入っていたハーブなんだが、分けて貰えたんだよ。なんでも、体に良い物が入っているから、こういった航海なんかで必ず多めに持ってきているからって。で、頭の親分の兄貴に渡そうかと思うんだけど」

「兄貴、料理が上手いからな」

  頭の親分はリムのことで、その兄貴はシアンのことだ。近くにいた他のしもべ団団員も加わった。

「シアンはこのハーブは既に手に入れているぞ」

 ディーノが言うと、期待に高揚していた幻獣のしもべ団団員が肩を落とす。

「あ、じゃあ、これは? アダレードの港町で見かけて手に入れておいたんだ」

 アダレードからカラムたちを護衛してきた団員が差し出したのは、土ごとの一株の苗だった。濃く艶やかな楕円形の葉を持つ。

「お前、こんなん持ち込んだのかよ! どうりで荷物が多い訳だよ!」

 途端に、わっと団員が集まって来て鉢を取り囲む。

「いや、乾燥したのもあったけれどさ、フレッシュなのが良いかな、と思って」

「ああ、確かにこれは乾燥すると香りが落ちるから、良い選択だったな」

「そうか!」

 ディーノの言葉に、頭を掻きながら言い訳していた団員が表情を明るくする。

「でも、これもシアンは入手済みだぞ」

「そうか……」

 その団員もまた肩を落とした。

「まあ、いいじゃないか、先に手に入れていても。大体、あちらには機動力に優れている幻獣がついているんだ。その上、シアンのために何かしてやりたいというのはお前らの比じゃないくらいだ。俺たちが手に入れられる物は既に入手済みだろうさ。でもまあ、シアンのためを思って、好きそうなのを用意した土産だ。貰って喜ばないことはないだろう」

「兄貴だからな」

 マウロの言葉に、幻獣のしもべ団が揃って頷いた。

 果たして、幻獣のしもべ団がシアンに渡したハーブは、生クリームやトマトに合うのでティオやリムが喜ぶと言われ、団員たちを嬉しがらせた。


 シアンと幻獣たちのことについてああでもないこうでもないと語り合うしもべ団の間を縫って近寄った魔族がディーノに耳打ちする。

 ディーノが一つ頷き、魔族は持ち場に戻る。

 すぐにディーノはマウロに目をやり、視線がぶつかる。

「お察しの通り、有事だ」

 ディーノと魔族のやり取りから何かあったと察したマウロに、こちらもそうと知ったディーノが一つ頷く。

「敵襲か? カラムとジョンたちを船倉へ?」

「ああ。海中から大きいものが近づいているらしい」

 話が早くて助かると、手短にディーノが述べる。

「おいおい、噂のクラーケンではないだろうな」

「あれの目撃情報は相当離れた大陸西の西海岸辺りであったらしいがな。遠征してこないとは言い切れない」

 ディーノの言葉に首肯し、マウロが幻獣のしもべ団たちに指示を飛ばす。

 すぐに身軽く動く彼らは密偵集団だけあって、初めは戸惑ったもののすぐに船上にも慣れた。常に揺れ動くことに順応できず、船酔いする者はカラムとジョンたちと一緒に船倉へ向かう。


 密偵たちは足場が悪い場所での活動はお手の物だ。中には魔力を使って行動の補佐をする者もいる。攻撃魔法として顕現するほどの魔力はなくても、工夫すれば行動を支えることはできる。魔力操作の練度が必要とされるので、器用さが求められる。

 アーウェルなどが良い例だ。

 マストをするすると登って物見櫓にたどり着くと、魔法の補助で高めた五感を使って敵襲に備える。足元の僅かな振動の変化に、声を飛ばす。

「船尾だ! 右後方!」

 しもべ団団員がすぐさま向かう。ゾエ村の異類たちも続く。

 赤黒くぬめる触手が海上から何本も突き出ている。無数の吸盤がついており、大の大人が一抱えする太さである。

 アーウェルが放ったスリングショットの一撃が先制し、怯んだ隙にガエルやベルナルダンの衝撃波が響く。

 触手が何本も千切れ、海底に沈んでいく。残った触手が痛みに狂ったように蠢く。

「ガエルはすっかり本調子だな」

「ああ、これもシアンのお陰だな」

 マウロはすっかり配下に任せ、グェンダルと戦況を見守る余裕があった。

 カークの指揮の元、衝撃波の間隙を矢が補い、そのフォローをスリングショットから飛ばされた飛来物が行う。

 効果的なタイミングの援護射撃により、魔獣は倒された。


「すごい物だな。俺たちの出る幕はなかった」

「あのデカブツに船が破損されずに済みました」

 ディーノが感心すれば、船長が感謝する。

 幻獣のしもべ団たちが倒したのは巨大なタコに似た魔獣だった。焼いて食べると美味しいというのに、見た目の酷さから、初めは嫌がったしもべ団団員たちだったが、試しにマウロが食べてみて美味いと言ったことから、初めは恐る恐る、次いで勢いよく食べ始める。

「お前ら、頭に毒見させんなよ」

 がっくり首を垂れるマウロに、魔族の船員たちが笑う。

 出身国も違えば、はみ出し者であったり、異能を持つことから人扱いされない者もいる集団だ。けれど、それだけに悲壮にならずどこか突き抜けた感のある明るさを持つ彼らには、和気あいあいとした雰囲気があった。

 魔族たちは幻獣のしもべ団たちがシアンや幻獣たちを慕い、また、相当な戦闘力や密偵能力を持つことから、彼らの支持団体として相応しいという認識を持った。そして、それは、この船員たちから魔族へ伝わっていく。

 幻獣のしもべ団は名実ともに、魔族に認められるようになる。



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