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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
233/630

39.即解決 ~ティオさんなら世界を割れる!/弟子入りを!迷惑です。/手下いっぱい!~

 

 熱水噴出孔は火山活動が活発な場所や発散的プレート境界、海底の盆地などにある。

『地殻の中へ入り込んだ海水がマグマの中の金属元素を含み、マグマによって熱せられて上昇し、再び近くを通って海底から噴出する。輩出した硫化物が岩山を形成する』

「それが筒みたいな形をしているんだね?」

 風の精霊にレヴィアタンが言っていたことの詳細を求めると、件の場所まで誘導してくれた。


『あ、あれ、渦巻が乗っているやつ! 前に見たのと同じやつだよ、シアン!』

 ティオと並走していたリムが何かを見つけて、シアンに近寄り前足で指示して見せる。

 シアンはそちらに目を凝らす。小さい石のようなものが浮いている。よく見ると、リムが言う形状に見える。

「ああ、リムが見たっていう黒いの? 本当に真っ黒だねえ」

『ね!』

 顔を見合わせると自然と頬が緩む。リムのへの字口も横に伸びる。

 ティオが速度を緩め、そちらにゆるゆると近づく。

 ヤドカリのように渦巻状の巻貝に無数の鱗がそよいでいる。

「横から見たらヘルメットに羊の角がついたみたいにも、角笛の先が丸まっている風にも見えるね」

『面白ーい!』

『あれは硫化鉄が体表を覆っている。熱水噴出孔付近に棲む。そこは化学合成生態系が形成されている。あの貝は消化管の組織の中に共生細菌を保持している。レヴィアタンが言っていた筒というのはこの熱水噴出孔のことだね』

「じゃあ、あの生物を辿っていけば、熱水噴出孔に行けるかな」

『孔なのに、筒とはこれいかに』

 シアンの呟きに、九尾が混ぜ返す。


 熱水噴出孔から硫化水素が出なくなった。それで餌が減り、縄張りを荒らされ、そこに住んでいた者たちは拡散し、手あたり次第襲い掛かるようになったという。

『熱水噴出孔は生物がコロニーを形成する。噴出口から噴き出た硫化水素を海水中の酸素や硫黄で硫酸に酸化して化学エネルギーを取り出すバクテリアを細胞内に寄生させ、その作り出す有機物を栄養分とする生物がいる。また、その化学合成細菌を餌にする生物もいる。そして、バクテリアを寄生させた生物が大きい者の餌となる。そうやって、複雑な生態系が成り立つ』

 その根源の噴出がなくなり、バクテリアがエネルギーを作り出せなくなったのだ。食物連鎖は魔獣にまで及び、その強者が新たな餌を求めて他の地に流れていく。

『餌がないのに襲うなというのは、飢えろというのも同等。死ねと言っているようなものです』

 九尾の言葉にシアンは頷く。


 風の精霊の案内でたどり着いた先には塔の風情でそびえ立つ岩だった。黒く凹凸の激しい形状はまさしく小さな火山孔である。

『あそこから熱水が出るはずなんだね?』

『出てないね』

 一角獣が塔の頂を振り仰げば、ティオが即座に断じる。

『うーん、あの穴の入り口をほじくってみる?』

「危ないよ、ユルク」

『ティオに大地の魔法で穴をあけて貰う? 地中に達するくらい、長くなるように、岩をうんと尖らせて、めいっぱい力を込めて貰うの!』

『やめて、リム。この世界が割れちゃう。ぱっくりいっちゃいそう!』

 九尾の制止の言葉に、シアンも思わず頷いた。


『じゃあ、ぼくが大地の精霊にお願いしてみるね』

「ティオ?」

 ティオが悠々と岩の塔の根本に近寄り、ぽんぽんと地面を叩きながら大地の精霊に硫化水素を出してくれるように頼む。

 それはまるで、以前、崖の上の神殿に行く際、大地の精霊に植物の実をつけてくれと願ったのと同じだった。

 そんな気軽なもので、と思う間もなかった。

 ぐぐ、と大地が鳴動し、少しばかり海底が震えた。

「え、地震⁈」

『海底噴火かもしれませんよ!』

 シアンと九尾が辺りを見渡す。

 ユルクはたまにあるよ、と言い、リムと一角獣は揺れたね、と顔を見合わせるくらいで、平常のままだ。ティオに至っては、大地の精霊が願いを聞いてくれたのだ、と泰然としたものだ。

 事実、熱水噴出孔から、黒い煙に見える熱水が噴き出し始める。

『おお、煙突からもくもくと煙が! 銭湯のようですな!』

 相変わらず、九尾は妙なことを知っていると思いつつ、シアンは風の精霊に尋ねる。

「英知、もしかしてこれが硫化水素?」

『そうだよ。地中で熱せられた高温の熱水だ。これには重金属や硫化物が海水と反応して黒くなる。熱水の温度が一定以下で含まれる金属硫化物が少ない場合は白色になる。どちらにせよ、多くの硫化物を含んでいるため、無毒化するヘモグロビンやたんぱく質を持たない生体には猛毒だよ』

『シアン、下がって!』

 風の精霊の言葉を受けて、ティオが言う。

『大丈夫、空気の膜で覆っているから、それで防ぐ』

「周囲に散って行った生命も戻って来るかな?」

 風の精霊に全幅の信頼を置いている当の本人は呑気なものである。

『念のため、水のに元いた住人たちを誘導する水流を作って貰うと良い』

 そんなことができるのか、とシアンは風の精霊に勧められるままに水の精霊に相談してみた。果たして、気軽に請け合ってくれる。

『これで、ユルクはおじいちゃんに認めて貰えるね!』

『でも、私は何もしていないよ』

 リムが満足気に胸を張ると、ユルクが気後れした風情で鎌首を下げる。

『全てはシアンちゃんのお陰ですねえ』

「僕も何もしていないよ」

 九尾の言葉にシアンは苦笑する。

『精霊の力はやはりすごいな』

 一角獣の感嘆にティオが無言で重々しく頷く。

「本当に、みんなにはお世話になりっぱなしだよ」


 首を長くして待っているだろうレヴィアタンの元に戻る。

 気落ちしていたユルクは上機嫌に歌うリムに釣られて歌ううち、興が乗って来たようだ。リムの尾と鎌首が同じタイミングで左右に振られるのに、シアンもリュートを取り出して奏で出す。九尾がティオの背の上で手拍子する。一角獣は傍観者の様子を装っていたが、尾がリムたちと同じく振られている。

 そうして楽しんでいれば、道中はすぐだった。

 前方にうろうろと海底を落ち着きなくうろつく細長いものがいる。

 シアンたち一行に気づくと、もたげた鎌首を一直線にして体を硬直させる。

『筒から煙が出たよ! 水の精霊王が住んでいた皆を集めてくれるって!』

 今度はレヴィアタンの尾の先までぴんと張る。

『な、何ィ⁈ こんな短時間で、解決しただと?』

『ティオさんにかかれば、ちょちょいのちょいでしたね』

 事の次第を聞き、ティオが大地の精霊の加護を持つと聞いたレヴィアタンがさもありなんと頷く。それでその強さか、と。

『おお、なんと、いとも簡単に大地の精霊が願いを聞き届けるとは! これで餌ができる! 多くの者が救われよう!』

 心底喜ぶ姿に、海の王者と称されるだけあって、他者のことを気に掛けていたのだなと知る。


『しかし、水の精霊のみならず、大地の精霊の加護まであるなどと! しかもお強い。孫よ、ぜひとも、この御仁に弟子入りしなさい!』

『えっ⁈』

 ユルクが素っ頓狂な声を上げる。祖父の方がそれ以上に頓狂なことを言い出した所為だ。

『迷惑』

 ティオはばっさり切り捨てる。

 生まれて初めて手加減されたことや、一撃で沈められたこと、最近頭を悩ませていた縄張りの件や大地の精霊の加護を持つことから、レヴィアタンはすっかりティオに心酔する心情の変化を遂げたようだ。

『弟子にしてください!』

 もはや、孫ではなく自分が弟子入りしたいと言う。

『嫌』

 素っ気ない返答は短い。

『せめて、孫を弟子に!』

 ティオはふい、とそっぽを向く。声すら発さなくなった。


『とりあえず、レヴィアタンはシアンの手下になることから始めたら?』

 二頭のやり取りを置いてきぼりの感で眺めていた一角獣がとんでもないことを言い出し、シアンはぎょっとする。

「な、何を言っているの?」

『あれ、シアンは配下を集めているんじゃないの?』

 悲鳴染みた声に、一角獣が目を丸くする。

「違うよ!」

『そうなの?』

 即座に否定したが、今度はティオが首を傾げる。

『手下いっぱい! シアンのお手伝いするんだよ!』

 リムが続く。

『承った』

 レヴィアタンがあっさり受け入れる。

 シアンは声もなかった。

 なぜ、と心の中で叫ぶばかりだ。

 九尾がシアンのブーツの甲に前足を乗せ、気遣う素振りを見せるが、その目は面白げに光り、唇の両端が吊り上がっている。

 ユルクはレヴィアタンと、「眷属に報知しておく」「あれ、そんなに強い者も下したの」「あれは大変な戦いだった」と呑気に話し合っていた。

 しっかりやるのだぞ、元気で、孫を頼みます、といったやり取りを経た後、シアンたちは一路、浜辺でバーベキューをした港町ニカへと向かう。

 憂いのなくなったユルクが元気よくリムと話しながら疾走するのに、これはこれで良かったのか、と自分を納得させようとした。

「まあ、ユルクのお祖父さんだけだし」

 普段は海底に棲んでいる。そうそう会うこともないだろう。

『うん、でも、祖父は私よりも多くの眷属を従えているし、聖獣の知り合いも多いよ!』

『わあ、手下いっぱいだね!』

 シアンの独り言を拾い、ユルクが答え、リムが喜んだ。そして、シアンはティオの背の上で撃沈した。

 九尾が独特の鳴き声で笑いを漏らし、ティオがそれを忌々し気に振り返ったり、リムが項垂れるシアンの頭を撫でたり、一角獣が自分がユルクを鍛えると言ったり、いつもの通りの光景だった。



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