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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
232/630

38.祖父からの課題

 

 水の精霊が自分も料理や酒が欲しいと言うので、その場で宴会となった。

 やはり精霊というのはマイペースなのだな、としみじみ思う。

 レヴィアタンは精霊が最上位存在であると認めたものの、孫のことは認めていない、とばかりに普段の修行の内容を問いただしている。

 レヴィアタン曰く、孫はにょろにょろと掴みどころがない性質なので武者修行の旅に放り出したのだと言う。

『確かにマイペースで、自分の興味のあることにふらふら近寄る性質をしているようですなあ』

 九尾が言うのに、我が意を得たりとレヴィアタンが何度も鎌首を上下させて頷く。

『ぼんやりしているので、厳しくせねば独り立ちした後、ろくに狩りをできなく、飢えてしまうのではないかと心配したのだ』

 レヴィアタンが慨嘆すれば、今度は九尾が頷く。


『おじいちゃんはユルクよりも大きいね』

『そうでしょう。祖父には翼が三対もついているんだよ!』

 リムにユルクが得意げに笑う。

『ユルクとおじいちゃんの翼、ぼくのと似ているね!』

 ユルクとその祖父が持つ翼も黒い蝙蝠の翼に似ていた。

 ユルクは二対の翼を持つ。多くても、二対がせいぜいなのだと話すユルクは自慢げで、祖父のことを慕っているのだと分かる。だからこそ、リムはユルクの気持ちを考えて、海中にまで出向いて擁護すると意気込んでいたのだと今更ながらに知る。


『リムは強いらしいのに優しいんだね』

 一角獣がリムとユルクの様子を眺めながら言う。

「そうだね、それが一番すごいことなのかもしれないね」

 リムは自分の力に振り回されず、多様な種族と接し、彼らが一見弱く見えても場面場面で意外な独自の力を発揮することを認めている。何より、彼らの意思がどこに向いているのかを見極め、それに協力しようとする。麒麟が食事をすることができるようにと知恵を絞ったみたいに。

「リムは大切なことを間違わないから」

『それはシアンが教えてくれたからだよ。力が弱くても、色んな種類のものがあって、それを組み合わせることによって大きなことを成し遂げるんだよ、って』

 ティオの言葉に、一角獣はそんなものか、と頷いた。

『我たちが狩って来た獲物をシアンが料理したら、色んな味を皆で楽しめる、ということだね』

『そうだよ』


 一角獣やティオと会話しながらも、シアンは海中で調理をしていた。バーベキューコンロで煮炊きし、陸地と全く変わらない。

 彼らはどこにいても変わらなかった。精霊たちがそうあることを望んでいたからこそ、力を貸し、結果、彼らはどこまでもマイペースに進んでいった。

 海の幸だけではなく、山の幸もたっぷり用意した宴会となった。

 リムがいそいそとマジックバッグから取り出したカラム謹製のワインや、九尾が提供してくれた米から作られた酒などを口にした水の精霊は、終始楽しげだった。

 リムが大地の精霊や光の精霊の助力によって、カラムという農夫が丹精したブドウから作ったワインだとか、カラムが作る他の農作物は美味しいのだとか、中でもトマトとリンゴは絶品だとかを満面の笑みで水の精霊に語る。

 水の精霊は眦を下げて相槌を挟みながら聞き、リムはトマトとリンゴが好物なのだね、などと尋ねて元気のよい返事を貰っていた。

 加護を持たない大地の精霊や、自分と闇の精霊以外には無関心な光の精霊に好かれ可愛がられ、その影響を受けた農作物から作った酒が美味しくない訳がない。

『リムのお陰で未だかつてないほど美味しいワインを味わえたよ』

『水明はお酒が好きなの?』

『ああ』

『じゃあ、黄色いリンゴのおばあちゃんが作ってくれたリンゴのお酒もあるよ!』

 いそいそとマジックバッグに頭を突っ込む。

 その後、杯を重ね、リム方も水の精霊についで貰ったリンゴ酒を飲んでご満悦である。

「リムは本当にカラムさんが好きだなあ。というか、何本貰っているのかな?」

『いっぱい貰っていたよ』

「そうなんだ……」

 ティオの返答に、シアンはいっぱいって一ダースくらいかな、と呟いた。

 カラムもまた、リムが好きなのだ。

 恐らく、カラムが作ったブドウによるワインが好評だったと嬉しそうに報告されれば、カラムは張り切って沢山作っただろう。その光景が目に浮かび、シアンは微笑んだ。


 レヴィアタンの方はと言えば、水の精霊の威圧ですっかり大人しくなったものの、孫とその一行には威儀を示したいらしく、懸命に取り繕おうとしていた。

『い、いくら水の精霊王の加護を持つ者の仲間となったからといって、本人が力をつけたのでなければな。そ、そうだ。海に開いた穴、奈落の主を倒すくらいでないとな。話はそれからだ』

 自分自身の力が必要だというのはその通りだ。しかし。

『穴から出て来た海の馬は倒したよ』

『うっ、さ、流石はわしを一撃で倒すほどのことはある』

 ユルクが答えると、ティオをちらりと見る。一撃で倒されたことが相当に影響している。

『手加減したよ。それに、あの馬を退治したのはぼくじゃない』

『我だよ』

 ティオが素っ気なく言い、さらに短く一角獣が答える。あの程度の魔獣を倒すことなど、彼らにとって誇るほどのこともない。一角獣もまた、強い敵を倒して自身の力を示して見せるのではなく、いかに美味い獲物を狩ってシアンに料理して貰い、みなで楽しめるか、ということに比重を置くようになった。

 ティオとユルク、九尾とともに、一角獣はあの時のあの獲物が美味しかった、あの味付けが、などと話し出す。それぞれ異なる味付けを好むが、他者の好む味もまた美味しいと思えるのだ。色々楽しめて良い。

 力ある幻獣だからこそ、他者を認める必要にかられないが、そうやって他の者の価値観を認め、共有し、共に楽しむことを教わった。それが殊の外楽しいことなのだと知った。教えてくれたのはシアンだ。だから、幻獣たちや精霊たちはシアンに一目置いているのだと知る。


『くっ……手加減されたとは!』

 尾で海底を打ち付けたが、二度目はできなかった。ティオの強い視線がさせなかった。

『駄目だよ。シアンがむせたら大変だからね』

 また海中を吹き飛ぶことになる。

 こんなすごい幻獣たちに囲まれて、孫がちゃんとやれているか心配するレヴィアタンに九尾が要らぬ知識を授ける。

『わんわん三兄弟がシアンちゃんの手下になるには可愛い幻獣でないと、と言っていました。そのわんわん三兄弟もまた、地獄の番犬と称されるケルベロスがシアンちゃんのために可愛く変化したのです。貴方のお孫さんはその素質を備えていたからこそ、大きなチャンスを物にしたのでは?』

『ふむう、これの紐っ子気質もあながち無駄ではなかったということか』

 意外と柔軟に発想の転換を行うレヴィアタンに九尾が畳みかける。

『むしろ、強運の持ち主と言えるのでは?』

 レヴィアタンは満足そうに頷く。

『それは良い。鍛錬は積み上げることはできるが、運はそうはいかぬでな』

 武人らしい考え方だ。

「ユルクは淡水でも海水でも生活できるし、地上の移動もできます。あの島での生活は打ってつけだと思うんです」

 これを機に祖父に孫の自由を認めて貰いたくてシアンも口を挟む。

『居心地良いよ』

『山も谷も湖もあって、魔獣も動植物も豊富だしね』

 ユルクが主張し、ティオも島の評価を述べる。

『大きな家に広ーい庭もあるんだよ!』

 中空で後ろ脚立ちしたリムがめいっぱい両前脚を広げて見せる。つられて広がった翼もまた広大さを示している。

 大きくて立派すぎて、一般的な家という概念の範疇からはみ出している。

『良い場所だそうだね』

 水の精霊も笑顔で頷く。

 それが決定打となった。

『水の御方がおっしゃるなら、是非もない。これ以上のない環境で暮らせるのだ、しっかり励めよ』

『うん! ありがとう!』

『ありがとう、おじいちゃん!』

 ユルクにリムも唱和した。本来の目的を果たせたのだ。二頭は顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 ティオと水の精霊が満足気にその様子を眺めている。


 レヴィアタンは九尾に酒を勧められるままに杯を重ねる。蟒蛇うわばみという言葉があるが、レヴィアタンはそう酒に強い性質のようではなかった。比較対象が水の精霊だからそう思えるだけなのかもしれないが、ワインと九尾の持参の酒を一瓶ずつ空けるとすっかり酔いが回った様子だ。

『海の筒から煙が上がらんようになった。そうするとな、そこで暮らしていたものたちが移動してきて、縄張り争いになったのだ。連中は強かった。わしの眷属でも太刀打ちできない者もいた。だが、連中は煙と共に生きておったからな。煙がない場所では長く生きられなかった。でも、生きようとする本能で、前から住んでいた者どもを蹴散らす。好きなだけ暴れた後、死んでしまうのだ』

 同じ死ぬなら勝手に死んでいろ、とは言わなかった。他者に迷惑をかけていたとしても、生きたいという生物の本能までもを否定しない。

『前から住んでいだ方たちにとっては迷惑な話ですねえ』

『だが、それもこの世の習わし。弱肉強食。強者には譲らざるを得ん』

 九尾の相槌にレヴィアタンは鎌首を左右に振る。

『さて、そこで、だ』

 ユルクを見据える。ユルクはあわをくって左右へ視線をやり、自分がその視線を受け止めるしかないと知った後、鎌首を下げ、上目遣いになる。

『その筒から煙をまた上がるようにしてこい。そうすれば、わしはお前を認めよう』

『えっ、そんなこと、どうやってするの⁈』

『わからん。お前が行って見て考えろ』

 結構な無茶ぶりである。

『そ、そんな!』

『大丈夫だよ、ユルク。ぼくも一緒に行って、見て考えてあげる!』

 リムが後ろ脚立ちし、ぴっと片方の前足を高く掲げる。への字口は急角度になり、目に決意が宿っている。

「ふふ、そうだね。僕も行くよ。だって、海に棲む生物が大変な思いをしているのだものね」

『じゃあ、我も行く。シアンの一番槍だもの』

 すかさず宣言した一角獣は、シアンに礼を述べられて大したことはないと返しつつも嬉し気に海底を蹄で掻く。

『やれやれ、結局こうなるんですね。きゅうちゃんはここでお昼寝しながら待っていましょうかねえ』

『きゅうちゃんも行こうよ! ティオも行くよね?』

『もちろん。シアンを乗せて運ぶのはぼくだもの』

 リムの言葉にティオは当然だと頷く。

「ありがとう、ティオ。お祖父さん、その地中から煙を吐く筒というのはどの辺りにあるのですか?」



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