23.盗賊/煮込み料理 ~夏毛にへんしん!~
アダレード国は中世後期から近代ヨーロッパに似た、しかし、現代人もそこそこ暮らしやすい、不便さと便利さに魔法やスキルなどのファンタジー要素が絡んだ国だ。
中世ヨーロッパでは治安が悪く道路交通網が発達していなかった。
しかし、トリスは街道がいくつか通り、街から街へ商品や人が行き来する。街道には野営地が点在し、水の補給や休憩を取ることができる。
この野営地はプレイヤーにとってもセーフティエリアとなり、安心して休むことができる。プレイ時間と冒険の進み具合によって、ここでログアウトする必要も出てくるので、ゲーム製作会社側が設けた必要不可欠なシステムであるとも言える。
街の宿屋ではなく、フィールドに点在する野営地などのセーフティエリアのみで、ログインログアウトをするという猛者も、プレイヤーの中にはいるそうだ。
実に多彩なプレイスタイルがある。
ティオに乗れるようになってから、新たに取得したマップというスキルは、自分が見聞きした情報が視界の端に表示される。レベルが上がると、より詳細に表示されるようになり、自分で覚えなくても済むようになる。
トリスを出発し、濃い緑の草原に浮き上がる白い街道から少し外れて進む。街道は人目が多いので、ティオの良く見通す視力を頼りに耳目を集めることを避けたのだ。
ただ、休憩はセーフティエリアに降りて取った。ティオももちろん、シアンもリムもこまめに水分補給をする。特にティオには間食を取るように勧めた。そして、シアンは短時間でも現実世界に戻る必要がある。
「ティオ、あっちに野営地があるから、そこでお昼にしようか」
天候に恵まれ、順調に進んだ。
草原や森を超え、そう深くはない林道から少し離れた場所がマップに表示されている。
『そうだね、少し先に獲物もいるし。シアンを下ろしたら狩りに行ってくるよ』
シアンには見えないが、ティオの遠方を見通す視力に何かが見えているのだろう。
「リムもティオと一緒に狩りに行ってくる?」
『シアン、一人で大丈夫?』
「英知がいるし、いざとなれば稀輝たちもいるしね」
風の精霊は最近、シアンがプレイヤーに絡まれたりNPCにぼったくられそうになったりで、危なっかしいと思われている様子で傍にいることが多い。
他の精霊たちには人の目に見えないが、頻繁に出てくるのを控えてもらっている。人前で独り言を言っているように思われる機会はなるべく減らしておきたい。ただ、風の精霊は人の世にも詳しく、いたらいたで頼ってしまう。
無人の野営地に舞い降りたティオはシアンを下ろし、調理器具を取り出したマジックバックを受け取るとすぐさま飛び立った。
フラッシュのマジックバッグは返却してあった。その際、しみじみとシアンもマジックバッグを持つようになったんだな、いっぱしの冒険者だと言われ、ばつが悪かった。
自力で手に入れたのではない上、驚くほど大容量だ。出所は口を噤んでおいた。小さい相棒がいつか悪気なく話すかもしれないが、その時はその時だ。
ティオは鹿に似た魔獣を狩ってくると言っていた。
シアンは早速バーベキューコンロを設置し、火を熾す。水を沸かし、鉄板の用意をする。
新しい調理器具を使うのは楽しい。設置にああでもないこうでもないとやっていると、鋭く風が空を裂く音がした。すぐに起き上がり、辺りを見回すその間に、地面に何かが落ちるかすかな音がする。
矢が矢尻をこちらに向け、落ちていた。
矢羽の方向の先を眺めたが、はたと気づいて物陰を探す。
『大丈夫、矢だろうが槍だろうが、全部落とすから。心配しないで、料理の準備を続けていていい』
風の精霊が何のことはないように言う。
泰然とした態度に、どう行動するか躊躇する。
「でも、野営地はセーフティエリアだから、矢も届かないし、攻撃もされないよね?」
『うん、でもいつまでもここにいるわけにはいかない。それを知っているから、囃し立てて矢を射かけて飛び出してくるのを待っているんだよ』
中世ヨーロッパでは盗賊は食い詰めた者やならず者が身を落とした成れの果てか、他にも傭兵が仕事、つまり戦争がない時に転じたものだ。街中では、難癖をつけて決闘を吹っ掛け、身代金や略奪を目的とした強盗騎士などがいる。
こういった街道はやはり盗賊に狙われやすい。
林の木立から人影が現れた。徐々に近づいてくる五人は動物の皮を適当になめしたチョッキを着ている。古ぼけたズボンに穴の開いたブーツを履いてはいるが、暴力をふるうことに少しの躊躇もしない雰囲気だ。
手にした大ぶりのナイフが錆びていて、あれで切りかかられたら痛そうだ。
シアンが一人で立ち尽くしていると思ったのだろう。ゆうゆうと姿を現して歩いてくる。時折、遊びのように矢をつがえてセーフティエリアのギリギリのラインに打ち込んでくる。
『金品を要求してこないだろう。女性でなければ、物を言えなくしてから全てを奪い取るのが常套だ。下手に生かしておいて指名手配でも掛かったら厄介だから』
忠告の内容は冷酷だった。
武器を持つ多人数が殺す気で向かって来ている。
モンスターを倒すだけでなく、盗賊など人間に襲われる可能性があるゲームや、このゲームのように異世界にプレイヤーがログインする場合は、システム的に人間への殺傷の是非が取りざたされる。
そのため、盗賊に襲われるなど不可抗力の場合でも、プレイヤーと敵側の戦闘能力を総合的に比べてどちらが上かをAIが瞬時に読み取り、管理システムによって、戦わずして、勝敗が決まるよう義務付けられている。盗賊に軍配が上がると、単に物取り目的ならば金品を奪われ、殺害目的ならばプレイヤーは死亡判定される。一方、プレイヤーが勝つと、目の前で盗賊が昏倒する。
VRMMOではそのようにシステムで組み込まれている。これはあまりにリアリティがあるがゆえに、人を殺傷することを避ける目的に法整備された。
なお、異世界にて暮らすNPCたち同士では殺傷は現実世界と同じように行われる。
セーフティエリアにいれば攻撃されないし、シアンはどれほど威嚇されプレッシャーをかけられても少しの間我慢すればいいだけだ。
「ピィ――――――ッ」
なぜなら、魔獣の群れを蹂躙できるグリフォンが戻ってくるのだから。
シアンと盗賊との間に割り込むようにしてティオが降り立った。
盗賊が狩られる方の立場に逆転した。
ティオが軽く前足をふるうだけで簡単に吹き飛ぶ。地面に落ちても勢いが衰えず、何度かバウンドして転がって行き、止まった後は動かなかった。首や手足が不自然に曲がっている。
リムがその小さな体を有効に活かし、盗賊の腕をかいくぐり、慌てて弓弦を引き絞ろうとする男の顔をひっかく。弓矢を取り落とし、顔に手を当ててのたうち回って絶叫する首に噛みつき引きずり回す。何倍もの体格差を容易に覆す力を有していた。
シアンが何も言葉を発しないうちに全て終わった。
ティオだけでなくリムもまた、シアンと同じ人間に対しても傷つけることを躊躇することはなかった。
後で聞いてみると、『シアンとは全く違うもの!』だそうである。
力によって人を害するのであれば、自分も暴力に晒される。ティオやリムが暮らす世界の道理に沿っての結果だ。
人型の死は半人半蛇で一度見ていたが、転がる死体に気分が悪くなった。多分、何度見ても苦い気持ちになるだろう。プレイヤーとは異なり、二度と戻らないのだということを、まざまざと見せつけられた。
昼はせっかく準備したが、調理することができず、ティオが狩ってきた獲物をそのまま食べてもらった。その間、シアンはログアウトして現実世界で用を済ませた。
ティオの飛翔能力を軽く見ているつもりはなかった。
けれど、午前中のそう早くはない時間に出かけて、夕方になる前に到着した。
昼も狩りをして料理し、午前午後もこまめに休憩を取っている。シアンも短い睡眠という名のログアウトが必要だ。
「飛べるってすごい」
なお、ハヤブサが長時間飛行する際、平均時速六十キロメートル、水平速度は時速百キロメートル、急降下時は時速三百九十キロメートルにもなる。鳥は飛ぶためにギリギリまで体の重さを削り、かつ飛翔に必要な筋肉を有するように進化した生物だ。重い荷物であるシアンを乗せた条件で、ティオはその猛禽ハヤブサとそん色ない時間で走破した。すごいと言いつつ、ことの重大さをシアンは完全には理解していなかった。
シアンを乗せていない場合、重荷がなくなるという他、荷物への影響を鑑みての遠慮がなくなるため、速度は上がる。
シアンも以前ならばそう長時間乗っていられなかったが、今は風の精霊の加護が増えている。本来の風の抵抗はなく、緩やかなそよ風程度で、日の光は光の精霊の加護でそうきつくなく、実に快適な空の旅だった。
『ぼくもすごい?』
「うん、リムもティオもすごいよ」
『すごいって!』
顔近くを飛びながらリムが報告するのに、ティオが笑いながら頷く。
「ティオ、疲れていない?」
『大丈夫だよ』
「でも、食べれるだけ沢山食べてね」
とにかく運動量がすごい。人間のアスリートで持久力が必要な場合、一般人に比べてかなりのカロリー量を摂取すると聞く。
『シアン、ぼくもいっぱい食べてもいい?』
「うん、もちろん。ふふ、リムはティオとお揃いがいいもんね」
密林に入る手前のセーフティエリアで野営の準備を行った。
夕方にログアウトしても、現実世界では真夜中だ。少し遅くなると明け方になりかねない。夜に移動するのは危険なため、どうしても現実世界の方の予定を調節する必要がある。
リムに手伝ってもらい、風の精霊の指示に従ってテントを張り、タープテントを設置した。本当に、何にでも詳しい。
テーブルとイスを出し、バーベキューコンロに火を熾す。
みじん切りにした玉ねぎをバターで炒める。
大量のトマトに玉ねぎ、ニンニク、鷹の爪をミンサーにかけたものに砂糖と塩、酢をまぜて煮込み灰汁を取ったもの、つまり作り置きのケチャップを取り出した。
炒めた玉ねぎにケチャップと牛乳と赤ワイン、醤油と砂糖、小麦粉と水と混ぜ合わせ煮詰める。
デミグラスソースにとろみが出てきた頃には、ティオが狩りから戻ってきた。リムが残ってくれたのは、昼間の出来事が影響しているのだろう。シアンは昼に再びログインしてからも、顔色が冴えなかった。
狩りの成果を解体し、小さい方のコンロでダッチオーブンを使用してシチューを作る。
一口大に切った肉を炒め、取り出す。次にニンニクを炒め、香りがでたら切った玉ねぎをよく炒め、人参を入れる。その後、先ほど炒めた肉と赤ワイン、作っておいたデミグラスソースとケチャップ、これも作り置きの西洋出汁を一旦沸騰させた後、煮込む。
煮込んでいるうちに、大きい方のバーベキューコンロで肉を焼く。
三度、マジックバッグから作り置きを取り出す。今度は肉用のソースだ。
肉にたっぷりタレを絡め、軽く塩コショウ、ニンニクや玉ねぎのスライスをまぶす。
面積を大きくしたステーキと人間用のスライスとを焼く。リムは鋭い歯で器用に噛み千切る。少々大きくても気にしない。
肉が焼ける食欲をそそる匂いがしてきて、ティオとリムがそわそわする。
風の精霊と共に、焼き肉とビーフシチューとパンの夕食を楽しんだ。
初のダッチオーブンの料理は好評だった。大容量のものを買っておいたことにシアンは安堵した。
リムなどは深皿に顔を突っ込んで夢中で食べるので、皿の逆端が浮き、ひっくり返りそうなのをシアンが慌てて抑えた。
せっせと食べる小刻みな振動が皿の縁を通して手に伝わってくる。
「慌てなくていいからね、ゆっくり食べてね」
『うん、美味しい!』
シチューは風の精霊にも振舞った。
『美味しいけど、もっと煮込むと旨みが増しそうだ』
「あ、分かった? 煮込み料理だからそうなんだ。今度はフラッシュさんのところでじっくり作るよ」
『その時はまたごちそうしてほしいな』
「うん。また作るね。ティオ、またお肉狩ってきてね」
『もちろん。ぼく、お替わりほしい』
『ぼくも!』
上げたリムの顔は茶色に染まっていた。リムの顔と前足、首のあたりも拭く。
「リム、よそっている間に、焼けている肉をみんなの皿に取り分けてくれる?」
『はーい!』
ダッチオーブンの中身は早々になくなった。満足いく出来だったが、風の精霊の言う通り、次はもっと煮込む時間を掛けたいところだ。




