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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
228/630

34.麒麟と鸞、天帝宮へ

 

 麒麟と鸞の道程は順調に進んだ。

 島に来る前に捕縛されそうになったと聞いて心配したシアンは、精霊たちに麒麟と鸞の道中を頼み、また、行く先々の闇の神殿で転移陣の登録をしておくように金銭と魔石を託した。

 遠慮する二頭に、こちらに来る時や出掛ける時に便利だから、手間だと思わずに登録するよう勧めた。

 闇の神殿は隠ぺいされていてその存在が一般には隠されているため、幻獣たちのみで転移陣を使用する際には、そちらを使うようにシアンは言った。

 他の属性の神殿もシアンの関係者ということで良くしてくれるだろうが、その神殿へ訪れる者たちが全てそうとは限らない。だが、闇の神殿は隠ぺいされているという特性から、使用者は限られている。そして、利用者の大半を魔族が占め、シアンとそれに連なる者を粗略に扱わないと魔神が保証してくれている。

 そう聞いた鸞の脳裡に悠然と闇の神殿の転移陣を踏み現れるグリフォンと、それに恭しく跪く闇の聖教司、という光景が浮かんだ。あり得そうではある。


「折角だから、闇の神殿に顔を出してみて。麒麟は同じ闇属性の者として、喜ばれるんじゃないかな」

 シアンとしては何気ない言葉だった。

 けれど、麒麟としては、聖獣だと勝手に有り難がられたり、捕まえようとするだけでなく、同じ属性の者として交流するということに興味を覚えた。

 そんな麒麟の心の動きを察知した鸞が積極的に闇の神殿へ顔を出した。


 シアンたちのやり取りを見ていたセバスチャンが闇の神殿に通達しておく周到さを発揮し、麒麟が感謝した。

『どちらかというと、麒麟の方が命を受ける側なんですがねえ』

 九尾が二人を見やってぼそりと呟くのに、そう言えば聖獣は、人に姿を見せるのは神命を帯びてのことだとシアンは思い出す。元神であるセバスチャンは幻獣たちの世話を何くれとなく焼いてくれる。

「もう、この島にはセバスチャンがいないとね」

 以前の立場は何であれ、当の本人は現在の生活を楽しんでいるようだし、シアンとしても得難い存在だと感じている。

『鉄壁の守護ですからな。上位神ですら近寄ること能わず!』

 魔神たちは何かにつけて島に来たがったが、その用向きというのが貢物の献上などであったため、シアンはなるべく断りを入れていた。落ち着いたら、島や屋敷の礼を兼ねて食事にでも招待したいところだが、どんな料理を供すれば良いのか分からない。


 元上位神、現闇の精霊の加護を持つ者の御用人からの通達により、麒麟と鸞が闇の神殿へ顔を出しても大騒ぎになることはなかった。

 静かに転移陣登録の間へ通され、時に白湯を供され、時に話をする。

 穏やかで思慮深い聖教司たちとの交流は麒麟だけでなく、鸞に取っても実のあることだった。魔族と称されるほど魔力が高く、独自の文化を築いてきた種族だ。また、前へ出ることのなかった彼らの風習などを聞き、鸞は書物では知り得なかったことを知ることができ、目を輝かせて話に聞き入った。

 聖教司たちは魔法という世界の粋の力を借りることを通して、逆に世界の仕組みを解き明かし、神や精霊の息吹に触れ、その偉大さを理解することができると考えていた。

 鸞としても、自然魔法を研究する聖教司の話を聞くことは大層勉強になる。


 闇の聖教司たちは同じ闇の属性の聖獣と称される麒麟が慈悲から他者の生命を奪い食すことはないと知っていたので、そうして作られた食事を勧めることはなかった。逆に闇の精霊に通じる慈悲深さから、麒麟を大事に思っていたし、何より、セバスチャンから通達があったのだ。ゆめおろそかに遇するはずもない。また、そんな麒麟を何かと気遣い、支えている鸞が自分たちの話を興味深そうに聞く姿勢も好ましく映った。


「そういえば、麒麟様は同族にお会いしたことがおありですか?」

『えっ⁈ 他の麒麟も存在するの?』

『寡聞にして存じなかった』

「我らも麒麟様の一族を全て網羅しているのではありませんが、天帝宮におわす貴方様とは異なる色味の麒麟様の伝承がございますので、そうなのだと思いますよ」

 穏やかに微笑む聖教司は、それまでひっそり暮らしていた魔族の中でも闇の精霊のためだけに暮らすことを許された選ばれた人間である。魔力だけでなく、人柄さえも優れた者が多い。なお、他の神殿とは異なり、彼らは闇の神にも仕えているが、第一は闇の精霊だ。闇の精霊には下位も上位もなく、ただ一柱、闇の精霊王のみが存在する。そして、魔族はそれを知っていた。甚大な力を持つのに、塵芥に等しい自分たちを生かすために尽力してくれた存在だ。


 闇の聖教司は麒麟にも鸞にも過不足なく対応した。

 彼らの言動がおかしくなるのは、闇の精霊とシアンとリムが絡んだ時のみだ。

 その闇の聖教司たちはシアンの島の話を聞き、喜んだ。

 ケルベロスの愛らしい様子を聞いて、目を見張って驚く。闇の精霊に全てを捧げる聖教司よりも、苛烈に敬愛を示した前狼の王に、唯一随行を認められた神獣がケルベロスだ。

 それが解放され、伸び伸びと暮らしていると聞き、時に涙する者までいた。

 なお、後に九尾からケルベロスのことは闇の聖教司たちには伏せておくつもりだったと聞いた麒麟と鸞は済まなさがった。謝罪する二頭にシアンは知らなかったことだし、元気な様子を聞いて喜んでくれたのならそれで良いと笑って納めた。

 闇の聖教司たちからすれば、突如、前狼の王からシアンの保護下に入る麒麟と鸞の来訪を報知され、驚かずにはいられなかった。シアンがケルベロスを連れて闇の神殿へやって来た時は高度な擬態で気づかなかった。麒麟と鸞の来訪により、喜びが各地の闇の神殿に伝わって行った。


 少し前、彼らの神々から下知があった。

 闇の君の御心が救われたということや、自分たち魔族に縛られずに幸せに生きることを望んでいるという信じられないほど慈悲遍く御厚情を知らされ、闇の聖教司たちは一晩膝を折り、祈りを捧げた。

 そして、彼らにとって神よりも尊いシアンとリムの仲間となった聖獣を迎え、更には彼らの微笑ましい暮らしぶりを耳にすることができるという稀な僥倖に、喜ばずにはいられなかった。

 麒麟と鸞が出立する時には非常に残念がり、何かあれば無理や遠慮をせず、すぐに闇の神殿へ逃げ込んでくるように言って、見送ってくれた。

 天帝宮の最寄りの闇の神殿を出て、二頭は元気よく空を上昇していく。

『あんな場所に闇の神殿があったのだな』

『本当に。我も知らなかったよ』

 おっとりと笑う麒麟に、鸞はこっそり安堵する。

 シアンの心配は人の手だけではなく、道中の麒麟の霊力不足にも及んだ。闇の神殿で休憩することによって、清浄な魔力を分け与えられていたのだ。


 天帝宮を出立した時とは比べ物にならないほど、穏やかで安全な旅だった。

 麒麟などは島に帰ったらリムに色々話してやりたいと、道中の光景のあちこちへ視線をやっている。そういえば、自分も麒麟も人の手から逃れ、安全な場所へ行くことに気を取られ、あまり風景に意識をやっていなかったなと思い出す。

『これもシアンのお陰だな』

 鸞の独り言に小首を傾げる麒麟に、シアンのお陰で視界が広がったのだと言うと、確かに、と頷く。

『早く帰りたいねえ』

 天帝宮に到着してすらいないうちから麒麟がしきりに後ろを振り向く。

『ああ、そうだな』

 鸞も気持ちは同じだ。帰りたいと思える場所ができた。しかも、居心地の良い場所だ。

『帝は我や鸞が移住したいと言ったら、お気を悪くされたりしないかな?』

『いや、帝が我らに広い世界を見てくるよう下知されたのだ。そうは思われるまい』

 そうして、穏やかな旅は終わる。


 五色のたなびく雲の上、巨大な建物が鎮座していた。

 清浄な風が吹き、陽光が五色の雲に乱反射して輝かしい光景だ。

 天帝宮から殆ど出たことがなかった麒麟と鸞は、遠目から徐々に近づく建物の眺めを楽しむ余裕さえあった。

 果たして、鸞の言う通り、天帝は二頭の主張を快く受け入れ送り出した。シアンに持たされた手土産に莞爾となっていた。

『そうか、それほど恵まれた地か。多くの幻獣たちが集まるのもそれゆえであろう。誠に重畳である。麒麟、鸞、思うままに生きよ』

 天帝はシアンの島の話を熱心に聞き、宮に集まる貴重な薬草などを返礼にと持たせてくれた。


 島の話を聞きたがったのは他にもいた。

『天狐どもときたら、こんなに酒など造りおって。重いではないか』

 こも樽を括った紐を足で掴んだ鸞が眉を顰める。島と闇の神殿で補充してきた霊力がなければ、重さに潰されかねない。

 シアンが持たせてくれたマジックバッグの中には差し入れと入れ替わりに薬草や薬効のある素材、書などが詰め込まれている。貴重なものなので、後から渡された酒の方は鸞が自身で運ぶことにしたのだ。『あは。シアンが作ったお稲荷さん、よほど気に入ったんだねえ』

 天狐たちは自分たちと同じ種族でありつつも、特に人の世に詳しい九尾が聖獣でもあり、凶獣でもあるように有り様を変じたことを心痛めていた。それを知るからこそ、九尾は下界のことを面白おかしく話した。

 麒麟と鸞も天帝宮にいる頃には楽しく聞き入ったものだ。

 その九尾の話にいつからかシアンたちの話題が混じり、最近では殆どその話題が占めていた。

 料理人であり音楽家であるシアンの作った料理の美味しさ、音楽の楽しさを聞き、どんなものなのだろうかと楽しく空想していた。

その想像したシアンの料理を楽しむことが出来たのだ。シアンが麒麟と鸞にもたせてくれた差し入れに喜び、酒を託された。

『うむ。揚げがきつね色で、酢飯でふっくらしているところなどが狐の形状にそっくりだと殊の外喜んでいたな。中身もレンコンや筍、肉そぼろなど多様な種類があって』

『鸞がお揚げを作るのに協力したんだよって言ったら、尊敬のまなざしで見つめてきたねえ』

 麒麟もまた感心した風情で言うが、研究の延長線上でシアンの提案に助言しただけのつもりの鸞としては面はゆい。

『う、うむ。それにしても、料理の品質保存のためだといって、風の精霊王や闇の精霊王の力をお借りするとは』

『シアンらしいねえ』

『そのおかげで、皆が美味いものを食せる』

 麒麟と鸞は顔を見合わせてうふふと笑い合った。

 それはシアンがよく幻獣たちとそうしている仕草にそっくりだった。

 麒麟と鸞もまた、シアンたちが纏う穏やかでほのぼのした雰囲気を持つようになっていた。

 そうして、麒麟と鸞は天帝宮を出た後は直近の闇の神殿から転移陣を用い、島へと戻っていった。



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