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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
225/630

31.復調 ~シアンだから/リムだから~

※ややグロい表現があります。ご注意ください。

 

 全員に一通りいきわたり、ようやく一息ついた時を見計らって水の精霊が声を掛けてくる。

『ねえ、シアン。ゲストを呼んでも良いかしら?』

「ゲスト?」

『今、喚ぶわ』

 と、ふわりと風を感じた。

 次の瞬間、間近に巨体が佇んでいる。

 白く引き締まった筋肉が盛り上がった馬体、同じく白いたてがみを持つ。長い睫毛に彩られ、理性と優しさを感じさせる瞳はくっきりとした瞼に縁どられている。一番に目を引くのは、額から斜め上に長く伸びる鋭い白銀の角である。

 一角獣だ。

 美しい佇まいだが、突進して敵を貫く勇敢で猪突な面もある。


「一角獣さん! 久しぶり。元気そうだね」

 ゼナイドの古の王女に力を貸し、以後、ずっと痩せた国を豊かにするために力を尽くしてきた。しかし、長らく虜囚となった鬱屈からそれ以上自分の魔力を良いようにされるのを厭い、フェルナン湖に流した。その恨みから歪んだ魔力は、フェルナン湖を汚染した。

 それをシアンたちが解決したのだ。湖の水の浄化と一角獣の解放を行った。

 その時、寄生虫異類に操られたマティアスと出会い、シアンは捕らえられ、腕を失った。その腕を元通りに直し、弱り切った一角獣を預かったのが水の精霊である。


『うん、水明のお陰で、すっかり力を取り戻したよ』

 そっとシアンの方へ顔を近づける。鋭い角で傷つけないように気を配る振舞いは、きかん気の険のある声をしていた、出会った当初とは全く別者のようだ。

 シアンの頬に自分の頬を寄せてくるので、思わず首筋を撫で、軽く叩いた。気持ち良さげに目を細め、鼻を鳴らす。

『シアンの役に立ちたいって、特訓していたのよね』

「そうなの? ふふ、でも、僕は君が元気になったのが一番だからね」

 リムもよく九尾と特訓をすると言うのを想起し、シアンはため息交じりに笑う。

 その柔らかい笑顔をどう受け止めたのか、一角獣がふい、としかし角がシアンを傷つけないように気を付けながら顔を上げる。

『必殺技を編み出したんだよ! 見せてあげる!』

 得意げに鼻息を漏らす。

『わあ、必殺技だって!』

 リムが歓声を上げる。

 やはり、特訓に勤しむ者は何らかの強力な技を得たいと思うものなのか。


『あっちに魔獣が飛んでいるから、それを倒してみせるよ』

 振り仰ぐ一角獣の視線の先を辿って見てみるも、何も見えない。

「僕には何も見えないなあ。すごいね、視力も優れているんだね」

 空を見上げていた視線を一角獣に戻すと、眦を下げ、情けなさそうな表情を浮かべている。

『シアン、見えないの?』

「え、う、うん」

『そう、じゃあ、我が必殺技を使って敵を倒しても見られないんだね』

 しょんぼりとうなだれる。長い首のせいで、鼻先が地面に付きそうだ。

「ご、ごめんね」

 しかし、こればかりはどうしようもない。空飛ぶ魔獣の影も形も見ることができないのだ。

 そう、シアンは思った。

 だが、実際は感知能力が上がっているため、見ようと思えば見えた。自分には見えないという思い込みが能力を活用しきれないでいるのだ。


『英知に風で近くまで引っ張ってきて貰う?』

『俺が幻影を用いて、誘導してやろう』

 あまりの消沈ぶりに、リムが提案する。それに、バーベキューで海鮮を楽しんでいた光の精霊が名乗りを上げた。

「稀輝が?」

 闇の精霊やリムのこと、シアンの料理の手伝いなどは率先して行ってくれるが、それ以外に関しては関心の薄い精霊である。

 珍しいこともあったものだとシアンは目をしばたく。

『稀輝、あの魔獣を連れてきてくれるの?』

 リムは視認できているようだ。そして、光の精霊は気軽に頷いた。

『風の、あの魔獣の餌となる鳥の形を教えてくれ』

『大体何の鳥も食すが、白鳥や白鷺、ペリカンなどの大型のものを好むようだね』

 打てば響くように風の精霊が答える。

『わかった』

『おお、精霊王が協力して!』

 素直に助けを求めた光の精霊とすんなり応じた風の精霊とのやり取りに、九尾が感嘆の声を上げる。なお、九尾はシアンが意識していないだけで感知していることを知っていた。風の精霊もまた、特にシアンが感知しなくとも、おびき寄せるのであればそれで良いと判断した。前者は面白がっていて、後者は自分で気づくようになれば良いと思っていた。


『あれ、狐もいたの。それより、精霊王って?』

『ご挨拶な言葉ですね。一角獣に協力をしてくださろうとしているのが光の精霊王、彼に知識を授けたのが風の精霊王です』

 一角獣が息を飲んでその場で体を硬直させる。返事をする余裕すらない。水の精霊王だけでなく、他の精霊王にまで相まみえるとは。

『ええっ、精霊王⁈ 精霊の加護を貰っているって精霊王からだったの?』

 傍で聞いていたユルクもまた驚く。

『えっと、もしかして、さっきリムが私に力を貸してって言ってくれたのは』

 鎌首をたわめ、恐る恐る尋ねる。

『もちろん、風の精霊王です。気配を薄くしてもらおうとしたのは闇の精霊王にです』

 今度はユルクが体を硬直させる。尾の先まで固まっている。

『ちなみに、一角獣を召喚したのは水の精霊王で、きゅうちゃんが酒を献上したのは大地の精霊王です』

 九尾が追い打ちをかける。


『な、何で精霊王が五柱も集まっているの⁈』

『シアンちゃんですから』

 ユルクが悲鳴じみた声を上げ、九尾がきっぱりと言い切った。

 当の本人であるシアンとユルク、一角獣を除く一同が頷く。

『リ、リムは闇の精霊王と風の精霊王の加護を貰っているの⁈』

『ううん、稀輝と深遠がくれているの!』

『光の精霊王と闇の精霊王のことです』

 九尾の補足にユルクは仰天する。

 上位属性二つの加護をも持つこともそうだが、加護を受けていない精霊王に願うことができるなんて、と呆然と呟く。

『リムですから』

 今度は先ほどのシアンとリムを入れ替えたメンバーが頷く。



 光の精霊が腕組みしたまま一声発する。

『一角獣、来たぞ』

 全身を猿のような毛皮に覆われ、背に烏の羽根がある姿の魔獣だった。一角獣よりも一回りも大きい。

 甲高く濁った鳴き声を発しながら、光の精霊が作り出した幻影の鳥を追って飛んでくるのがようやくシアンにも見えるようになった様子で、息を飲む気配がする。

 一角獣は首を少し下げ、鋭い角の切っ先がまっすぐに魔獣に向かうように角度を調節した。その場で数度、蹄で地を掻く。


 一角獣が一番最初に加護を貰ったのは下位の水の精霊からだった。それだって稀なことだ。

 にもかかわらず、シアンと初めて出会ったあの暗く湿った地下で、彼が呼び出したのは水の精霊王だ。最上位存在である。

 シアンの役に立ちたいと思った。ぼんやりしているから、自分が守ってやらなくてはと思った。でも、水の精霊はシアンには他に四柱もの精霊の加護があると教えてくれた。そして、自分も加護を渡したのだと。まさか、その四柱が精霊王だとは思わなかった。聞いた当初はそのことを知らなかったものの、下位精霊でも四柱と水の精霊王の加護を持つなど、未聞のことだと感心した。

 そんなすごい存在に自分が何をしてやれると言うのか。

 しょげる一角獣に水の精霊はそんなに難しく考えないで、貴方は貴方なりに役に立てばいいと笑った。シアンもきっとそう言うだろう、と。

 おずおずと再会してみれば、水の精霊の言う通りだった。

 まず真っ先に、一角獣の復調を喜んでくれた

 けれど、あんな気軽にこの世界の最上位の存在たちと気軽に接しているとは思わなかった。

 自分は力がある方だと思っていたが、実際に他の精霊王に出会い、今のように自分に向けて声を発せられれば、圧倒的な力に身動きすらできなくなる。

 こんな状態でシアンの役に立つのか、と歯噛みする思いだった。


 と、シアンが声を掛け、闇の精霊が一つ頷いた。

 すると、こわばっていた体が嘘みたいに身軽く動くようになった。いつもと同じかちょっとばかり調子が良いくらいだった。

 心の底からじわりと温かいものがにじみ出てくる。それは水の精霊の元に身を寄せながら、シアンと出会ったらこうしようああしようと考えていた時に感じたのに似ていた。

 気負いなく、こわばりもなく、獲物に向かって行けた。

 黒い体毛に全身を覆われたその魔獣は黄色く汚れた鋭い歯をむき出しにしていた。

『見ていて!』

「気を付けてね」

 自分を心配する言葉に一つ頷くと、一角獣は空高く飛ぶ魔獣へ向けて突進した。




 それはまるで瞬間移動のようだった。

 今しがたすぐ近くにいた一角獣の巨躯があった空間が歪んだかと思うと姿が消え、次の瞬間、腹に響く音がし、顔や首筋に風を感じた。

『わあ、すごい!』

『一撃必殺、だね』

『ティオさんと同じですが、何とまあ』

『うわあ、串刺しになっている』

『『『えぐいのです!』』』

 幻獣たちが口々に言うのに、彼らの視線の先を慌てて辿る。

 そこには、一角獣の一メートル近い鋭い角に串刺しにされた猿に似た魔獣がいた。

 巨大な体の重みを物ともせずに、一角獣は高らかに額を上げている。

 白い馬体に点々と赤や黒、黄色の体液が飛んでいる。魔獣は即死したが、生きていた名残のように体が痙攣し、その都度一角獣の体を汚していく。

 数瞬間、そのままの姿勢で自らの威容を見せつけた一角獣は、大きく頭を振る。魔獣の体がずるりと抜け、角度を下げた角に血肉の他、内臓の残骸をまとわりつかせながら尾を引いて落ちていく。初めはゆっくりと、徐々に速度を上げて、重力に従って、つい今しがたまで意思を持っていた者が物体となって落下していった。

 一角獣は角や額にまとわりつく血肉や脂を、厭わし気に何度か小刻みに振り払い、こちらを向いた。

 白く長い細面は血で凄惨な模様ができている。


 シアンはティオやリムたちが狩りをする姿を何度も見てきていた。

 しかし、九尾が言う通り、ティオは一撃で狩るが、これほど壊滅的な物体を見ることはなかった。

 シアンは知らなかったが、ティオは獲物を一撃で倒す際、力加減をしていた。力のままに蹴りつければ岩にトマトを投げつけたようになって、食べることができないからである。

 まさしく今、魔獣をトマト代わりにした一角獣の姿がそこにあった。

 シアンはその場で、自覚せずにあえぎながら、呆然と一角獣を見上げていた。

 そして、そのまま意識を手放し、久々の強制ログアウトを味わった。



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