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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
224/630

30.浜辺でバーベキュー ~海も割れます/浮輪/水切り/ティオだから/ここ掘れわんわんの巻~

 

 海水や砂浜に紫外線が反射し、紫外線量が多くなる。

 濡れた肌は紫外線透過率が高い。

 肌を露出すると紫外線を浴びる面積が増える。

「日焼けしそうだなあ」

『それは大丈夫。強い光は人間に害があると風のから聞いたから、弱めている』

 シアンの呟きに光の精霊が事も無げに答える。

『シアンちゃん限定超過保護』

 世界の粋である精霊をも揶揄えるのだから、九尾も相当肝が太い。


 シアンは冒険者ギルドで請け負った依頼を出した研究員の話を聞いた後、市場で買い物をし、早速浜辺へやって来ていた。

 シアンの肩で存分に涼しさを発していたリムが、白い浜と青い海の鮮やかさに釣られて波打ち際に飛んで行く。

『えい!』

 可愛らしい掛け声とともに繰り出されたのはだが、強烈な衝撃波だ。リムが前脚を薙ぐようにふるうと、離れた海水を爪痕が割いていく。


『おお、海が割れていく!』

 五本の爪の軌跡が裾野を広げていく。

『わあ、水でもできた!』

「すごいね、リム。でも、試してみるのは良いけれど、食べる分だけ狩ろうね」

 海水ごと、魚が群れ単位で引き裂かれている。

 シアンは解体するので、獲物の臓物は見慣れたものだ。もし仮に、強敵が現れ、リムの小さく柔らかい腹が裂かれ、そこからシアンが解体する時に目にする臓器が見えたら、と思うと、いてもたってもいられなくなる。

『じゃあ、これを食べよう!』

「ところで、水でもできたってどういうこと?」

『リムの衝撃波は岩をも砕くのですよ。特訓の成果です』

 そんなに強くなってどうするのか。

 シアンはそう思ったが、ティオやわんわん三兄弟と楽し気に特訓のことを話すリムには言うことができなかった。


 水の精霊に頼んで位置を伝え、呼び寄せているユルクが合流するまでの間、浜辺でのんびりとバーベキューの準備をする。

 幻獣たちが遊ぶ様子を眺めながらのんびり支度する。

 水辺に立てば、波が打ち寄せるたびに砂が足の下でずるすると滑っていく。

『変な感触がする』

『砂が持っていかれる。面白ーい!』

 ティオが足元を見下し、リムが歓声を上げる。

 わんわん三兄弟は離れた陸地で鼻を鳴らしながら波打ち際のシアンたちを見やっている。

 勇気を出して近寄って来るも、大波が被さって来るのに、ぴゅっと踵を返して逃げ去る。

 九尾は一同を面白そうに眺めている。


 ティオは周辺を一巡りしてくると言って飛び立った。

 リムの傍らで黒い楕円形の塊の闇の精霊が海水に浮いている。そこにリムが乗り上げる。

 まるで浮き遊具のようである。

 リムはうつぶせに大の字に寝そべる。弛緩しきって実に寛いでいる。

 そういえば、以前、島の湖で船遊びをした際、こんなことを言っていたなあと思い返す。水に浮かべてそれに乗る、というのがインプットされてしまったのだろうか。

 シアンにとって微笑ましい光景だが、魔族に見られてしまえば怒りを買わないかと心配する。

「リム、楽しい?」

「キュア!」

 顔だけ上げて、元気よく返事する。

『シアンも乗る?』

 リムが無邪気に尋ねる。

「え、僕は乗れないよ」

 リムが三匹ほど乗ればいっぱいの面積である。

『シアンも乗るなら、もっと体積を増やすよ』

 言いつつ、みるみるうちにリムの下の黒い体が長く伸びていく。畳二畳分ほどの手足を伸ばして寝そべることができる大きさになる。

『深遠、ひんやりして、ぷにっぷにでぽよっぽよだよ! 波でゆらゆらしているのが楽しいの!』

 リムが不思議な形容で誘って来るのに抗えず、シアンも乗せて貰うことにした。

 しっかりとした弾力とひんやりした滑らかな感触、ゆらゆらと寄せては引く波に揺られる律動、確かに、心地良い。

「わあ、気持ち良いね」

 リムと顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 浜辺でそんな彼らの様子に固まっているわんわん三兄弟がいるとも知らずに。わんわん三兄弟は闇の精霊の思慕から狂った元魔神を主とし、封印の地にすら付き従ったケルベロスがその正体だ。

 前主ほどではないが、闇の精霊への敬愛は強い。

 それが浮き遊具代わりにされた上、自ら大きくなってシアンを乗せているのだ。加護を与えられたシアンとリムを改めて傑物だと認識する。


 闇の精霊に乗ってゆらゆらと波間を漂っていると、海面から頭を出した海藻の茂みの近くにたどり着いた。

『英知、あれはなあに?』

『あれは最も大きく成長する藻類で、成長するスピードも速く、日に五十センチも伸びる。海底の岩などに付着して成長し始め、海面に出たら、あんなふうに水面に広がっていく。そこには小魚や甲殻類、ヒトデやそれらを食べる魚や動物が集まる』

 ラッコが海流に流されないように体に巻き付けて寝ることで知られている海藻でもある。

「水に流されないでまっすぐに伸びるんだね」

『茎に気泡があって、そこに空気が入っているからだよ』


 風の精霊の説明にリムと共に体を乗り出して海藻を観察している時、沖合の水面からぬっと触手が飛び出た。いち早く気づいたリムがさっと飛び立つ。勢いよく向かっていくのに、何事かと視線をやって、シアンはそれと知る。

 敵は海中に潜ったまま、長い脚を水面から飛び出させ、鞭のようにふるってくる。

 リムは何本もの触手の狭間を掻い潜り飛び回る。

 シアンは闇の精霊の上で波間に揺られながら、はらはらとリムを見守った。

 中々捕らえられなく、業を煮やした巨大な何かが姿を現した。ダイオウイカに似た姿をしている。

「あれってもしかして、冒険者ギルドが言っていたクラーケン?」

 大きな貿易船を沈めることができるほどの巨大さである。

 ざざ、と水をかき分け、しぶきをあげての登場だが、シアンがいる周辺の波は穏やかだ。リムに気を取られて思い至らなかったが、闇の精霊と水の精霊がシアンが水中に投げ出されないようにしていたのである。


 敵の本体が姿を現したのを待ち構えていた者がいた。

 頭上の陽光を鋭い嘴や爪にぎらりと反射させながら、一直線に飛んでくる。

 ティオである。

 猛スピードでクラーケンに迫り、そのままぶつかるようにして前脚をふるう。

 クラーケンは水きりの石さながらに水面を何度も跳ねていく。

 随分巨大で、それだけに豪快な水切りである。

 石に回転を加え、少し斜めになって跳ねていくと水切りの回数が増えると言われている。

 十回は水面を跳ねた後、クラーケンは力なく沈んでいった。有数の港町ニカの頭を悩ませていた凶悪な魔獣の呆気ない最後だ。

 と、再び水面から顔を出す。水の精霊の導きでやって来たユルクが、クラーケンを口に咥えて水面から引き揚げたのだ。

『はい、ティオが狩った獲物』

『お、おおう、海のボスクラス、クラーケンも一撃。単なる狩りの得物なんですね』

 九尾が冷や汗をかきながら、感心する。


 いつの間にか、シアンは闇の精霊によって波打ち際に連れて来られていた。

「狩りというよりは水切りしたようだったね」

 シアンは闇の精霊に礼を述べて浜辺に立つ。

「ユルク、お疲れ様。クラーケンを引き上げてくれてありがとう」

『流石はティオ様!』

『海の暴れ者も一撃!』

『リム様のご活躍によって本体を水中から引き揚げたからこそ!』

 浜辺をせわしなくうろついていたわんわん三兄弟が口々にティオとリムを誉めそやす。

 ティオもリムも悠々と近寄って来る。クラーケンを咥えたユルクもだ。

『この大きいの、美味しいかな?』

『ダイオウイカは美味しくないけれどねえ』

 リムが前足でクラーケンを突き、ユルクが首を傾げる。

『捌いて食べてみたら分かるよ』

 ティオの言葉に一同は首肯した。

 宴会の始まりである。



 市場で購入した者と幻獣たちが獲ってきた魚介類を下ごしらえする。

 鱗が黄金色に光る新鮮な魚を塩焼きにする。三十センチほどのものを市場で買ったが、ユルクが獲ってきた同じ種のものは一回り大きい。

『これは大きい物ほど脂がのっている。刺身にしても美味しい』

「英知は刺身も知っているんだねえ」

 現実世界では海外でも魚の生食が浸透しているが、この世界は中世をベースにしている。その時代に欧州文化で魚を火を通さずに食べるのは一般的ではなかっただろう、と感心する。

『人間が食べたことがなくても、美味しいと思うものを知っている、というところでしょうか』

 九尾の言葉に感心する。人間が未体験のことすらも熟知しているのだ。


「市場で英知が腹の締まった艶の良い物を選ぶと良いって教えてくれていたんだけれど、ユルクが狩ってくれたのがまさしくそんな感じだねえ」

『きらきらしているね!』

 シアンやリムの称賛にユルクが面はゆそうに長い身をくねらせる。

『そんなことないよ。それに、ティオなんて、水中でも自在に動いて素早く仕留めるんだよ』

『ティオさんですから』

 九尾の一言に一同は納得する。

『風の精霊が膜を張ってくれているお陰だよ。水中でも普段と同じく動ける』

 称賛の視線を一心に浴びても、ティオは淡々と事実を述べるのみだ。


『じゃあ、英知にお願いして、ユルクも水を出ても水の中と同じに動けるようにしてもらおう!』

『えええ、そんな、恐れ多いよ!』

 リムが弾む声で提案するのに、ユルクがあわあわと鎌首を揺らがせる。

『それは、目立ってしまわれるのでは?』

『人の世は恐ろしいもの、奇異なものを無暗に怖がり、排除しようとします』

『殿にご迷惑がかかるのでは?』

 流石は精神を司る闇の属性を持つわんわん三兄弟だ。人の機微をわきまえている。

『それはね、深遠にお願いするの! ティオみたいに、気配を薄くうすーくして貰う! あ、蛇がいるな、ふーんって感じにして貰うの』

 良い思い付きだ、とばかりに後ろ脚立ちして胸を張る。

 ユルクの大きさは、単に蛇がいるな、という感想で済まされるものではない。

 闇の精霊の力を借りると容易に言うリムに、わんわん三兄弟とユルクは固まる。

 九尾はこの仕儀を予想していたのか、喉を鳴らして笑って見ている。ティオもまた傍観の構えだ。

「ああ、それは良いね」

『でしょう!』

 シアンの賛同を得られて、リムが表情を明るくする。

「弱い僕でさえ水の中で過ごせるんだもの。ユルクも一緒に陸地で過ごせたら、何かと便利が良いからね」

 それはその通りかもしれないが、そんな些事のために精霊の力を借りるのは、という気持ちがユルクからありありと察せられる。

「でもね、リム。英知も深遠もこの世界でとてもとても強くて他の人は会うこともない存在なんだよ。そんな彼らの力にユルクが慣れるのは時間がかかるだろうから、少しずつゆっくりやっていこうよ。まずは、緊急の時に、精霊たちの力を借りてリムが言ったみたいに陸地で過ごせるようにしてもらおう」

 後は追々ね、と言うシアンにリムが元気よく賛同し、事が穏便に収まったことにユルクの体が弛緩する。

 わんわん三兄弟はまだ固まったままだ。

 ユルクはシアンたちが下位精霊の加護を貰っていると思っているが、わんわん三兄弟はそうではないということを知っているからだ。


『これ、獲った時、グーグー言っていた』

 ティオがマジックバックから取り出した魚も腹が張って体に艶がある。

 形は人間の目のような横長のひし形に近い。

『うきぶくろを鳴らしたんだ。これは大型のものだから、三枚におろして皮を引いて薄造りにすると良い。白身で癖がないから、小さいのはそのまま揚げても美味しい』

『頭からばりばり食べるんですな!』

 ティオがそちらも食べたそうにするので、刺身と姿揚げの両方を作る。ティオにとっては大型の姿揚げも一口で食べられる。


『この魚はもっと大きくなるんだけど、このくらいの大きさが一番美味しいよ。痩せたのは美味しくないので、小さいやつでも太っているのが良いよ』

 ユルクが差し出したのは左右に平たい魚だ。尾に向かって細くなる体には褐色の小さな斑点がある。

『上品な白身はよく締まって歯触りが良いので薄造りや洗いにすると良い。身は衣をつけて揚げても美味しいよ。肝は椀種に、皮は湯引きして細切りにして食す。どの部位も美味しく食べられるが、頬身は絶品で、頭を塩焼きにする。また、身を醤油、酒、ごま油などで炒め、炊いた白米と混ぜて食べることもある』

「じゃあ、ユルクやティオが食べやすいようにおにぎりを作ろうね」

『ぼくも手伝う!』

『きゅうちゃんもやりますよ。色んな調理法があってシアンちゃんも大変でしょうし』

『我らもお手伝いしたいのですが』

 わんわん三兄弟がうなだれる。尾もしょげる。

『私も料理はしたことがなくて』

 ユルクも眦と鎌首を下げる。ユルクは自分が料理するどころか、調理したものを食べたのもシアンたちと出会ってからだ。

『ユルクは海中の獲物をいっぱい狩って来たではないですか』

『我らは何もしておらず、役立たずなのです』

 子犬は三匹揃って情けなく鼻を鳴らす。

『君たちは取りあえず、邪魔にならない場所にいるのが任務だね』

 ティオが言外に役に立とうとする前に邪魔をするなと伝える。わんわん三兄弟はその場にへたり込みそうなほど落ち込む。


「エークたちは食べられない部位を埋める穴を掘ってくれる?」

 シアンの言葉に、わんわん三兄弟の尾がぴんと上向く。

『おお、ここ掘れわんわん。犬の習性を発揮できますな!』

 早速、バーベキューコンロから離れた柔らかい地面を勢いよく掘り始める。

「ユルクはウノたちが掘った穴に要らないものを運んで貰える?」

『わかった』

「ティオは英知と一緒にクラーケンの解体をしてくれる?」

『任せて』

 幻獣たちの特性に沿って仕事を任せ、シアンは風の精霊が教えてくれた調理法に取り掛かる。


 刺身も精霊たちに力を貸して貰って鮮度を保つ。

 包丁で尾から頭に向かって鱗をこすり落とす。ヒレの下から包丁を入れて切り込みを入れる。裏返して逆側にも包丁を入れ、中骨を切る。頭から腹まで包丁を滑らせる。頭とはらわたとを切り離して腹の中を真水で洗う。背側から皮目に一旦切り込みを入れて、中骨に沿って切り離す。

 頭の切り口から包丁を入れ、中身に沿って切る。

 幻獣たちが魚だけでなく、エビも獲ってきてくれたので処理をする。

 大きいものは塩焼きに、小さめのものは天ぷらにする。

 背中に縦に切り目を入れ、背わたを取り除き、塩を振って焼く。

 衣をつけて揚げる。

 器用なリムと九尾は魚やエビの下処理も手伝ってくれる。

 背が黒っぽく腹は銀色の、六十センチ以上もの大きな魚はトマトと食べる。ソースはバルサミコ酢、オリーブオイル、マスタードやバジル、砂糖、塩コショウ加えたものだ。

 ユルクが普段食べる魚を、リムが好きな味付けで楽しむ。ユルクがリムの好きなトマト味も美味しいと言えばリムが喜ぶ。


 手伝ってもらった精霊の他、光の精霊と大地の精霊、水の精霊も呼び出す。

 冷えたエールが飲みたいと言う大地の精霊の珍しいリクエストに、光の精霊も便乗する。

「じゃあ、エールを買ってくるから、深遠、冷やしてくれる?」

『魔神どもに持ってきて貰えば?』

 光の精霊があっけらかんと言う。

 確かに、闇の精霊が願えば、即座に持ってきてくれるだろう。しかし、神にそんなことを気軽に頼むのは気が引ける。

「そんな、いいよ。ちょっと行って買ってくればいいんだから」

『では、きゅうちゃんがこれを提供します』

 と、九尾が取り出したのは米で作った酒である。

『狐は稲を守護する存在として祀られています。その米から作った酒です』

 早速その酒を闇の精霊が冷やす。シアンと大地の精霊とが気に入った。

「あ、美味しい」

『うん、美味いの』

 爽やかなやや辛口の味わいで、刺身にも焼き魚にも合う。

『それは良かった。シアンちゃんが作って持たせてくれた料理への礼と言っていたので、天帝宮の天狐たちも喜びましょう』

「ああ、それはご丁寧に。ふふ、僕が作った料理は雄大がくれた野菜で作ったものね。回り回って美味しいものをご馳走しあっているんだね」

『情けは人のためならず、ですな!』


 シアンはしばらくバーベキューコンロに設置した鉄板や網の前で忙しく働いた。

 クラーケンは非常に美味だった。

 ユルクも食べたことがないらしく、他の幻獣たちと競い合う風情で賞味した。

 塩コショウのみで食べても美味しいが、醤油をつけると香ばしい香りが漂う。

 シアンはクラーケンを適当な大きさに切り、片面に格子状に切り目を入れた。小房に分けて塩ゆでしたブロッコリーと一緒にフライパンできつね色に焼いたスライスニンニクと一緒に炒め、塩コショウと赤トウガラシ、白ワインを加えて更に炒める。

 ニンニクの良い香りがし、トウガラシのピリっとした辛みが味を引き締める。

 ユルクは海のものと陸地で育てられた野菜とが合うことに開眼したようでよく食べた。



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