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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
22/630

22.ダンジョン準備/魔族と貴光教

 

 ダンジョンとは一般的に地下牢のことを言う。

 ゲームではそこから派生して、地下迷宮や迷宮、はては地上地下問わず遺跡や特定施設のことを言うそうだ。大抵、罠や魔獣、宝箱がある。

 密林の奥に遺跡ダンジョンがあると、フラッシュから聞いた。

 罠と魔獣と宝箱。変な取り合わせであるというのがシアンの感想だ。

 微妙な表情をしていたのか、フラッシュがせっせと説明してくれる。

「ほら、映画とかで秘境とかピラミッドとかの遺跡で床に穴が開いたり、壁から矢が放たれたりする、あれだよ」

「ああ、確かに、秘宝が眠っていそうな。そこに魔獣も出てくるんですね」

「いつしも敵は必要だからな」

 貴重な遺跡が破壊されそうではある。


 フラッシュはトリスから離れたダンジョンを教えてくれたものの、多くのプレイヤーが攻略した後で、それほど旨味がないそうだ。

 シアンとしては逆にそういうところの方がプレイヤーが少なくて活動しやすい。一度はダンジョン攻略を経験してみようと思った。

 このところ、余裕が出てきたのか、他の冒険者たちに目を向けるようになって、ふと冒険者らしいことをしたくなった。

 もちろん、ティオやリムが嫌がれば行かないし、途中で引き返すことも視野に入れている。

 料理人は頻繁に街の外に出ないということはすっかり頭から抜け落ちていた。

 シアンから方角や周囲や遺跡の様子を聞いたティオは場所を知っていた。

 ああ、行ってみる?くらいの、郊外のショッピングモールに足を延ばす気軽さで同意してくれた。

『食べ物いっぱい、狩りの獲物いっぱい』

 途端に不安になるが、自分から言い出したことだ。


 片道徒歩で一般人は七日の道のりだ。冒険者は五日、ティオならば半日だ。次の日の朝から遺跡探検ができる。転移陣や乗合馬車の直近の停留所を利用したとしても、そこからの移動が必要だ。ティオの速度は素晴らしい。

 初めての遠出だ。

 現実世界での予定を調整し、街で野営に必要なものをそろえる。フラッシュのマジックバッグに入りきらなければティオだって重いのだから、と極力荷物を減らそうとするシアンに、風の精霊がマジックバッグをくれた。

「さらっとくれたけど、これ、珍しいものなんでしょう?」

 受け取っていいのかどうかと躊躇したが、自分が持っていても仕方がないものだから、と押し切られる。便利でありがたいものなだけあって、遠慮を貫きづらい。

「ありがたく、使わせて頂きます」

『調理器具などがかさばるから必要だろう』

「これ、どのくらい入るのかな。ティオ用の鉄板とかが入ったりはしないかな」

 一度に大量に焼くことが最近の課題だ。

『大丈夫。この家くらいは収納できる』

「家!」

 言ったきり絶句した。

『返却不可だよ』

 笑顔で押し切られる。

『シアン、かまども持っていこう!』

 リムがはしゃぐ。確かに常に平らな石を積み上げて火を熾すのは手間だ。手伝ってくれるリムがシアンの苦労を減らそうとしてくれるのに礼を言う。

「かまどはフラッシュさん宅のだよ。第一、据え付けのものだから持っていけないよ」

『街で買えばいいんじゃない?』

 ティオが言う通り、街に携行用のかまど、バーベキューコンロが売られているのを見かけたことがあった。大きく安定感があるものは高額だったので、手に入れようとは思わなかった。ティオとリムが稼いでいる今ならそう高くはない。

『簡易版ではなくて、しっかりしたやつを買うといいよ。それに入るから』

 シアンの思考を呼んだかのような風の精霊の言葉に、リムとティオが歓喜する。

『これでどこでもいっぱいお肉が焼けるね!』

『ぼくも狩りを頑張るよ』

 そう言われてしまえば、買わない手はない。

『テーブルはティオたちも使うから大き目を。折り畳みではないのを買うと良い。タープテントや毛布も必要だし、雨具も外套もいる。水もたっぷり持って行っておくと良い。水場には大体他の動物も集まってくるから』

 シアンは薪や炭、テントや寝袋があれば良いと思っていたが、風の精霊があれもこれもと増やしていく。第一、水場を使わないでいいくらいの水って何リットル持って行くつもりだろう。

 風の精霊は本当に人間の社会に通じている。シアンよりもよほど便利な物を知っている。

「そんなに必要かな?」

『この先、野営はしなくても、外で調理や食事はするんだろう? 人は気候に大きく影響を受けると聞くし』

 暑いときはリムが傍にいてくれれば大丈夫だ。

『買おう!』

 当の本人は購入に乗り気だ。

『シアンは何か欲しいものはないの?』

 ティオの質問に、そういえば、と思い出す。

「僕は、そうだなあ、ダッチオーブンが欲しいかな」

『じゃあ、それで!』

リムはシアンが欲しいものを買おうと満面に笑みを浮かべる。

 買う物が決まったので、出掛けることにする。


 ティオとリムには留守番をお願いした。

 久しぶりにディーノの店にも顔を出すつもりだ。ティオの巨躯では少々彼の店近辺の路地は通りにくい。人と行き会ってすれ違えなくはないのだが、最近、グリフォンに慣れてきた街人が隙あらば触れようとするのだ。ティオがそれを良しとしないから、面倒事が起きるのは避けたい。

 幸い、風の精霊がそれと分からぬように護衛も務めてくれるというので、ティオは大人しく残ってくれた。リムもティオに付き合って、二頭で日向ぼっこしながら昼寝を楽しんでいた。横寝するティオの腹にくるりとリムが丸まって眠る様は、シアンにとって温かみと癒しの象徴だ。


 結局、コンロは大小二つ買った。これで同時進行で料理することができる。

 風の精霊は人の営みに実に詳しかった。街中で相応の価値以上の値段を要求されたシアンよりもよほど。

『その外套、似たようなのが向こうでもっと安く売っていたよ』

 無論、風の精霊の声はシアンたち以外には届かない。そういえば、九尾には闇の精霊の声が聞こえていたという記憶がふと脳裏をよぎったが、今は街中、ちょうどぼったくりに合っている最中だ。

「あの、これってもっと安くなりませんか? 向こうのお店では値段が大分抑えられていたんですけど」

「お、兄ちゃん、買い物慣れしてきたか?」

 にやつきながら、そうシアンと歳の変わらない若い店主が言う。今までカモだと思われていたんだなあと思わないでもない。買い物をしていて、何となく嘘を言っているように受け取れる時はたまにあった。けれど、シアンは市場の物価に対してそう詳しくはなく、大きな差異がでないのであれば良しとしてきたのだ。

「そうだなあ、これでどうだ」

 提示してくる値段に、風の精霊が首を横に振る。

「もうひと声」

「うん? 本当にどうしちまったんだ。じゃあ、これで! もうまけらんねえよ」

 風の精霊は首を傾げている。まだ少し高い、というところか。

 シアンが躊躇していると、店主が眉尻を逆立てた。

「なんだあ? こっちがこんなに勉強してやっているっていうのによ。そんなんなら買ってくれなくてもいいよ!」

 多少高くてもいいか、と納得しかけた時、待ったの声がかかる。

「仕方ないでしょ、ぼったくってんだから」

「なんだってぇ!」

 肩に絨毯か何かを巻いた筒状のものを担いでいるのはディーノだ。

「安くしても、まだ高いって言っているんだよ。よっ、兄さん、久しぶり」

「ご無沙汰しています。今日もこの後、寄ろうかと思っていたんです」

 助かりました、という前にぼったくり店主が声を上げた。

「魔族か! あんたも買わないならさっさと他所へ行きやがれ」

 言い捨てると、地面に唾を吐き捨てる。

 風の精霊の片眉が跳ね上がったのに、シアンが慌ててディーノを連れてその場を離れた。

「今日はグリフォンと小さいのは一緒じゃないんだな」

「はい。あのありがとうございました。今も、先日も」

 この魔族の商人が夜にかかる虹の話を探すきっかけを貰ったのだ。

「あー、いや、あんたがあの花帯……いや、なんでもない。それより、逆に悪かったな。買い物の邪魔をしてしまったかな」

 常に飄々としているのに、少しばつの悪そうに口ごもった彼は気を取り直してシアンに謝った。

「いえ、他よりも高い値段をつけられていたようで、迷っていたのは事実なんです」

 他より少々高いくらいならシアンは良いのだ。現に値は初めの提示よりも大分下がっていた。良しとしないのは周囲である。それが力のある精霊なのだから始末が悪い。

「外套を買おうとしていたんだろう? うちにもいくつか入ったから、見ていくか?」

「助かります」

「どっか遠出するのか?」

 店に向かう道すがら、気さくにシアンの必要とするものや用途を聞き出し、結果、外套以外にも買い込んだ。双方にとってよい売買となった。


 笑顔で見送られ、下宿先へ帰る道すがら、シアンは小声で風の精霊に問う。

「英知、魔族って人間の世界ではよく思われていないの?

『魔族は元々人間の一民族だったけれど、その魔力の高さや特殊な宗教観から畏怖され恐れられて異類に分類されるようになった』

「異類?」

 どこかで聞いた気がする。

『人間でないもののことだよ。人間でないものは全て異類だったけれど、そこから、亜人、鳥獣、魔獣、幻獣、聖獣、特殊能力保持者と細分化されたんだ』

「魔族は人間だったのに、人間じゃないって言われたの?」

 人間扱いされないようになったということに、息を飲み、風の精霊を見る。

『亜人も人間とは別物とされていたからね。エルフやドワーフと同じ括り、と表現すると分かりやすいかな?』

「あ、ああ、そういうこと。うん、そうだね。そう言われれば、特殊能力保持者ってやつに僕たちも含まれるらしいし」

 プレイヤーも人間以外の分類だ。異世界人という区別ならばそうなのだろう。


『魔族が異類に分類されるようになったのには、貴光教の暗躍があったんだけれどね』

「貴光教?」

『光の神を崇めている者が造った宗教のことだよ。トリスにも神殿がある』

 光や清廉、浄化を指標とし、塵ひとつない清く正しく美しい世界を創造するために、暗く醜悪な面を排除することを考えた。彼らの考えるところの暗く醜悪な面を切り離し消去することを目指した。

『だから、魔族は排斥されなければならないと主張したんだ』

「どうして? 魔族は魔力が高い人間の一族というだけでなかったの?」

『魔族の人の身でありながら人知を超える力を持つに至った者が魔神と呼ばれ、これが闇の神となる。つまり、魔族は神を排出する種族だ。そういう意味では確かに人外、異類だね。闇の一族などとも呼ばれることもある。そういった、魔力の高さや特殊な宗教観から畏怖され恐れられて異類に分類されるようになった』

 話のスケールが大きすぎて思考がついて行かなくなりそうで、もはや質問すら浮かばない。

『貴光教は光の神を唯一神としてあがめる宗教だ。闇の神を派出する魔族は目障りだし、彼らの純血主義的思想には邪魔な存在なんだよ。彼らの教義は執拗で、信者たちに強迫観念のような悪の存在を植え付けた。それに魔族も含まれる。その力の強さを畏怖から嫌悪に扇動し、他の異類が起こした騒動を巧みに魔族になすりつけ、貴光教信者でない者へもそういった認識を植え付けることに成功した。だから、貴光教信者は魔族を忌み嫌う。信者でなくても、魔族をなじる時は貴光教に乗っかることがある。先ほどの男のようにね』

「もしかして、光と闇は相反するものだと捉えられているの?」

『神々は違うけれど、人の世はそうだね』

 シアンは思わず笑みをこぼした。

「稀輝と深遠はあんなに仲が良いのにね」

 口を噤んだ風の精霊を、どうしたのと見やる。

『いいや、それもそうだと思って』

「そういえば、ディーノさんは初対面の時に自分は魔族だって言っていたよ。差別みたいなものがあるのに、どうして喋ったんだろう」

 思い出したのが口をついた。

『相手が貴光教徒でなければ、差別なんてされないし、シアンにはそんなことしないと思ったからでは?』

「そういえば、掏摸を追いかけて見失ったところを見られたんだった。間抜けなやつだと思われていたのかな?」

『信用に足る人間だと分かったのではない?』

「本当に知り合ったばかりで、大したことを話していなかったよ、確か」

『商人は人を見る目を養う。ちょっとした受け答えや表情から読み取ったんだよ』

 精霊の身びいきは顕著だ。これ以上は褒め殺しになる予想がつき、話を打ち切る。ティオとリムへの土産に果物を買い込み、二頭が待つ下宿先へと帰路についた。




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