23.麒麟と鸞の望み
麒麟の角は力の源であり、薬の元として珍重された。
そして、その慈悲の性から枯れ草しか食さず、地に這う虫を踏みつぶさないように中空に浮くことが多かったため、近年、力の枯渇が懸念されていた。
魔力に富む島に滞在するうち、体の隅々に霊力が行き渡り、横溢するのを感じた。
何より、幻獣たちが元気に楽しく暮らしている姿を見て、微笑ましく羨ましく思った。
鸞も研究に整えられた環境と初めて見聞きすること、気の良い存在たちとの交流に、これ以上にない居心地の良さを感じていた。
二頭は話し合い、シアンに揃って申し出た。
『ここに住みたいんだ』
『ぜひ。吾らでどれほどのことができるか分からないが、役に立てるよう、尽力する』
「うん、もちろん、歓迎するよ。君たちがいてくれると嬉しいよ」
改まった様子の二頭に、何事かと目を丸くしていたシアンは微笑みながらそっと彼らの頬に掌を当てる。
「それにね、役割分担で、自分ができることをすればいいんだよ。僕なんて、うまく飛べなくてずっとティオの背に乗せてもらっているし、戦闘はからきしだしね」
それはこの島にいて麒麟も鸞も実感していることだ。ただ、シアンの言葉に修正を加えたくてそれぞれ口を開く。
『でも、シアンの奏でる音楽はとても心地良いよ』
『料理も美味しい。滋養があり、食べる者のことをよく考えている』
シアンは麒麟と鸞の言葉に少し目を見開いた後、ふふとため息交じりに微笑んだ。
「ありがとう。麒麟の優しさは周囲に伝染するね。鸞は沢山のことを知っていて、もっと知ろうとしているし、知っていることを他に説明してくれるから、僕たちも色々教わることができて助かっているよ」
『我の優しさが伝染するの?』
自分には薬効のある角と慈悲くらいしか取り柄がないと思っていた。その慈悲も見方によっては意気地がないだけとも取れるのではないかとも。
「うん。あのね、リムの楽しい気持ちは伝染するんだよ。それと似たような感じだなと思っていたんだ」
『ああ、リムの浮き立つような活気は確かに、周囲に活力を与えるな。活性化させるまさしく光の属性の性だ』
シアンに鸞が頷く。
「麒麟、君は闇の属性の性が良く出ているね。君のふんわりした雰囲気は周囲にも良い影響を与えているんじゃないかな。だって、斜に構えた見方ばかりしていたら嫌な気持ちを作りやすいからね」
シアンからしてみると、高度な知能を持つものは複雑な構造を持つ。性質もそうで、闇の精霊がただ優しいだけではないことをも知っていた。麒麟は果たして、闇の属性たる冷厳とした性質を持っているだろうか。
ただ優しいだけでは、その性質に潰されやしないだろうか。
「麒麟、君が悩みを抱えているのを少しは知っているよ。ここの皆で一緒に考えてその悩みと上手く付き合っていくことができると良いなと思うよ」
『うん、うん……』
清幽とした龍の顔を持つ麒麟の頬を撫でると目を細める。その仕草がティオやリムを想起させて、つい、角の付け根や顎の部分を指でこすってしまう。
『うふふ』
そして、右手に釣られて左手も動く。鸞の細い首筋を撫でると、鸞も喉を鳴らす。
麒麟と鸞は一度天帝宮に戻り、島に移住することを話してくると言った。
『今まで住処を与えられていたのだ。束縛されないとはいえ、筋は通しておかねばなるまい』
そういうことなら、とシアンは手土産を用意した。
シアンは天帝宮への土産とは別に、麒麟と鸞に闇の神殿への書簡と金銭を託した。
「麒麟と鸞も途中の闇の神殿で転移陣登録をしておいたら、こちらに来るのが楽でしょう?」
麒麟と鸞が人に捕らえられそうになったことから、危険を少しでも減らそうという心づもりだった。
遠慮する麒麟と鸞に九尾が受け取るように勧めてくれた。
『きゅうちゃんは幻想魔法で人の街でも見咎められずに入り込めますが、麒麟と鸞はそうもいきません。天帝宮からこちらに来る際の最寄りの闇の神殿に行く時が問題ですね』
そこで、隠ぺい魔法を麒麟が取得することになった。
麒麟と鸞が戻って来たらずっと一緒だと聞いて、リムが喜んで教えている。その高度な隠ぺい能力に鸞も驚く。
「同じ闇の属性でも得手不得手があるんじゃないかなあ」
楽し気に隠ぺいの特訓をする幻獣たちを眺めながらシアンが呟く。
「深遠、力を貸してくれる?」
『うん、良いよ』
ランプにふわりと明かりが灯るように、目前にじんわりと闇が球状に滲んだ。するすると大きくなり、人型を取る。
離れた場所に控えていたセバスチャンが両膝を床に付いただけでなく、額をつけている。まさしく、額ずく様態だ。
リムに特訓を受けていた麒麟と鸞の姿がふ、とぼやける。焦点が合わなくなるような感じはすぐに解消された。
「もしかして、今ので?」
『うん。麒麟が隠ぺいを扱えるようにしたよ。君には見えるけれどね』
『シアンちゃんは闇の精霊王の加護があるから、普通に見えるのでしょうね』
九尾には見えていないらしい。
『これほどまでの隠ぺいは悪用されれば好き放題できます。ですが、麒麟はそんなことには用いないでしょうから、適任ですな』
確かに、幻獣のしもべ団の団員であるリリトが隠ぺいを使用することができたが、徐々に段階を踏んで難解なことをできるようになっていた。言い換えれば、制限付きの魔法になるのだ。動けば隠ぺいの魔法が解ける、声を発することができない、などだ。
リムが用いる隠ぺいは消失したように思われる。動いても声を発しても、特定の相手には分からない。任意の相手とは普通に接することができる、詳細な条件付けが可能だ。
ともあれ、これで麒麟と鸞の道中は安心できる。
「ありがとう、深遠」
『どういたしまして。シアンの役に立てたなら嬉しいよ』
はにかむ闇の精霊に麒麟と鸞が畏まって礼を述べる。
万端の準備を整え、麒麟と鸞は島を後にした。
木立がうっそうと生い茂り、昼なお暗い青葉闇、夏真っ盛りだ。
暑さに参ったという九尾のために冷たい食べ物を作った。
バニラの種子鞘を発酵して乾燥させ、種を取り出す。これを牛乳と一緒に火にかけ、卵黄と砂糖を混ぜたものを加える。さらに生クリームを入れて冷やす。
「アイスクリームというお菓子だよ。生クリームの泡立て具合をゆるくすると濃厚になって、硬くしたら軽いくちどけになるんだ」
バニラ味にイチゴジャムを混ぜてストロベリー味と二種類用意する。バニラ味を濃厚に、ストロベリー味を軽いくちどけになるように調節する。
大量のアイスの材料をかき混ぜるのに、器用で力のあるリムが活躍してくれ、その分、真っ先に味見をさせてもらった。
材料を手に入れて来た九尾はもちろんのこと、冷やすのを手伝ってくれた闇の精霊や甘いもの好きの光の精霊も喜んで食べた。
バニラの種子鞘を発酵して乾燥させ、種を取り出す一連の作業も精霊の力を借りてあっという間だ。
風の精霊は生クリームの泡立て具合で濃厚さが変化することに興味津々だ。
ティオは甘みの強い生クリームも気に入った様子だ。
わんわん三兄弟は一口目で短い尾をぴんと伸ばして静止し、二口目から激しく振りながら口元を汚してかぶりついていた。
遠慮するセバスチャンはリムから闇の精霊が手伝ってくれたのだから、と勧められて賞味していた。
沢山作ったアイスクリームは炎昼の氷みたいにあっという間になくなった。
『もうちょっと卵と牛乳を買ってくれば良かったでしょうか』
何と、九尾は籠に金銭を入れて、鼻先で品物を差し示して見せるというジェスチャーでお使いをしてきた。犬の振りをして買い物をしてきたのだという。
それを聞いたリムが自分も今度お使いをすると意気込んでいた。
エディスでならば容易にできそうではある。
「こういうのはもう少し食べたいな、と思うくらいでちょうどいいんだよ。それに、カラムさんやジョンさんたちが移住してくれたら牛乳も卵も手に入るよ。今度は果物を使って色んな味のシャーベットを作ろうね」
幻獣たちと精霊たちが嬉しそうな表情を浮かべた。




