22.幻獣のしもべ団、席巻す
カラムとジョン一家はアダレードの南端の港から船に乗り、海を渡り西へ向かう。いくつかの港を経由する。その港の一つで南下したマウロたちと合流する手はずとなっていた。
そこからはマウロたちも船に乗ってシアンの島へと行くのだ。
マウロたちは転移陣を使ってトリスに行けるが、ゼナイドで幻獣のしもべ団に入団した者たちはそうはいかない。そのため、アダレードで合流せず、経由地の港にそれぞれ向かうことにしたのだ。
シアンの島が大きいことを幸いとして、良い機会だから転移陣登録をさせようとマウロは幻獣のしもべ団全員を呼び集めることにした。
アダレードに残った者はカラムたちと共に来る。
神託の御方と誤解するティオの公認しもべということを容認することができない黒ローブたちは、幻獣のしもべ団の動向を探っていた。
各地へ散った者たちを集結させる動きを掴んだ黒ローブたちは、すわ何事か、と一層その動向を注視した。
「馬鹿な、深手を負わせた! それに猛毒が回った筈だ」
「即死じゃなかったからか?」
「いや、もしかすると、もう死んだのかもしれん」
「だとすると、奴らのこの動きは何と見る」
その後、幻獣のしもべ団は倒しても倒しても起き上がってくる、とアンデッド集団のように厭われる。
マウロは神殿を経由した書簡のやり取りで連絡を取り、高価な転移陣を惜しげもなく使い、手下を集めて行った。
幻獣のしもべ団は密偵技術の取得の一環として文字の読み書きも行った。情報を得てくるためには文字が読めませんでした、では得られるはずものも拾えないことがあるからだ。習得中の者は読み書きができる者と組ませる徹底ぶりだ。
エディス支部に常駐するオージアスら三人も呼び寄せた。ただ、レジスのような街に根ざすために潜り込んだ者だけは呼び戻すことはなかった。
レジスはマティアスが一時滞在したナタでサルマン国の貴族を探っている。他者の情報ですら商品にしようとするナタの街の人間の逞しさとしたたかさに四苦八苦しいているようだ。
徐々に席巻する幻獣のしもべ団に黒ローブたちは危機感を募らせずにはいられなかった。
そんな中、マウロたちは大陸をひたすら南下していた。
時に、立ち寄った街や村で翼の冒険者が訪れたという話を聞くと嬉しくなる。
グリフォンという高位幻獣を連れた彼らの評判は概ね好評で、魔獣討伐やそれらの部位の流通だけでなく、医者がいない小さい村で薬効の著しい薬を分け与えてくれたというのまであった。
「世間話でこの村でよく流行る病のことを話したら、これこれこういった習慣が悪いからせん方がええとおっしゃられての」
谷の小さな村の村長が言う。
マウロたち幻獣のしもべ団が休憩を取ろうとセーフティエリアを探している際、斥候隊と村人が遭遇し、さり気なくしてみせたジェスチャーに反応して村まで案内してくれたのだ。何もないが井戸や竈を使わせてくれるというのは有難い。
「わしらも他所もんが、いう気持ちもあったけんど、地のもんしか知らんような毒草を村のちんまいのが口に入れようとしたんを止めてくれよったんじゃ」
予想通り、翼の冒険者が立ち寄り、交流した村で、村長がその時の話をしてくれた。しもべ団たちが興味深く聞く姿勢に気を良くして様々に語る。
「他に、腹を下しとったやつにそこらにある草で薬をこしらえてくれての。こりゃあ、本物の薬師様じゃあ言うて教わった通りにしよるんよ」
礼は何をすれば良いか聞くと、差し支えない範囲で村人たちが知る動植物のことや料理や音楽を教えてほしいと願ったそうだ。
「うちのばあさんも嬉しそうにあれこれ教えてやっておったよ」
自分たちの知識を価値あるものとして取り上げて貰うのは嬉しいものだと話す。
そうこうするうちに、グリフォンが時折村に訪れては蹂躙していく魔獣を狩って来て、宴会になったのだと言う。マウロの知るいつもの翼の冒険者の一連の流れである。村の救世主だったから、マウロたち余所者をも受け入れ良くしてくれるのだ。
「いやあ、久々に肉を腹いっぱい食わせて貰いましたわ。初めは余所もんに硬くなっとった村のもんも、あん人が振舞ってくれた酒が回って来て、歌って踊って、祭りみたいな騒ぎじゃった」
幻獣たちが音楽を奏でるのも驚いたと言う。
「そりゃあ、グリフォンのような高位幻獣が自分たちの村に伝わる曲を演奏してくれりゃあ、感激するってもんだな」
我が意を得たり、と村長は頷いた。
「翼の冒険者の薬はよく効くだろう? 俺も毒消しを調合して貰って、今はこの通り、以前と変わらず動けるようになった」
シアンがもたらした薬のお陰で、回復したガエルが言う。
向こうではしもべ団の双子フィンレイとフィオンが、井戸の水を汲み上げながらリムの可愛さを子供たちと語り合っている。
「何といっても姿が可愛いよな」
「声も可愛いよ! キュア!」
「あの細長い体に白い柔らかそうな毛並み」
「しっぽ! 長いしっぽ!」
「歌を歌いながら飛んでいる時、小さい頭を左右に振っているんだぜ?」
「知っている! しっぽも一緒に揺れているんだよね!」
「「「「可愛いよなあ」」」」
そちらではせめて暖かいものでも、とスープを大鍋で煮込んでいる親娘にロイクとアメデが手伝いを申し出ている。
村にはいない伊達男に娘の方が頬を染め、ロイクは人好きのする笑顔で母親の方を手伝う。
村へ来る傍らオージアスは弓で兎を、アーウェルはスリングショットで鹿を、グラエムは拳で猪を仕留めており、それぞれ村人と協力して捌く。アーウェルは師匠であるオージアスにシアンから譲り受けたスリングショットを見せる。
「力がない俺には打ってつけなんだ」
シアンに貰ったスリングショットは手に馴染み、アーウェルは良く訓練を行った。元々、風の属性を持つため、飛び道具とは相性が良い。そう魔力が高くないアーウェルは繊細な操作を行うことを強みにしていたが、スリングショットの能力を引き出すことに成功していた。
シアンが風の精霊の助力を受けていたのと同じく、飛距離、精度を上げていた。無論、精霊ほどの能力を望むべくはないが、アーウェルは戦闘経験を積んでいる。獲物の動きの先を読み、状況を把握しての飛弾は相当な命中率を叩き出す。
「補助にしては鹿を仕留めたじゃないか。大したもんだ」
尖らせた石礫でも、魔法の補助で威力を増し、急所を狙えば仕留められる。
初めて見る道具に、オージアスも興味津々である。アーウェルはシアンが弾に木の実の中をくりぬいて辛い粉を詰めていたと話す。
「後は貫通力だよなあ」
アーウェルはしきりに力のなさを嘆く。
ただ、そこにはそれをどう補おうかという未来への明るさがあった。
オージアスはアーウェルが黒ローブと干戈を交え怪我を負ったと聞き、心配していたが、自分の弱さを認め、それをどう克服していくか前向きに捉えている様子に安堵した。
「中に毒を仕込むと折角の肉が食えなくなる可能性もあるしな」
「そうなんだよなあ」
頷く声が悩まし気だ。
「となると、機先を制するのと倒すのとで弾を変える必要があるな」
「うん。中身に仕込む弾と硬い外殻に鋭い突起を持たせてやれば」
オージアスが考えたことは既に検討していた様子だ。
「でも、それ、扱いが難しくなるな」
「そうなんだよなあ!」
先ほどとは違って頭を掻きむしりそうなアーウェルにオージアスは声を上げて笑う。
強行軍の最中に狩りを行い、平然と話し込む二人とは対照的に、新人は疲労困憊の態である。
似顔絵描きの得意なルノーやテイマーのセルジュなど、エディスから新団員となった者たちがへばっており、エメリナが彼らの世話を焼いた。
毒を受けて臥せっていたガエルは今や全快し、新団員よりも健脚ぶりを見せ、ゾエ村の者たちを安堵させた。
旅の経験者であるアシルがバディであるベルナルダンや同じ観測者であるエヴラールを気遣う。疲れ果てて座り込むクロティルドにはロラがついている。グェンダルもあまり体力がない様子で、年下のリリトが差し出す飲み水を喉を鳴らして飲む。
カークとディランは猟師から村周辺の地形やセーフティエリアの位置、この時季の天候などを教わる。
リベカは食卓の準備を整える。
「お肉がいっぱいだね! ねえ、おじちゃんたちは楽器を演奏したりしないの?」
子供がそう言うほど、幻獣たちが奏でる音楽は楽しく、心に強く残ったのだろう。
食事の後、早々に村を出ると言うしもべ団に肉の礼にと野菜を分けてくれた。
勧められたが、村で宿泊はしないでおいた。
「長居して下手に勘繰られて攻撃を仕掛けられたら目も当てられないからなあ」
緑陰を行くマウロは独りごちた。
魔族が闇の精霊を崇めているというだけで攻撃的になるくらいだ。自分たち幻獣のしもべ団を目の敵にする黒ローブがどういう発想で村を襲撃するのか測りかねる。
「ついてきているか?」
「うん、着かず離れず、といったところだね」
感知能力の高いエヴラールが自分たちの動向を注視し、後をつけてくる存在を感知している。木の下闇をあんなぞろっと長い布を捌いて後をつけてくるのに、ご苦労なことだと内心辟易する。
「海の上まで付いてくるかな?」
「無理だろうな。うまく俺たちと同じ航路を行く船に潜り込めるなんて偶然がそうあるとは思えない」
言いつつ、マウロはエヴラールのそわそわした様子に気づく。
「ああ、お前さんたちは海は初めてか?」
「うん。しかも、船に乗せてくれて島に連れて行ってくれるって!」
楽しみにしているのが如実に分かる笑顔をマウロに向ける。
「うちの首魁は太っ腹だからな。手下を全員拠点の島にご招待下さるんだ。しかも、転移陣の敷かれた場所だってんだからな」
「その転移陣も島からならば料金も魔力も要しないのだろう?」
グェンダルが後ろから声を掛けてくる。
彼もまたシアンの規格外の諸々に触れて驚いた一人だ。補給担当としては重要案件だ。
「それなんだがなあ、島へ行くのに闇の神殿の転移陣を使えば、そっちの方も料金は取られないってさ」
「え⁈」
「シアンはなるべく支払ってほしいと言っていたが、何かあった時は迷わず闇の神殿を頼れとも言っていた」
「あ、ああ、リムが闇の精霊の加護を持つのであれば、それも不思議ではない、のか?」
魔族の闇の精霊への傾倒は周知のことである。その闇の精霊の加護を得た幻獣のしもべである幻獣のしもべ団にもそれなりの敬意と便宜を払ってくれるということなのだろう。
現実は少し異なる。
魔族全員、魔神を含めた全てが心情的に準しもべ団員なのだ。当の幻獣のしもべ団はもちろん、首領であるマウロが与り知らぬことであり、世の中には知らない方が良いこともままある。
「その魔族ですが、最近、随分活気を取り戻しているようですよ」
カークが後方から速度を上げて近寄って来ながら会話に加わる。やや息が荒いがグェンダルよりは幾分かは余裕がある様子だ。
「シアンの兄貴は魔神から島を貰った。同じころ、魔族が活発化してきた。やはり、何らかの関係があるんだろうな」
こちらは顔色一つ変えず、額に少し汗を滲ませる程度のディランだ。
「そうだな。一民族全体に影響を及ぼしたからこそ、神から島を下賜されたんだろう。まあ、シアンのことだ。遠慮したが海千山千の神々に押し付けられたというところだろうさ」
マウロは流石の炯眼である。
「それにしても、カークが聞いたドラゴンの情報はあの村では全く知らないようだったな」
荒い息の下、グェンダルが途切れ途切れに言うのに、マウロは無言でうなずいた。
谷に広がる森の手前の街でカークが仕入れて来た話では、全長二十メートルを超す長い体のドラゴンが守る国があると言う。
この谷を抜けた先の国のことだ。
元は小さな国だったが、あれよあれよという間に大きくなった。領土を広げ、住民が増えている。
「どうも、外交能力は低い様子ですがね」
それが何故急激に領土を広げることになったかと言うと、守護竜のお陰なのだとそうだ。
長い胴体、鋭い爪を持つ短い前脚を地面につき、丸い顔をしていて、白っぽい体をしているのだと言う。
「リム様?」
「もしかして、同族かもしれないな」
「頭、ちょっと行って調べてみませんか?」
「そうだな。シアンもヒュドラ退治を引き受けたのは、もともとドラゴンの調査依頼で、リムのためにドラゴンの生態を知りたかったからだって言っていたしな」
その情報を得たいと言う気持ちは、以前、リムが成長痛に苦しんだことに由来すると聞いている。幻獣のしもべ団がそれと知って捨て置けるはずがあろうか。
カークはディランやアーウェルにも手伝わせ、情報を集めてみると、ドラゴンがその国を守っているという話はちらほら出て来た。
しかし、中には生贄を要求されるのだとも聞いた。
思い出すのはレフ村のことだ。
あれは浚ってきた赤子を儀式で捧げていた。
それだけの強烈な何かがなければ、外敵や貧困、飢えに苛まれる村人を束ねていくのは難しいというところだろうが、やり方が安直すぎる。手っ取り早いインパクトを得ようと硬直した思考から生み出された方策は陰惨なものだった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「どちらにせよ、ドラゴンやグリフォンの敵じゃあありませんね」
ディランが言うと、違いない、と幻獣のしもべ団たちはどっと沸いた。
幸い、道中はそれほどタイトな日程ではない。
多少の寄り道は可能だし、何なら、遅れた場合は他の船を手配して貰うとシアンは言っていた。もしくは、せっかくだからマウロたちにせよ、カラムやジョン一家にせよ、港町でのんびり過ごして貰っても良いとも。
どこまでも鷹揚な首魁のために、ひと働きすることに意気込む幻獣のしもべ団たちはドラゴンが守る国へと入国した。




