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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
215/630

21.立て籠もり事件 ~魔性の妖狐は野良狐/あな恐ろしや/変なのじゃないもの!~

 

 建物を出ると、隣の元工房では進展は見られない様子で、それでも野次馬の整理は何とか進んでいるようだった。

 少し離れた路地の片隅で、隠ぺいしたままのティオたちの姿を見つける。

『どうだった?』

 シアンとリムをいち早く見つけたティオが近づいてくる。

「うん、食べてくれたよ。でも、僕たちに驚いて逃げようとしたから、野菜を置いてお詫びだけして出て来た。今度来た時には改めて謝罪したいな」

 シアンの言葉に、問答無用で追い立てたわんわん三兄弟が項垂れる。

「落ち着いたら、アインスたちも謝ろうね」

『『『はい!』』』

 わんわん三兄弟は涙目になりながらも力強く頷いた。エークなどは鼻水が出ている。苦笑しながらそれを拭ってやっていると、九尾が状況を伝えてくれる。

『立て籠りの方はお決まりの通り、金銭の要求がありましたよ。警邏が子供の親類の商人の元へ向かっています』

「そう。あまり時間が経てば犯人も疲弊してどんな行動に出るかわからないね。金銭の要求は親類に? 親じゃなくて?」

『裕福なのは子供の祖父のようですよ』

 なるほど、とシアンは頷いた。年端も行かぬ子どもの親ならばまだ若い。とすれば、まだ大成していないこともある。

『おや、何かあったようですね』

 息も絶え絶え走って来た警邏が、現場で野次馬整理をする警邏のまとめ役に駆け寄り、報告をしている。受けた方はさっと顔色を変えている。

『きゅうちゃん、近寄って聞いてきます!』

 言うが早いか、リムに隠ぺいをかけて貰っていることを良いことに、すぐ傍にまで近寄っていく。


 報告自体は短く、その場にへたり込みそうになりながら汗を拭う警邏と、慌てふためくまとめ役の傍から九尾が戻って来る。

『どうやら、人質の祖父らしき商人は、そんな不逞の輩に渡す金はびた一文ない、言われるがままに金を出してやれば犯罪者を付け上がらせるだけだ、と身代金を出すことを断ったそうですよ』

「それはまた……」

 シアンは嘆息した。

『あと、あの話を聞いた男が警邏の隊長ですが、もう突撃しちゃおうかな、って言っていました』

 そんな軽い口調ではなかろうが、発言内容は同じなのだろう。


 さて、どうするか。

 シアンは様子を見にやって来たのであろう冒険者ギルドの受付を見つけて、考えを纏めた。

 まず、隠ぺいを解いてもらったシアンは冒険者ギルドの受付に、野次馬を解散させ、この辺りに人を寄せ付けないように警邏に話をしてほしいと頼んだ。

 風の精霊に確認したところ、立て籠りのある建物の隣、妖精が逃げ込んだ建物も空き家である。そして、逆隣の家には人が住んでいるものの、今は不在で誰も帰って来ていない。

 念のため、周辺の建物から人を非難させ、被害者が出ないように通行止めにしてほしいと話した。

 シアンの話しを聞いた受付は、窺う風に隣の女性を見やる。

 発達した筋肉に全身を覆われたシアンと同じくらいの身長の四十代ほどの女性が頷く。

「ええ、それがいいでしょう。ああ、申し遅れました。私はこの街の冒険者ギルドの長オクサナと申します。翼の冒険者には来て早々、難題を請け負っていただいてお礼のしようもありません」

 名乗る前に何故分かったのか、と怪訝に思うシアンは、いつの間にか護衛よろしくティオが傍らにやって来ていたことに気づいた。


 警邏に話をつけてくれると言うギルド長はどうやって立て籠り犯を捕らえるのか、と尋ねた。

「先ほどもそちらの受付の方に制圧をと言われましたが、僕は人質の身の安全を請け合っただけですよ」

 不穏な物言いをした受付を見やる女性の眼差しは、確かに一国の国都でギルド長を務めるだけあって、貫禄に満ちていた。

「ティオ、このグリフォンが立て籠り犯の意識を引きつけている間に、小さい幻獣たちに人質を連れだしてもらおうと思います」

「翼の冒険者は何もしないのですか?」

 上司に言いつけられた恨みを一矢報いようと受付が言及する。

 少なくとも、ゼナイドの冒険者ギルド長や国際組織である神殿に認められている冒険者に対して取る態度としては不遜なものであり、それを熟知しているオクサナの視線が尖る。

「その名称は幻獣を含めた呼び名なので」

 当の本人はどこ吹く風である。幻獣たちは人とはかけ離れすぎるほどに強く多芸で、比べられてももはや気にならない。それに、この受付の想像をはるかに超える彼らのすごさや、何より、シアンに向けてくる優しい感情を知っているのだ。

 オクサナは外見に惑わされた受付がそれ以上の失言をしないうちに、と警邏に話を付けに行った。


「僕たちも役割を決めて始めようか」

 わんわん三兄弟に犬の振りをしろと言ったら不服に思うかな、と考えつつ、可愛い君たちに頼みたいと言うと勢い込んだ。

『子供の気持ちを落ち着かせるのですな!』

『そして、ティオ様が敵の意識を引きつけているうちに我らが誘導して逃げる』

 アインスとウノがそれぞれを見やって、互いに一つ頷く。

『可愛い我らにお任せあれっ!』

 エークが尾を激しく動かす。

『闇属性は精神を司ります』

『怯えさせたことはあっても、落ち着かせることはしたことがありませぬがっ!』

『一抹どころじゃなく心配』

 ティオがぼそりと呟いた。

『ちびっ子が犬嫌いじゃなければ良いですがねえ。きゅうちゃんは幻影魔法でサポート、ですね』

 身も蓋もないことを言いながら、九尾が頷く。

『ぼくは隠ぺいと子供の護衛!』

 ぴっとリムが前脚を上げて胸を張る。

 小さく愛らしい容姿のリムならば子供も怯えないだろう。

『ぼくは犯人全員の意識が向くように示威行為だね』

 ティオは淡々と言うが、目の奥に鋭い光を宿す。

「う、うん、そうなんだけれど、なるべく、その、建物に被害が及ばないようにね」

『うん』

 おずおず言うシアンにティオはこっくりと頷いた。



 シアンに可愛く頷いてみせたティオは建物周辺を飛び回った。

 普段、街の人を驚かせないために、街中では飛ばないようにシアンに言われている。

 そのティオはまず、各階の窓に、その威容を見せつける風に、常になく羽ばたく音をたてながら飛んだ。

 すわ何事か、と窓の外を見る立て籠り犯としっかりと視線を合わせていく。

 ある者は思わずその場にへたり込み、ある者はひっくり返った。

 各階で順繰りに行い、次に建物の周辺を飛び、時には窓枠を掴んで揺する。

 あちこちで悲鳴が起きた。

 逃げ惑う足音から先回りして、戸口や窓を破壊しない程度に蹴りつけたり、何度か視線を合わせたりした。

 立て籠り犯は力なく座り込んだり、中には失禁する者まで出現した。


 その迫力満点の陽動の最中、リムたちは堂々と扉から建物内に入り込んだ。遠巻きにする野次馬ですら、ティオに視線を奪われているので、隠ぺいを用いる必要はなかったかもしれない。

 そうでなくても、闇の精霊の加護を持つリムの隠ぺいである。扉が開いても、シアンと幻獣たち以外にはそれと知られなかった。

 狭い建物内で逃げ惑う成人男性と遭遇するので、時折九尾がグリフォンの影の幻想を見せ、誘導する。

『人の精神は高ぶりや混乱の最中にあると幻想魔法にも掛かりやすいね』

『そうなの?』

『うん。ティオのお陰だね』

『ティオのお陰だね』

 九尾はよほどティオが怖いのだという意味で、リムはティオはすごいね、という意味でそれぞれ頷き合う。


 ちょろちょろとあちこちを好奇心のまま覗き込むわんわん三兄弟を呼び止めながら、建物内に忍び込んだ幻獣たちは二階のとある一室に入り込んだ。

 扉は施錠されていたが、九尾がどこからともなく取り出した針金でああでもないこうでもないとやっている内に開いた。

『きゅうちゃん、すごいね。えっへんだね!』

『流石は九尾の狐様!』

『魔性の妖狐!』

『渓谷の狐!』

 心底感心するリムにわんわん三兄弟も続き、九尾が胡乱な目を向ける。

『それ意味が違う。それだと単なる野生の狐だから。あと、鍵開けと魔性は関係ないから』

 全く緊迫感のない一行である。


 ともあれ、風の精霊が子供が捕らわれていると教えてくれた部屋に入り込んだ幻獣たちはまず、立て籠り犯の姿を探す。

『大人は誰もいないね』

 リムが室内を感知し、小首を傾げる。部屋の前にも見張りはいなかった。

『ティオに恐れをなして右往左往しているのだね』

 さもありなん、と九尾が頷く。

 あれは相当怖い。

 二階の窓から外を覗いて目が合ったので慌てて三階へ逃げたら、そこでもまた目が合うのだ。一階に降りて扉を開けようとしたら、その隙間から鋭い鉤づめが覗く。

 どこへ逃げたらいいんだ!

 一階から三階までを何度も往復して、幾度もそう考えていることだろう。

『ティオ様……』

『あな恐ろしや』

『迷わず成仏して下され』

『いや、ティオはまだ誰も殺していないと思うよ? シアンちゃんにそうお願いされていたし』

 わんわん三兄弟の呟きを九尾が一蹴する。


 その間に、リムは隠ぺいしていても子供には見えるように調整し、部屋の片隅に置かれた寝台に近づく。シーツをかぶって丸くなって震えている子供に近寄ってひと声鳴いた。

「キュア!」

「ひっ」

 シーツから目だけを出して、聞きなれない鳴き声の正体を恐々探る子供に、リムが小首を傾げる。

「な、何⁈ 変なのがいる!」

『変なのじゃないもの! リムだよ!』

 九尾はにやにや笑いながら事の成り行きを見守った。


 わんわん三兄弟は自分たちの役割を思い出してわらわらと寝台の近くに駆け寄った。

 シアンが可愛いわんわん三兄弟に頼みたいと言った任務である。

 わんわんわわわんわんわわん

 早く逃げよう、危ないよ、付いてきて、という意味を込めて鳴く。

 その意味合いは全く通じなかった。

 しかし、シーツから抜け出させることは成功した。

「わっ、犬だ。子犬!」

 子供は五、六歳くらいで、わんわん三兄弟を抱き上げようと頑張った。逃げ遅れたエークが捕まり、小さい腕で抱き上げられる。エークはこれもお役目、とばかりに不安定な抱き心地に情けなく鼻を鳴らしながら、踏ん張った。

「わあ、可愛い」

 エークの背中に頬を当てる。その頬は泣きはらして乾いた涙で荒れている。

「温かい」


 ひときわ大きな悲鳴が上がる。

 ティオが窓から身を乗り入れ、破れかぶれで武器を振り回す男を軽く引きずり出したのだ。そのまま、男は落下して地面に叩きつけられる。

 端から隙があれば捕獲、もしくは気絶させるつもりでいた。

 悲鳴に子供がびくりと大きく体を震わせる。知らず知らず、腕の中のエークをぎゅっと抱きしめる。

「きゃん!」

 反射的にエークが鳴き声を上げる。

「あ、ごめんね、痛かったね」

 子供が腕を緩める。エークは締め付けられた痛みを堪えながら、慰めるために新たな涙で濡れた頬を舐める。子供が顔を綻ばせる。

 ウノが子供のズボンの端を咥えて引っ張る。

 アインスがわんわんと鳴きながら進行方向へ数歩歩き、振り向いて歩き、を繰り返す。

 エークが頑張って、の意味を込めて子供の手を舐める。

「あっちに行こうって言っているの?」

「「「わん!」」」

「分かった!」

 三匹の揃った鳴き声に、思わず子供が返事をする。


「わあ、大きい犬もいる!」

 九尾を見つけた子供が歓声を上げる。

『きゅうちゃんは犬っころではないですぞ!』

 リムがついと飛んで行き、扉を開ける。流石に子犬ではこの動作はできない。

 島の館では跳躍して扉のバーに飛びつき、反動でバーを下げて開けることができるのだが、この建物の扉は捻るタイプだ。

 ともあれ、子供は変なのと言っていたリムにも怯えることなく、閉じ込められていた部屋から抜け出すことに成功した。


 リムの隠ぺいが施されているので、物音を立てても問題ないが、自分の脚で移動してくれないことには、リムが抱えて運ぶしかない。小さい子供には訳が分からない恐怖体験になるだろう。

 エークを抱えた子供はアインスとウノに呼ばれるままに懸命に歩いた。

 九尾はその後をのんびりと着いて行く。

 階段を下りる際にも、緊張からか、一段一段力みながら降りる子供の腕の力が籠り、エークもまた痛みに耐えた。

 ようやっと下り終えた際には子供よりもエークが安堵した。

 そうやって、弛緩したのがいけなかったのかもしれない。

 子供は何もない所で転んでしまった。

「あっ」

「きゃうんっ」

 子供が上げた声も廊下に投げ出されたエークの甲高い悲鳴も、隠ぺいに消された。

 しかし、運悪く、逃げ惑う立て籠り犯に子供が蹴られそうになる。九尾が幻想魔法で追い払おうとする。アインスが子供を庇う位置に素早く駆け寄る。ウノが迷わず男に飛びかかり、その腕に噛みつく。

「ぎゃっ、何だ? 何だってんだよ⁈」

 何もないのに、いきなり腕に噛みつかれた感触に襲われた男はパニックに陥る。

 そこへ、シアンが放ったハバネロ弾が飛んできた。音を立ててひとりでに開いた扉に驚いて顔を上げた男に、狙い過たず命中する。ウノは男に大きく腕を振り払われた時に抵抗せずにうまく廊下に着地している。風の精霊の助力で辛味成分は拡散せずに被害は一人だけに留まった。

 立て籠り犯はその場でのたうち回る。

 子供はあまりのことに腰を抜かして呆然とする。

 シアンは素早く子供に駆け寄り、抱き上げる。

「大丈夫だよ、外に出ようね。アインス、ウノ、エーク、先導してくれる?」

「「「わん!」」」

 呼びかけに嬉し気に尾を振り答える子犬たちの姿に、自分を抱え上げる人間が主なのだと子供は察した。

「お兄ちゃんがこの犬のご主人様?」

「ううん、僕はこの子たちの友だちだよ」

 穏やかに笑うのに、子供は安心して身をゆだねた。

 ころころと駆け出す犬の後をついて、無事に建物の外へと出ることができた。


 子供を抱えたシアンが建物から出たのを、すぐにそれと知ったティオがその傍らに舞い降りる。

「ひっ」

 子供が怯えてシアンにきつく抱き着く。

「大丈夫だよ。彼はグリフォンのティオ。彼も僕の友だちなんだよ」

「グリフォン⁈ あっ! お兄ちゃんが翼の冒険者なの?」

「そうだよ。よく知っているね」

「うん! お父さんたちが話してくれたの。ゼナイドのエディスで大活躍している幻獣を連れた冒険者!」

 子供の目が輝く。生きた英雄に会えたのだ。

 ティオに散々翻弄された立て籠り犯たちは、突撃した警邏に呆気なく捕縛された。

 こうして、立て籠り事件は解決した。

 その後、街ではたまたま来訪した翼の冒険者が事件を収めたと噂された。翼の冒険者がいる時に揉め事は起こすな、即座に制圧される、という文句も出回った。



 フォマーに紹介してもらった職人のうちの一人がシンバルの修理を請け負ってくれ、預けることができた。

 シアンは島に帰る前に立て籠り事件があった建物の隣の建物を覗いてみたが、兎の姿はどこにもなかった。綺麗に空になった鍋と器だけが置いてあったので回収した。

 フォマーにシンバルの修理を受けてくれる職人が見つかった礼を言いがてら工房を訪ねた際、厩舎を覗くと兎が掃除をしているのを見かけた。

 そこで、工房の親方に兎のことを尋ねると、下働きに雇っている幻獣だと返って来た。本来は家事を手伝ってくれる妖精なのだが、幻獣化しているのだという。あまり詳しいことは知らない様子で、時折目を離すと工房の片隅で何かを作ろうとするから、今は厩舎や住居部分の掃除を専ら任せているのだと言う。

「それが今日はどこかをほっつき歩いてさぼっていやがったんだ」

 そう言う工房の親方に、実は自分の連れた幻獣が追い掛け回したことを謝り、兎には非はないことを重々申し伝えた。

 どこか後ろ髪引かれる思いで街を後にする。


 闇の神殿から一瞬にして島に戻ったシアンたちは出迎えてくれたセバスチャンや麒麟と鸞に無事にシンバルの修理を依頼することができたこと、立て籠り事件のことなどを話した。

『流石はティオさん、犯人たちは翻弄されっぱなしでしたよ。あれはティオさんだけで制圧できたのでは?』

 真っ先に挙がるのはティオの活躍である。一頭で立て籠り犯の注意を全て引き受けていた。

 麒麟と鸞も土産話を楽し気に聞いている。話す方の熱も入ろうものだ。

『きゅうちゃんは怪我しなかった?』

『余計なことをして邪魔をしていないだろうな?』

 麒麟が心配し、鸞が胡乱気な視線を九尾に向けるのに、当の本人よりわんわん三兄弟が熱心に語った。

『九尾様は子供が逃げるのを、幻影を作り出して助けておられました』

『立て籠り犯を素晴らしい術で誘導されていました』

 小さい子犬に混じりっけなしの憧憬の眼差しで語られれば、九尾も混ぜっ返すことはできない。


『ぼく、子供に変なのがいるって言われたよ!』

『あは、初めて見る幻獣だったから驚いたんだね』

『リムの姿を見て、ドラゴンと分かる者の方が少ないだろうからな』

 リムがぴっと前脚を上げて訴え、麒麟が笑い、鸞が一つ頷く。


『殿のハバネロ弾はすさまじい威力でした!』

 助けてくれたシアンに感激しきりのわんわん三兄弟である。

『武力がないなど、とんでもない。しっかり我らを助けてくれました』

『そうです。ご主人は運動能力が低くても飛行訓練を行っておられるし、苦手分野を克服しようと努力されている』

 わんわん三兄弟はセバスチャンにシアンを褒めちぎった。シアンへの称賛にセバスチャンは端正な顔を崩さず、ただ目を楽し気に細める。そんなセバスチャンのために、わんわん三兄弟は口々に懸命に話す。

 自分が褒められているのが恥ずかしいが、健気な様子にシアンは止められない。


『シアンが恥ずかしがるからそのくらいで。それより、君たちの活躍を話してあげると良い』

 ティオがそう言うとトーンダウンする。

『我らはあまり役に立たなかったのです』

 三兄弟は揃ってしょぼくれる。

『そんなことないよ』

 リムがどんぐり眼になる。

『だって、捕まっていた子供はね、わんわん三兄弟を見て笑顔になったもの!』

「そうだよね。アインスたちが励ましてそれがちゃんと届いたからあの子は頑張って逃げることができたんだよね」

『そうだよ! ちゃんとわんわん三兄弟の後をついて行けたもの。何を言っているかわからなくても、しっかり分かったんだよ』

 シアンの言葉にリムが大きく頷く。シアンの作戦通りだ、とティオが重々しく頷く。

『そ、そうですな。我らの言葉を分からなくても、こっちへおいでと言っているの、とすぐに察してくれましたな』

『勇敢な子供でした』

『我を可愛いと言って抱っこしてくれました』

「ふふ、皆、頑張ったものね」


 シアンはその日、労いとして幻獣たちそれぞれが好きなものを振舞ってくれた。

 麒麟は食べられないものの、水の精霊が用意した水と大地の精霊がもたらした塩を貰った。

 鸞が舌鼓を打つ豆腐料理が海水から抽出した成分から作り出したことに興味津々の水の精霊、九尾はお稲荷さんを光の精霊と分けて食べた。


 シアンといえば、干していた昆布やカタクチイワシやウルメイワシがうまく処理できたことをセバスチャンから聞いて喜んだ。これで出汁を取る昆布と煮干しを手に入れた。島へ移住した時から是非着手したいと思っていたことだが、いかんせん、手間が掛かる。その手間の部分を有能な家令が一手に担ってくれているのだ。

「あとはかつお節かなあ」

『あら、それは水産物? でしたらわたくしが協力するわよ』

「ありがとう。これで美味しい出汁がとれるからね」

 水の精霊が殊の外喜んだ。

「ただ、焙乾の工程は火加減が難しいと聞くから」

 熱風で鰹の中の水分をじわじわと抜いていくものの、高温だと鰹の身が耐えられず火ぶくれする。低温すぎると生の状態が残ってしまい、腐敗の原因となる。

『あら、シアンならば光のに頼めるでしょう?』

 期待を込めた視線にシアンは苦笑する。

「稀輝は微調整を苦手としているから」

『そう、そうなの……』

「でもまあ、いざとなったら英知に頼むから、大丈夫だよ」

 空気を送り込む調整を行うことによって火の強弱をつけることができるだろう、とシアンは微笑んだ。

 それに笑い返しながら、水の精霊はどこか考え込む様子を見せた。



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