18.楽器の修理を ~出発前のお約束/ぴすぴすの巻/殺生なの巻/あんよは上手~
幻獣たちと演奏していた際、大地の太鼓を叩いていたティオが嘴を小刻みに上下させ、はたと気づく、という動作を目にした。
そこで関連付けられるのは、以前、壊してしまったシンバルのことだ。
シアンはレフ村で手に入れたシンバルを直せないかと考えた。
「それで思い出したんだけれど、エディスの魔道具の店員に紹介してもらった職人を訪ねてみようかなと思うんだ」
「キュィ!」
嬉しそうに鳴き声を上げるティオにシアンも微笑んだ。
「まだ、シンバルを直せるかどうかは分からないけれど、もしできなくても、出来る職人を紹介して貰えないかな」
密閉容器を作ることができる職人を紹介してくれると聞いていたので、本人には取り扱いができないかもしれないが、職人同士の繋がりに期待をしたい。
『ティオの新しい金色の楽器、直るかもしれないの?』
「どうだろうね。直せる人を探してみたいなって思ったんだよ」
折角、ドワーフという異種族を紹介して貰えたのだ。一度は訪ねて縁を繋いでみるのも良いかもしれない。
治ると良いなあとリムがティオとを顔を見合わせてうふふと笑う。
音楽を聴いていたわんわん三兄弟が何のことやらと揃って小首を傾げる前に、シアンはしゃがみ込む。
「アインス、ウノ、エークも一緒に街に行ってみない? たまには遠出をしようよ」
『よ、宜しいのですか?』
『嬉しいですっ!』
『しかし、我らはティオ殿の飛翔にはついていけませぬ』
三匹の子犬の姿をした幻獣は項垂れる。
川に流されてからすっかり水を怖がり、湖の上を飛んで行くリムに付いて行くことすらできずにひたすら地面を駆けていた姿が想起される。
小さい体で必死に追いかける様は健気ですらあった。
だから、付いて行きたいけれどできないことを憂うのに協力したくなる。
「ティオ、乗せてくれる?」
全幅の信頼を置く騎獣は案に反して、ティオがやや不服そうにシアンを見つめ返してくる。
「あれ、駄目?」
『落ち着きなく動いて転がり落ちる未来が見える』
流石は高度知能を持つ幻獣である。時間の概念を理解している。
『バスケットに入れて吊り下げるのはどうですか?』
「……縄で吊り下げるの? それはちょっと怖そうだな。いいよ、バスケットを僕が抱えているから」
九尾の提案を想像した。超高度を高速移動するティオ、そこから空中に吊り下げられたバスケットの中でぐすぐす鼻を鳴らしながら怯えるわんわん三兄弟、という光景が想像できてしまったシアンはそう言った。
『落っこちたらぼくがないすきゃっち、してあげるからね!』
リムが力強く請け合ってくれる。
「英知も、もしかしたら助けて貰うかもしれない。僕が気づくのが遅れたら先に判断してくれる?」
『承った』
短い応えは頼もしい限りである。
万全の態勢で飛行に臨むことになった。
わんわん三兄弟が各々目を輝かせて尾を振るのに、シアンは微笑み返した。その様子に、ティオは仕方がないとばかりに鼻息を一つつく。
『えっ、きゅうちゃん、自前で飛ばなくてはならないのですか?』
『ケルベロスを乗せるんだ。定員オーバーだよ』
目を見開き、口を大きく開け、両頬に両前足をつける大仰な仕草をする九尾に、ティオはすげなく言う。
『まだ乗れるじゃないですか! 兄貴の広い背中に!』
最近、エクササイズを頑張っているのだからとか、わんわん三兄弟を置いて行こうなどと九尾が主張する。ティオは誰が兄貴だとそっぽを向く。
わんわん三兄弟は両者を見比べながら、やはり自分たちは留守番を、とおずおず言う。
「ティオ、やっぱり重い? 僕は英知に運んでもらおうか?」
誰よりもシアンを乗せたいティオが折れた。
『ぼくも自分で飛ぶ?』
『リムは軽いから平気だよ。いつもの通り、好きな時に自分で飛んで、気が向いたらシアンの肩やぼくの背中に乗ればいい』
『分かった!』
シアンは麒麟と鸞も誘ったが、断られた。麒麟はまだ霊力が回復しておらず、鸞はそれに付き合うって留守番することとなった。すまなさがる麒麟に、鸞は自分が残りたいのだと言う。
『館の蔵書や島の植物は目を見張るものがある』
わざわざ許可を願い出た鸞には、乱獲しなければ植物の採取も自由にするように伝えている。麒麟の傍にいた鸞ならば無茶な採取の仕方はしないだろう。
そうして、シアンはゼナイド隣国サルマンの国都を目指した。
わんわん三兄弟はティオの背の上で、飛び上がる際の内臓が浮く感じやぐんぐん山々が近くなり、地上が遠くなる光景、間近にした雲を見て、ひとしきりはしゃいだ。
わんわんわわわんわんわわん
あまりの姦しさに九尾がバスケットを揺らし、更に騒ぐ。
幸い、誰一匹転がり落ちることなく、シアンを冷や冷やさせながらも、ティオの飛行は続いた。
はしゃぎ疲れて三匹とも仲良くぴすぴす鼻息をたてながら眠りについた。
呑気そのものの姿だが、それがまだ緊張していたのだと、後に知ることになる。
小動物が眠る姿は非常に愛らしい。バスケットの中を覗き込んで笑みを浮かべたシアンに、リムが肩の上で話しかけた。
『わんわん三兄弟も転移陣を使えたら良かったのにね』
「そうだね。島の転移陣は登録してあるから、あちこちの神殿へ寄って登録して置こう」
わんわん三兄弟は転移陣登録していないので、最寄りの転移陣から飛翔、という手段は取れなかったが、そう急ぐ旅でもない。
『闇の神殿だったら、ぼくたちだけでも使えるものね!』
リムの元気な言葉に、シアンは言葉を詰まらせた。大地や水、風の神殿でも恭しく接せられたが、闇の神殿はその上を行く。生き神にでもなった心地になる。実際は、上位神に跪かれるのだが。
『それはどうでしょうねえ。ケルベロスは前魔神の眷属ですよ』
「騒ぎになるかな」
振り向いて仰ぎ見てくる九尾が力強く頷く。
『黙っておこうよ。前に行った時も捕まって時間を取られそうだったし』
ティオの言葉は身も蓋もないが、シアンは賛成した。
目を覚ましたわんわん三兄弟にも、闇の神殿ではケルベロスであることを伏せておいてほしいと伝えると了承される。
『我らは前狼の王の眷属』
『かの方は歴史の表舞台から退いたのです』
『そして、今は殿にお仕えする身』
素性を伏せることに同意し、ただの犬の振りをすると言う。
膨大な魔力を有する魔族の中でも飛びぬけた存在である聖教司であろうとも、神の眷属の擬態を見抜けないという。
『そのままで十分ですよ。それより、あっちこっちへうろちょろして迷子にならないか心配ですね』
九尾の言葉に、シアンは頷かずにはいられなかった。
「街中を歩く時ははぐれると大変だから、バスケットに入っていて貰う方が良いかな」
わんわん三兄弟は揃って殺生な、と衝撃を受けた表情になるが、人通りが多い所で踏まれると大変だから、というシアンの言葉に不承不承頷いた。
ティオが長い首を巡らし、彼らを見やった、ということも大きく影響しているだろう。
『ティオさんならはぐれたらこれ幸いと置いて行ってしまうかもしれないよ』
という九尾の言葉にべそをかきながら、バスケットに入っていることを了承した。
青い空に白く大きな雲、細波立つごとに眩く輝く海、広々とした突き抜けた光景を眺めるのに飽きたら、歌を歌ったり楽器を演奏したり、お喋りを楽しんだ。
今まで見た美しい景色のことや美味しい食べ物のこと、音楽のことなどを話した。九尾は麒麟や鸞のこと、天帝宮のことを話し、わんわん三兄弟は前魔神、狼の王のことなどを語った。彼らがどれだけ主人を慕っていたのかがよくわかる。
広い世界があることに驚き、楽し気な様子のわんわん三兄弟に、やはり連れて来て良かったとシアンは微笑んだ。
「海を乱反射する光が激しいね。アインスたちは大丈夫?」
『む、むろん』
『だ、大丈夫でございます!』
『平気でござります!』
明らかに無理をしている。
「稀輝、少し光を弱めてくれる? 水明にもお願いした方が良いのかな?」
『そうだね』
傍らの風の精霊が頷く。
『そ、そんな、我らのために精霊王様のお力を賜る訳には!』
『しかも、二柱も!』
『恐れ多うございまするっ!』
島にいる者にはシアンが五柱の精霊の加護を持つことを話している。
麒麟と鸞には天帝宮に話しても構わないと伝えてある。
彼らには九尾が口止めしたようで、隠しごとを抱えさせてしまったことに、申し訳ない気持ちになる。
わんわん三兄弟の遠慮を他所に、精霊たちがすぐさま応じてくれたお陰で、過ごしやすくなったようだ。
無風や強風といった風の影響は航海や鳥の飛行にも大きく影響する。シアンたちの道行は大抵が追い風だった。
順調に海を抜け、眼下は夏野が広がる。
生命力に満ち、むせかえるような青い香りが山滴る最中をティオは力強く飛んで行く。
途中、休憩にセーフティエリアに降り立った際、体をほぐすついでにシアンは飛行訓練を行った。
シアンは風の精霊の加護を持ち、様々な恩恵に預かった。
中空に地面があるように振舞える。しかし、幻獣たちのように空をすいすいと移動することはできなかった。
空中に浮き、歩くことから始めた。
よろよろとへっぴり腰で歩くシアンの傍らをリムが飛び回る。
幾度となく見て来た滑らかに弧を描く姿が、今は羨ましい。
「リムはとても上手に飛んでいるのだということが良く分かるよ」
「キュア?」
何を思ったのか、リムが両前足でシアンの両手を掴み、向き合ったまま、後ろ向きにゆっくり飛ぶ。キュアキュア言いながら先導するリムが引っ張るのに、自然に足が前に出る。小さい指の爪が指に掛かりくすぐったいが、強く引かれることはなく、絶妙な力加減だ。
『いち、に。さん、し』
キュアキュアという掛け声とともに、シアンはそろそろ付いて行く。
プレイヤーとして冒険者として様々なスキルがあるが、戦闘能力と運動能力もそう高くはないことを実感するシアンだった。
微笑ましく見守るティオは、九尾が『老人介護か歩き始めた子供か』と言うのを尾ではたいておいた。
『シアンは料理と音楽ができて、ぼくたちに美味しいものを食べさせてくれて、美しい音やリズムを教えてくれる』
『シアンは優しくて可愛いもの!』
九尾の言にティオが声を上げ、リムが擁護のつもりかあまり関連性のないことを言う。
シアンは自在に飛ぶことはできなかったが、風の精霊を信頼していたので中空に足場があることに疑う気持ちは欠片もない。
わんわん三兄弟はシアンとリムを少し距離を取って囲みながら、頑張れ、とエールを送る。
結果として、一人で風を切って飛びまわることはできなかった。
辛うじて、見えない地面を蹴って跳ね進むような感じだ。
『シアンはぼくの背に乗って空を行けばいい』
ティオが喉を鳴らして目を細め、機嫌良さそうに言う。
『ティオはシアンを乗せるために頑張ったものね!』
「うん、これからもお世話になります」
三人で顔を見合わせて笑い合う。
飛行訓練の後は昼食を摂った。
冷蔵庫を取り出し、中身を確認して備蓄で料理する。
リムがバーベキューコンロの設置を請け合ってくれる。
少し距離を取って、わんわん三兄弟が興味深そうに体勢を頻繁に入れ替えて眺めている。
みじん切りしたキャベツを炒め粗熱を取り、水分を絞り、ティオがミンサーにかけたひき肉に塩コショウする。そこへ卵とパン粉、牛乳とキャベツを加えよく混ぜ合わせてから成形する。
『おや、今日のハンバーグは玉ねぎじゃなくキャベツを使うんですね』
テーブルとイスの設置が終わった九尾がシアンの手元を覗き込む。
「うん。ちょっと変わった感じにしようかと思って。ソースも醤油ベースで照り焼きにするんだよ」
ハンバーグ好きのわんわん三兄弟がシアンの台詞を聞いて、各々の短い尾を激しく振る。
『埃が立つからやめなさい』
九尾に諫められ、尾は大人しくなったが、そわそわしてシアンを窺っている。
「きゅうちゃん、醤油に砂糖とマスタードと酒と水を混ぜ合わせてくれる? リムはハンバーグの焼き具合を見てね」
「きゅ!」
「キュア!」
器用な幻獣二頭はシアンの指示に元気よく答える。
『ぼくは他に何かする?』
「じゃあ、ティオはウノたちと一緒にブロッコリーを小房に分けておいてくれる?」
ぴんと尾を高く上げ、わんわん三兄弟が飛びついてくる。
『我らもお手伝い!』
『やらせていただきます』
『お、お手柔らかに』
最後のエークの言葉は、ティオのやれやれと言わんばかりの鼻息を受けてのことだ。
もう一品作る。
一口大の細切りにしたベーコンを炒める間、玉ねぎ、トマトを切り、ブロッコリーとともにベーコンに加える。醤油とコショウで味付けした後、チーズをのせてダッチオーブンで焼く。
リムが焼いた肉に九尾が作ったタレをかける。
「あ、二品とも醤油味になったな」
『どっちもお肉が入っているから』
『トマトだ!』
『次は芋栗なんきんを入れてください』
『『『ハンバーグ!』』』
特に問題はなかった。




