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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
21/630

21.不気味な沼  ~よしよし、怖くないよ~

 

 冒険者ギルドでトリスから遠く離れた沼で育つ植物採取の依頼を受けた。

 シアンはティオのお陰で依頼達成率がよく、また、短期間で終了させるため、冒険者ギルドの評価が高い。難しい依頼をされることも増えてきて、その分報酬も良い。

 今回の件も、依頼主が急いでいることや現地では毒を持ち、中距離攻撃を行う厄介な魔獣が多数いるという。

 詳細を聞いた後、建物の外で待機しているティオとリムに話して聞かせ、この依頼を受けるかどうかを確認する。

 気負いなく行ってみようかというティオに、依頼を受けた。

 急ぎの依頼なのですぐさま出発する。貸与されているマジックバッグには調理器具はじめ荷物は揃っている。


 現場は遠目にくすんだ緑の靄がかかっていて、降り立つ前から近づきたくなかった。

 同じように水を湛えた場所であっても、半人半蛇が出た湖の、日に透けた透明な緑さざめく木立やそれを映した水面といった美しく明るい光景はそこにはなかった。

 空に厚い雲が被さり、靄が立ち込め、昼なお暗い。

 沼は水面の三分の一は水草に覆われ、濁った水がわだかまっている。沼岸は傾いだ木が梢を垂らし、重苦しい雰囲気が漂う。

 肝試しの現場のような、幽霊が木立の間に垣間見えそうな場所で、シアンはひどくびくついていた。

 強制ログアウトは免れたい。こんなところで寝っ転がるのは御免被る。

 歩くたびに地面はぐずついた音をたて、ブーツは泥だらけだ。

 生ぬるい風が首筋を撫でて悲鳴が上がりそうになる。知らず、ティオの体に身を寄せる。と、何か背中を叩いた。

「ひっ……!」

 悲鳴を上げてしまう。

 ティオが笑いだす。

 一拍置いて、ティオにからかわれたのだと知る。

「ティオ! 尾で叩いたでしょう! 脅かさないでよ」

 涙目で訴える。

『シアン、どうしたの?』

 リムが不思議そうにするのに、ティオがしれっと答える。

『怖かったんだよ』

 リムが飛び上がってシアンの頭を撫でる。

『怖くないよ、よしよし』

 思わず顔が熱くなる。

 まさしく、負うた子に教えられる。


 二人の姿を見て、思うところがあったのか、ティオが沼の方へ進み出た。

『ティオ?』

 片方の前足を振り上げて力強く地面を叩き、四肢を踏みしめて大きく鳴く。

『ピィィィ—————————ッ』

 途端に、水辺から褐色のカエルやエメラルドグリーンに黒いまだら模様が入ったカエル、オレンジに黒い模様が入ったカエルが一斉にティオとは逆の方へ跳躍していく。一メートルにもなるカエルだ。長い後ろ足で水面の草や木の根を蹴り、追い立てられるように逃げていく。

 ティオの裂ぱくの気合に恐れをなしたのだろう。

『わあ、すごい。いっぱいだね!』

 リムがはしゃいでその場を飛び回る。

『これであらかた魔獣はいなくなったよ。あいつら毒があるから厄介なんだ』

「お、追い出すなんて、よく出来たね」

『大勢いるし、隙を窺ってこっそり襲ってくるから面倒くさい』

 何でもないことのように言うが、確かに冒険者たちをてこずらせるカエルたちだと聞いた。

 色とりどりのカエルはぬめる肌を持ち、ティオが言う通り、強い毒があることから、注意するよう冒険者ギルドの受付に言われた。

 獲物へ向けて一直線に跳躍し、長い舌を鞭のようにしならせ、毒を放出する。

 カエルらしく、後ろ足指の間に水かきがあって泳ぎが得意で、のど袋を膨らませ、超音波を発して攻撃する。

 中長距離攻撃をしてくる難儀な敵だ。

 それも、ティオのお陰できれいさっぱりいなくなった。

 これだけの情報を持って来たにも関わらず、すべて不要になってしまった。

 被害を受けなかったので良しとする。

 こういった泥土の地形は踏ん張りがきかなく、戦うのに不向きだが、ティオは翼と魔力でさほど気にならないと言う。空陸いずれにせよ君臨するまさしく王者たる幻獣だ。


 気持ちを切り替え、依頼のあった苗木を探す。いろんな環境で育ててみたいから、最低三本ほしいと言われている。

 途中、陸地だと思ったら水上を覆った草で、うっかり沼の中に落ちそうになったり、風に揺れる梢が執拗に追ってきて意識があるのかと疑ってみたりするハプニングはあったものの、無事に見つけることができた。

 ふと、視界に鮮やかな色が入り込む。

 何とはなしにそちらを見やると、先ほどティオから逃げていったカエルたちがこちらを窺っている。

 相当な距離があるにもかかわらず、このセピア色の風景の中で、鮮やかな体色は途轍もなく目立つ。野生とか保護色といった言葉が虚しく脳裏をよぎる。

「戻ろうか」

『怖くて泣いちゃうと大変だからね』

『シアン、大丈夫だよ。怖くないからね』

 ティオは冗談で言ったのだろうが、リムは心底心配してくれている。

 苦笑するしかなかった。



 トリスの街へ戻ってきた。

 冒険者ギルドに行くことにする。あまりの早さに受付に驚かれた。現在は太陽が中天から少し傾いだ時刻だ。

「え、今朝行ってもう戻ってきたんですか?」

「飛べる幻獣って本当にありがたいですね」

 本当は傷心のシアンが昼食は作り置きのサンドイッチで済ませたからだ。ちゃんと分量は十分に用意してはいた。獲物を捌いて料理する心の余裕がなかったので、調理を割愛したのだ。

「でも、だって、カエルがいたでしょう? 昼間だろうと夜間だろうと、でるんですよ?! 全部毒持ちですよ」

 納得できずに受付は言い募る。

「ああ、大勢いましたね」

「ぜ、全滅させたとか?」

 のんびりした口調のシアンに、受付がもしや、と問う。

「まさか。威嚇したら逃げていきました。あ、もちろん、僕がしたんじゃないんですが」

「……!」

 受付が絶句する。

 周囲の冒険者の視線を集めていることに気づき、急ぎ依頼の達成受領をしてもらう。


 そそくさと冒険者ギルドを出ようとしたら、他のプレイヤーに声をかけられる。

「ねえ、あんた、一人でやっているんだろう。うちらとパーティー組もうよ」

 突然、挨拶も自己紹介もなしに話が始まり、内容を理解するのに一拍必要だった。

「僕は料理人なんです」

「サブは?」

 断りのつもりで言うも、追及してくる。

「サブ職業は吟遊詩人です」

「吟遊詩人!」

「メインが料理人なのにっ」

「こ・れ・は……!」

 声を掛けてきた女性とは別の三人の男性が後ろで騒ぐ。

 特にシアンの職業に関して明言はしていないが、その言い方や表情があからさまに見下している。

 現実世界で嫌となるほど見聞きしてきたものだ。

 それに押しつぶされるほどシアンは繊細ではなかった。自分と妹の二人分、一つでも十分重いのに二倍になったから、身動きが取れなかった。二人分存分に楽しみがあったのに気づかなかっただけのことだ。


「ああ、じゃあ、あんたは街で生産していればいいよ」

 女性がパーティーリーダーなのか、皮切りに耳障りな発言が続く。

「そそ、どこかに弟子入りでもしてれば?」

「俺たちがグリフォンと狩りに行っている間な」

「あのちっこい白いのって戦えるの?」

「無理ならテイマーにやればいいんじゃね?」

シアンが答えを口にする前から随分勝手なことを言う冒険者たちに、腹は決まる。

「お断りします」

 にっこり笑って言った。


 一瞬の静寂の後、四人にまくしたてられた。

「はあ? せっかくうちらが仲間に入れてやろうって言っているんだよ!」

「ありがとうございます、だろ、そこは」

「料理人に吟遊詩人って馬鹿なんじゃね?」

「戦闘できないだろう? 冒険者として詰んでますよねー?」

「お断りします」

 にっこり笑って繰り返した。


「ちゃんとうちらの話、聞いてた?」

「耳が聞こえないのか? 馬鹿なの?」

「あんたは大人しく街でメシ作って歌うたってりゃいいんだよ」

「お断りします」

 にっこり笑って三度繰り返した。

 ちょっと割り込んだかもしれない。

 シアンも焦っていたのだ。

 室内にも関わらず、風が吹いている。

 元々表情に感情がそれほど乗らないのがさらに無表情になっていく傍らの中空に浮く風の精霊を、視線で押しとどめた。シアンと四人組のすぐ傍にいるが、誰も視線をやらないことから、見えていないのだろうと知れる。


「地味な顔して、修正してもそんななの?」

 シアンはばつの悪い気持ちになった。

「生意気なんだよ!」

 自分たちの提案を有り難がるどころか、受け入れないことに腹を立て、手を出そうと四人のうちの一人が動いた。シアンの胸倉を掴もうと腕を伸ばす。

 戦闘スキルが皆無の細身の料理人兼吟遊詩人など簡単にひねれると思ったのだろう。

 しかし、何かに阻まれたようにそれ以上動けなくなった。

「あれ?」

「どうしたんだ?」

「いや、腕が動かないんだ」

 軽くひじを曲げた状態で腕が浮かんでいるポーズのまま止まる。もう片方の腕や腰も足も動くが、右の肩から先だけ伸ばそうとした状態で止まっている。至極不自然だ。


「あんた、何かしたのっ?!」

 甲高い声で責められるが、肩をすくめて見せる。

「僕は何もしていませんよ。魔法詠唱もスキル発動もしていないでしょう?」

 目の前で見ていましたよね、と言うと忌々しそうに舌打ちする。

「何かの不具合か病気か……どちらにせよ、早い対処が必要かもしれませんね。お取込みのようなので、僕はこれで失礼します」

 言い置いてさっさとギルドを後にする。

「あっ、ちょっと、待ちなさいよ! このままにしておく気なの?」

「言いがかりをつけて生意気だと胸倉を掴もうとする初対面の人間に、何もしてあげる義理はありませんよ」

 笑顔で返して建物の外に出る。


 知らず、ため息が出た。

 それに応えるかのように風の精霊が言う。

『あんなもの、息の根を止めてやればよかったのに』

「やっぱり、英知が止めてくれたんだ。ありがとう。でも、あんな嫌味なんて受け流せばいいんだよ」

『知能が低くて自分のことしか考えない。これだから人間は』

冷厳たる声音に、シアンは思わず首を竦める。

「ごめんね。僕も多分、君より視野が狭いから、色々自分のことしか考えられていないよね。何か気づいたことがあったら言ってね」

 風の精霊が口をつぐんだ。

 シアンも人だから至らない点は多々あるが、言及するほどではないのか、それとも別な理由か。


「キュア!」

 シアンが外に出てきたのを知り、リムが飛んでくる。

「リム、お待たせ」

 ティオも姿を現す。

「ティオ、ギルドの人が随分早かったって驚いていたよ」

 そう、と称賛に興味を示さない。

『串焼き、食べたい』

 他人の評価よりも食い気だ。

「じゃあ、いつもの屋台に行こうか」

『並ぶのー?』

「昼を過ぎているからどうかな? リム、先に帰っている?」

『ぼくはシアンとティオと一緒!』


 冒険者ギルドから食品や日用品を取り扱う通りへと歩き出す。

 この辺りはシアンたちがよく通り、街の人もグリフォンや珍しい幻獣に慣れていた。

「ちびちゃん、これ持って行きな」

「キュア!」

 野菜を売っている店の主が売り物の一つを放り投げ、リムは瓜を難なく受け止めた。

「ありがとうございます」

「お得意様だからな。今日も何か買っていくか?」

 リムやティオを気に入ってくれているのもあるが、商売上手でもある。

 シアンは時に大量に購入するのでそこそこの得意客なのだ。

 断ってから野菜を手に取り始めたシアンの後ろで、リムが貰った瓜を鋭い爪で器用に半分に割り、ティオに差し出す。残りの半分をさらに割り、自分が食べた。

「リム、良かったね」

「キュア!」

 買い物を終えたシアンに、リムが四分の一を差し出した。

 礼を言いつつ、受け取る。シアンが美味しいからと分けていたら、自然とリムもティオも倣うようになった。

 ティオにはこの程度では物足りない。小腹を満たしに、屋台へと向かった。




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