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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
209/630

15.大きな力よりも、自分たちが出来ることで

 

 リムの先導で隠ぺいされている闇の神殿に足を踏み入れる。

 その神殿は隠ぺいと言うよりは擬態しており、一見、普通の建物なのだが、シアンの目には長く縦に筋が入った石柱が三角屋根を支える石造りの建物に映った。レンガ造りの長方形の建物に重なって見える。じっと見つめていると、本来の姿が勝ってくる。

 三段の横長の階段を昇り、柱が支える隙間の上部がアーチ状になった扉のノッカーを叩く。

 すぐに扉が開かれ、シアンたちの姿を見た闇の聖教司が棒立ちになる。

 黒い癖のある髪、褐色の肌を持つ一見して魔族だと分かる見目良い男性だった。藍色の貫頭衣を腰の辺りで幅広の布で巻いている。

 初めて会った闇の精霊の服装と少し似ている。飾り気が全くない。


「こんにちは。僕は冒険者のシアンと言います。あの、先日、こちらの聖教司様に知人が助けてもらったそうでして」

「お、おお、おお……!」

 言葉にならない声を上げながら、聖教司はその場で跪き、額をシアンの靴につけようとした。

 シアンは驚いてその場を飛び退る。

 九尾が変な音をたてて噴き出す。

「あ、あの、どうかされましたか?」

 恐る恐る尋ねると、聖教司は顔を上げた。その双眼からとめどなく涙が流れている。

「大丈夫ですか?」

 思わず手を差し伸べると、両手でしっかと握りしめられる。

「おお、いと尊き御方!」

 頬を涙で濡らしたまま、シアンの手の甲に唇を落とす。

 咄嗟に手を聖教司の両手から引き抜いた。


 小石を隙間なく積み重ねた武骨な風合いの半円筒形状のアーチが続く回廊、奥に戸型に陽光が切り取られて光源となる。

 その向こうから、わらわらと聖教司たちが出て来て、全員、シアンに向けて跪く。

「す、済みません。お忙しいと思うので、用件だけお伝えしますね」

 シアンは引きつる顔に懸命に笑顔を浮かべながら口を開く。

「先日、こちらの聖教司様に知人が治療していただいたと聞きました。そのお礼を言いたくて参りました。それと、できれば転移陣登録をお願いしたいのですが」

「礼など及びませぬ。ですが、そのお優しさには感服いたしました。ぜひ、歓待させていただきたい」

 その治療してもらった知人の件で急ぐので、と引き留める聖教司を宥めて、シアンはようよう転移陣登録を済ませ、島に戻った。


 なお、その転移陣の登録時に、魔力感知の魔道具に手を乗せた途端、ふわりと闇が広がり、星々のような輝きを内包し、どこまでも広がっていく様に、聖教司たちが感激し、中には卒倒する者までいた。

 そのシアンの登録時の事象は、広く闇の聖教司たちに伝わった。

 ちなみに、リムの登録時には闇にオーロラが棚引く現象を見せ、それもまた人口に膾炙した。



 島に戻ったシアンは出迎えてくれたセバスチャンに簡単に事情を説明し、ティオの背に乗って飛び立った。何事かと吠えてその場を駆け回るわんわん三兄弟には有能な家令が説明してくれるだろう。

 風の精霊に教わって採取してきた薬草を鸞に渡し、解毒剤を煎じて欲しいと依頼する。

 鸞は快く引き受けたものの、怪訝そうな顔つきになる。

『シアンは水の精霊の加護を持つのだろう。では、血液内に入った毒を除去して貰えばよかったのでは?』

「あっ」

 鸞の言葉にそう言われれば、とシアンが声を上げる。


『加護を受けない者の毒を水のが排除するかどうかは水の次第だよ。水の精霊王ならば、加護を受けない者でも負担なく毒の排除もできる』

 そう言う風の精霊の視線の先には、いつの間に顕現したのか、水の精霊のたおやかな姿がある。

『シアンが望めば』

 そう言って、水の精霊があてやかに微笑む。

『でも、鸞の解毒剤で助かるのであればそちらを使用した方が良いのでは? 精霊王の力は巨大です。だからこそ、他でできることならそちらを使用した方が良い。それは巨大な力を持つことを隠すこと、そして、巨大な力に頼り過ぎないこと、そのためです』

九尾の言に感じ入り、シアンはそちらを採った。

 精霊に頼んで毒を除去して貰えば、常に精霊の力を頼ることになりかねない。容易に大きな力に解決して貰うようになる。それはシアンの本意ではない。そして、九尾はそんなシアンの指針をよく分かっていた。

 自分の手助けをしてくれている幻獣のしもべ団、村を非人型異類に襲われてちょっとした物資を渡しただけなのに、そのしもべ団に力を貸してくれているガエルの大怪我という緊急事態に、心情が弱り、大きな力に縋りたくなった。

 そんなシアンに冷静な助言をくれる九尾に礼を言う。

 そして、風の精霊が鸞の言の通り水の精霊を頼ることではなく、薬を用いることを提案したのは、精霊の力で回復するという常にないことではなく、薬で回復するという通常範囲を大きく逸脱しない方を提示してくれたのだと知る。

『いやなに、シアンちゃんはいつも美味しいものを作ってくれますからね。たまには役に立っておかないと』

 九尾がまんざらでもなさそうに言う。


 そうやって折に触れてシアンに助け舟を出すからこそ、ふざけた言動をティオに容認されているのだ。もちろん、手綱は緩めない。掴んだつもりでいた手綱で綱渡りや縄跳びをしそうな狐であるからだ。

 その九尾を、身をかがめて畏まっていた鸞がちらりと視線を上げて見やる。二柱もの精霊王の顕現に首を垂れていたのだが、堂々といつも通りの風情の九尾に呆れを通り越して感心した。

 それでも、風の精霊の言の元、精霊たちはシアンの島にやって来た幻獣たちに威圧感を与えないように気を配っているのだ。

「鸞、そんなに畏まることはないよ。英知、鸞に薬の煎じ方を教えてくれる? 良ければ水明も手伝ってくれると有難いのだけれど」

『承った』

『任せて頂戴』


 鸞が薬を煎じると聞いて、麒麟もやって来て、自分の角を使うと良いと言ってくれた。

『麒麟の角は力の源。万病に効くと言われている』

「そんな、良いの? 痛くない?」

 身を削るということに抵抗を感じたシアンが不安げに麒麟を見やると、おっとりと笑う。

『大丈夫。リムの薬も我の角を削ったんだよ』

『ほんの少しで十分なのですよ』

 九尾が前足の指二本で僅かな隙間を作って見せる。

『りんりん、角を削ってくれたの?』

 リムがどんぐり眼を麒麟に向ける。

『うん。ちっとも痛くなかったよ』

『ありがとう! あ、そうだ。カラムがね、島に来てくれるって! りんりんに果物や野菜の育て方を教えてくれるって!』

『あは。楽しみだねえ』

『うん!』

 ほのぼのとしたリムと麒麟のやり取りを、ティオが満足気に眺めていた。


 精霊の指示を受け、鸞はぎこちない動作ながらもどうにか薬を作り終え、上気した顔でシアンに託した。

「ありがとう、鸞」

『いやなに、吾の方こそ、精霊王に教示いただき、更に助力を頂いて薬を煎じるなど、身に余る経験をさせてもらった』

 どこか夢うつつでさえある。


 シアンは急いでマウロたちの元へ戻った。転移陣は便利なものであるが、一日でこれほど頻繁に、つまりは気軽に用いる者もいない。

 半日と掛からず戻って来たシアンを、幻獣のしもべ団が迎えてくれる。

 まだ眠っているガエルを、エヴラールが起こす。クロティルドが不満そうだったが、ロラに止められて口を噤んでいた。

 薬を嚥下するのを見て、シアンは思わず風の精霊に視線をやる。形の良い唇に笑みを乗せたのを見て、安堵のため息をつく。

 このままガエルが回復に向かうのを見守りたいが、シアンは時間切れだ。現実世界に戻る時間が迫っている。

 思いも掛けず、カラムの農場からジョンの牧場、エディスの幻獣のしもべ団支社からマウロたちの元、そして島への往復を果たし、随分な時間を費やした。

 シアンが異世界の眠りに入ると言うのに、マウロたちが引き留めて悪かったと口々に礼を言う。

『シアン、眠っちゃうの?』

 リムが残念そうに眦を下げる。

「うん。ごめんね、今日はあまり遊べなくて」

『ううん、いっぱい一緒にいれて楽しかったよ!』

 あちこち奔走するのも、シアンと共になら楽しいと言ってくれる。

『島に戻ったら皆で遊ぼう』

 ティオがリムに顔を寄せる。その嘴から頭に乗り上げたリムが元気良く返事をする。



 翌日、ログインしたシアンはマウロの元へ行き、ガエルの様子を見舞う。

 果たして、薬はその薬効を示し、回復に向かっていると言う。

「あれから、闇の聖教司が来て診てくれたんだ。今日も来てくれたよ。薬は効いているって。効き目のほどに驚いていた。俺は闇の聖教司がそこまでしてくれることにも驚いているがね」

 胡乱な視線を向けられて、シアンは笑ってごまかした。

 エヴラールが目を赤くしながらシアンに礼を言う。

 ガエルの世話は妻のクロティルドが行っている。手持ち無沙汰となったエヴラールに、シアンは少し休むように言う。アシルが賛同し、別室へ連れて行った。


 マウロとカラムとジョン一家の移住の付き添いに関して話し合う。

 まさしく老若男女四人連れての旅だ。

「船で行くのが良いんだがな」

 自分が付き添いたいものの、怪我人を抱えている。

 そこで、アダレードに残った幻獣のしもべ団団員に指示し、商人を雇い道案内を頼むことにした。

 シアンはディーノに連絡を取り、誰か該当者はいないかと尋ねると、気軽に請け合ってくれた。


 まずアダレード南端の港までの陸路は幻獣のしもべ団が詳しい。性能の良い馬車を借りて移動する。馬も途中で変え、移動速度を上げる。

 アダレードの港町から、効率よく航海するための情報を十全に持つ魔族の商人の船で出帆する。アダレードは以前、海流の関係で出港することが出来なかったが、今は解消しているそうだ。

 島近くの港までやって来て、ディーノが乗る船に乗り換える。

 そうして島を目指す。


 アダレードが異類を迎え入れるようになって魔族の商人も徐々に増えた。

『何ともはや、金とコネに物を言わせておりますな!』

「カラムさんたちが安全にたどり着くのが第一だからね」

 ジョンの家族に至っては、立ち退き要求をする者たちから逃れるために、一時的にトリスに宿を取っている。その滞在費もシアンが出した。

「遠い所へ移住して一から生活基盤を築き上げるのだもの。このくらい便宜を図らなくてはね」


『美味しいチーズやバター、卵が食べられるね!』

「うん、リムやティオが頑張って狩ってくれた獲物の素材を売ったお金で、ジョンさんたちが安全にやって来ることができるんだよ」

『お金はそうやって使うこともできるんだね』

 嬉し気なリムに説明すると、ティオが何かを感じ取った風に頷く。

「君たちが得たお金だからね。好きなように使ってくれて良いんだけれど、こういった使い方もできるんだよ。後は幻獣のしもべ団の活動資金になっているんだ。みんながちゃんとご飯を食べて、宿に泊まったり、必要な物を買ったり、転移陣を使うのに必要なんだよ」

『ぼく、狩りを頑張る!』

 中空で後ろ脚立ちしたリムが気炎を吐く。

『シアンちゃんのお手伝いをする手下のために! リムは良い首領ですなあ』

 九尾が面白い、といった表情を隠しもしない。

「ふふ、そんなリムだからこそ、しもべ団のみんなに慕われているんだろうね」

『リムは格好良くて優しいから』


 ガエルの体調が落ち着くまでの間、時間ができたので、カラムとジョン一家の移住の算段は幻獣のしもべ団が請け合ってくれた。ディーノとのやり取りも行ってくれるそうだ。

 シアンも島に戻った後、魔道具で幻獣のしもべ団から連絡が入ることを魔族の商人に伝えた。

「そうだ、麒麟と鸞にガエルさんが回復したということを話しておこう」

『そうですね。彼らが尽力してくれた成果を話してやりましょう』

 九尾が同意する。

 傍らに控えていたセバスチャンが麒麟と鸞は図書室にいると教えてくれる。

 図書室は寛ぐスペースをふんだんにとった広い空間だ。

 火の入っていない暖炉の傍らで、麒麟が専用スペースでうずくまっていた。長い足を折り、首を投げ出すようにしている。力なく寝そべる姿に、シアンは強い不安を感じた。

「麒麟? どうしたの?」

 麒麟は具合の悪い自分に付き添う鸞を慮って図書室で休んでいた。そこならば、書を読むことができるからだ。何もずっと自分を注視している必要はなかろう、と。

『お帰り、シアン。みんなも。どうだった? 薬は役に立った?』

 寝そべったまま、首を持ち上げて言う。

「うん。回復に向かっているって。薬が良く効いているって闇の聖教司様が言っていたそうだよ」

 良かった、という呟きは鼻息に紛れるような微かなものだった。そして、力なく首を降ろす。


『らんらん、りんりんはどうしたの? 眠いの?』

 リムが不安げに麒麟の傍についている鸞に尋ねる。

『霊力が戻らぬのだ』

「そんな。この島は魔力に溢れた場所だから、心地よいって言っていたのに。もしかして、薬を作るのに、角を削ったから?」

 シアンは両手を握りしめた。

『それもある。しかし、最近はこうしたことが多いのだ。少し休めば元気になろう』

『うん。じっとしていれば、大丈夫。それに、本当にここは霊力が濃いから』

「そう。無理しないでね。本当にありがとう。鸞も。闇の聖教司様が薬効に驚いていたそうだよ」

 麒麟の首筋を撫でながらシアンが鸞を見やると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

『そうか。いや、九尾からリムの回復を聞いた時もそうだが、やはり、自分が煎じた薬で回復するというのは、殊の外嬉しいものだな』

『すっごく痛かったのが収まったんだよ! らんらんの作る薬はすごいもの!』

 何故かリムが得意げに胸を張る。そのリムに鸞が面はゆそうにする。


 鸞が自分が煎じた薬で他者を救ったことを目の当たりにして感激する姿に、麒麟はシアンの所に身を寄せられないか、と考え始めた。脆弱で何かと足を引っ張りがちな自分に付き合うことはないのだ。

 様々な精霊の加護を受けるシアンは本当に驚異的だ。

 麒麟は生き物を踏みつぶさないように大地を行く。

 しかし、シアンが地に足を付ければ、大地の精霊が喜ぶのだ。シアンに触れられて嬉しい、と騒ぐ精霊を、感知能力に長けた麒麟は感じていた。

 シアンは、天帝宮第一位の聖獣麒麟に劣等感を抱かせるほど、世界を構成する粋から愛されている。

 そのシアンは鸞の能力を必要としている。ここでならば、鸞はその能力を発揮して、伸び伸びと暮らすことができるのではないだろうか。

 目を閉じて他の幻獣たちの話し声に耳を傾ける麒麟は、自身の考えに捕らわれていた。



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