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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
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12.麒麟のために ~話しちゃっても良いの?/好き嫌いじゃないんだけど~

 

 鸞に影響されて本に興味を持ったシアンが図書室で過ごしたので、幻獣たちもその周囲に集った。

 それでいて、銘々好きな風にのんびり過ごす。

 シアンは薬の素材としての本を読んだ。

 サイはその角は薬として珍重された。それがゆえに乱獲して数を減らした、という記述を見つけ、シアンが心配する。

「麒麟もその角を削ってリムの薬を作ってくれたんだよね」

 大丈夫だよとシアンに笑って答えつつ、人間を助けるためとはいえ、他の動物の命を奪って良い訳はない、と麒麟は消沈する。

 有能な家令は麒麟が過ごしやすいように館の各所に朽ち木や石でスペースを作った。瀟洒で優美な雰囲気に調和した艶のある木や大理石で設えられており、どういった原理か触れるとほんのり温かい。気温が上昇すると逆に冷たくしてくれるそうだ。

『麒麟は幻獣、魔獣、異類などを除いた獣を生み出したとされている。だからこそ、その力の源である角は未知とも言える力を秘めているのだ』

 鸞が言う。

『そんなに大事な角で薬を作ってくれたの?』

 リムがどんぐり眼になる。

『我は枯れ草しか食べないからか、最近、中々霊力が戻らなくなっていたんだよ。でも、この島は霊力に満ちていて、とても気持ち良い』

 おっとりした話しぶりだが、幻獣たちは重く受け止めた。魔力回復が遅れればそれだけ、死の危険が近づく。


『魔力、その霊力というのは戻ってきているの?』

『うん、こんなに早く回復するのは初めてだよ』

『その割に、体の負担もなさそうだな』

 ティオの言葉に麒麟が微笑み、鸞がその全身を検分する風情で眺める。

「魔力が戻らないというのはやはり辛いことなの?」

 シアンが気づかわし気に問う。

『そうですねえ。例えば、熱中症になりそうなくらい暑い夏の最中、体力を削られつつ、ようやっと空調のきいた家にたどり着いて、経口補水液で喉を潤して一休みできた。麒麟がこの島へ来て回復しているのはそんな感じでしょうか』

 九尾の説明に、何だか物すごく納得することができた。確かに猛烈な暑さの中では少し動くだけでも体力気力を奪われ、命の危険すらある。

 居心地の良い場所で存分に回復してほしいものだ。

『あのね、深遠がね、調節してくれているの! りんりんは闇の属性だし、ぼくを助けてくれたから、ぼくの成長痛の時みたいに強い力が障りにならないようにって、こっそりやってくれたんだよ』

 こっそりしたことをそんなにあっさり言って良いのか、と一同は思ったが、深遠、優しいね!と満面の笑みを浮かべるリムにそう言える者はいなかった。

 ティオはリムがすることだと受け入れ、九尾は呆れ、麒麟と鸞は闇の精霊の心尽くしに恐れ入り、わんわん三兄弟はその慈悲深さに感涙にむせび泣いた。


「麒麟は闇の属性なんだね。確かに、慈悲深く癒しをもたらす者、という感じだね」

『そんなこと。我は自分のことすらままならないのに』

 しょげる麒麟にそっと手を伸ばした。触れても嫌がる風ではないのを確認し、そっと撫でる。角の付け根を少し強めにこすってやると、心地よさげに目を細める。その様子がティオやリムと似ていて、ふふとため息交じりに笑うと麒麟も笑う。

 ティオは麒麟は穏やかな雰囲気がシアンと似ていると感じ、二人が醸すおっとりした空気に目を細めた。

『麒麟はあまり遠くへは行けないの? 一緒に色んな景色を見に行くことはできないの?』

『この島でいっぱい魔力を蓄えれば良い』

 リムが幻獣たちに尋ね、ティオが答える。


『麒麟様も食べられるものを探してみてはいかがでしょうや?』

『おお、それは良い』

『主様の料理が食べられないのは大きな損失』

 シアンの料理の虜になったわんわん三兄弟が揃ってこっくり頷く。

『確かに、麒麟も魔力回復を図るだけでなく、体力を直に支える栄養素を摂取した方が良かろう』

 頷く鸞に、九尾がおやという表情を浮かべる。

『良いのですか? その性が歪むかもしれませんよ』

 麒麟は食事がままならないことを知っていたが、その得難い性に影響が出ることを懸念して強く改善を求めることはなかった二頭である。

『無理にすればそうなろう。しかし、ここでならばそんなことにはなるまい』

 頭を突き合わせていた幻獣たちは、当事者である麒麟も加えて、賑やかに語り合う。麒麟は申し訳なさそう且つ、嬉し気な様子だ。

『そうですねえ。こうしてああでもないこうでもないと色々意見を出し合って、どうすればより麒麟のためになるかを考えてくれているのですからね』

『麒麟のために。誠に有難いことだ』

『正確には麒麟と鸞のために、ですよ』

 前足を指一本立てて左右に振る九尾に、鸞が目を見開く。

『ティオが言っていたでしょう。麒麟に何かあれば鸞が悲しむ、と。麒麟の憂いを払うことは鸞のためにもなると、彼らは知っているのですよ』

 天帝宮では発想し得なかった意見が飛び出てきたのだろう。麒麟が声を上げて目を丸くする。この島へ来てから多彩な表情をするようになった。それだけ、様々な刺激を心に受けることになったからだろう。

『それでは、吾も話に加わらねばなるまいな。知らぬ顔はできぬ』

 いそいそと幻獣たちの輪に入る鸞に、九尾も続いた。面白いことを見逃す手はない。


『あ、きゅうちゃん、あのね、カラムの作る野菜や果物は美味しいから、カラムに島に来て貰って作って貰おうって言っていたの!』

『ほうほう、カラムというのはトリスの近隣で農場を営む男でしたな。確かに、彼の作った農作物はどれも美味しいですからなあ』

 九尾の脳裡に芋栗なんきんがよぎったのだろう。うっとりした表情を浮かべる。

『それで、麒麟も一緒に植物を育てると良いの! きゅうちゃんが自分で作ったのなら野菜嫌いな子でも食べるようになるんだって言っていたんだよ』

 鸞が微妙な顔をする。そして、先ほど麒麟が驚きの声を上げたのはこれか、とティオと視線を合わせる。ティオはため息をつく。

 しかし、麒麟は意外と乗り気だった。

『ほう、そうなのか?』

『う、うん。我は殺さないことばかり考えて、育むことを考えていなかったから』

 まだ計画どころか、明確な考えにもなっていない風だ。けれど、他の手段を模索して変わろうとしていた。それを見て取った鸞は感慨深く頷いた。

『そうか。それも良いかもしれぬな』


「でもね、カラムさんにはカラムさんの事情があるんだよ。折角、あんなに立派な畑を作り上げておられるんだ。とても長い年月をかけて一生懸命作り上げてきた。なのに、その土地を離れて新しい土地で一からまた畑を作り上げろなんて、そんなことを要求したら駄目なんだよ」

 纏まりかけているが、当事者の事情を度外視していることにシアンは触れる。

「それに、大地の恵み深い農場を持っているから、簡単に移住してくれなんて言えないよ」

『大地の恵みはこの島の方がいっぱいだよ』

 シアンの懸念に消沈したリムがティオの言葉に少し復活する。

『きゅうちゃんとしても、この島で畑仕事名人が芋栗なんきんを作ってくれると喜ばしいですなあ。野菜は採れたてが美味しいと聞きますし』

『この島は広いのだから、畑があったとしても良いのでは?』

『われらも収穫を手伝いますぞっ!』

『ハンバーグに入れる玉ねぎを美味しく作るのです!』

 犬には玉ねぎを食べさせてはいけないと聞いたことがある。やはり、彼らは姿は犬であっても、中身は全く違うのだなあ、と妙な所で感心するシアンだった。

『いずれにせよ、それらは吾らの意見だ。シアンの言う通り、彼には彼の事情があろう。一度、本人に打診してみては?』

「そうだね、本人そっちのけで話していても仕方ないね」

 冷静な鸞の言葉に頷く。

 九尾が良く冗談交じりに出す助け舟とは違う、冷静な助言もまた有難い。



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