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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第五章
205/630

11.雨の日には ~えっほ/お仕置き共同作業/命の危険が危ない!/ハズレを引くの巻~

 

 翌日、九尾が庭を走っているのを見かけ、シアンは思わず立ち止まって凝視した。

 肩に乗っていたリムが軽く後ろ足で弾みをつけ飛び出し、翼を広げ、羽ばたいて飛んで九尾に近づく。

『えっほえっほえっほ』

『きゅうちゃん、えっほってなあに?』

『駕籠かきとかの掛け声だよ。駕籠というのは、人力で運ぶ乗り物のことね』

「どうして駕籠かきの掛け声をかけているの?」

 シアンも近寄って尋ねる。

『気持ちと肉体を合わせて走るのにいいからですよ。いわば、脂肪によく燃焼しなさいよ、と声掛けしているみたいなものです』

 その説明もよくわからなかったが、シアンにはもっとわからないことがあった。

「どうして後ろ脚で走っているの? 四つん這いの方が速いんじゃないの?」

 九尾は後ろ脚立ちしながら走っていた。いわゆる二足歩行だが、果たしてそれに何の意味があるのか。

『走る時の掛け声は「きゅっきゅ」じゃないんだね』

 それも気になっていた。

『かわいい狐としてはちょっとくらいお腹が出ていても大丈夫でしょうが、芋栗なんきんスイーツをより美味しくいっぱい食べたいですからな!』

 減量のためというよりは美食のために走っているようだ。


 それを少し離れた所で見ていた鸞がため息をつく。

『あれは本当に狐なの?』

 近くを悠然と通りかかったティオが、鸞の呆れた気配を察知して声を掛ける。

『あれでも傾国の狐と称されることがございまして』

 鸞はティオには非常に丁寧だ。その鳥獣の王たる威厳に敬意を抱いているからだ。

『天帝宮にいるころからああなの?』

『残念ながら』

『そう……』

 二頭は揃ってため息をつく。両者とも、友人に変なことを教える九尾に頭を悩ませているのだ。


『あの狐はリムに変なことを教えて、シアンを困らせることがあるんだ』

 鸞がさもありなんと頷く。

『宮にいる時は麒麟を困らせていました』

『きゅうちゃん、何をしているの?』

 おっとりした声に二頭がそちらを見やると、正しく、麒麟が九尾に近寄っていくところである。

『おお、りんりんも一緒にやりますか?』

『りんりん?』

 以前にも九尾がそう呼んでいたことがあるな、とリムが小首を傾げる。

『麒麟の愛称です』

『『また変なことを教えて』』

 ティオと鸞の声が揃う。

 二頭は再び顔を見合わせて頷き合うと、おもむろに九尾たちに近づいた。正確には、狐の背後から忍び寄った。

 後ろからすり抜け様、ティオが尾で後頭部を打ち払い、前のめりになったのを四つん這いになって堪えた九尾に、鸞が足で背中を踏み、軽やかに麒麟の前に着地する。べしゃりと九尾は地面にうつぶせに倒れ伏す。

『リム、麒麟の名はまだないのだから、変な呼び方をしちゃ駄目だよ』

『麒麟は妙なことをせず、ゆるりと体を休めた方が良い』


『くっ、らんらん、良いキックを持っていますね。きゅうちゃん、誤解していました』

 よろよろと起き上がる九尾が顔を二度三度横に振り、前足で顎を拭う。人間臭い仕草である。

『ほう、どんな風に解していたのだ?』

 すう、と鸞の片目が細まる。

『本の虫のひ弱なもやしっ子!』

 ぴりり、と鸞の纏う空気が緊張する。

『加勢しようか?』

『お願いします』

「きゅっ!」

 一歩足を踏み出したティオに、鸞が九尾を見据えたまま頷く。九尾が心肝寒からしむ。

「みんな、喧嘩しないの。ほら、おやつを食べに行こう。麒麟は水明に美味しい水を用意してもらおうね」

『わーい、おやつ! 早く行こう、ティオ!』

『ありがとう、シアン。鸞もきゅうちゃんも一緒に行こうよ』

 ほのぼの二頭に呼ばれ、ティオと鸞が踵を返しながらちらりと九尾を見やる。

『ちっ』

『命冥加な』

『い、命の危険があったのですね!』

 揶揄うのも命がけである。

 博識で書を読むことを好む鸞は、意外に喧嘩っ早い一面があった。長らく天帝宮で共に過ごした九尾でさえ初めて見る顔だった。一所にいては見ることができない本人も知らない面だったかもしれない。



 雨の日は室内で過ごした。

 幻獣たちは悪天候でも何ら差支えはない。

 戦闘に適さない麒麟や鸞も四霊として元々は霊力が高く、耐性も高い。

 しかし、プレイヤーは違った。

 悪天候の中であれば、風邪や体調を崩す。ゲーム式に言えば、状態異常のペナルティを課せられた。

 シアンは悪天候の中でも精霊の加護のお陰で環境を整えられている。例えば、空気のコーティングによって風雨に晒されず、暑さ寒さが和らぐ。

 それでも、過保護な幻獣たちはシアンがこの世界にいる際には、極力雨の日は室内で過ごそうとした。


 急に雲が黒く集まり、白雨が降った日。

『お肉を煮込むの?』

「うん、でももう蒸し暑いものね。オリーブオイルを使ってさっぱりするように作るよ」

 魔力を持つ魔獣の肉は家畜よりも美味しい。

 牛に似た肉は狩ってきたティオの保証つきである。

 肉に塩コショウし、小麦粉をまぶす。

 鉄板を熱し、オリーブオイルで肉を焼き、赤ワインを注ぐ。

「ワインは重めのものが良いそうだよ」

「キュア?」

 アルコールを飛ばし、アクを取り除く。甘みのあるワインをさらに加え、肉全体をワインでよく煮る。

 その間、大鍋で乱切りしたニンジン、玉ねぎ、セロリをオリーブオイルで炒め、トマトペーストを混ぜたソースを作っておき、ワインで煮込んだ肉と塩、水も加えてさらに煮込む。

 肉が柔らかくなったら鍋を火からおろして肉を取り出し、残ったソースを漉し器で漉し、とろみがつくまで煮詰め、肉にかける。

 さて、その肉が柔らかくなるまで野菜と煮込む間、結構な時間がある。

 鍋の回りに集まってお喋りに興じることもあれば、火の番をセバスチャンに任せて室内の遊びをすることもある。


 貴族の館でロングギャラリーと称される箇所は、天候の悪い日に庭の散策に出かけられなくなることによる運動不足を解消したり、ファッションショーを行ったり、美術品や蔵書を披露するために作られたものだ。中には、幅五メートル以上、長さ九十メートル以上もの長大な空間を有するものさえある。

 シアンが魔神から譲り受けた館は幻獣たちが住まうことを前提としたものだ。

 そのため、どこもかしこも広々した空間だった。

 住まう人間が精霊の加護を持つため、暑さ寒さを考慮に入れずとも良かったのも一因である。

 ロングギャラリーも例外でなく、百メートル以上ありそうなものだった。


 シアンたちも当初の用途に沿ってロングギャラリーを用いた。

 魔族の職人が粋を凝らした館は精霊たちの助力で頑丈に変化している。

 ロングギャラリーもグリフォンが駆けてもびくともしない造りをしている、と大地の精霊が保証した。

 わんわん三兄弟にボールを投げてやると、喜んで拾いに行く。そこへリムが参戦する。

『ティオも一緒にやろうよ!』

 横寝していたティオがゆるり立ち上がる。

『『『えっ⁈』』』

 わんわん三兄弟は驚きの声を上げる。まさか一緒に興じるとは思わなかった。

「ええと、ティオも一緒にやるの?」

『うん。シアン、ボールを投げて』

「体の大きさとか力の強さとか、その、差が色々あり過ぎて」

『そうだね。じゃあ、翼と魔力は使わないよ』

 ティオとリムの一騎打ちといった体になりそうだ。そこで、リムも翼と魔力を用いず、また、体の長さから、わんわん三兄弟はティオの嘴の先から三メートル先行した場所からのスタートとなる。


『くっ』

『それでも勝てぬ!』

『疾い!』

 なぜならば。

 九尾がボールに「肉料理」「甘い料理」「物すごく辛い料理」「とんでもなく苦い料理」「今日のおやつ抜き」「好きな音楽」「三分間撫で」「膝枕」「三時間近寄らない」などと書いたからだ。

 食べ物はシアンが作る料理で、必ず食べなければならない。音楽はシアンが奏で、撫でるのも膝枕をするのもシアンだ。近寄ることができないのは無論、シアンに、である。

 そういった事柄が書かれた複数のボールを一斉に放り投げる。

 ティオとリムが本気になった。


『きゃーっ』

『わーっ』

『ぎゃーっっ』

 そして、わんわん三兄弟は勢い余って所謂ハズレボールを取ってしまう。

 ようやくボールを口にくわえた!と思いきや、書いていたものが「とんでもなく苦い物」だったり、「今日のおやつ抜き」だったり、あまつさえ、「三時間近寄らない」だったりした。

 ぴすぴす鼻を鳴らしながら泣きじゃくる。

『うう、物すごく辛い料理と苦い料理! 苦いのは苦手なのです!』

『まだ食べられるではないか! 我などおやつ抜きなのだぞ!』

『そのくらい……!』

『エ、エーク、お主、もしや!』

『まさか、あれを取ってしまったのではなかろうな⁈』

 エークが鼻先でそっと二匹にボールを押しやる。そこには果たして、「三時間近寄らない」と書いてあった。

 アインスとウノはわっと飛び退った。ボールに触れてしまえば自分たちも三時間近寄ってはいけなくなる、という風情だ。

『何故、そんなものを取ってしまったのだ!』

 逃げるものを追う。犬の習性だ。

 鼻をぐすぐすいわせるエークに、シアンは笑ってボールを取り上げた。

「でも、これ、いつの三時間か書いていないものね」

『『『えっ⁈』』』

「僕が眠っている間の三時間、近づいちゃ駄目だからね?」

 笑いながら泣きべそをかくエークの顔を布で拭いてやる。

 エークの細い尾がゆるゆると左右に振られ、どんどん勢いを増していく。もともと、シアンが異界の眠りに入っている間は近づいてはならないとされている。

「ウノはおやつ抜きだけど、軽食を食べようね。アインスは苦い物の口直しを用意しておくよ」

 シアンはわっと歓声を上げるわんわん三兄弟に取り囲まれる。


『やれやれ、本当に甘い』

『それが良いんだよ。第一、シアンがみんなに甘くなかったら、今、君は無事にここにいられないよ?』

 九尾の嘆息にティオが真面目な表情で返す。

 九尾は体を真上に引き上げられるようにして震えあがり、そのままの姿勢で固まった。

『シアーン、ぼく、好きな音楽と三分間撫でを取ったの!』

 リムの声に助けられる。ティオの意識がそちらに向いたからだ。

『ぼくは肉料理と膝枕』

 軽い跳躍でシアンとリムの傍に降り立つ。

「そっか。じゃあ、用意するね。あと、甘い料理と書かれたのもあったよね」

 順当な割り当てだが、一つ足りない。

『それはね、ぼくとティオが同時に取ったの。だから、稀輝にあげようと思って!』

 ティオが無言で頷く。

「ああ、甘い物好きだものね。じゃあ、稀輝に何の甘い物が良いかリクエストを受けようか」

『うん!』

 リムが我がことのように喜んだ。


「このボール遊びは晴れた日に外でやろうか。僕の腕力じゃあ心もとないから、英知に頼んで、飛距離を伸ばしたり、隙間とかに転がるようにして貰って、宝探しみたいな感じで。ボールも増やそう。その時は麒麟と鸞も一緒にやろうね」

 観戦を決め込んでいた麒麟と鸞も喜んだ。

 寒い日はできない。風邪を引いては大変だからだ。幻獣たちは頑丈であるものの、付き合うシアンが心配なのだ。

『そこは精霊王が何とでもしてくれるのでは?』

『無理に寒い日にやることはないよ。それに、暖炉の前で演奏したりおしゃべりしたり、美味しい物を食べるのも十二分に楽しい』

 ティオの言葉に、九尾はそれもそうかと頷く。

 入道雲が呼んだ白雨は、蒸し暑い空気を取り去ってすぐに止み、虹が立つ。

 雨の日には雨の日の、寒い日には寒い日の楽しみがある。

 それを、幻獣たちにシアンが教えてくれたのだ。



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