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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
20/630

20.冒険者/人間との付き合い方

 

 冒険者とはいわゆる何でも屋だ。

 特に魔獣が街の外を跋扈するこの世界ではそれらを討伐することが多い。利益には危険が背中合わせに付きまとう。

 シアンは今まさに、牛に正面から向かっていき、下げた顔の額の部分が腹を守る防具にフィットしたかと思うと、あらん限りの力で振り上げられ、吹っ飛ばされた冒険者を遠目に眺めていた。

「角に引っかからなくてよかったかも。あれ、引っかかっていたら体を千切られていたよね」


 以前、ティオの背に乗って飛んでいる際、着陸しようと山に近づくと、魔獣に追われ、つづら折りの山道を駆け下り、途中で曲がり切れずに谷底に落ちた者を見かけたことがある。

 かと思えば、板状のものに乗り、急な斜面を滑っていたが、張り出た岩に板がバウンドしてバランスを崩し、転がり落ちていった者もいる。山道を降りる時間短縮を図ったのだろうか。

 毒のある果物を食べて痙攣していたり、樹木のとげにしびれて倒れていたり。

 川辺の植物を採取しようとして滑って落ちて川に流されたり。

 巨大アリと戦っていたら、どんどん数が増えて、たかられていたり。

 危険がいっぱいだ。

 あるプレイヤーは高い塔の上から、大きな傘を持って飛び降りた。が、落下速度が落ちずに地面に激突したらしい。


「みんな、いろいろやっているんだね」

 ふーん、そう、とティオは取り立てて気のない風である。

「でも、スキル補正がないことをするのは危険なんだね」

『大丈夫、シアンが危なくないように気を付けるから』

 シアンに攻撃が届く前に終わる。ティオ曰く、シアンが驚いて強制ログアウトにならないように短期決戦を心掛けているのだとか。

 その上、シアンの防御は四柱の精霊が担う。もはや鉄壁である。

 通常なら、戦闘のあるゲームだから自分が覚えたスキルや魔法を試してみたくなるし、それらを成長させるために積極的に使う。シアンは戦闘をする気はないため、周囲のNPCに任せきりでも特に問題視していなかった。

 スキルと魔法の成長はなくても、実際問題はなかった。

 通常プレイヤーなら、「自分が」強くなろうとするが、シアンは強くなるのが主目的ではなく、強いNPCとともにあちこち見て回り、美味しいものを食べて音楽を楽しんだ。

 美味しい食べ物と美しい音楽、奇しくもそれは古代から人が超越者に供物として献上してきたものだ。


 冒険者は多様な職業につき、パーティを組み、それぞれの役割を果たす。

 それこそ、どの動植物のどの部位に毒があるのかもスキルで分かる。スキルがない他の冒険者たち例外もあるが、大抵のものは知らない魔獣や果実や草は食べないようにしている。ただ、トリス周辺はそういった猛毒を有する動植物は少なく、プレイヤーに取っても過ごしやすい場所だった。


 シアンが冒険者に積極的に関わらないのはティオに乗って空を移動できるからだ。この世界の移動手段は徒歩が主で他は馬やロバなどの動物に運ばれるか、乗合馬車、もしくは転移陣を使用する。転移陣は主要な街の大きな神殿に設置されている各街を行き来する移動手段だ。非常に便利なものだが、相応の魔力と金銭を必要とされ、とにかく高い。更には街から街へまでしか移動できず、その先は徒歩か移動手段の確保が必要だ。

 プレイ時間が惜しいプレイヤーはこれらを用いる。

 そうやって何か便利なものを使うのには相応の対価が必要とされる。


 翻って、シアンは強いNPCに戦闘を任せ、移動手段ともしている。だから、ギルドで他の冒険者にやっかまれたり絡まれたりすることもあった。

 シアンとしてはその度にティオのありがたみを思い知る。してもらうことに慣れてしまわぬ良い機会を定期的に与えられているようなものだ。


 今日はシアンの魚が食べたいと言いうリクエストによって魚の捕獲を主目的にして河原へやって来た。

 シアンは釣り竿で糸を垂らし、リムは下流水面を飛んで、魚影を見つけたら素早くとびかかり、跳ねまわる魚を器用にホールドして川の一部に岩で作った簡易生け簀に運んでくる。

 ティオはさらに下流で川辺に鎮座し、前足を水面に向けてふるう度に魚が飛び上がる。機を窺って水面を眺める様はどこか悟りを開いた雰囲気がないでもない。

「熊が魚を捕獲するのってあんな感じかな?」

「キュア?」

 二匹目をようよう釣り上げたシアンが生け簀に放り込みながらつぶやいた。ティオの傍らには陸揚げされた魚が十数匹も跳ねている。

 生け簀の中にはリムの釣果、もしくは漁獲成果が大量にあった。


 いつもと違う狩り、魚の捕獲に夢中のティオとリムに食料の確保を任せることにして、シアンは焚火の用意をする。

 魚の鱗とはらわたを取る。大きいものには腹に香草を詰め、フライパンで焼く。小さいものはひれに塩を追加してまぶし、S字になるように串を通して焚火の近くであぶる。


 シアンが調理をし始めたのに気付いたティオが魚を運んでくる。

「僕はフライパンで蓋をしてじっくり中まで焼いた方が好みだなあ」

 串焼きは中まで火を通そうとすると外身が焦げる。

 ティオもリムも少々中が生焼けでも気にせず食べている。

 食べる量が量で、焼きながら食べるのはティオと外で食事を共にするようになってからは当たり前のことになっている。下宿にはフラッシュが作ってくれた大きい鉄板がある。

『魚ってあまり食べなかったんだけど、焼くと美味しい』

『塩と葉っぱかけたら美味しいね!』

 ちょっとした手間を喜んでくれる。


 粗方食べ終わった頃、ティオがふと山道の方へ視線をやる。

『人間が走ってくる。逃げているみたい』

 こういうことが以前にもあったな、と食後の茶を啜っていたシアンが思考を辿る。

 リムと出会った山の出来事だ。

 にわかに不安になって尋ねる。

「何人か分かる? もしかして、リムの親から逃げているのかな」

 そんな訳はないと思いつつ訊いてみるとやはり否定される。

『ううん、大きいのはいない。人間は六人』

 冒険者のフルパーティーの人数だ。

『こっちに来るよ』

「隠れた方がいいかな?」

『そうだね、面倒に巻き込まれたくないし』

 そそくさと三人は隠れた。なお、光の精霊と闇の精霊の加護を受けているから、隠ぺいの魔法が使える。そのことをシアンは完全に失念していたし、リムはかくれんぼする方を選んだ。


 ティオの言う通り、シアンたちの目の前を六人の男女が駆け抜けていき、その後を蜂の大群が追っていく。シアンたちには気づかなかった。精霊の加護だろうか。

「もう大丈夫かな?」

 岩場から出てきたシアンに、ティオが蜂がいないうちに巣を手に入れにこうと言う。

「ティオ、人の獲物を横取りしたらいけないよ。ティオだって苦労してさあ食べようと思ったのを取られたら、嫌でしょう?」

 ティオが首を振る。

『そんなことないよ。油断していたら獲物も奪われるし、獲物が少ない季節や場所だったら食べている最中でも取られそうになる』

 まさしく野生だ。生きていくために獲物を得る幻獣たちと、SP回復の目的に食べたり、経験値取得やスキルレベルアップ、素材のために戦うプレイヤーとは決定的な違いだ。

 だが、プレイヤーは現実世界で金銭を支払って遊んでいる。自分たちが優先されてしかるべきという前提のもとに動いているので、この齟齬は容易に埋まらないだろう。

 シアンは初期にフラッシュに教わったプレイヤーとしてのマナーをどうやってティオに伝えるか悩んだ。

「ええとね、人間のルールとして、魔獣とか獲物とかを先に戦闘を仕掛けた人がそれらが守っていた宝物を得る権利があるんだよ。後は魔獣に追いかけられても他の人を巻き込んで迷惑をかけないとか、珍しい魔獣がいてもすでに先に戦っている人がいればその人たちの邪魔をしないとか」

『でも、魔獣から追いかけられて助けを求めることはよくあるよ』

「うん。助けを求めるのはいいんだけど、助けるのを強要したり魔獣を押し付けたりするのはしてはいけないんだよ。他の人から嫌われる行為だね」

 リムは口を挟まずにシアンとティオを交互に眺めている。

 自分が狩った獲物、戦利品を味わっていてさえ横取りがされることもあるという。全く異なる価値観は、却ってティオを混乱させやしないかと不安になる。

 ティオはしばらく考える風を見せた。どう説明しようか考えていたシアンより先に意思を伝えてくる。

『人間はそれぞれがぞれぞれの得意なことをして集まって生きているから順番を守らないといけないっていう、アレ?』

 シアンは破顔した。

「うん、そうだよ。力が強いだけじゃなくて、もっと他に物を作ったり……フラッシュさん、色々作ってくれるでしょう。僕たちが必要なものを。凄いでしょう?」

『大きいフライパンとか肉を細かくするのとか作ってくれたね。一度にたっぷりお肉を焼けるようになった』

 ティオの気分が上向いた。それが分かり、リムも続ける。

『フラッシュ! タンバリンとか、ウィンドチャイムを作ってくれたよ』

『シアンも美味しいのを作ってくれる』

『音楽も楽しい!』

 次々と彼らの好きなものが挙げられる。

「うん、そうなんだよ。そうやって強さに関係ない、音楽なんて形すらないものでも、楽しかったり美味しかったり、役に立ったりする、そういうのを作り出すのもすごいことだよね」

 ティオもリムも頷いた。

「だからね、力が強いからってそうじゃない人を見下すことはおかしなことだし、物を奪ったり暴力をふるったらいけないんだよ。それが一緒に暮らすということなんだよ。嫌なことをされたら嫌な気持ちになって、一緒にいたくなくなるもの。僕はできればティオやリムに人間と敵対してほしくないんだ」

『シアンが人間だから?』

「うん、それもある。人間は一人ひとりはとても弱いけれど、力を合わせ知恵を絞って、時にはとんでもないことをやり遂げるんだ。強力な武器を作ったりできる。ティオもリムもとても強いけれど、ずっと食べず眠らずで戦い続けてはいられないでしょう? 人間が入れ代わり立ち代わり襲ってきたら……二人に何かあったら、僕……」

 説明の途中で不吉な予測にうろたえて言葉が途切れた。

『シアン、大丈夫? ぼくたち、ちゃんと順番守るよ。悪いことしない!』

『分かった、敵対しない。少なくとも、こちらから意味なく人を襲ったりはしない』

 向こうから攻撃してきたらその限りではないと暗に言うのに、シアンは急いで頷いた。

「うん、もちろん。傷つけられそうになっても反撃するななんてそんなこと言わないよ」

『人の横取りもしないでおくね』

 物わかりのいいティオとリムを撫で、ティオの首に頬を寄せ、リムの頬を自分の首にもたれかからせた。

「でもね、もし、君たちを素材にするから寄こせとか、危険だから始末しろとか言われたら、どこか遠くへ行ってしまおう。この国だけに留まらなくてもいいんだしね。もし、どの国でも締め出されるようなら、必要なものを買いに行く時だけ街へ行って、後は森とか山で暮らそう」

 シアンがそう言うと、リムもティオもうれし気に笑う。

『シアンとティオと一緒!』

『どこへでも連れて行ってあげる』



 食事をしていた河原に戻り、調理器具を片付けようとすると、またティオが誰か来ると言う。

「千客万来だね。今度も走っている? 冒険者かな?」

『ううん、歩いている。小さいよ』

 釣り竿とバケツを下げた子供がやって来た。

「あっ、グリフォン!」

 目を輝かせてティオを凝視する。

 手招きしてみると、恐る恐る近づいてくる。

 ティオが今も時折見回りしている牧場の主、ジョンの息子だという。シアンも加工肉や乳製品を譲って貰っている。

「君のところの加工肉や乳製品は美味しいね」

 褒めると嬉しそうに笑う。

 釣りをしに来たそうだが、ここはティオやリムがあらかた獲ってしまった。せめてもと生け簀に残った魚をバケツに入れてやる。

「違うところに行くからいいのに」

 聞き分けのいい子供にシアンは尋ねた。

「もしかして、お父さんから僕たちのことを聞いている?」

「うん、グリフォン様が害獣退治をしてくれて見回りもしてくれているって」

 他で釣りをするという子供に付いて行っていいか聞くと、快諾してくれる。


 途中、褐色の肌に茶色の迷彩模様が入った目がぎょろ付いたトカゲに会い、子供が腰を抜かした。木の枝の上から大きな口を開け、舌を出して威嚇し、子供が悲鳴を上げた。

 すっかり怯えてしまった子供を抱えようとしたが、なかなか重い。リムがシアンの代わりに抱えると申し出たが、リムの身体のサイズが小さい。力はあっても、子供の体に負担がかかる。リムの小さい手だけで体を支えるのは辛いだろうから止めておいた。

 ティオが仕方がない、と背に乗せてくれた。

 子供は初めはおっかなびっくりだったが、さすがは牧場育ちで馬にも牛にも乗ったことがあるらしく、すぐに高い目線にはしゃいでいた。

 グリフォンに乗って子供が帰宅したのに、牧場主のジョンが腰を抜かさんばかりに驚いた。

「魔獣が出て驚いて疲れたみたいなので、送ってきたんです」

「これ、魚、いっぱい貰ったよ!」

「いやいや、送ってもらったうえに、こんなにしてもらって、悪いな」

 冒険者は買うか奪うかしかしないが、逆にものをくれるのは初めてだ、と喜ばれ、定期的な供給を約束してくれる。


 後から知ったのだが、酪農家からしてみれば、冒険者は一部を除いてならずものという認識で、加工食品を製作量や流通を考えずに買っていこうとするので売り渋ることが多い。客という強い立場から金さえ払えば多少の無理は通るという考えを持つ者がおり、それに反発する生産者NPCとの対立があった。

 そんなことは露ほども知らないシアンはついでに、とカラムの農場にも寄ってみる。

 人の手をかけて育てることや、魔獣駆除、といった概念を知ったティオとリムは時折、シアンがいない間、街の郊外の畑を荒らす魔獣を駆除するようになっていた。狩りの獲物が大量にあれば、自分たちが食べない分を放置して腐らせるよりはといって農夫や牧場主たちに一部を渡していた。

 カラムに聞き、初めて知ったシアンは狩りの獲物を分け与えていたことに驚いた。

 近隣の農家の子供が魔獣退治のお礼にとくれた、もぎたての野菜が美味しかったからとティオとリムは言う。

 実際、美味しそうに食べてくれると、自分たちが作ったものを力のある獣が好む、ということが誇らしくて、あれもこれもとくれていたようだ。

 街周辺の農地を頻繁に見まわるようになり、ティオの縄張りだと認識され、魔獣が現れなくなったことも、農夫たちに歓迎される要因だと聞いた。

 近辺の農場主の人望が厚いカラムに、改めて礼を言い、他の農家への謝意を託した。

 カラムもまた、勝手に入ってきたり、時には収穫物を面白半分に取っていったりする(盗んだと言う意識はないらしい)冒険者に反感を持っていたが、ティオやリム、そして彼らに慕われるシアンには愛想よく接してくれる。

 ここでも、冒険者との対立があったが、シアンに定期的な供給を約束してくれた。

 肉はティオが狩りで狩ってくれ、加工肉、乳製品に卵、野菜と果物と食材の幅も広がった。調理器具はフラッシュに頼めば大抵のものを作ってもらえる。

 料理への期待が高まる。





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