2.街の外へ
二度目以降のログインからは金銭を稼ぐことがメインとなった。
冒険者ギルドにて依頼を受けて、何度か街中でのお使いクエストを完遂させた。そうすることで街やこの世界のこと、ゲーム自体のシステムに慣れてきた。
何しろ、ログアウトしている間、このゲームの世界に体が残るのだ。大抵は冒険者ギルドが斡旋する宿泊施設の一室で横たわっていることになる。一般の宿屋よりも安価とはいえ、金がかかる。世の中の世知辛さを早速実感することとなったのだ。
プレイヤーとして初回にログインしてチュートリアルを受ける街はトリスと言う。アダレードという国の一都市だ。街道がいくつか通る商業都市で、近くに王都もある規模の大きな街だ。この街以外にも多くの街や村があり、発売当初からプレイしているプレイヤー達はすでにこの国のほとんどのマップを埋めているらしい。
マップというのは世界地図が表示されるスキルで、街の外へ出て発動させると、視界の端にうっすらと地図が浮かび上がる便利なものだ。スキルレベルが上がると街道や集落や施設などの表示がされるようになると聞いた。
このスキルは魔法とは違い、魔力数値であるMPを消費しない代わりに、SPを消費する。回復させるためには食べ物を食べるかアイテムを使う必要がある。なお、行動しても徐々にSPは消費され、値が低くなると体の動きが鈍くなり、食事を摂ると回復するため、食事ポイントとも呼ばれている。
味覚があるゲームで、料理人の需要はその辺で発生するのかもしれない。
料理人は食料としての植物や動物の知識、下ごしらえを含む調理方法、調理器具の使い方など様々なことが必要とされ、それに応じたスキルを取得する必要もあった。調味料一つ取っても、知識やスキルの成長不足であれば、作り出すことはできない。大体のスキルは職種のレベルが上がれば取得できるが、中には条件を満たさないと発生しないものもある。
現実世界であれば、調理師の世界に入ったならばまずは雑用から覚えていく。そこはゲームなだけあって、スキルを取得すると体が勝手に動いてくれる。
基礎スキルを身に着けると関連するスキルが増えていく。
面白いのは盛り付けに関するスキルまであることだ。
見た目が整うと美味しそうに見えるし、飾り切りなど練達のものであれば鳥や動物の姿に食材を見立てることもできる。
また、毒を持つ動物を捌くスキルもある。現実世界のフグの調理と同じものだが、毒を持つ食用の生物は多岐に渡る。
調味料も料理人のレベルか所有するスキルの総合レベルが足りていないと入手できないものもある。醸造や発酵といった重要な要素もスキルで時間短縮が可能であるというのだから、さすがはゲームの世界といったところか。
少しずつ増えていくレシピにわくわくした高揚感を覚え、ゲーマーとしてはまだまだながらもコレクター気質を刺激される。
料理人といった生産職と称される職業を選択した際、経験値を得たりスキルを育てるには、サブ職種で戦闘に有利なものを選択するのが常だ。
シアンは戦闘には興味がなく、街の外にて行う依頼を受けたことはなかった。
こういったゲームでは経験値やスキル育成、金銭を得るためなど多目的に戦闘をするが、シアンには狩りと言えば羊がくつろぎながら草を食む、というのが一番に頭に浮かぶ。
現実世界では暴力沙汰とは無縁だった。
水面下での足の引っ張り合いはあったが、大声を張り上げるよりも陰口が多い世界で生きてきた。自分を保てなければやっていけない場所にいた。逆に言えば、自分を保っていられたら、自分が信じる指針さえ明確なら、あとはどうでもやりすごせた。
そんなシアンだったが、とうとう冒険者ギルドで特定植物採取を頼まれ、同じ方角へ行くというNPCパーティを紹介してもらうまでのお膳立てをされてしまった。こういったコーディネイトも冒険者ギルドの仕事の一つではあるが、いい加減、外にも出なさいよ、ということなのだろう。
高レベルのパーティではなく依頼も高度なものではなく、それほど危険な目に会うことはないそうだ。それでも、初めての街の外へ出る不安はあった。
剣士二人と密偵一人、魔法使い二人の、街道沿いの林道で出没する害獣駆除を請け負ったパーティだ。シアンに戦闘能力がないことを冒険者ギルドが説明し、いくばくかの謝礼を払っている。むろん、その分はシアンの報酬から差し引かれる。
まだ年若く、やる気に満ちていて、逆に言えば無謀にも見えた。安全圏で簡単な依頼しか請け負わないシアンが口を出すことではない。当たり障りない世間話をするに留める。
中でも、リーダーではない方の剣士が血気盛んで、冒険者になりたて且つ戦闘能力のないシアンをしきりに心配していた。リーダーの剣士がさすがにいさめていた。密偵と魔法使いの女性は無口で、魔法使いの男性は始終眠そうにしている。
パーティそれぞれの個性を現すAIの技術に、シアンは驚かずにはいられなかった。これほどの高技術を遊戯に使うのか、いや、遊戯や嗜好にこそこだわりを募らせ技術の粋を極めるのかもしれない。
魔法職は地水火風のいずれかの属性を持ち、同じ属性でも攻撃と回復及び補助魔法とで育てる魔法の種類を絞る。三つすべてを伸ばそうとしたら、まずもって成長が滞る。そのため、攻撃魔法のみと回復魔法と補助魔法を扱う者とに分かれるのが一般的だと魔法職の男性が話してくれた。
シアンは知らないことだらけで、剣士二人に魔法使いがあれこれと話してくれるのに耳を傾けた。
街の外へ出てみると、濃淡のある草原に白い砂利の混じった街道がなだらかな丘陵を超えて伸び、その上に青い空と流れゆく雲があった。
ゲームを始めるきっかけとなったパッケージの牧歌的風景そのものがあった。これは確かに外に出てみる価値はある、としばし見とれた。
自由に動く体は軽く、いつまでも歩いて行けそうだ。
実際にはSPを消費し、食事を摂れば回復する。
戦闘職の人間はもっと早く、もしくは激しく動くことができるのだから、ちょっとその感覚を試してみたくもなる。
神話に出現する架空の生物を幻獣という。ゲームの世界では動物を逸脱した魔力を持つものを魔獣、邪悪ではなくむやみやたらに敵対しない魔力を持つものを幻獣として区別されている。
そして、冒険者は時に魔獣をモンスターと呼んだ。
「二時の方向にモンスター発見」
「何匹かわかるか?」
密偵の警告にリーダーが聞いた。職業柄視力がいいのか、シアンには何も見えない。
「んん、二匹! 何のモンスターかはまだわからないな」
「どうせ角ウサギだろう。狩ろうぜ!」
その名の通り角があるウサギで魔獣としてトリス周辺の草原に出現する。初期出現魔獣でそれほど強くない。
街の外へ行くに当たって冒険者ギルドで草原に出没する魔獣を調べたところ、角ウサギの他には、一抱えもあるネズミやモグラなどが出没する。ネズミは尾の先が鋭くとがっている槍尾ネズミ、モグラは強靭な爪を持っているアイアンクローモグラという名前だ。ネズミがスピアーテイルじゃなく、モグラは鉄の爪ではない基準は不明だ。
そして、そんなことが知識でしかないということをシアンはすぐに思い知らされた。
草を揺らし、魔獣が飛び出してくる。
一メートル近い巨体のウサギは耳が大きく長く、その間に角が生えており、これが売れるので、冒険者は狩った後、肉と毛皮とともに持ち去る。シアンの知るウサギよりも四肢が細長く、高く跳躍する。あの脚で蹴られたらひとたまりもない。顔も体も引き締まっていて、無駄な肉は一切ない。
生命力そのものを変換したような熱量の籠った視線にさらされ、へどもどするシアンを他所に戦いは始まっていた。
剣士が前へ、密偵は中央、魔法使いはその後ろ、という陣形を組み、まずは密偵の矢が放たれた。
身軽く跳躍し、野生動物特有の予測のつかない緩急のついた動きに、ことごとく矢は外れる。
「やっぱり魔法レベルが低いと当たらない」
弓矢も補助魔法によってその技量が異なってくる。
「任せろ!」
その矢で逃げる方向を狭められたところへ、剣士二人が回り込み、退路を断つ。
振り下ろした剣が狙い過たずウサギを切りつける。ややその動作が直角的で機械的であったが、まっすぐに角ウサギを捉える。おそらく、剣士の補助魔法を用いたのだろう。
と、そこへ別のウサギが現れた。初めに飛び出たよりも少し小さい個体で、角はある。
「ウィンドアロー」
魔法使いの男性が魔法を使う。
初めて攻撃魔法を見た。
うっすらと碧がかった光がまっすぐウサギへ飛ぶ。避けきれず、足を切り付けられて動きが鈍ったところを、本物の矢が突き刺さった。
血を流して横たわる魔獣をパーティメンバーが早速解体に取り組む。
突然飛び出してきたことと、初めて見るモンスター、その生命力に圧倒され、それらに向けられる強烈な殺気、こちらを食い殺そうとする意志、それを向けてきた彼らが死に横たわった姿に、シアンの心拍数は酷く乱された。懸命に呼吸を整える。
だが、駄目だった。
このMMOゲームは体に負担がかかると強制的にログアウトされる仕組みになっている。
今のようにゲームプレイ中に強く驚いたりするのもそうだが、現実世界で具合が悪くなった時も該当する。いわば緊急措置だ。
VR機に接続された後は深い眠りに入り、身体の力が抜けてしまい、筋肉が弛緩している。
強制的にログアウトされた際、つまり自分の意志とは関係なくこの世界から弾き飛ばされた折には、筋肉に電流を流されたような収縮が起きる。この時脳は高いところから落とされたと錯覚することから筋肉を収縮させると言われている。ジャーキング現象が起こるのだ。寝ている最中に急に体がびくっとなる現象だ。
説明を受けてはいたが、初めて濃密な異世界から切り離され、放り出されたように身体が跳ねた衝撃にしばし呆然とした。
体の奥でどくどくとマグマが脈打つ。
何度も呼吸し、痛みをやり過ごす。
水を飲み、顔や首筋の汗を拭う。
そして、同行者がいたこと、何より安全地帯ではない場所で強制的にログアウトされたことから、息を整え、再度ログインしようと試みた。
慌てていたためかなかなかうまくいかなかったが、ようやくゲームの世界に入り込み、目を覚ましたら、やや離れたところにいた同行パーティメンバーがすぐに気づき、取り囲まれる。
「良かった、目が覚めたか」
「あんた、街の外へ出るの初めてって言っていたもんな」
「驚いたんだろう。大丈夫か?」
意外と親身な言葉をかけてくれる。シアンは怪訝な面持ちになった。
「異界の眠りだろう?」
「俺、初めて見た! 本当に触ることができないんだな」
「異界の眠り?」
どうやら、ログアウトという言葉はNPCにはそう聞こえるらしい。長時間眠り続け、しばらく起きてこないことを言うのだと説明を受ける。そして、ゲーム開始時の説明通り、ログアウトしている間、こちらの世界に残る体には干渉することはできないようだ。
「あんた、異界の眠り持ちなんか。だからソロでやってるんだね」
どうやら、ログアウトする者はそう認識されているようだ。
「でも、異界の眠りにかかるやつらって大体強いか特殊能力を持っているもんな。異類でもいいこともあるさ、気にするな!」
話を聞いてみると、特殊能力を持つ者を異類と呼ぶのだいう。元々は人間でないものは全て異類と呼ばれたが、そこから、動物や魔獣、幻獣、特殊能力保持者など細かく分かれていった。現在では特に異能を持つ特殊能力保持者を異類とみなされるのだそうだ。
プレイヤーも少し前に出現した特殊能力保持者の一種と認識されている。
プレイヤーがスキルやログアウトという特性から人間扱いされていないということに驚きを隠せなかったが、異世界の人間からしてみれば、常に眠っているなど、変わり者以外の何者でもないだろう。ゲーム開始時には特にそういった説明はなかった。プレイするうちにこういった異世界事情が徐々に判明してくるのだろう。
NPC冒険者たちにとってはプレイヤーとの違いはそのくらいのようだ。同じく街に一時的に住む根無し草である冒険者で、変わらぬ存在であると思われている。
「まあ、しょっちゅう寝ているから、差をつけられてもすぐに取り戻してやっからな!」
それはそうだろう。プレイヤーには現実世界での生活がある上、ゲーム会社側が健康上の問題から一週間、二週間のプレイ時間の上限を設けている。一週間は緩めだが、二週間の制限時間がやや厳しくなっている。一週間長くプレイをした後は次の週で調整付ける具合だ。
プレイ時間が限られるのだ。こちらの世界で生活している人間との過ごす時間の差は大きい。
その後、何とか林道付近までついて行って、目的の植物を採取した後、他のNPCパーティメンバーが戻ってくるのをセーフティエリアで待っていた。
セーフティエリアとは街の外のフィールドでもモンスターに襲われない一定の場所のことで、休憩などに使われる。敵意があるものは入ってこられない場所だ。魔獣に出くわした場合、向こうに獲物として追われて逃げこめば、入ってこられない。街などの施設から離れた場合、ログアウトすることもできる。
街道脇にある野営地もセーフティエリアで、商人や旅人がよく利用する。
精霊が張った結界がセーフティエリアとなるという。精霊には魔法と同じく属性があり、この結界を張ることができる精霊はとても希少だと言われている。
セーフティエリアは地面や岩場にうっすら紋章陣が描かれていたり、時に浮き上がっていることもある。例えば、草の上に浮き上がって見える場合、その陣の中にいれば、地面に座り込んでいても魔獣に襲われることはない。草の根を分けて陣を探さなくても大丈夫な仕組みになっている。
ふと気づけば大分SPが減っている。強制ログアウトの影響かもしれない。背負い袋から食料を取り出して食べる。
しばらくして無事討伐を成功させて戻ってきたパーティメンバーとともに街へ戻った。冒険者ギルドに報告してからすぐにログアウトした。
強い疲れが体中に残っていた。
ゲームの中ではSPが減った程度だが、現実世界はそうもいかない。
その夜、発熱した。
それでも、ゲームをやめてしまおうという気にはなれなかった。