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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
180/630

35.祭りの準備 ~彼もマイペース~

 


 シアンは村長の妻に言った通り、料理を手伝いに、借家を後にした。

 ティオは狩りに出かけ、リムと九尾はシアンに付き添う。

 村長の家へ向かう途中、アメデを見かけた。うら若い村娘に腕を取られ、豊満な胸に押し付けられるのを甘やかな笑顔で相手していた。

 その前日には色っぽい村の未亡人と顔がくっつくのではないかという距離で話しているのを見た。

 彼にとっては密偵の情報収集も、趣味と実益を兼ねているのだろう。

「あいつはどこにいたってアメデだ。常に人生を謳歌している」

 ロイクの言である。

 けだし至言だ。

 

 幻獣のしもべ団団員の数人を村の祭りの準備に貸し出すと言っていた。

「翼の冒険者の支援団体だって公言しているからな。シアンが祭りの設営を手伝うなら、俺たちも手を貸さなくちゃな」

 恐縮するシアンに、マウロは笑う。

「なに、一部は手伝うが、手練れどもは黒いのたちに一当たりしてくる腹積もりでいるのさ」

 言って片目をつぶる。つまりは、村人たちの目をシアンたちに集めておきたいのだろう。

 もしかすると、黒ローブとの衝突さえも、上の村の注意を引きつけておく手段なのかもしれない。

 周到なマウロに、シアンは頷き、全てを託した。シアンは自分らしく動けば良い。


「あ、来た来た! もーう、おばちゃんね、待ち遠しくてね、朝からパンを捏ねまくったわ!」

 シアンは村長の家の前で待っていたおかみさんに引っ張り込まれ、広々した厨房へ通された。言う通り、パンを焼いたほんのり甘く香ばしい香りが漂っている。そこには数人の女性が立ち働いている。

 勝手口の扉を開け、厨房の中が見える位置で、九尾とリムが日向ぼっこをしながら転寝する。今回は、リムが料理を手伝うことを止めておいた。


「皆さん、翼の冒険者さんが手伝いに来てくれましたよ!」

「料理人のシアンです。旅人ですが、レフ村の郷土料理を教わりたいとおかみさんにお願いしました。よろしくお願いします」

 おかみさんに前もって聞いていたのか、快く受け入れてくれた。

「グリフォンが狩りに行っているので、それが届いたら肉を調理しましょう」

「まあ、グリフォンが狩ってきた肉を食べられるなんて」

「楽しみだわ」

 その前に魚を調理する。

 まずはキャベツを湯がく。


「そうそう、なんでも翼の冒険者の支援団体が設営を手伝ってくれているんですって」

「まあ、今回はお客さんも大勢だし、料理も豪華になるし、賑やかなお祭りになるわね」

 集まった女性陣は素早く手を動かすが、同時に口も動く。

 女性の指示の元、シアンはざるに取ったキャベツの芯を取る。

「あら、翼の冒険者さんは手つきがよいわ。慣れていらっしゃるのね」

「僕は戦闘はからきしで、料理で役に立っているんです」

 魚をすり身にして、生クリーム、パセリ、レモンの皮、塩をいれて混ぜる。


「他には何か特技がございますの?」

 味付けした魚のすり身をキャベツで巻きながら答える。

「料理の他は音楽をするくらいです」

「まあ! 歌を?」

「いえ、リュートを」

 エシャロットのみじん切りをするシアンの傍らで女性が鍋にワインビネガーを入れる。そこにエシャロットを投入し、水分がなくなるまで煮詰める。

「聞いてみたいですわ」

「本当ね。お祭りに弾いてもらいましょうよ」

 焦げないようにシアンが様子を見る鍋に、スパークリングワインを入れて水分を飛ばす。

 他の女性は魚のすり身キャベツ巻きを蒸し上げる。他の女性は避けておいたキャベツの芯をベーコンとともに炒める。これを野菜などの付け合わせと共に盛る。

 蒸し上がったキャベツ包みはソースをかければ出来上がりだ。


「それにしても、タマラお嬢様はお美しくなられたわね」

「本当に。それに、明るく気さくだわ」

「全くね。丘の上の御屋敷の方々ってのは、下々の我々にはお顔を見せてくれないものね」

 次の料理に取り掛かるととともに話題もまた移った。

 バターでベーコンを強火で炒める。火を弱めた後、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、ネギ、ブロッコリーを入れる。

「それはね、玉ねぎが透明になったら水と西洋出汁を入れるのよ」

 徐々にシアンにも口調が砕けてくる。

 再び火を強めて沸騰させる。


「お嬢様、がっかりなさるわね」

「え?」

「ほら、あの聖教司様が」

「ああ、先だって旅立たれた」

 沸騰したら火を弱め、ジャガイモが柔らかくなるまで煮る。

「まあ、こればかりはね」

「身分違いですものね」

 ナツメグや塩で味を整え、ブレンダーやマッシャーなどでピューレ状にする。更に生クリームを加えてなめらかさを増す。大きな寸胴鍋を目にして、幻獣と精霊たちが好んで食べるビーフシチューなどはこのくらい大きなもので作った方が良いか、とちょっと器具が欲しくなる。


「キュア!」

 スープが出来上がった頃、勝手口の向こうからリムの鳴き声がする。

「あら」

「グリフォンが帰ってきたみたいです。僕は解体に回りますね」

「じゃあ、広場に行くと良いよ。話は通しているからね。暇そうなやつらに手伝ってもらっておいでね。おばちゃんたちは肉の下ごしらえの準備をしておこうかね」

「タレは数種類作りましょう」

「どんな味が良いかしら」

 次の料理の準備に取り掛かる女性たちに礼を言って、シアンは村長の家を出た。



 村の広場には水場もあって、解体作業をするには打ってつけだった。

 ティオはその両前足に一頭ずつ獲物を掴んで飛んできた。片足には自分と同じ巨体の羊に似た魔獣を、もう片足には鹿に似た魔獣を掴んでいた。

「こりゃあ、大物だ。おおい、手すきの者は手伝えやあ」

 広場に向かうシアンを見つけて近付き、そのまま一緒に獲物を携えてきたティオの姿に、村人たちが沸き立つ。

 子供たちが恐々と遠巻きに眺めている。

「すげえ」

「でけえ」

「怖いよう」

 器材が行き交う中、怪我しないように村の男たちが子供を追い払う。

「ほら、お前たち、邪魔になるからあっちで遊んでいろ」

「母ちゃんたちの手伝いでもしてろ」

 背中を押されながらも、食い意地の張った子供が振り仰いで訪ねる。

「な、なあ、あれ、俺たちも食べれるの?」

「おう、翼の冒険者の差し入れだそうだ」

「すっげー!」

「腹いっぱい肉を食える!」

 途端に歓声を上げて駆けていく。


 器用さが目立たない程度に、リムも解体を手伝う。ティオも獲物を支えたり、持ち運んだりするのに力を貸す。そう羽ばたかずとも魔力だけで飛び上がることができる上に、その強い力は居並ぶ者の目を見開かせた。

 幻獣のしもべ団もまた、ティオが狩ってきた獲物を捌くのを嬉々として手伝った。シアンは皮や角などの素材をしもべ団に譲った。

 そうしてわらわらと集まって来る村人が手伝う。血の跡も綺麗に片付けられた頃、昼食を持ってきてくれた女性たちは大量の肉に顔を綻ばせる。仕込みを請け合ってくれた女性たちに任せて、シアンは昼食を摂った。ティオには物足りないだろうから、一旦休憩すると言い置いて、借家に戻る。そこで作り置きの食事を出してやることにする。

 祭りの準備に楽しげな様子に、豊かな村だな、とシアンは感心する。



 前方から覚束ない足取りでやって来る女性がいた。

 村の女性のように腕まくりすることなく、汚れも染みもほつれも、破れ目もない光沢のある服を着ている。

『村雀たちが噂していたお嬢様のご登場でしょうかね』

 九尾の言葉に、シアンは微かに頷いて見せた。


 その女性はティオを目にした途端、短く悲鳴を上げて立ち竦んだ。すぐに消沈した表情を明るくする。

「もし、貴方はご高名な翼の冒険者様ではございませんこと?」

 話し方もはんなりしている。

「そう呼ばれることもあります。僕は冒険者のシアンです。失礼ですがお名前を伺っても?」

「まあ、これは失礼いたしました。わたくし、この丘の屋敷のアビトワ家の者でタマラと申します」

 軽く膝を折って腰を下げ、礼をする。

 礼儀正しく人懐こい様子に、村でも好意的に受け入れられているだけある、と感心する。


「以前、一度、この村にいらしたことがおありでしょう? その際にはお目もじできなかったので、こうしてお会いできて嬉しいですわ」

 胸の前で掌を重ね合わせる。

「噂通り、本当に大きくて美しい幻獣ですのね」

 ティオを見やって屈託なく言う。

『きゅうちゃんもお忘れなく! 見事な毛並みですぞ!』

 足元で鳴き出した九尾にタマラが視線をやりそうになり、シアンがすかさず話を振る。

「タマラ様はよくこの村にいらっしゃるんですか? 明日の夏至祭りにも?」

「いいえ、わたくしは参加できないですわ」

「そうなんですね、それは残念ですね」

「ええ。本当に。でも、それよりも、ロラン様が既に出立されておられたのです。もう少し先のことだとばかり思っていましたわ」

 両手を胸に当て、消沈した様子を見せる。

『これはロマンスの予感! あのイケメン聖教司はお嬢様に声を掛けずに出て行ったとすれば、片思いというやつか⁈』

 タマラが幻獣の声を拾えないことを良いことに、好きなことを言う。

「ああ、ロランさんとお知り合いだったのですね」

 この交通や通信がまだそれほど発達していない世界では、他国の者とそうそう会うことはない。ましてや、ロランは世界を放浪しているのだ。


「そういえば、翼の冒険者様はロラン様に師事されたとか。この薬草のことをご存知?」

 そう言いながら、その手に持つ籠に掛けられた布をそっとずらす。

 そこには果たして、ロランの家で見た毒草があった。

 薄いピンクの花、そして青紫の花に見覚えがある。

「どこでこれを?」

 尋ね返したシアンに、タマラはため息をついた。

「そうお聞きになるということは、特殊な薬効があるのは間違いございませんのね」

 そこで、タマラはアビトワ家が育てている薬草だと話す。それと似た花をつけたものの薬効を風の精霊が解説する。

 その中に出て来た単語、堕胎薬というのに、旧家の闇に触れた気がするシアンだった。


『相当に追い詰められているのか、翼の冒険者の名声に縋る思いなのか。ちょっとこの人、箱入りすぎやしませんかね。内情を軽々しく話しすぎです』

 九尾の言に、シアンももろ手を挙げて賛成する。

「ねえ、お願いがございますの。ロラン様の知識を分け与えられた貴方様に」

 タマラに今晩、屋敷に滞在してほしいと乞われる。

「夏至祭りは特別な日。我が家でまた、何か起こりそうで、怖くて怖くてたまりませんの」

 そんなに簡単に見ず知らずの人間を招き入れても大丈夫なのかと心配するが、以前は来客も多く、また、巷で有名な者を招き入れることは所謂ステータスとなっているのだと言う。

 シアンは泣きぬれるタマラに、結局頷かなかった。

 自分に何かあった場合、幻獣たちや幻獣のしもべ団に迷惑が掛かるからだ。


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