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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
177/630

32.シアンのために ~狐顔と狐の顔/ぴょーんぴょーん~

 


 大勢で押しかけて行った酒場は、あいにく、祭りの準備で借りだされて人手が足りなくて、大した料理を出せないと言われた。その代わり、貸し切り状態なのだから、ティオを中へ入れても良いと言ってくれた。

 そこで、シアンは好きにやってくれと店主が酒樽を取りに行った隙に、冷蔵庫を出してストックしておいた料理を次々に出す。

 マジックバッグから出て来た冷蔵庫に驚いた団員たちは、中から出てくる料理に歓声を上げた。

随分、大所帯になった。アダレードやエディス、その他の街に最低限配置させた人間を除けて全員がレフ村に集合したのだという。

 オージアスといった密偵集団でも頭一つ図抜けた者はエディス支部に常駐させて入団希望者の受付と養成を任せている。レジスのように他国の村に送り込んでいる者もいるという。


「アーウェルさん、災難でしたね。これ、打ち身に効く薬です。この料理は骨の組織を丈夫にする食材を使っています」

 大けがをしたというしもべ団団員に薬や料理を渡すと、恐縮された。

「俺、今回のことでつくづく、力不足を感じました」

 成り行き上、同じテーブルについたアーウェルが消沈する。

「アーウェルさんは密偵の技術に秀でていると聞きました」

「そうですね。でも、それだけじゃ、駄目なんだと思い知らされました。シアンさんが折角ワイバーンやヒュドラの素材でつくった武器防具を持たせて下さったってのに、俺は……」

 言葉を途切らせる。


「あ、じゃあ、こういうのはどうですか? 僕が今使っているものなのですが」

 言いつつ、スリングショットを出して見せる。

「これは?」

「こうして、ここを引っ張って使うんですよ。この張力の反動が玉を遠くに素早く飛ばせるんです」

「殺傷力は小さそうだな」

 マウロも興味津々である。

「そうですね。だから、僕は木の実の殻の中をくりぬいて、ハバネロの粉を入れています」

「それはまた」

 ハバネロの威力を知っているマウロが呆れる。

「いや、意外といけるかもしれません」

 手に取ったスリングショットを矯めつ眇めつしていたアーウェルの声が熱を帯びる。

「自分は力を持つことに拘り過ぎていた。でも、俺の強みは身軽さと密偵の技術です。これなら、それを活かせる!」

「じゃあ、よろしければ、一つ手になじむものをお譲りしますよ」

「えっ、良いんですか?」

「はい、僕は四つも持っているんです。購入依頼した商人を紹介しますので、予備やもっと自分に合った物を作られるのも良いかもしれませんね」

 アーウェルは他の三つのスリングショットを取り出すシアンをぼんやり見つめた後、頭を下げた。

「ありがとうございます。ありがとうございます!」



 先の尖った大きな三角形の耳、突き出た鼻、吊り上がった目、グレーに白と褐色の混じる毛、引き締まった四肢、まっすぐ伸びた細い脚。それが一般的な狐の姿である。

 子狐は先の尖った大きな耳、突き出た鼻、頬に肉が殆どない矢尻型の顔をしている。目が丸く円らで可愛い。

 ルノーの顔をじっと見上げる白い幻獣は全体的にふっくらしていた。白い毛が長毛だからだろうか。

「あ、あの、シアンさん?」

 遠慮がちに呼ばれて、シアンは新人団員の元へ近寄る。似顔絵の得意だったと記憶している。

「どうされました?」

「さっきから、この幻獣に凝視されている気がして」

「きゅうちゃん?」

 言いながら、その場にしゃがむと、九尾は突然舌打ちする。

『ちっ、イケメンめ!』

「きゅうちゃん、どうしたの?」

『イケメン撲滅!な主義なんですがね』

 どんな主義だ。

『自分と系統が同じイケメンというのが更に気に食わないんです!』

 確かに、ルノーは眦がやや吊り上がった切れ長の目の見目良い青年だ。だが、しかし。

「……きゅうちゃんは狐顔じゃないよ。狐の顔だよ」

 九尾が口をおおきくぱかんと開いて驚く。

 何を今更。



 シアンは力ある自分やリムのことを心配する。以前の自分であれば、力のない者は眼中になかった。そんな心配をされれば侮られたとでも思ったかもしれない。

 シアンの気持ちは暖かくて柔らかくて優しくて、そしてとても強くて、心地よかった。彼と小さな弟が楽しくはしゃいでいるのを見ると心が和んだ

 小さな弟はいずれ自分を軽々と越えていくだろう。種としての限界や精霊の加護から鑑みて、それはどうしようもないことだ。

 ごく僅かに悔しい気持ちもあるけれど、それよりもずっと期待が大きい。どんなドラゴンになるのだろう。きっと大きくなってもシアンと音楽が大好きなドラゴンだろう。

 そして、その予想は外れていなかったとつい最近、思い知らされた。


 シアンらとできるだけ長く一緒にいるためにも、人間に無暗に敵対せず、意味なく襲うことはしないと誓った。

 そして、シアンとともに人間社会に関わるためには、リムの手下の技能が有効なのだと知った。

 彼らは真実、リムやティオに傾倒している。ティオたちが慕うシアンをも大事にする。自分たちでは今一つ理解できない人間社会のことに明るく、シアンの役に立つのだ。

 そこで、ティオは彼らと意思疎通を取る気になった。それを可能にさせるものが今はある。精霊の助力だ。

 シアンに何かと貢献するフラッシュがいとも簡単に様々な属性の恩恵を受けたほどだ。シアンと行動を共にし、彼が心を預けるティオならば、加護を受けずとも、恩恵は与えられる。

 知性を司る風の精霊の影響を受けたお陰で、他種族との意思疎通が容易になった。

 そして、向けられた言語は、シアンから教わった柔らかい優しい口調とは異なる硬質なものだった。ティオとなる前の尊大な命令口調だ。

『聞け、しもべども』

 ティオは大声を発しなかった。しかし、それは大気を震わせる雷鳴にも似ていた。

 睥睨する炯眼、グリフォンの威容は居並ぶ者たちの背筋を伸ばし、襟を正させるに足るものだった。

 シアンの傍にいたマウロやアーウェル、ルノーまでもだ。


 シアンはそこで初めて、ティオがシアンと話す言語は自分に合わせたものなのだと知った。

 威厳たっぷりの物言いで、シアンとリムに対してのより一層の尽力を求める。

 自分には過分なことだが、沸き立つしもべ団に、ティオは地を割り、山を砕くことができる超弩級のグリフォンであるのだと実感させられる。

 幻獣のしもべ団に取って、ティオもリムも信仰の対象であるのだ。

 シアンには可愛いと思える丸い目が今は鋭い光を放っている。


『ならば、行け、しもべども。シアンの行く手を遮る者があれば、排除せよ』

 重々しくも、淡々とした語調だった。受ける幻獣のしもべ団は非常に恭しい。

「「「「「はっ‼」」」」」

『どこまでも、シアンちゃんのお手伝い、なんですねえ』

 九尾がシアンの心情を汲み取ったかのように呟く。


 たん、とティオが前足を軽く前へ踏み出す。そして、長くしなやかな首を巡らせ、しもべ団を一渡り見やる。

『シアンの為に!』

「「「「「シアンの為に!」」」」」

『マジか……』

 これもまた九尾と同じ心情であった。


 意思疎通は終わったとばかりに、ティオが居並ぶしもべ団団員たちの間を縫って悠々とした足取りでシアンの傍らにやって来る。そのまま、胸に頬を寄せる。絶妙な力加減でこすり付けてくる。

 その甘えた仕草に、先ほどまでの威厳たっぷりの姿との差の激しさに戸惑う。シアンの肩の上に乗っていたリムが腕を伝って、ティオの背に乗り移る。迅速に行ったり来たりをし、高難度超高速もぐら叩きのもぐらと化す。


 威厳も何もあったものではない二頭の様子に、幻獣のしもべ団団員たちが落胆してやしないかと伺うと、案に反して、うっとりした表情でこちらを眺めている。何となく、見てはいけないものを見た気がしてそっと目を逸らした。

 その後、高揚する気分のまま幻獣のしもべ団団員たちはたらふく飲み食いした。

 祭りの準備の合間とばかりに酒場にやって来る村人も交わって、翼の冒険者が作った料理に舌鼓を打つ。夏至祭りの料理も手伝うのだと言うのに、期待の声が上がる。

 シアンは概ね好意的に受け入れられていることに安堵した。



 夏至祭りの前に、ロランは宣言通りに村を出ることとなった。

 シアンは見送りに村の入り口に立つ。

 朝日を浴びて、ロランの金髪がきらきら光る。そして、その背にはまさしく、祭壇が荒縄で括りつけられていた。

「あの、それ」

「ああ、これですか? 初見で皆さん驚かれるんです。私は聖教司ですから、いずこでも教えを説けるようにしているんですよ」

「重くないんですか?」

「いや、なに、慣れですよ、慣れ。今では、ほら、この通り」

 言いながら身軽に跳躍する。そのまま、大きく跳ねながら手を振る。白い歯を見せ、爽やかな笑顔を浮かべる。

「それでは、またお会いしましょう!」

 祭壇を背負い、跳ねながら去って行った。

『ぴょーんぴょーん、だね!』

「う、うん、そうだね」

 半濁音が踏切り、長音が跳躍、撥音が着地だ。長音が長かった。滞空時間が長かったせいだ。踏切と跳躍の間に拗音が混じるのは繰り返しを表しているせいか。

『擬音でしか表現できないですなあ』

 ある意味コミカルな動きだ。

 そのお陰か、しんみりした別れにはならずに済んだ。

 彼とはまたいずれ会う。そんな気がした。


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