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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
175/630

30.ティオとなった日/力は使い様 ~のほほんはうつる?~

 


 鋭く曲がった嘴や爪は獲物を捕らえるためのものだ。

 二重の真円、中央の黒光りするソレの眼がぎらりと強烈な意志を示す。つい、と見やれば対峙した者が気圧され後退る。時には、白目をむき、鼻の穴を膨らませ、口をぽかんと開けて失神した。

 長くしなやかな首を一閃させると、嘴のカーブで肉をごっそり持っていきつつ、その力強さで凄まじい衝撃を生じさせて吹き飛ばす。獲物は血しぶきを上げながら宙を舞い、地面にどうと音を立てて砂塵に沈む。


 数を頼んで群れなくば何もできない弱き者どもは、個体では全くソレに敵うはずもなかったが、中にはソレができないことをしてくるものもいた。魔法だ。

 魔法を放ってくる者には高度を取ればよい。だが、遠距離攻撃ができるのは羨ましくもあった。それができればもっと強い者も簡単に倒すことができるのに。

 ソレは高く空を飛びあがり、その高高度から一直線に獲物へ向けて落下する。高高度へ飛びあがることができる翼、空気抵抗や獲物に衝突した衝撃に耐えられる強靭な肉体と精神を有した存在だった。落下時の体をゆがませる空気抵抗にひるんでいるようでは狙い過つ。

 ワイバーンの弱い者は一撃で倒すことができるが、複数いれば難しい。牽制ができれば良い手数となる。そうすればもっと傲慢に振舞えるのに。


 そんなことを考えているうち、得も言われぬ体の奥に訴えかける音が聞こえてきた。

 獲物の断末魔でもなく、群れた人の騒がしい声でもなく、軽やかな粒が重なり合い、弾き合うような音だ。

 他者となれ合わぬ狷介なソレであったが、無性に気になって近づいて行くと、人が何かを持って音を立てていた。歌を歌っている。言葉を旋律に乗せて節をつけて発するのだ。

 音もなく着地したソレにようやく気付いた人間が振り返り、驚いて力が抜けたように座り込んだ。その手から音を鳴らしていた何かが転がり落ちる。

 もっと聞いてみたくて、ソレは嘴で落ちたものを拾い上げて人間に渡してやる。

「弾いてみてってこと?」

 そう、もう一度聴きたい。

「ええと、じゃあさっきの曲を」

 それから、その人間はソレに様々な音を聞かせてくれ、体の奥から湧き上がる律動を大地に刻むのを見て、色々教えてくれた。そして、それまで食べていた物に手を加えることによって、全く違う味を提供してくれた。

 彼はとても弱かったが、そんなことはどうでも良かった。

 その人間は、人はそれぞれが色んなことができるのだと教えた。できないことがあればできることもある。それを補い合って、大きなことをする。

 楽しいことも美味しいことも美しいことも分かち合う喜びを教わった。

 それから、ソレは思いもかけず、大地の精霊の加護を受け、念願の遠距離攻撃どころか力の横溢を実感するようになったが、その時にはそんなことはどうでもよくなった。もっと大切なことができた。ソレは名を得た。

「ふふ、じゃあ、ティオって呼ぶね。僕はシアンだよ、よろしくね」

 ティオがティオになったのである。



 風の精霊が、アダレード隣国から風の神殿を通して米を手に入れてくれた。

 シアンは喜び勇んでメニューを考える。

 ティオはオムライスを大きな嘴ですすった。嘴では丼物を食べにくいと最初から分かっていた。

『はい、ティオ、あーん』

 リムがキュアー、と口を大きく開けて見せながら、大きな匙にご飯と卵とじされたカツを乗せて差し向ける。

 シアンはリムと交互に一丼ずつ、食べさせていた。その手には肉丼、次は親子丼が控えている。

『丼物はかきこむに限りますな!』

 九尾も全種類を食べたいと言うので、小さめの器にそれぞれよそった。頬や顎についた米粒を、濡らした布で取ってやる。


 炊き込みご飯もチャーハンも美味しいと言ってくれるものの、ティオには食べにくい形態だ。

 考えた末、シアンはおにぎりを作ることにした。

 試しに一つ作って皿に乗せ、ティオの前に置くと。器用に力加減をしながら嘴で一旦挟み、するりと口内へ収めた。

「あ、これなら食べやすそうだね」

『うん。中に甘辛いお肉が入っている!』

 外側を見ただけでは分からなかった驚きに、ティオが目を輝かせる。

「はは。具を決めるのに迷ったんだ。気に入ってくれて良かったよ」

『何が入っているか分からないのが面白いね!』

 目を細めて、頬をシアンの腹にこすり付ける。


 リムと九尾も手伝って、唐揚げや炒り卵、ソーセージなど様々な具を入れて楽しんだ。

 シアンは三角形、リムは丸い球体のおにぎりを作る。

「きゅうちゃん、本当に器用だねえ……」

 九尾は整った俵型に結んでいる。

『きゅっ、きゅうちゃんにかかれば、このくらい、ちょちょいのちょいですよ!』

 得意げに沢山作ってくれた。

 折角だから、とシアンは箱詰めにして、弁当を昼食に使った。冷蔵庫のありがたみを感じる。

 詰めるのはシアンが行い、蓋を開けて、幻獣たちがわあ、と歓声を上げたのに顔が綻ぶ。


 精霊たちの弁当はそれぞれの好みに合ったものを詰めた。

 金色の光の精霊ははっきりした触感、味を好む。

 捌いた鳥型の魔獣を白ワイン、マスタード、薄切りしたセロリと玉ねぎ、短冊切りしたニンジン、ニンニク、塩コショウ、油のタレに一晩漬けておく。これを焼いたものを入れた。

 甘いもの好きの銀色の光の精霊にデザートを用意する。


『深遠は? 何が好きなの?』

『私? 私はリムとシアンが作った料理が好きだよ』

『これ、ぼくとシアンとで作ったんだよ! ティオもきゅうちゃんも手伝ったんだよ!』

『皆で作ったんだね』

 うふふ、と笑い合う。

 なお、闇の精霊の姉の方は高級志向、希少なものを好む傾向にある。


 水の精霊は辛いものや出汁のきいたものが好きだと言っていた。

「英知は調和のとれた料理、雄大は素材の味がしっかり出ているもの、かな?」

 それぞれ弁当の蓋を開けると莞爾となる。

 下処理をしっかり行った野菜や肉を調味料で煮しめたり、和えたり、焚き合わせたり、揚げたり、焼いたり、と様々な品数を揃えた。配色にも気を配った。

『まあ、見た目も美しいわね!』

 水の精霊が幻獣たちに劣らぬ歓声を上げる。

『こんなに複数作って、大変じゃったろうに』

「ううん、料理するのは楽しいよ。それに、みんなにはいつも助けてもらっているもの。美味しいものが食べられるのはみんなのお陰だよ」

 相好を崩す大地の精霊にシアンも笑い返す。

『こうしてお相伴に預かるのだから、こちらこそ、礼を言わせてもらう』

 風の精霊も唇を綻ばせる。


『精霊王の助力の感謝が真っ先に上がるのが美味いものを食べさせてくれること! いやはや、シアンちゃんらしいですなあ』

「ふふ、そういうきゅうちゃんこそ。この小さな俵のおにぎりはきゅうちゃんが作ってくれたんだよ」

『きゅうちゃん、おにぎり結ぶの、上手なんだよ!』

 シアンとリムの称賛に、素直に精霊たちが感心する。九尾は居心地悪そうに身じろぎした。

「あ、そうだ、英知。お米があるってことは、もち米や小豆とかもないかな?」

『探しておこう』

「よろしくお願いします」

『シアン、もち米や小豆は美味しいものなの?』

 ティオが小首を傾げる。

「うん。食事にもなるし、甘いものも作ることができるよ」

『風の。早く探してくれ』

 銀色の光の精霊が風の精霊をせっつく。

 世界の粋を集めた存在たちは、今日も平穏、実にのほほんとしたものだった。

 九尾曰く、シアンがそうさせるのだそうだが、本人に自覚は薄い。



 リムが楽しみにしていた祭りが行われる村へと向かった。

 道中に、やや平らなまんじゅう形の革皮褐色の傘を持つキノコを見つける。沢山採取して、ロランがまだ滞在しているようなら土産に持っていこうとする。

『シアン、これは?』

 似た形で、でももっと赤っぽいキノコをリムが前足で突く。

『歯触りは硬いけれど柔らかな味わいだよ。でも、シアンは食べられない』

 リムは慌てて足を引っ込める。

『大丈夫、空気の膜を張ってあるから、体に付着していない』

 風の精霊が先んじる。

『ありがとう、英知!』

 リムが嬉し気に鳴く。

『リムは毒キノコの胞子を浴びまくりですからねえ』

「早々に対処してくれているね」

『シアンの肩に乗れなくなったら大変だもの!』

『食べられるキノコはこのくらいで良い?』

 リムに気を取られている間にもティオはせっせと集めてくれていたらしい。キノコでいっぱいにした籠を嘴で掲げて見せる。

「うん、ロランさん、喜んでくれると良いね」


 果たして、村で再会したロランは破顔してキノコを受け取った。

「ああ、こんなに山もりのキノコを。採取するのは大変だったでしょう」

「いいえ、幻獣たちが手伝ってくれましたから」

「私もシアンさんにお渡ししたいものがあるのです。間借りしている家へいらっしゃいませんか?」

 そこでシアンは誘われるまま、ロランの仮住まいを訪ねた。

 ロランもシアンと同じく、空き家を借りている。部屋いっぱいに薬草や薬瓶、機材などが所狭しと置かれている。

 そのため、ティオと九尾は外で待つことにした。肩に乗ったままのリムが入室するのを、ロランは笑って許してくれた。


 ロランが用意してくれていたのは出会った時、シアンも採取した解毒剤としても用いられる薬草だ。黄色い花の果実を蒸した後、天日干しにしたものだそうだ。

「これは炎症を抑え、解毒の効果が高いものです」

「わざわざ作って使わずに取っておいてくださったんですね」

「夏至祭り辺りで来られると言っていましたからね」

「ありがとうございます」

「でも、間に合ってよかった。実はそろそろこの村を出ようと思っていましてね」

「祭りには参加されないのですか?」

「残念ながら」

 シアンの脳はロランの声音に言葉の意味とは異なるものを感じ取った。


 淹れてくれた茶を飲みながら、何とはなしに部屋を眺める。中央に置かれた台は茶を置くために、乳鉢や器などの道具類を片隅に押しやっている。壁には棚が並び、容器が並んでいる。床には籠が並び、様々な薬草が入っている。

 シアンの視線を辿り、ロランが説明してくれる。

「それは花に解熱の薬効を持つ薬草です。薬用の他、観賞用にも用いられるんですよ」

 白やうっすらピンクがかった花をつけている。

『あの花はのちに黄色くなる。茎や葉には利尿作用のある成分を有している』

 風の精霊が補足する。

「確かに、綺麗な花ですね」


 茶を喫し終えた後、暇乞いをして立ち上がった際、ふと香りを感じた。鼻腔を突く刺激臭だ。

 シアンが気づくのだから、リムはもっと影響を受けただろう。肩から身を乗り出し、棚に置かれた容器と容器の間に突っ込み収納されている植物に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。

「ああ、これはいけません」

 ロランが慌てて手を出してリムを遠ざけようとする。

「すみません、勝手に」

「いいえ、ちょっと刺激のある薬草でして」

 直立した長い茎の下部分に小ぶりの葉をつけている。上部には淡いピンクの可憐な花をつけた植物だった。

 それと、紫色の先が尖った細長い花弁を持つ植物もあった。

 どちらも可愛い姿をしているが、似つかわしくない性質を持つものなのだな、とシアンは呑気に思った。

『ピンクの花の方は全体から強い香りを発する。そして、皮膚病薬や堕胎薬として用いられる。紫の花の方は根に有毒物質を持つ。水や土がなくとも、そのまま放り出しておくだけで芽を出し花を咲かせることができる』

 風の精霊の言葉に息を飲んだ。

 何故、そんなものがここに、ということと、ロランの慌てた様子から、知らずに置いている訳ではないのだと知る。

 薬となる薬草は時に、劇物となることもある。

「毒草を見つけたから排除しておいたのかな?」

 それにしては、これこれこんなものがあったから気を付けろと忠告してくれそうなものだ。


 やはり貴光教か、という意識が掠めるが、ロランは心底村人のために尽力している風だった。先ほども、リムに被害が及ばないように、という意思を感じられた。

 単に、シアンがロランを信じたいという気持ちがあるだけなのかもしれない。

 もし、ロランが悪事に加担しているのであれば、彼に加護を与えた風の精霊の力も悪用されているということになる。精霊は人間の価値観に興味はない。それを使う者の意思によって、精霊の力は良くも悪くも使われるのだ。


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