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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
167/630

22.世界最強クラス ~食レポ/自画自賛活用/露出狂はちょっと……~

 


 広々とした野が広がり、草を食む動物を狙う魔獣が群れをなす場所だった。

 シアンはセーフティエリアでバーベキューコンロを出して食事の準備をしながら、ティオの狩りを眺めていた。

 ゼナイドでは木々に遮られたり、狩場が離れていることが多く、ティオの狩りを間近で見るのは久々だった。

 恐ろしいことに精霊の加護があるせいか、パーティを組んでいるティオとリムが成長しているせいか、シアン自身のレベルが上がっているせいか、ティオとリムの狩りの距離が相当隔離していても、その分の経験値がシアンにも入る。

 戦闘をしないままレベルが上がっていくことに困惑を感じずにはいられない。戦闘以外でも、自身の行動によってレベルは上がるものではあるが、やはり、戦闘経験が最も上がりやすいのだと聞く。

 なお、レベルが上がらなくても精霊の加護のお陰で十二分に強いのだが、その自覚は薄い。


 リムはシアンと九尾と共に残り、料理を手伝うのだそうだ。

 風の精霊に空気のコーティングを全身に施してもらい、尾を揺らして楽しそうである。

『リンゴ使うの?』

『サツマイモも?』

「うん、リンゴとサツマイモのサラダを作ろうね」

「キュア!」

「きゅ!」

 それぞれの好物を使うとあって、喜びの鳴き声を上げる。


 ティオは普段、高高度から急降下した勢いでもって一撃必殺で狩る。

「今日は飛び上がらないのかな?」

 セーフティエリアを背にし、低空を飛行しながら狙いを定めている。

 優美な翼をたわめ、二、三度大きく羽ばたいて地面に四肢を降ろす。す、と嘴も着きそうなほど、首を垂れる。

 ぐぐ、と地の底から何かが持ち上がるのを感じた。半瞬、地震かと思ったが、違う。

 大地の力を呼んでいるのだ。

 誰が?

 もちろん、そんなことができるのは大地の魔法を使う程度の者では不可能だ。

「ティオ?」

 シアンの声が聞こえたのではないだろうが、ティオが片前足を軽く踏み出した。それは崖の上の神殿を訪れる道中に、木の生長を促し、実を実らせるよう大地の精霊に願った時の気軽さを彷彿させた。

 しかし、効果は甚大だった。

 ざざ、と音がするほどの衝撃が大地を這う。ティオを起点に半放射状に伸びていく。目には見えない大地の力が見え、聞こえないはずの鳴動が聞こえた気がした。

 草食動物に包囲網を敷いていた魔獣たちが一網打尽となる。それ以外にも動物たちも、どうと横倒しになり、あちこちで砂煙がもうもうと沸き起こる。

『わあ、ティオ、すごーい! 魔獣をぜーんぶ倒しちゃったね!』

『一撃でラスボスを倒すグリフォンが、一撃でラスボス群を倒す範囲攻撃を手に入れた!』

 九尾が訳の分からないことを言う。彼もまた混乱しているのか。

 力を溜めはしたが、足を踏み出すだけで殲滅するとは。

 シアンは呆然とした。脱魂の境地である。


 ティオがせっせと獲物をマジックバッグに詰め込む姿が遠目に見える。

『倒すよりも回収する方が大変そうですなあ』

「そうだね。リム、行って手伝ってあげてくれる?」

『はーい!』

 ぴっと前脚を上げて返事をしたリムが飛んで行く。

「どこまで強くなるんだろうねえ」

『世界最強クラスではありますでしょうなあ』

 獲物の回収するティオとそちらへ向かっていくリムの姿を見ながら呟くと、九尾ものんびりとした声音で返してくる。

「世界最強の幻獣……。僕、気楽に背中に乗せてもらっていても良いのかな?」

『でも、一角獣を助けた際、シアンちゃんが自分の背に乗らずに一角獣の背に乗るのは嫌だと言っていたのでしょう?』

「あ、うん、そうだったね」

 横に並ぶ九尾を見下すと、赤い瞳が見上げてくる。

『今の話は聞かなかったことにします。シアンちゃんはいつも通りに接すると良いですよ』

「うん、ありがとう、きゅうちゃん」


 その後、シアンは帰ってきたティオを褒めた後、敵意ある魔獣以外への被害が甚大になるので、緊急時以外は使わないよう、願い出た。ティオはあっさり承諾した。

「本当にいいの?」

 言いだした本人が呆気に取られる。

『うん。たくさんありすぎて獲物を集めるのが大変だったし』

 倒した本人が戦闘以外のことで辟易していたらしい。

「はは。じゃあ、折角だから、今狩ってきた肉も焼こうか」

「キュィ!」

 ティオが嬉し気に鳴き、皮つきのままリンゴを適当な厚さのいちょう切りにして水に晒すシアンの腹に頬をこすり付ける。

『ぼくが解体、する!』

 サラダ用の味付けとして、クリームチーズと醤油と粒マスタード、酢と油を混ぜ終わったリムは、次はティオの獲物の解体だと張り切る。

『ぼくも手伝う』

「英知も一緒に手伝ってあげてくれる?」

 ティオが声を上げ、シアンが更に助っ人を呼び出す。

 ざあ、と草を揺らし、緑の波を作った風がシアンの眼前でふわりと舞いあがり、人型を取る。

『承った』

 九尾はシアンが皮を剥いて輪切りにしたサツマイモを塩を加えた熱湯で茹でている。水気を切ったサツマイモとリンゴを、リムが混ぜた味付きのクリームチーズにあえる。

「これでリンゴとサツマイモのサラダは完成だよ。はい、きゅうちゃん味見をどうぞ」

「きゅ!」

 ひと声鳴いて大きな口を開けるのに、サラダを乗せた匙を差し出す。

『サツマイモの甘みとリンゴの爽やかさ、柔らかいのとしゃきしゃき感、対称的ですなあ』

「はい、じゃあ、リムもどうぞ」

「キュアー」

 皮をはいだ肉を持ったままのリムがあーん、と口を開ける。咀嚼しつつ、尾を振りつつ、解体を続ける。


 ティオにも匙を向けた後、当然のように風の精霊にも食べさせる。

「どう、英知?」

『うん、クリームチーズの濃厚さとリンゴの爽やかな酸味と食感がうまく合わさっている。マスタードや醤油も良いアクセントとなっているね。ほろほろ崩れるサツマイモの甘みが優しい美味しさだよ』

『おおう、あの風の精霊王にここまで食レポさせるとは! 流石はシアンちゃんです!』

「はは、ちょっと強引に食べさせて感想を言わせちゃったかな。あ、きゅうちゃん、そこのブロッコリーを小房に分けてくれる?」

 次の料理の指示を九尾に出し、シアンはベーコンを細かく切り、鍋で炒める。脂が出たら、牛乳、水を加え、九尾にブロッコリーを入れるように頼む。

「後は落し蓋をしてブロッコリーが柔らかくなるまで煮るんだよ」

 そう言いながら、生クリームを準備し、ブロッコリーの具合を見て鍋に加え、全体が相当柔らかくなるまで更に煮る。味付けはナツメグや塩コショウを加える。


 ブロッコリーを煮る間、九尾に手伝ってもらいながら、肉を焼く鉄板を熱する。油を引いて煙が出るまで温める。

『もくもくだね!』

「煙が出るくらい鉄板を熱するんだよ」

『お肉を乗せていないのに?』

「うん、先に温めておくんだ。予熱って言うんだよ」

『『そうなんだ!』』

 リムとティオが揃って興味津々なのに笑いが漏れる。

 二頭が持って来たステーキに塩コショウする。

 鉄板に肉を置くと脂が跳ねる。

『この音や焼ける匂いが食欲をそそりますね』

『美味しい音と匂いだね!』

 トングを持った九尾にリムが頷く。


「きゅうちゃん、お肉をひっくり返すタイミングは血の混じった肉汁が出て来た時ね」

『了解しました!』

「英知、お肉を返したら一旦、火を弱めてくれる?」

『分かった』

 炎は酸素がなければ消えてしまう。火加減も光の精霊よりも風の精霊に頼むようにしていた。光の精霊は細かい調整をするのを苦手としているということもある。

「焼きすぎると中の肉汁が外に出てしまって、お肉が硬くなるからね」

『大変!』

 付け合わせのニンジングラッセやクレソンを用意しながらシアンが言うのに、リムが目を丸くする。

『分かっているよね?』

 ティオの鋭く下に湾曲した嘴が九尾の顔の真横にくる。

『は、はいぃぃ!』

「ティオったら。脅かさないの! きゅうちゃん、慌てなくても良いからね」

『いえいえ、きゅうちゃんも柔らかいお肉が食べたいですから』

『もう良い頃合いだ』

 風の精霊の言葉に、九尾が勇んでトングで肉を返していく。リムもトングを掴んで手伝う。分量が多いので、大きい鉄板は肉でいっぱいだ。

「あと、側面も軽く焼いておこうか」

『『はーい!』』

 シアンも手伝い、一部はよく焼き、一部はややレアに近い方が良いという意見により、すぐに皿に上げた。


『お肉、柔らかいよ』

『美味しいね!』

『それは良かったです。何とか生き延びることができました』

 ティオとリムの言葉に、九尾が大仰に出てもいない額の汗を拭う仕草をする。

『うん、ブロッコリーも柔らかく煮込めているね』

『生クリーム!』

『トマト味とはまた違った感じだね』

『こちらも合いますね』

 英知が小房を口に含み味わえば、ティオが喉を鳴らして喜び、リムと九尾が以前食べたものと比較する。

 そうして、賑やかに食事を楽しんだ。



 国境を超えると景色が変わり、習慣も違えば食べる物も変わった。

 ある国ではサソリや百足の串焼き、正体が分からない大きな魚の丸焼きなどがある。

 モルモットやアルマジロを食べる国もあれば、アルパカや、クモ、犬、象をも食べる国もあった。

 シアンは屋台で売られる串焼きを見て、片言で話す巨大百足の非人型異類を思い出した。彼は今、もう一頭の非人型異類と仲良くやっているだろうか。また無理難題を押し付けられていないだろうか。それでも、一人っきりよりも良いと彼が決めたことだ。

 シアンがふと考えに沈み込んだ時、賑やかな幻獣たちに心慰められた。

『きゅうちゃんは! 可愛かろう、可愛くなる、可愛いと、可愛いとき、可愛ければ、な狐です!』

 どんな狐だ。

「きゅうちゃんはマントを羽織ったりしないんだね」

 人気のない路地を良いことに、後ろ脚立ちした九尾が前足を高く掲げるのを見て、ふとシアンはそのポーズに似合いそうだな、と思いつく。

『魅惑のもふもふな尾が隠れちゃいますからね。魅力が半減しちゃいます!』

「普段、隠しておいて、これというときに見せる、というのも一つの手だよ?」

『ほほう、そういう手もありますなあ。こう、ばっさあ、と』

 マントを捌く仕草をしながら、九尾の目が怪しく光る。

「あ、でも、それって露出狂みたいだね」

 没になった。



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