表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
164/630

19.幻獣のしもべ団の探索

 


 その丘には麓と中腹との二か所に分かれた村がある。頂上に領主の館が建ち、村々を見下していた。

「なあんか、変な感じがするんだよなあ」

 初夏の農作業や牧畜の作業に追われて忙しく行き来する村人、その中にうまく紛れ込んだ幻獣のしもべ団団員ディランが呟いた。

「ティオ様たちが来ていたからじゃねえの?」

「そういった類の浮かれた調子に紛れて、こう、底に沈殿しているものが見えづらくなっているっていうか」

「お頭にしろ、お前にしろ、難し気なことを言うなあ」

 後頭部で両手を組んで気楽そうに笑うフィオンに、ディランは肩を竦めて見せた。


 少し前までなら、フィオンが言う通り、小難しいことを考えずとも済んだ。

 このゼナイドのような冬の凍てつく寒さのないアダレードでなら、旅人を襲う盗賊や、村から略奪する強盗騎士をうまく罠に嵌めてやって金品を強奪するだけで生活できた。罠を仕掛けるのはちょっとしたコツとタイミングがあれば大抵上手くいく。

 国ができない治安維持を代わりにやっているのだとうそぶくことさえした。

「でもまあ、リム様たちの役に立つにはお頭やお前らみたいな頭のいいやつが必要だからなあ」

 お前らというのは自分とカークのことで、幻獣のしもべ団の中では頭脳労力が得意とみなされている。

 フィオンはマウロが大好きなので、欲目で見がちだ。


 フィオンは両親を亡くし、幼い頃、親戚に引き取られて育った。双子の兄弟がいて、別々で貰われていった。兄であるフィンレイは貰われた先で日常的に暴行を加えられていたらしく、たまたま使い走りをしていたお互いが街中で会った時に判明した。人相が変わるくらい、顔を殴られていたのだという。

 よくある話である。

 しかし、どこにでも転がっている話でも、自分の身に降りかかってくれば別だ。多くが経験することでも、痛いものは痛いし、怖いものは怖い、嫌なものは嫌だ。

 フィオンの決断は迅速だった。

 双方のお使いの物品購入の僅かな小銭を握りしめて、そのまま街を出たのだ。

 お前のところの里親はましなのだから帰れ、と言うフィンレイの言葉に耳を貸さなかった。

 お前は今、殴られ過ぎていてまともな判断ができていないんだ、という台詞を根気よく繰り返したのだという。


「それが正しかったんだって、今なら分かるよ」

 いつだったか、自分たちの生立ちを話してくれた際、フィンレイが笑って言った。

 そんな話を聞いたからか、同じ双子でも、フィンレイがややのんびりしていて、フィオンが短気に見える。比べてみると、という程度で、どちらも一種飄々としており、度胸がある。そして、何でも面白がる性格で、その所為か、二人ともが変装をするようになった。

 そんな彼らは流れ着いた先でマウロの財布を掏ろうとしたところを取っ掴まって、何をどうしたのかマウロを頭と仰ぎ始めた。

 左右からマウロの技量を褒めたたえて、うるさくて辟易した頭が好きにしろと言ったのだとディランは睨んでいる。

 マウロは何だかんだ言って、困っている善人を放っておけないのだ。その善人が「性質たちが悪くない」に限るが。


「頭はシアンの兄貴のような人間は放っておけないだろうからなあ」

「頭の親分の兄貴はこう、守ってやらなきゃ、って気持ちにさせるよな!」

 頭の親分はリムのことである。その兄貴はティオかシアンだ。そして、ティオを守るなど誰も出来ないので、シアンのことを言っている。

「だな。ティオ様とリム様とお揃いの気持ちだ」

 ディランがそう言うと、フィオンがぱっと表情を輝かせる。

「そっか、そうだよなあ!」

 いい年した男がお揃いも何もあったものではないが、グリフォンとドラゴンと同じ志を抱くというのはちょっとない。彼らの意を汲み、行動指針とする幻獣のしもべ団で、馬鹿騒ぎをしたり、危険を掻い潜って仕事をする現在を、ディランは気に入っている。


「それで、ティオ様たちがやって来たことに紛れて、底に沈んで見えづらくなっているものってのが気になるな。いっちょ調べてみる?」

 軽く言うフィオンに頷く。

 変装してあちこちへ入り込み、必要なことを見聞きして情報をもたらす双子は馬鹿ではない。

 賑やかに騒ぐが必要なことはきちんと押さえている。

 フィオンは下の村では変装をしても余所者だということは明らかだから、と二人でのんびりしている風を装いつつ、情報を集める。幸い、翼の冒険者を迎えたことから浮きたち、幾分か口も軽くなっている。軽佻浮薄の輩を装って調子を合わせて話を引き出す。


「うーん、何だか、厚い壁にぶち当たるねえ」

「ああ、途端に口が重くなるな」

 丘の中腹にある村のことに話題が及ぶと、口数が減る。中には慌てて話を変えたり、あからさまに嫌な顔をする者がいる。

「上の村の様子を見て、紛れ込んでみる? あまり交流がないようだし、下の村の人の振りをしたらいけるかもよ?」

「それにしては下の村人の様子が気に掛かる。万一、下の村人を把握していたら、アウトだ」

「そんときゃそんときで逃げの一手よ!」

 明るい日差しの下、のんびりと旅の疲れを癒している風を装っているせいでもないが、フィオンが腕を振り上げて笑う。

 向こうからやってきた村人をやり過ごす間は、他愛ない世間話に興じる。

 家の中や物陰でこそこそ話すよりは遮るもののないところで堂々としている方が怪しまれない。こちらも近づいてくる者を感知できる。


「逆に捕まる可能性もある。それに、怪我でもしてみろ。シアンの兄貴を悲しませるぞ」

 幻獣のしもべ団団員の安全のために高額な転移陣使用を勧め、その分の資金をもくれているほどだ。

 部下の命よりも金貨一枚を惜しむ指揮官が多い中、しもべ団の首魁は大分変わっている。

 吝嗇な上司のせいで、腕の中でむざむざと死んでいく部下が、ふ、と息を一つ吐いた後に、急に重くなった感触は今もはっきりと思い出すことができる。生命が物体に変わった瞬間だった。


「あ、そりゃ駄目だな、うん」

 ディランには手に取るように分かる。フィオンたち兄弟の中ではシアンを悲しませるのは、幻獣たちを落ち込ませる、という図式が出来上がっている。

 ちょっとした怪我ならともかく、大きな傷を負うとシアンの前に出られなくなるかもしれない、そうなると幻獣たちを間近で見る機会が減る。

 幻獣好きのしもべ団団員にとっては由々しき事態だった。

「頭の親分の兄貴は心配性だからなあ」

 嬉しそうにフィオンが言う。

 マウロに拾われるまで、双子は互いくらいしか自分のことを思いやる者はいなかったから、心配してもらえるのは嬉しいのだろう。

 ディランとて、ワイバーンやヒュドラの素材を惜しげもなく使った装備を支給されるとは想像もしなかった。こんな高価なもの、持ち逃げされるとは考えなかったのだろうか。

 この装備があったら、部下たちを襲った死の脅威を防いでくれたのではないだろうか。

「俺ら、意外と信用されているのかな」

 ディランは今更考えても仕方のない思考を振り切って、笑って見せた。



 ディランはマウロに一度、普段ふてぶてしいお前が何故、他のしもべ団員たちと揃ってリムの号令に返事を返すのだ、と聞かれたことがある。

「嫌々じゃなく、随分切れの良い返事だな」

「頭、俺はドラゴンやグリフォンに仕えることができる幸運を分からない馬鹿じゃないつもりですよ」

 ディランはそう答えた。

 リムが見てくれは可愛くて小さい幻獣だとしても、精霊の加護を得たドラゴンだ。

 そのドラゴンが自分らに意思表示をしたのであれば、恭しくもなろうものである。ましてやそのドラゴンの苦手分野を補うことができるなど、お伽噺の中でもそうそうない。

「俺、頭の悪運の強さに感謝しきりです。頭について行くと決めてこれほど良かったと感じたことはないです」

「俺もシアンたちがこんなにすごい奴らだとは思わなかった。シアンは存外、上に立つ資質に優れているようだ。やり甲斐がある仕事につけたな」

 マウロは太く笑ってディランの肩を叩いた。


 強い光を発する者には必ず影が付きまとう。

 シアンもまた翼の冒険者、エディスの英雄という大層な二つ名を持つようになって、敵対する勢力が現れた。雄飛する新興勢力を面白くないと思う旧勢力がぶつかり合う構図なのだろうが、いかんせん、黒いローブに身を隠した得体の知れない者たちもいる。


 情報を集めて上の村のことを聞き出す手段を講じていた頃、丘の上の屋敷からやって来る貴族の娘を見つけた。

「ありゃあ、領主様の妹御だよ」

「へえ、お綺麗な方だね」

「ああ、気さくな良い方さあ」

 自分たちの領主の身内を褒められて気を良くした村人が笑う。

 近くを通りかかった淑女が見知らぬ二人組に気づいて足を止めたのに、旅人だと紹介までしてくれた。


「まあ、旅人さん! 翼の冒険者様とお会いになって?」

「いいえ、残念ながら少し来るのが遅かったようです」

 こういう時はもっぱらディランに任せてフィオンは首肯したり笑ったりするくらいだ。

「そうなの。では、貴光教の聖教司様とは?」

「はい、ご挨拶はさせていただきました。良い方ですね」

「そうなの! とても薬草に造詣が深くていらして、村人たちにも良くしてくださいますのよ!」

 両掌を重ね、伸ばした指先を右頬の方へ傾ける。紅潮した頬で勢い込んで話す様子に、おやおや、と思う。

「それはすごいですね。ぜひ一度薬を煎じている様子を拝見したいものです。いや、不躾だったかな。そういった技術は門外不出のものが多いのでしょうね」

 水を向けてやると、領主の妹は嬉しそうにする。

「いいえ、ロラン様はそんな狭量なことをおっしゃらないわ。よろしくてよ。私が一緒に行って頼んであげますわ」

「ありがとうございます」

 フィオンはディランが軽く頭を下げるのに合わせる。こういう空気の読みは流石だ。


 かくして、お嬢様は意気揚々と旅人二人を引き連れて貴光教の聖教司の下へと訪ねた。

「ええ、もちろん、構いませんよ。大したことはしていませんが、知らない方からすれば面白いかもしれませんね」

「俺、水汲みなんか手伝いますよ」

「ああ、助かります」

 フィオンが積極的に外回りの雑用を請け合ったので、ディランはロランを観察することができた。

 領主の妹はすっかりロランに夢中な様子で、しきりに話しかけたり、作業に勤しむ姿をうっとり眺めたりしている。

 確かに女性に好まれそうな金髪碧眼の白い肌の見目の良い男である。そして、性格を表す爽やかな笑顔を浮かべる。これで知識があって奉仕精神に富んでいるとくれば、貴族の若い女性ならば簡単に落ちるだろう。

 ディランもまた貴光教の聖教司へのイメージを払拭せざるを得なかった。話してみても、ロランのまっすぐな心根がよく分かった。

 驚いたことに、ロランはシアンと接触し会話を交わしたのだという。

「シアンさんは夏至祭りを見にやってくると言っていましたよ」

「まあ、翼の冒険者様が夏至祭りに! それはとても光栄なことですわ!」

 英雄がふらりと気まぐれに立ち寄った村にもう一度やって来る、というのは確かにその地域に住まう者、特に管理する側からしてみれば、栄誉なことだろう。



 領主の妹を登り坂の入り口まで送った。屋敷まで送ろうかと言ったら、抜け出してきたので家の者に見られるとまずいのだと悪びれなく答えた。

「じゃあ、丘の中腹にある村まで送りましょうか?」

 しれっと言うフィオンに肝が冷える。実にこの双子は度胸がある。

「いいえ、本当に大丈夫ですのよ」

 そこで領主の妹は左右を見て周囲に人がいないのを確認して声を潜めた。首を出して少し顔を近づけても見せる。

「ここだけの話ですが、上の村には近づかない方が宜しくてよ」

「へえ、何でまた?」

 フィオンはぞんざいな話ぶりで訪ねる。先ほどから口数が少なくディランに話の主導権を渡していたのは敬語が苦手だったからなのかも知れない。

「それは、この地域の決まり事ですの。美しい丘の奥深く、決して足を踏み入れてはならない」

「この地域の?」

 思わずディランが口を挟むと、領主の妹は慌てて口を閉じた。喋り過ぎた、という風情だ。余計な容喙をしたと内心臍を噛む。

「へえ、やっぱり田舎は色んな風習があるんですねえ」

「ええ、そうなの。本当にしがらみが多くて嫌になるわ」

 フィオンが絶妙な合いの手を入れ、領主の妹はそれに心底同意するというため息をつく。

「やっぱりお嬢様も窮屈でいらっしゃる?」

 フィオンの揶揄いまじりの言葉に頷く。

「そうですの。お母様がうるさくて。上の村には行っていないというのに」

「狭いお屋敷の中だけで過ごすのは退屈でしょうね」

 我が意を得たりとこぼすのに、フィオンが今度は同情するように頷く。

「全くその通りですわ。なのに、お祭りの時にも出られませんのよ」

「領主様も弟君も外出されないのですか?」

「そうなんですの。一族のしきたりなんですって」


 よほど窮屈な生活を強いられていて辟易しているのだろう。家族のことに話が及んでも領主の妹の舌は止まらなかった。

「だからって、お義姉様、お兄様の奥様である方も屋敷に籠りっぱなしで。ロラン様と同じく薬草の扱いに長けておられるお家の御出身だからとお話をしてみても、逸らされてしまうし。私、息が詰まってしまいそうですの!」

「じゃあ、俺らも翼の冒険者に会ってみたいので、また夏至祭りの時に来ようと思います。その時にお会いしたら、また色々なお話をさせてもらいますね」

 ディランがすかさず言う。

「まあ! 嬉しいですわ!」

「ですが、俺らのような者が関わったと知れ渡り、ご母堂の耳に入ってお嬢様が叱られてはお可哀想です。黙っておいた方が宜しいかと」

 誰にもね、と暗に噂が立たないように、と釘を刺しておくと、領主の妹は頷いた。彼女も田舎の噂の巡りの速さを痛感しているようだ。


 領主の妹と別れた後、フィオンが言う。

「なあ、下の村の人間の間で俺たちがあのお嬢様と接触したって噂はもう回っているだろう?」

 領主の妹が他に漏らそうと漏らすまいと結果は同じだ。

「ああ、でも、どこでどう噂が回るのか、知っておきたくてね」

「そんなもんかね」

 分からないことを分かるまで教えろと言う性質じゃないフィオンは実に付き合いやすい。見えているものが違うのだ。分かることを全て伝えることなどできない。


 と、自分たちの足音に別の物が混じるのを感じた。振り向かずに小声で短くやり取りする。

「俺はあの枝な」

「じゃあ、俺は隣、だな」

 家に沿った道の大きいカーブを曲がると素早く跳躍して木の枝に飛び乗る。そのまま、枝が揺れないようにじっと身を固める。隣の木の枝に乗り上がったフィオンも同じくだろう。隣の木からはらはらと一葉の木の葉が舞い落ちるのを眺めていると、尾行者が姿を現した。

 ディランたちの姿が消えているのを知り、慌てて道を進もうとしたが、村人がやって来る気配がしたので、ローブの裾を翻して森の方へと駆けて行った。


「正気かよ。こんなところであんな恰好。目立って仕方ないってのに」

 黒ローブの姿が見えなくなってから、ディランは枝から飛び降りた。フィオンも傍らに降り立つ。

「尾行合戦だな、こりゃ。まあ、あんなにぞろっとした服装だ。こんな真似しちゃ、引っかかって鉤裂き作っちまうからな」

「じゃあ、ちょっくら探りを入れてみますかね」

 言いながら、二人で黒ローブが向かった先へと駆ける。

 シアンたち翼の冒険者の周りにしばしば出現する黒ローブだ。貴光教の聖教司が村にいることと関わりがあるのか。

 ディランはこの村で得た情報を、早急にマウロ率いる幻獣のしもべ団本隊へ報告する必要性を感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ