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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
163/630

18.加熱する会議、一般住宅ではなくなる新居 ~誰にでも直球!/ディーノの奮闘~

 


 シアンは再び尋ねてきた梟の王に戸惑いつつも、茶を出し精いっぱいもてなすことにした。

 梟の王は新居のことを話題に上らせた。今回の遠出では新居となる物件に巡り合うことはなかったとシアンが話すのを、カップから立ち上る湯気を顎に受けながら聞いている。

 ロランと出会った村の農家は踏み固めた床に、壁と柱を立て、藁ぶきの屋根を載せただけの農家が多く、その所為で脆く、短期間のうちに建て替えたり頻繁な修繕を要する。

 また、新居ではバーを下ろすことによって開閉する扉をつけられないかと考えていた。

『なるほど、そういった扉でしたら、ティオ様も開けやすいでしょう』

「この家に来たすぐの頃、蝶番ごと取れてしまったことがありまして」

 シアンは苦笑する。


『ねえ、梟の王は魔神なの?』

 リムが蝙蝠の翼を広げて中空で滞空しながら、梟の王と目線を合わせて尋ねる。

 あまりの直球ぶり、そして上位神に対しても態度の変わらなさに、ディーノの前に置こうとした茶器を取り落としそうになる。ディーノが素早く受け取り、シアンの手に茶がかかっていないか確認する。

『はい、さようでございます』

『じゃあね、他の魔神たちも動物のお面をかぶっているって本当なの?』

『その通りでございます。……ああ、黒白の獣の君に関心を持っていただけるなど、この上ない喜び! 同族たちも喜びましょうぞ!』

 後半の長い述懐を、梟の王は感激に打ち震えながら一息に言い切る。

 上位神にそんな気軽な態度で、と危惧していたが、良かった模様である。

 気を取り直して、少し離れた場所を陣取った体の大きいティオに茶を渡してやる。九尾は珍しく大人しく茶を啜っている。初め、自分は同席せず、部屋の隅で良いと遠慮していたほどだ。


『黒白の獣の君は大きくならないのですか?』

 茶器を受け皿に戻して尋ねる梟の王に、リムが逡巡して答える。

『だって、大きくなったらもうお兄ちゃんだから甘えちゃ駄目って言われるかもしれないもの。それに、大きくなったら、シアンの肩に乗れなくなるのはイヤ! 他のが乗るのも嫌だもの。シアン、ぼくが大きくなっても他のを乗せちゃダメっていうのは我儘?』

 リムの最後の言葉は、茶菓を配り終えてクッションに座ったシアンに向けられた。

「うーん、どうだろうねえ。我儘になるのかなあ」

 リムがしおたれるのに、シアンが柔らかく苦笑する。

「でも、気持ちは分かるよ。僕もリムには色んな者たちと仲良くしてほしいなって思うけど、一番の仲良しでいたいからね」

『うん! ぼく、シアンとティオが一番好き!』

『ぼくもシアンとリムが一番好きだよ』

 リムはティオと顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 シアンは和やかな気持ちで二頭を眺め、梟の王とディーノも目を細めた。


『シアン、ぼく、他のと仲良くした方がいい? 手下も?』

「そうだね。色々よくしてくれているから。でも、しもべ団の方たちとも無理して必要以上に仲良くすることはないよ。だって、どうしたって、立場があるから、しもべ団の方たちはリムに何か言われたら強く出られないからなあ」

 優位な立場を利用しての強要は、した方は大したことがない認識であっても、された方は苦痛を伴う。

『無理を言わなければ大丈夫?』

「そうだね」

『無茶は言ってもいいよね』

 シアンとリムのやり取りを見ていたティオがこっそり呟く。


「それでは、大きくなられたリム様が入られる広さの屋敷でなくとも良さそうですね」

「そ、そうですね。新居はもっとこぢんまりしているのを想定しています」

 ディーノの言葉にシアンは助かった、と胸をなでおろす。

『いくつか見繕っております。必ずや、御心に沿う場所を手に入れて見せましょうぞ』

 梟の王は立ち上がり、恭しく一礼してディーノを連れて去って行った。


「良い方なんだけれどなあ」

 上位神にひたすら恭しく接せられると、どうしていいか戸惑う。

『凄そうな新居を見つけてきそうですな』

 大人しくしていた九尾が肩が凝ったとばかりに身体を伸ばす。動物の柔軟性について尋ねてみたい気もする。

「そうだね。これは僕も気を入れて探さないと」

『じゃあ、また遠出する?』

 ティオが嬉しそうに尋ねる。

『お祭りまでお出かけする?』

 リムも小首を傾げる。

「そうだね。あちこち行って、夏至祭りの頃にあの村に行けるようにしようか」

 村で出会った貴光教の聖教司ロランを思い出す。

「貴光教と魔族の確執も、ロランさんや梟の王のような人が多ければ起きなかったのかな」

 いや、短期間に見せた顔だけでなく、彼らもまた別の顔を持つだろう。良い人間同士がぶつかり合わないとは限らない。

『長年の積み重ねがありますからね』

「そうだね、僕がとやかく言えることではないね」

 そうだとしても、シアンはどうしても時折垣間見る魔族の罪の意識に違和感を感じる。

 彼らの抱く闇の精霊とシアンの知る闇の精霊もまた、全く別の顔なのだろうか。



『幻獣のしもべ団団員になれば、黒白の獣の君と必要以上に仲良くすることはまかりならぬのか』

「魔族も幻獣のしもべ団と同じく、立場が立場ですからねえ。しかも、その最たる魔神ともなれば、力もある」

 軋む音を立てそうなぎこちない動作で梟の王がディーノを見やる。

『貴様、何が言いたい』

「魔族の頂点たる魔神がしもべ団団員になれば、三重苦です。花帯の君も近寄ろうとはされないのでは?」

 梟の王が口を噤む。

 梟の王は魔神であり、人の世の理とは異なる価値観にある。それでこその魔神である。

 そして、闇の精霊に心酔している。ゆえに、その加護を得た存在にもまた尊崇の念を抱く。

 何故、シアンやその周囲の幻獣たちが絡むとこうも崩れてしまうのか。

 行き過ぎの偏愛は狂信に通じる。しかし、この場合、偏執というよりも変執、変な執着、とも言うべきか、とにかく途端に滑稽になる。

 例を挙げると、以下、梟の王の他、十柱の魔神たちの近来稀に見る重要案件を会議した内容である。


『花帯の君の仮初の宿は小体なものだった』

 梟の王が発した言葉は会議を沸騰させた。

『花帯の君や黒白の獣の君の拠点がつつましく質素であるなど!』

『あってはならぬこと!』

 彼らにとっては由々しき事態である。

『その程度の広さであれば、ティオ様が自在に狩りを楽しめる場所を!』

 人の貴族の屋敷の周辺には狩場があった。狩りは貴族のたしなみであった。けれど、時速百キロで飛行するグリフォンが自在に狩れる場所である。


『花帯の君は探勝を好まれるとか。何物にも捉われず、悠々と閑雲野鶴を実現させ奉りたい』

 会議はどんどん熱を帯びる。

 それぞれ、虎、狼、牛、馬、鴉、梟、蛙、蛇、鮫、蜂の仮面をかぶった者たちが次々発言する。

『いっそ、島などは? 上下左右を気にせずお過ごし遊ばせる』

『『『『『それいい!』』』』』

『資源のある山は必要だろう』

『湖も必要だろうて』

『うむ、舟遊びができる規模でなくてはな』

『森も、緑野も河も』

『花帯の君は植物に興味がおありとか。豊かな植生が必要となりましょう』

『美しい浜辺も必要じゃ』

『さよう』

『じゃが、切り立った崖というのもおつなものですぞ』

 当初は新しい住居を探すことだったが、あれもこれもと増えていく。そして、それだけのものを全て備えようとすれば、自然、島の規模は大きくなっていく。金城湯池もかくやだ。


 また、何故、闇の精霊の加護を得ていないティオにも心砕くのか。

『ティオ様は黒白の獣の君の兄君たる御方』

『花帯の君の騎獣。かの君をお運びし、縦横無尽に駆ける存在』

『花帯の君に愛でられ、なんとお可愛らしいことよ』

 グリフォンですら可愛いのか。いや、彼らは上位神である。そんなものか。

『それに、ティオ様には底知れぬ力を感じる』

 流石に感知能力に長ける種族の神である。

 彼らは十柱の神。一柱では他の属性の上位神に力劣る。けれど、もともと、闇の属性は基本属性よりも上位とされているのだ。


「それ、どうやって花帯の君に受け取ってもらうんでしょうねえ」

 一介の魔族と自認している自分が、端近とはいえ上位神会議に同席しているのか、理解が及ばないディーノであった。

 なお、そうそう交流することがない魔神たちの会議が執り行われること自体が滅多にない出来事だった。


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