13.幻獣のしもべ団団員2
エディスに来て、消火活動で活躍したことや有力者の後ろ盾を得たこと、エディスの英雄と称される翼の冒険者を支える結社として、幻獣のしもべ団は地位を確立した。呆気ないものだった。
「全てシアンがお膳立てしてくれたものだからな。お前ら、この恩は働きで返すぞ」
マウロの言葉にそれぞれ頷く。
そうしてエディスで活動を始めると、エディスの新団員もぽつぽつ入団するようになった。
冒険者時代に密偵をしていたオージアスと、軽業が得意なアーウェルがせっせと新団員に密偵の仕事を教えている。アーウェルはオージアスに密偵技術を教わり、今では双璧をなす程になった。
中には、似顔絵が上手いルノーといった拾いものもあった。人相書きで大活躍している。特徴を掴むのはもちろん、普段の表情や雰囲気がよく表れている。マティアスの足取りを掴むのにも彼の似顔絵は役立っている。シアンにも渡したとマウロが伝えると、こっそりルノーが面はゆそうにしていた。
入団してすぐに活躍されると立つ瀬がないが、レジスといった打ち解けることができた者もいた。彼はエメリナとちょっとだけ境遇が似ている。
早くに両親を亡くし、なんとか潜り込んだ工房で悪環境に耐え働いていたが、経営が悪化して退職させられた。寒い時には野良犬数匹と身を寄せ合って暖を取っていたことから、動物好きになったのだそうだ。時には猫を胸に抱いて眠ったこともあると笑っていた。
エディスはトリスと違って冬は凍てつく寒さだ。よくぞ生き延びてくれたものだ。
特にエディスに執着はなく、逆にあちこち行くことができること、そして幻獣の役に立つことができるというのが魅力的に感じたのだと言う。
彼もすぐにしもべ団のノリに馴染んだ。
そして、エディスの街を守ったリムの姿に感激していた。
「僕はエディスに良い思い出がないと思っていたんだけれど、リム様が守ってくれた時に、心底、破壊されずに済んだことを感謝したよ」
そう言っていたレジスの眦に浮かんだ涙に気づかない振りをしておいた。
大きく優美なドラゴンに変化したリムに感激したのはレジスだけではない。
しもべ団のジェスチャーを考え出したりしてくれたリムが、ドラゴンの屍を追いやって勝利した時にはもろ手を挙げて喜んだ。その後、苦しみだした姿を見ているしかなく、自分たちの非力さに歯がみした。
すぐにシアンが音楽でリムを落ち着かせた。それだけでなく、リムは太く柔らかく澄んだ美しい鳴き声で一緒に歌いすらした。鳴き声を小さくするようシアンに身振りで指示されて、身をかがめるドラゴンの可愛さに知らず笑顔になった。
リンゴとトマトが好きで、音楽が好きで、何よりシアンとティオが大好きなリム様、だった。
大きくなっても小さくても、変わらない。
そして、音楽を教え、他者との共存を説いたのがシアンだ。彼らは楽しいことも美味しいことも美しい光景も、分かち合ってどこまでも高く飛んで行く。
眩しくどこまでもそのままであってほしい。そんな彼らの活動を助けることがしもべ団の役割である。
でも、それが分かっていない者も新団員の中にはいた。
ユーグとジャックだ。
ユーグは自分が良いと思ったことを勝手にやって、結果、周囲に迷惑をかける。そして、幻獣のしもべ団団員の行動の責任を取るのは翼の冒険者たちだ。幻獣のしもべ団を手足として使うとエディスで認識されている。
彼は許可も取らずに街のあちこちにある小広場に立ち、大声でリムを始めとする翼の冒険者の功績をたたえたのだ。そんなものはエディスに住まう者なら誰もが知っている。
ユーグはエディスの一員として大勢多数の中で称賛するよりも、翼の冒険者に認められた集団の中の一人としてエディスの者たちに訳知り顔で語ることを良しとした。気持ち良かったのだろう。誰もが知ることをさも自分はもっとよく知っていると言いたげに語り、それを人々は翼の冒険者の認めた結社の言葉として耳を傾けてくれたのだから。
街の治安を取り締まる警邏たちも、翼の冒険者の庇護下にある者がすることだからと黙認してくれたのもまずかった。
さっさと連行してくれればよかったのだ。
それを知った幻獣のしもべ団団員が阻止し、勝手なことをするなと懇々と言い聞かせたが、何が悪かったか分かっていない。
「でもだって、僕は良かれと思ってやったんです。どうして悪いんですか? もっと大々的に功績を喧伝するべきですよ」
最終的にマウロ自身が話したが、誰が話そうとも事情が飲み込めない、といった風情である。
「お前がべらべら喋っていたことはもうみんな知っていることなんだよ。それを個別で話すのはいい。しかし、翼の冒険者の身内として語るなら、着地点が必要だろうがよ」
「着地点?」
「いわば、目的だよ。お前さん、街頭で演説して、何がしたかったんだよ」
マウロは大雑把そうに見えて、考え方が深い。
例えば、リムが街を救った、すごい、ということにももっと奥深い意味があると言う。
ドラゴン襲撃は大被害である。翼を持つ大きなものが襲ってくるというだけで被害は甚大だ。それをどう引き剥がすか。リムは殆ど街に被害を出さずに追いやった。そこが大きいのだと言われ、鳥肌が立った。その通りだ。ドラゴン討伐などは英雄譚でよくある。けれど、被害を未然に防いだというのは聞いたことがない。
「だから、翼の冒険者の功績を!」
ユーグが繰り返し主張する。そして、マウロも繰り返し説明する。
「それはみんな知っているって言っているだろう? みんなが知らないようなことを知らせたり、誤解を解いたりするならわかる。だがなあ、それも証拠を上げずに言えば、誰も信じない。せめて、根拠や説得力が必要だ。そして、説得力も根拠もなしに話を大声でがなり立てれば、人は疑う。どうしてこんなことを信じさせようとするのか、と思う。そうすりゃ、今まで築き上げてきた功績なんておじゃんだ」
しもべ団も必要とあらば、噂をコントロールすることも出てくるだろうということはマウロから聞いている。けれど、すでにシアンは翼の冒険者として地位を確立している。そのことを喧伝する必要はない。勝手にエディスの街の者たちが伝えていってくれるからだ。
「そんな! そんな些細なことで今までの功績が無になるものですか!」
「普通に考えりゃそうだな。俺が言っているのは、シアンの実績はそのままだが、その上に乗っかっているエディスの信頼や親しみ、少しでも恩を返そうっていう気持ちのことを言っているんだ。この人たちの役に立ちたいという気持ちがあるかないかで、人の行動は大きく変わって来る。きっちり金銭分の商品を渡せば済むところを、ちょっとでも美味しいものを食べてもらおうとか、おまけをしてくれたりとか、そういう気持ちのことを言っているんだ」
「おまけをくれなくなったからってそんなさもしいことを考えなくても」
興覚めだという鼻白む顔つきになる。
言葉尻を捕らえる態度から、エメリナはユーグが理解していないのだと感じた。
「おまけをくれるかどうかじゃない。そういう気持ちを持っていてくれれば、こっちが困っている時に助けてもらいやすいってことだ。しかも、その助けが思いがけない結果を招くことがある。金銭分以上のサービスを受けられるかもしれないってことだ。そのサービスに情報が含まれていたらどうする。質問した時に知らないと言ったじいさんが後からわざわざしもべ団団員を探し出して思い出したことを話してくれたこともあった。それもこれもみんなシアンたちが短期間の積み重ねでそうしてもらえるようになったんだ。それが力となっている。お前の考えなしの行動で、シアンたちへの助力を失うことになるかもしれないんだぞ。それをよく考えて行動しろ」
マウロが言ったことはリムがエディスの街を守った理由でもある。ドラゴンはシアンの力になりたいという気持ちを持つエディスを守ったのだ。それを聞いたからこそ、自分には冷たかったエディスを救ってくれたことに、レジスは素直に感謝することができたと語った。なお、このことはエディスに秘匿されていた。ただでさえ熱狂する街にシアンは居心地悪そうにしていたのだから。
それを、どこをどう解釈したのか、ユーグはマウロから説教を受けた翌日に再び街頭に立って声を上げた。
「ドラゴンはシアンのために何かしようという気持ちを持つエディスを守ろうとしたのだ」と語った。
今度はエディスの街の者たちは熱心に耳を傾けた。多くの者たちが足を止め、仕事を放り出して集った。
マウロは怒髪天を衝いた。
「シアンが事態の収束を待っていることを知らないとは言わせないぞ!」
「ど、どうしてですか、頭はみんなが知らないようなことを新しく喧伝することがあればいいと言ったじゃないですか!」
マウロはがりがりと頭をかく。
「そんなことは言ってねえよ。新しく知らせることがなければ疑われるだけだって言っただけだ。そして、勝手なことをするなと言っただろう。お前、自分がしたいことをするためにしもべ団に入ったのか? それがシアンの邪魔をするのだと何故分からない?」
一度目はマウロが諭すのに口を挟まなかったしもべ団団員たちも、今回ばかりは口を開いた。
「兄貴の邪魔になるってことは、幻獣の不興を買うってことだな」
「あれ? 幻獣の不興を買うってことは俺たちと敵対するってことじゃねえ?」
「そうだな」
うんうんと頷きながらユーグを見やるのは旧しもべ団団員だけではなかった。
「そ、そんな、僕、そんなつもりじゃなかったんだ! 良かれと思って!」
「良かれと思ったことでも、結社のためにならないことになると散々説明しただろう? 第一、なんで勝手にやったんだよ」
マウロが呆れた声音で言うと、ユーグは口の中で言葉を転がす。
「それはその、ジャックに相談して」
「ジャック?」
ジャックもまた最近入団したしもべ団団員だ。腰が低くあちこちで手を貸そうと雑用を受け持ったりしていたが、何となく、エメリナは深く関わりたくかったので、頼み事をすることはなかった。
「僕たちはルノーのように特技がある訳でも、レジスみたいにエディスを離れることができる訳でもないので、別のことで役に立とうと話し合って」
ジャックはユーグに親切にしてくれ、気を配ってくれたのだという。
「だが、ジャック自身は街頭で演説したりしていないだろう?」
マウロの胡乱な視線に、ユーグは慌てて言葉を探す。
「それはその、自分がやるって言ったら、じゃあジャックは他のことを探すって言って。そ、そうだ、親分に叱られた後、じゃあ、エディスの人が知らないことを知らしめるのならいいんじゃないかって言いだしだのもジャックで」
「おい、誰か、ジャックを連れて来い!」
怒り心頭のマウロが叫んだものの、果たしてジャックはその前に引き出されることはなかった。それどころか、その前日から姿を見た者はいなかった。
「お頭の怒りを恐れたのかねえ」
「いや、それならいいんだが……」
マウロは難しい表情になって黙り込んだ。
「お頭? どうかしましたか? ジャックに何か引っかかるなら、誰かに行方を追ってもらいましょうか?」
「お前は本当によく気が利くな、エメリナ。いやな、もしうちも探りを入れられていたら、って思ったんだ」
「探り?」
エメリナが首を傾げると気を取り直すように肩を叩いた。
「まあいい。それより、エメリナ、お前はその調子でみんなの様子に気を配っていてくれ。新しい団員も増えて細かな調整をしてくれる者がいるのは助かる」
「え、あ、は、はい!」
思いもかけず、エメリナの働きを認めてくれる発言に、返答の声が上ずった。
マウロは顔を顰めながら、髪の毛をがりがりとかきむしる。
「俺はユーグの野郎の処遇を考える」
「神殿で一時預かり、というのはどうですか?」
ディランが唇の片端を持ち上げてふてぶてしく笑う。
「もしくは余計なことができないように雑用を一手に引き受けてもらいましょう」
細く、一見弱々しくさえあるカークが気弱に微笑みながらとんでもないことを言う。
しもべ団団員たちはこういう一面もある結社だった。




