12.幻獣のしもべ団団員1
神殿の転移陣は人を運ぶだけではなく、物品を届けることにも用いられる。
シアンが幻獣のしもべ団の実働を指揮する頭マウロに宛てた手紙は、エディスの風の神殿に届けられた後、定期的に訪れるしもべ団団員の手によって、他の街の神殿へと送られた。マウロたち本隊がその時滞在していた街である。
御使者に対して、神託の御方の書状が届いたのである。粗略に扱われるはずもなく、すぐさま聖教司の手で届けられた。
無論、そんな気遣いをされるのは翼の冒険者とその縁者だからである。
要求料金とは別に手間賃として幾ばくかの金銭を包んでいること、経由するしもべ団団員にも手数料を支払っておくよう指示しているところが、意外と世事に長けている。
ティオやリムには気づき得ない点である。
「寄生虫異類が以前の宿主の記憶を持つ可能性がある、か」
マウロは低く唸りながら、手紙の内容を再度目で追った。
穏やかなシアンにしては珍しく、嫌悪が滲んでいた。
マウロとて寄生虫異類に関して、嫌悪感を感じずにはいられない。
生きながらにして知らぬうちに操られているのだ。
自らの主は自分。そう標榜していたものがいつの間にか他者の思惑で動いているのだ。
「なるほどな。そういうことだったのか」
グェンダルは顎を撫でながら頷いた。彼はゾエ村を出る前にマティアスから色々聞き出していた。非人型異類を呼び寄せる時に使った緑の玉と興奮させる赤い玉のこと、それに用いられる薬効成分を研究していた。
「マティアスはいくら聞いても自分で研究してきたものだとしか言わなかった。それにその、彼の非人型異類への執念はそら恐ろしいもので」
万事、冷静に対処するグェンダルは珍しく口ごもる。
マティアスはゼナイド国王の指示により、暮らしていた村を非人型異類に襲われた。ゾエ村も非人型異類に襲われ、それを目撃したマティアスは非人型異類を煽った。
非人型異類を操作することに長けている人型異類である。
同じ非人型異類に村を襲われた人型異類ではあるだけに、被害者と加害者同士でもあり、複雑な感情がそこにはわだかまっているだろう。
「何にせよ、奴が非人型異類を力の象徴と考えて相当に研究していたのは確かなことだからな。それにしても、シアンはナタのお貴族様のことまで突き止めてくれたぜ。密偵顔負けじゃねえか」
シアンがしたためた手紙の中には翼の冒険者の情報を買おうとしたのではなく、質問した内容を買い取ろうとした者がいた、とあった。
「頭の親分の兄貴、大丈夫っすかね。あの街じゃあ、ちょっとした行動がすぐさま情報として売られちまう」
「いや、そもそもグリフォンなんていう派手なのを連れた翼の冒険者だぜ? エディスでだって何を買いたがっていたかっていう噂はすぐに出回る」
「でもなあ、エディスの奴らには翼の冒険者の役に立ちたいって気持ちがあるだろう?」
「まあなあ、あのナタの街は自分たちの商売道具にされちまうだけだなあ」
しきりにシアンの心配をするしもべ団員たちにマウロはにやりと笑って見せる。
「いや、表向きの動きは知られているが、貴族を突き止めたことは知られていないってさ」
「「「「「え⁈」」」」」
「ど、どうやって?」
密偵集団の自分たちが歯が立たなかったのに、あの物慣れない青年が成し遂げられるとは思えない。
「そりゃあ、翼の冒険者の隠された力ってところだろう」
実際、マウロはリムだけでなく、シアンもティオも精霊の加護を得ていると踏んでいた。他の異界人にはない力を有していることや、グリフォンだとしても超弩級の力と能力を備えていることから、彼らもまた精霊の加護を得ているのだろう。
「す、すげえ!」
「流石は頭の親分の兄貴!」
確信を持つ様子のマウロに、興奮を隠せない。
うすうす、シアンの力を感じているしもべ団団員たちはその神秘的なものに身を震わせる。
一番に食いつきそうなロイクは、壁に寄りかかりながら腕組みしている。どちらかと言えば、アメデの方が落ち着かなげな様子だ。
マウロは自分の読み違えを悟った。
ロイクの感知能力は相当なものらしい。彼もまた、優美なドラゴンだけでなく、シアンにも強大な力の存在の助力があることを感じ取っているのだ。
だが、それならそれでいい。
ロイクの精霊への気持ちは本物であるし、人柄も良い。シアンにとって悪いようにはならないだろう。
「お前の人相書きが大いに役に立ってくれたよ」
気を取り直したマウロはエディスで新たに入団してきた新しもべ団団員であるルノーの肩を叩く。
「何が役に立つか、分からないものですね」
嬉しそうに顔を綻ばせながら、ルノーが言う。眦が涼やかに釣り気味の青年だが、そんな姿はややあどけなくも見える。
「うちの首魁はできる者ができることをして力を合わせていきゃあいい、って考えだからな」
他のしもべ団団員たちが二度三度頷く。
「レジス、入団したばかりだが、お前、ナタ村にしばらくの間、住んでみないか?」
「ナタ村に?」
「ああ。お前にしかできない役目ってやつだ。もちろん、他のしもべ団団員もつける。どうだ? やってみるか?」
朴訥そうな顔に驚きの表情を浮かべた後、眦を決して頷いた。
「それがリム様たちのお役に立つなら」
「良い答えだ!」
マウロは太く笑って、レジスの肩を叩いた。
「おっと、他人の肩を叩く癖をやめなくちゃな」
「うっかり頭の親分の兄貴の肩を叩いたら大変ですからね!」
「お頭の上司に怒られちまう!」
「お前ら、ティオ様のことも忘れんな!」
エメリナはもう一人の女性の幻獣のしもべ団団員リベカとそれほど仲が良くなかった。
リベカは中肉中背のどこにでもいそうな雰囲気を持っている。面倒くさがりだが、一旦やるとそこそこの成果を上げるタイプだ。大したことはできないエメリナからしてみれば、羨ましい限りだ。当のリベカは色々仕事を押し付けられ、のらくらと逃げようとしている。
エメリナだったら、この居心地の良い居場所から今度こそ締め出されないように頑張るのに。
エメリナは家族から疎まれて小さい頃から工房に売られる形で働かされ、その工房でも酷い扱いを受けて飛び出し、その日暮らしをしていた。トリスは気候も良く、商業都市であったので、商人ギルドや冒険者ギルドの使い走りの真似事でも幾ばくかの金銭を手にすることができた。ただ、長じるにつれ、他の厄介事が時折出てくることになった。のらくらとやり過ごしてはいたが、その日も破落戸に絡まれているところをマウロに助けられ、しもべ団に入った。当時はまだ幻獣のしもべ団ではなかったが。
しもべ団の前身だった頃はまだ良かった。ギルドでしていた雑用をこなすことが役割だったのだ。
幻獣のしもべとして、密偵集団のような形を取った今では、密偵の仕事はもちろん、抜きんでた特技がなく、身のこなしもそう素早くもないから肩身が狭い。
それでも、この結社を抜けたいとは思わなかった。
エディスで有力者の後ろ盾を得たことや潤沢な資金があることも魅力的だ。生きていかなければならないのだから。その上、幻獣を近くで見ることができるのだ。
エメリナは動物好きだった。人間の作った複雑でせせこましい線引きやしがらみに囚われず、力を有している自由な存在だ。
幻獣のしもべ団が仕える幻獣たちはどの動物よりも力強く、更に高知能と理性を兼ね備え、美しく可愛い。その上、楽器まで演奏するのだ。多分、こんな幻獣は世界中のどこを探したって見つけることはできないだろう。
アダレード国を出てゼナイドにまで来ることになったが後悔はない。国境を超えることなんて、考えたこともなかったが、経験することができたことを僥倖だと思っている。
そして、ゼナイドの国都エディスへやって来て久々にティオとリムの姿を見ることができて、感激で涙が出そうになった。首魁のシアンも自分たちの無事を喜んでくれ、労ってくれた。真っ先に美味しい料理をたらふくご馳走してくれたし、マウロに資金も渡していた。
国境の山脈を空から超えて先行した彼らは既にエディスで二つ名を得ている。それどころか、王室を揺るがす事件を解決してすらいた。
とんでもない人だが、本人は至って自然体で穏やかな振舞いを見せるばかりだ。可愛く小さいリムはもちろん、美しい巨躯に鋭く威圧的な雰囲気のティオでさえ彼に甘える。そして、しもべ団員はその様子を見るのが好きだ。
破落戸くずれの喧嘩上手、がっしりした体つきのグラエムでさえ、目を細めて眺めている。時折唇の端が震えるのは笑み崩れるのを堪えているからじゃないかとエメリナは睨んでいる。
情報整理が得意で剣の腕もあるディランもシアンたちの前に出れば、ふてぶてしさがなりを潜める。
細く弱々しい風貌にも関わらず、マウロの参謀として頼られているカークは単なるファンその一となる。
変装の達人である双子、フィンレイとフィオンはどちらかがティオのことを持ち出せば、残った方がリムのことを持ち出して競い合って素晴らしさを主張するが、二人ともどちらをも好きなのだ。気が向いた時に向いた方がどちらかを褒め、もう片方が残った方を忘れるな、と言うのがいわゆるお約束、というやつである。
そして、ゼナイドでは異類という存在がおり、中には人では持ちえない異能の持ち主である人型異類という存在もいた。シアンは彼らをしもべ団に入団させていた。
数多くの討伐を行いエディス周辺の治安を維持し、王族の悪行を暴き幻獣を解放し、湖の水質向上という国家レベルの偉業を成し得つつ、新しいしもべ団の戦力すら引き入れていた。本人は至ってのほほんとしているが、本当にすごい人だ。自分は戦闘しないからといって、ワイバーンやヒュドラの素材でしもべ団の装備品を新調してくれた。
しもべ団団員たちは多くが身のこなしが軽く世事に長けていることから、密偵の仕事を得意としていた。戦闘はそう得意ではなかったが、希少な素材による武器防具によって大幅な向上が見られた。
特に、ゾエ村の異類たちは相当な戦力となった。
彼らの狩りは圧巻だ。
観測者が獲物の位置や様子を正確に捉え、そのバディと言う相方である射手が腕から衝撃波が発するのだ。その威力は凄まじい。弓術の数倍もの面積を一瞬で貫く。そしてその発射される際の腹を揺るがす音が凄まじい。本人とバディは慣れているが、エメリナたちは最初は耳栓を用いた。
そして、彼らと行動を共にする隣国の人型異類であるロイクとアメデも異能を持っていた。他者の異能を身の内に取り込み、使用することができるのだ。更には、ロイクの感知能力の高さだ。多少離れた場所からでも、非人型異類の異能を見抜くことができる。密偵としても、戦力としても申し分ない。
シアンはどうやってそんな彼らを味方につけることができたのだろう。やはりティオとリムのお陰だろうか。でも、エメリナは何となく、それだけではないと思う。具体的にどうということかと詳らかにすることはできないが、多分、当たっている。
そんなシアンを酷い目に合わせた寄生虫異類を捉えようと、それが操っていた人型異類の足取りを追った。目立つ功績を短期間で残したシアンたちには彼らを利用しようという存在がいたのだ。幻獣たちの力を手に入れるためにはシアンを使えばいい。それは自分でも考えつく事柄だ。常に幻獣が傍にいるので手出しができなくて、彼を探ろうとして同郷の異界人を拷問にかけた。その行き過ぎた卑怯で残忍なやり口に戦慄する。普段、飄々としているマウロでさえ苦い顔をしていた。
そして、シアンたちを疎ましく思う存在は他にもいた。
エディスの街のならず者集団「のたうつ蛇」や黒いローブに身を包んだ怪しい風体であちこちに出没する者たちだ。
「のたうつ蛇」はしもべ団を抱えるシアンに反発し、同郷の異世界人を抱き込んで毒殺を目論見たが、失敗した。シアンの人脈で得た街の有力者に盗みに入ったのを阻止することもできた。
黒ローブの方は得体の知れない集団で、なかなか尻尾を掴ませない。潜伏先の隠れ家のいくつかや貴光教との繋がりは判明したが、ローブの下、エディスでどんな素顔を晒して生活しているのかなどが分からない。
自分たちの上に立つ者たちが早々に名を馳せ、彼らが不得意とする分野で自分たちの力を必要とされているということに、しもべ団団員たちは色めき立った。
何より、シアンが捕らえられたこと、それを知った幻獣たちの心情を慮ると居ても立っても居られない気がするのだ。力も知性も兼ね備えた自由な存在が、胸が潰れるような心持ちを味わったのだと想像するだに、自分の無力さがやるせない。
シアンは捕えられたり同郷の仲間に毒殺されそうになっても平然としていた。取り乱したのはリムが急激に成長した時くらいだ。後から、その前にも成長痛でのたうち回って苦痛を訴えたことがあり、その時も情けなく取り乱すしかできなかったと悔恨を口にしていた。
だからだろうか、幻獣に対するほどではないかもしれないが、シアンはしもべ団団員たちに安全第一を掲げている。危険が迫ればまず真っ先に逃げるように言われている。命を懸けて任務遂行を唱える指揮官は多いが、うちの首魁は怪我の有無すら心配する。
とんでもないことに、危険を減らす目的で、シアンは幻獣のしもべ団全員の転移陣使用料としての資金をくれていた。
魔力が少ない者のために、魔石まで預けていた。最近はしもべ団にと、薬の作成にまで手を出しているのだと言っていた。
貴重な素材を用いた装備品と言い、全てが幻獣のしもべ団団員たちの安全を気遣ってのことだ。
当の本人はさほど贅沢をしている風ではない。持ち物も高価なものにこだわりはない様子だ。ただ、どうやら周囲が採算が取れない売値で提供しているらしく、身に着けているものは良いものが多い。
こんな首魁はどこにもいない。
彼がティオとリムの同行者でいてくれて、良かった。




