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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第四章
151/630

6.梟の王1

 


 それからほどなくして、ディーノの案内によって魔族がやって来た。

 先日訪れた人面梟に似た白い梟の面をつけている。鼻先まで覆われ、口元しか見えないが、それでも相当美しい顔立ちをしているのではと予感させる形良い鼻と唇を持っている。腰の強い髪は襟足を短くし、前髪がひと房こめかみに掛かっている。褐色の肌を持ち、高い身長に服の上からも均整の取れた体つきをしていると分かる。

 そして、素晴らしい美声の持ち主だった。

『わあ、顔に何かつけてる! あれなあに?』

 近づいてくるの二人にリムがシアンに尋ねるのに、小声で答える。

「お面だよ」

『この間の梟みたいだね!』

「本当、そっくりだね。とても綺麗だ」

『綺麗だね!』

 声を顰めてはいたが、聞こえているのではないだろうかというシアンの懸念を他所に、異質な存在がニーナの村の借家の前までやって来た。


「こちら、本国で梟の王と呼ばれている者です」

 ディーノの紹介に、やはり国王なのかと思っていると、仮面の男がその場で跪く。

『身なりに気遣わず自己評価が低かった我ら敬仰する闇の君を様変わりさせ、それを喜びとされた花帯の君の御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。黒白の獣の君にもお会いできましたこと、望外の喜びです』

 シアンの肩に乗ったリムにも非常に恭しい。

 闇の精霊を敬愛しており、それによってシアンにも丁寧に接するのだな、と思う。

 単に加護を貰っているからではなく、闇の精霊を変心させたからだ、ということには考え及ばなかった。

 片膝を地につけ、もう片膝を直角に曲げ、それに額がつきそうなほど、首を垂れる魔族に立ってくれるよう促した。

「僕はシアンでこちらの子がリムです。殺風景ですが、中でお茶でもどうぞ。お口合うかわかりませんが、リムと一緒にお菓子を作ったんです。甘いものは食べられますか?」

『とっても美味しかった!』

 リムが反芻するように舌で鼻をぺろりと嘗める。

『もちろん、喜んで頂戴仕ります』

 笑みを含んだ声は艶やかで深みがある。


 居間に野外用のテーブルを出し、買ってきたテーブルクロス敷いて体裁を整えている。椅子も野外用である。

 その傍らにティオが横寝している。

「彼がティオです」

『お初にお目に掛かります』

 すかさずその場に跪く。

 闇の精霊の加護を受けないティオにまで、とシアンは目を見張る。

「こちらにお掛けになってください。今、お茶をお持ちしますね」

「手伝いますよ」

「いえ、ディーノさんも掛けてお待ちください」


 茶器と焼き菓子の乗った皿を運んでいくと、梟の仮面の男がさっと立ち上がって断る隙もなくシアンからトレーを受け取り、テーブルに乗せる。ディーノも立ち上がったが、彼よりも素早かった。

 真っ先にシアンの前に茶菓を配し、次にリム、自分、ディーノの前へと置く。ティオの分は床に直置きである。リムが運んで行くと、ティオが礼の鳴き声を上げる。

「あ、お客様の分はこちらで」

 シアンはリムの皿とディーノの皿を取り換える。

『しかし、そちらのケーキは小さいのでは?』

「実はもうリムもティオも先ほど食べたので、小さいのでいいんですよ。ね、リム」

 先に頂いてしまってすみません、と言うシアンに梟の王は唇に笑みを刷いたまま首を振る。

『うん! また食べてもいいの?』

「うん、そのために沢山作っておいたからね。折角だから、皆で食べよう」

 それに、ディーノの他の魔族にもリムが実際にカトラリーを使っている姿を見てもらいたい気持ちもあった。形はもちろんよく、リムが力を入れても曲がらない逸品だ。市場で購入したカトラリーは簡単に曲がってしまった。

『ありがとう、シアン!』

『これのことでしたら、ご配慮いただかなくとも構いませんのに』

「いえ、僕たちのルールなので」

 やんわりと断るとそれ以上は主張しなかった。


「リムはテーブルの上で飲食してもよろしいでしょうか?」

 テーブルの隅に置いたリム用の小さなテーブルに視線をやる。

『ぼく、ティオと一緒に床で食べる?』

『いいえ、できましたらご一緒したく存じます』

 言葉に甘え、リムはそのままテーブルの上で喫茶した。

 ディーノも梟の王もリムが器用にカトラリーを扱うのを嬉し気に眺めている。

「ディーノさんが売ってくださったカトラリーはリムのお気に入りなんですよ」

 伝えると、よろず屋の店主よりも梟の王の方が満足気だ。ディーノが口を開き、けれど何も言わなかったのに気づき、水を向けようとしたが、茶器を受け皿に戻した梟の王が声を発する。

『良い香りのお茶です。ローズマリーの香りですね』

「はい。リムやティオと一緒に採取したものを乾燥して茶葉に混ぜたんです」

 手ずから、とため息交じりに呟く。

「菓子も美味しいです」

「あの、梟の王様は国王陛下なのですか?」

『いいえ、単なる呼び名です。なので、敬称は不要ですよ』

 国王ではないと聞いて、シアンは安堵した。


 ひとしきり舌鼓を打ち喫茶を終えた後、梟の王が居住まいを正す。梟の王は座ったままで、ディーノが彼の後ろに立つ。

『この度の次第、誠に申し訳ございません』

 謝罪から始まり、事の次第を端緒から話し始めた。

 ディーノはもともとアダレード国の商業都市トリスでよろず屋を営んでいた。魔族の国の上層部に指示され、隣国ゼナイドの国都エディスに活動拠点を移したシアンの様子を見に行った所、とある魔族の貴族に情報が洩れたのだと言う。

「以前、シアンも一度俺の店で会ったことがあります。妙に迫力のある方でして」

「ああ、あの!」

 人型を取った何か別の物に見えた男を思い出す。陰が軟体動物のように蠢き、生臭い息を吹きかけられた心持になったことを想起し、知らず身震いする。

 空気が張りつめ重くなり、息を吸うことも難しかった。

「まるきり人には見えなかった、あの方が」

『さようにございます。その者が花帯の君にお会いしてしまったが故に、要らぬ関心を抱いてしまった。そして、ディーノの動向を見張っており、花帯の君の行動も読まれてしまったのです』

「全く俺の落ち度です。申し訳ございません」

 ディーノがその場で跪き、深謝する。

『この者に一任したわたくしの責でもあります』

 梟の王も席を立ち、跪こうとするのを止める。

「ひとまず、謝罪は受けました。どうぞ、座ってください」

 梟の王は優雅な仕草で立ち上がり着席したが、ディーノは立ち上がったものの、彼の後ろにいる。

 喫茶は共にしたが、本来、席を同じくする立場にいない、というところか。


『その者は魔族の国の貴族であり、その地位に相応しい程度には力がありました。その力を用いて、瀕死のドラゴンをアンデッドとして蘇らせました。生きとし生ける者を歪めた副作用として、理性を失い、暴走することはままあることでして、その習性を利用してエディスを襲うよう仕向けたのです』

 膨大な魔力を要すると聞いたが、それを一人で可能にする。聞いてはいたが、魔族の魔力の高さに驚く。

「僕を狙って、ですか?」

『遺憾ながら』

 短い言葉に深い悔恨が籠る。

「ですが、どうして僕を襲わせようとしたのですか?」

『花帯の君が人の身でありながら、闇の君の御加護をお受けになったからです』

「ええと、つまり、取るに足りない人間が深遠の加護を受けたから、ということでしょうか」

『少し違います。我ら魔族は闇の君の御力によって生かされた過去があります。その轍を二度と踏まぬように、と固く誓って参りました。闇の君の御力が再び削がれることを嫌ったのでしょう。嘆かわしいことです。闇の君が御自ら御加護を賜られたというのと我らのこととは天地ほどもの差があると言うのに』

「違うのですか?」

『はい。我らは闇の君のお優しさに縋りつき、生き延びて参ったのです。我ら魔族は闇の君に許しを乞う立場にあるのです』

「それは魔族があまり積極的に魔力を使わないことと関係しているのですか」

『……花帯の君はお敏い』

 唇に笑みを刻む。


「だとしても、あれほどの力を感じる方です。僕に直接手を下した方が早かったのでは?」

『闇の君より、花帯の君や黒白の獣の君ほか、お連れの幻獣の方々には余計な手出しをするなという下知がございました。そのため、直接の手出しをし辛かったのでございましょう』

 闇の君の加護を得たシアンが面白くなくて手を出したが、それも闇の精霊の指示を守ったやり様で行った、という徹底ぶりだ。自分の行いが闇の精霊の心に適わないと知りつつも、闇の精霊に害が及ぶことを阻止しようとしたのだろう。加護を渡すことが害をなすことに繋がるのが、シアンには理解が及ばない。


「事情は分かりました」

『ご説明に上がるのが遅くなり、申し訳ございません。闇の君の下知により、我らもまた花帯の君との接触を控えておりましたゆえ』

「どうして会ってくれる気になったのですか?」

 単純に疑問を抱き、深く考えずに尋ねた。

『これが一族がしでかした謝罪と償いを行うことは別物だ、と主張しまして。件の一件により、花帯の君にも多大なる影響があったとか。誠に申し訳ないことです』

 ディーノは犯人である高位魔族の存在にいち早く気づき、本国へ報告していた。それで、その身柄を素早く拘束し、連行することができた。貴光教の関係者に気づかれては無辜の魔族がやり玉にあげられかねない。

 ゼナイド王室が正常に機能していないことに乗じて、魔族の国は知らん顔を決め込んでいる。被害は殆どなかったとはいえ、自国の立場ある者が仕出かしたのは、他国の破壊行為である。尻尾を掴ませない強かさは為政者に必要なものだ。

 そして、それ以前に人の世の理に縛られない彼は、エディスの賠償や国同士の問題には興味はない。

「いえ……。それで、その魔族の貴族の方はどうなったのですか?」

『ただいま、本国にて監禁しております。このようなことは決して起こらぬよう処理します』

「処刑などは……」

『あの者が仕出かしたことは極刑でも生ぬるいです』

「そうですか」

 シアンが口を挟めることではない。

『あの者に科したい罰はありますか?』

「そうですね。弱い者のために行動をしていただきたいです」

『なるほど』

 梟の王は頷いたが、ディーノは首を傾げる。

「魔族の方々は深遠に命を捧げるほど傾倒されている様子に見受けられます。ですが、深遠のために生きるのでなく、彼が虐げようとした弱い者のために今後は生きてほしいです。それが贖罪にもなりますし、罰にもなると思います」

『闇の君の御為に生きることができないのは我ら魔族には多大なる苦痛。これは良い罰となりましょう』

 愉悦を漏らして嗤う梟の王に、シアンは苦いものを感じる。

 闇の精霊に全てを託して生きている風にしか見えなかったのだ。全て、それこそ責任も勝手な希望も背負わせているように思えた。

 これは重い。闇の精霊一人で抱えるには重荷である。

 慕う気持ちや闇の精霊を思う気持ちが行き過ぎて全てを預け切ってしまって、つまりもたれかかり過ぎている。

 しかし、それを否定することができるほど、彼らの事情を知らないシアンが勝手なことを言う立場にはない。



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