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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
15/630

15.鉱山/リム初めての狩り ~えいえいおー!~

 

 空から見る圧倒的なそれは、地面を歩いていては見れない光景だった。

 山裾が折り重なるようにして交互に姿を現す。渓谷に川が流れている。山裾の折り重なった向こうに蛇行して流れが見えなくなっている。ティオの一羽ばたき一羽ばたきでぐんぐん進むにつれて、川の先が現れてくる。

 上空からの眺望絶佳を堪能していると、右側で鳥の群れが飛び立った。結構な大群で、整然と羽ばたいて気流に乗り、竜巻のように螺旋を描いて上昇する。

 その羽ばたきが発する音や巻き起こす風を肌で感じる。むき出しのまま、ティオの背に乗っただけで高い空を飛んでいるのだと実感する。


 途中、山の中に入り、ふと視界に訴えかけるものがある。何かと思えば、鮮やかな色合いの果実が見える。上空からよく見えたものだと感心する間もなく、上手く木々の隙間を縫ってゆるゆると減速して何度か上下の羽ばたきを繰り返すだけで静かに着地する。衝撃も殆どないランディングだ。

 緑が凶暴なほど生い茂っている。

 水音がする方へ行ってみれば、小さい流れがある。山肌に沿って苔むした岩を伝うように流れている渓流に手を入れてみれば冷たさに咄嗟に引っ込めた。

「キュアッ」

「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけだから。冷たいよ。飲んでみようか」

『ぼくが先に試してみる』

 リムが肩から飛び出す。

 器用に滞空しながら勢いよく流れる水に近づき、直接口を付ける。

『冷たくておいしい』

 促され、シアンも水を掌で掬った。

 飲んでみると、喉が渇いていた自覚が出てきて、何度も掌に受けて飲んだ。

「ピィーッ、ピィ」

 ティオがいくつか果物のついた枝をくわえてき、勧めてくる。

 人気がなさそうなのを良いことに流れに足を付けてみると、気持ち良い。果物で腹がくちくなり、心地よい風が吹き、下映えの緑鮮やかさが目に眩しく、爽快な気分で歌を歌うと、リムも唱和し、ティオが地面を叩きだす。

 この渓流には小さな精霊が集うとされていた。

「大地の精霊もここにいるのかな」

『うん、いるよ』

「ティオ、見えるんだね。わらわらいる?」

『うん、わらわらしている。楽しそうに音楽に合わせて踊っているよ』

 掌に乗るくらいの大きさの精霊が飛び跳ねたりくるくる回ったりしているのだろうか。

 想像すると微笑ましい。


『あ、大地の精霊王も出てきたよ』

「ええっ?!」

 九尾にみっちり精霊講釈を叩きこまれたシアンだ。稀有な事象であることは理解した。しかし、その稀なことがなぜ自分に何度も起こるのか。

「ティオのことが好きなのかなあ、大地の精霊」

『お主らの音楽に惹かれて参ったんじゃがの』

 皺だらけの濃い褐色の肌に茶色の髪、鋭い目つきの老人が立っていた。地面から伸び上がってきたように見えたが、大地の精霊だからだろうか。

 身長はシアンよりも幾分低いが、体つきはがっしりしていて、上腕などシアンの腿ほどもある。

「大地の精霊ですね。僕はシアンです。あの、加護をありがとうございます」

『迷惑じゃなければいいがの』

「いえ、僕には過ぎたものをいただいたと思っています」

『なに、そこのグリフォンが膨大な魔力を費やして地面にリズムを刻んでおったからな。良き音楽じゃった』

 誉め言葉に顔をほころばせた。

「ありがとうございます。ティオ、上手だって」

 手を伸ばすと、頭を下げてくれ、頬から首にかけてを撫でる。

『お主も地を荒らさぬよう言い含めてくれたからの』

「僕は何も。ティオがちゃんと聞き分けてくれたから」

『よいよい、くれると言うものはもらっておけ』

 気難し気な風貌のわりには気安く返す。

『ところで、光のと闇のに名付けたろう。わしにも名をくれんかの』

「ええと、それは構わないのですが、その、名づけというのは何か意味があるものですか? すみません、僕はこの世界の理に疎くて、教えていただけないでしょうか」

『それほどのこともない。単に呼びかけるに必要なだけじゃよ。ただ、その呼びかけを特定の者が行えば、我ら精霊は相応に応えるというだけのこと』

 何でもないことのように言われる。他の精霊たちも軽く扱っていたが、九尾やフラッシュの態度から、それが意味することはこの世界ではかなり重い意味を持つ気がする。

「それはその、人によっては力を借りられるとか、便宜を図っていただけるとか、そういうことでは?」

『その通りじゃ』

「精霊王が呼びかけに応えてくれるのは、そうそうないことでは?」

『まあそうじゃな。難しく考えずに、わしに相応だと思う名をつけてくれれば良い』

 あっさり言うが、なかなか引いてくれず、押しが強い。

「そうだな、では、雄大の君。雄大という名はどうでしょうか」

『ほうほう』

「あの、ティオに乗せてもらって空高い場所から地上を見て思ったのがやはり雄大だ、という一言に尽きたので……」

 気に入らなかったか、と少し怯む。

『いや、的確で良い名じゃ。今後はそう呼んでくれ』

 あまり呼び出したくはないのですが、とは言えないシアンだった。理由は分からないが、力を貸す気に満ちている。何故だ。

 九尾やフラッシュの話では人の世にあまり関わったことはなく、実際記述も残っていないという。

『雄大の君!』

『ゆうだい!』

 ティオもリムも喜んで呼んだ。その様子に大地の精霊は目を細める。間違いなく、グリフォンと小ドラゴンを可愛いと思っている表情だ。

『それでは、わしはもう行く。わしら精霊は基本的に人のすることに疎いが、ほれ、こういうもので色々作り出すのじゃろう』

 消えゆく前に、大地の精霊は鉄鉱石やその他銅鉱石の大きな塊をいくつかくれた。確かに、大地の精霊が管轄するものだ。

 冒険者の中では採取と同じようにこういった鉱石を採鉱する者もいる。プレイヤーとしてはスキルとして採鉱というものが取得できる。シアンは初めて見た。



 トリス方面へ戻る途中、ティオがある山の上空を飛びながら首を傾げた。

『あの山、人の気配がいっぱいする』

 シアンが視線をさ迷わせるのに、ティオが件の方向へ体勢を変えた。

 木が伐採されて遠目にも山肌が一部見えている。斜面に口を開けた穴を木材で支え、人が多く出入りしている。

「ああ、あれは鉱山だね。ほらトロッコに沢山積んで運んできているよ」

『石で遊ぶの?』

 リムの無邪気な声に笑う。

「あの石に鉄や銅とかが含まれているからそれを取り出すんだよ。そうやってフライパンや包丁を作っているんだよ。ちょうどさっき大地の精霊からもらったでしょう」

『もっと上の方にも人がいるよ。石の高い壁に囲まれている』

 ティオが注意を促した。

「石の壁?」

 鉱山に石壁が必要だろうか。詳しいことを知らないが、随分そぐわないように思う。

『ほら、あそこ』

 高度を取るとちょうど高い木が邪魔する。見やすいように低空飛行をしてくれたティオが嘴で示した先には確かに木々の間に灰色の石が見える。シアンにはよくわからないが、ティオには明確に石の壁が見えているのだろう。

「何かの施設かな?」

『でも、人間たちの寝床は麓の方にあったよ』

 大分、人の暮らしに慣れて見分けがつくようになった、と妙なところで感心する。

『壁の周りを警戒して歩いている人がいる。なんだろうね?』

「見張りがいるの?」

 それはただ事ではない。炭鉱から更に奥まった山で石壁に覆われた施設とは何なのだろうか。

『何かくるよ。車輪のついたのを引っ張っている』

 目を凝らすと何かが動いている。リムの言う通り、何頭ものロバがその体よりも大きい荷台を引いている。上から布がかぶせられているが、後ろの隙間から切り倒した木が積まれているのが見えた。荷台は何台も続き、次々と石壁の中へ運び込まれる。荷台に必ず一人は人がついている。

「もしかして製鉄所かな」

『製鉄所ってなんのこと?』

「採掘所から採掘した石があったでしょう。それから鉄を取り出すことをする場所のことだよ。でも、それにしては見張りがいるのはおかしいよね」

『ふーん』

 興味なさそうな返事が返ってくる。

「なんにせよ、遠くから見るだけで十分だよ。見つからないうちにもう行こう」

『そうだね、お腹がすいたし狩りをしよう』

「昼が近いものね」

 物々しい場所に近寄って行く必要もない。

 その時はそう思ったのだが、ティオに石壁の上空を飛んでもらえばよかったと後になって後悔する。

 ティオもリムも知らない人間のすることよりも、食欲を満たすことの方が重要そうだ。

 街近くの手近な狩場にやってきた。

『リムも狩りをしてみる?』

『する!』

「じゃあ、ティオ、補佐に回ってくれる?」

『大丈夫だよ、ひとりでできるよ』

 ティオの提案に勇躍して答えたリムはシアンの言葉を断った。

「うん、だからね、ティオは手を出さないで脇で見ていてね」

 でも、危なくなったら助けてやってほしい、そう願いを込めてティオを見れば、分かっている、という風にうなずいた。



 緑のなだらかな草原に白い筋がくっきりと伸びている。

 トリスと隣の街アラステアを結ぶ街道だ。

 雲が増え、鉛色で塗りつぶされ、晴天時に見せる明瞭なコントラストがぼやけて広がっている。

 ティオが高度を下げる。耳元で勢いよく風音がする。

 ティオが狩りの時に急襲するスピードよりも断然遅い。それでも、鼓膜が破けんばかりの音や顔に叩きつけられる風圧に、シアンは目を閉じないでいることで精いっぱいだった。

『あれにしようか』

 ティオが指し示した先には、体長はティオの半分以上、体高はシアンの顎辺りまであるウシ科に似た魔獣が三頭、小さな群れをつくっている。乳牛とは異なり、引き締まった胴回りに細く長い脚をしていることから、なかなかの脚力を持っていそうだ。

 特徴的な弧を描く長い角が高く売却される。

「リム、できれば、角はそのまま手に入れてほしいな」

『わかった!』

 元気よく答える。

『シアンとリムを下ろしたら、僕は一旦飛んで、違う方から群れを誘導するから、挟み撃ちにしよう。シアンは木の陰に隠れていてね。精霊が守ってくれるとは思うけど』

「うん。二人とも気を付けてね」

『ぼく、がんばるね』


 ティオがリムの方へと魔獣を追い立てる。

 つかず離れずの絶妙な速度で恐怖に駆られて懸命に走る。その勢いのままぶつかるとリムの小さな体は弾き飛ばされるのではないかと、遠目にもシアンははらはらした。

 つい、と燕のような滑る動きで近寄り、リムが体を反転させ、その勢いを利用して尾を叩きつける。枯れ木が割れる軽い音がして魔獣がもんどりうったその先にもう一頭がいて絡み合って地面に二度三度バウンドして止まり、動かなくなった。

 残りの一頭は慌てて止まろうとして脚を無理な方向でひねっている。体勢を崩したところへリムが首筋に噛みつき、両前足の爪を突き立てる。

 ひび割れた甲高い悲鳴が上がる。激しく体を揺すり、リムを振り落とそうとするが、上下に四本生えた長い牙が深々と刺さり、爪は赤い筋を刻んだ。音がするほど勢いよく開かれた翼が強く羽ばたき、リムが離れた。

「キュア!」

 えい、と可愛い掛け声とは裏腹に腹に響く轟音と共に光の筋が走った。よろける魔獣に突き刺さり、焦げ臭い匂いがする。

 どう、と倒れた魔獣はわずかに痙攣し、絶命した。

「リム、お疲れ様。怪我はない?」

『ない!』

 元気よく答えた口から牙が見える。獲物の血に濡れ、カーブに沿って脂の一かけらが伝う。

 血が付いた口元と爪を拭いてやる。

 ティオと行動を共にするようになってシアンは料理人として解体した。だから、この世界でも血と肉と皮と脂や腱、筋、骨、内臓、その他もろもろ、現実世界と同じもので動物はできていることを知っていた。実感せざるを得なかった。現実世界では知らなかったことをこの手で触り、匂いを嗅いで、その弾力性を感じていた。

 ティオもリムもこの世界で捕食することを必要としていて、それが自然の摂理であることを体感していた。


『最後のはもしかして光の魔法を使ったの?』

 風を優しく揺らして舞い降りたティオが尋ねると、リムが気軽に是と答えた。

 加護を得て、使えるようになった魔法を早速取り入れている。すこぶる器用だ。

「そういえば、えいって掛け声、どこで覚えたの?」

『きゅうちゃん!』

「そう……きゅうちゃんから……」

 シアンの歯切れが悪くなる。白い毛並みを拭く手の動きが緩慢になる。

『きゅうちゃんがね、えいえいおー!って言ってたの』

 拭き終わった方の前足を掛け声に合わせて二度三度上下させ、最後に高く掲げる。

「きゅうちゃん、今度は何してたの」

 問いかけではなく、心が疲れて漏れた言葉に、リムが反応した。

『うんとね、「きゅっきゅっきゅっきゅうびさまのおとおりだ~えいえいおー!」って歌ってたの。しっぽがふっさふっさだった!』

 九尾が歌っていたのだろう節をつけてリムも歌う。

 先の戦闘の、険しく歯をむき出しに野生そのもので戦う凶暴な姿は、今は鳴りを潜めている。

『あっ』

「どうかした?」

 リムが素っ頓狂な声を上げ、素早くティオの背中に飛び乗り、背筋の反対側の方へ隠れてからちょろっと顔をのぞかせる。

「リム?」

『あのね、フラッシュがね、あんまりきゅうちゃんのまねしちゃダメって言ってたの。ダメだった?』

「真似する内容と時と場合によるなあ」

『ぜんぶじゃなかったらいい?』

「うん……多分ね」

 言い切れない何かが胸にわだかまる。常にこの世界にいられないシアンは事細かに制限することはできない。更には目を離さなくても九尾は色々しでかしそうではある。

『えいえいおー!は大丈夫?』

「はは、うん、それは大丈夫」

 そっと手を差し伸べると安心したのか大人しく抱かれる。

「フラッシュさんにも見せてあげようか。きっと可愛いって言ってくれると思うよ」

『いっしょにしてくれるかな?』

「それはどうだろうねえ」

 してくれそうではある。

 居候から始まり、リム用の小さなタンバリンを作り、一度に大量に肉を焼けるように鉄板を作り、ミンサーを作り、取っ手をまわす踏台をまで作ってくれたのだ。

「さっき狩った魔獣の魔石、フラッシュさんへのお土産にしようね」

『大地の精霊にもらったのもおみやげにする?』

 物々しい雰囲気の建物が一瞬脳裏をよぎる。

「鉄鉱石の方は念のために取っておこう。銅鉱石を渡そうか」

『おみやげ、たくさんだね!』


 昼食はリムが初の狩りで得た肉に味噌を塗って焼いた。独特の匂いと味でティオもリムも初めは躊躇していたが、食べるうちに気にならなくなり、勢いよく平らげた。


 下宿先へ帰りつき、家主にリムからだと銅鉱石を渡したら、品質の良さに出所に察しがついたのか、乾いた笑いを漏らしていた。

 可愛い動物の音楽隊への進呈として後日、楽器を作ってくれた。

 リムが好きそうだからと作った楽器はバーチャイムだった。長さが異なる金属棒が釣り下がっているもので、渡した銅鉱石を使用したのだそうだ。

「高品質すぎて、要求レベルに足りなくて、久々に戦闘に出た。気晴らしになったよ。制作した時もレベルが上がったし、良い経験をさせてもらった」

 爽やかに言う美人は素晴らしく格好良かった。

 スタンドまでついている。二十四本の胴の棒が華やかな響きを奏でる。透明感がある豊かな音色だ。

 その音色に一様にため息をついた。

「これも打楽器の一種なんだよ。ティオの太鼓もリムのタンバリンも打楽器。みんな仲間なんだよ」

『こんなに形が違うのに?』

『音もちがうよ』

 シアンが説明すると、ティオもリムも驚いた。

「そうだよ。全く違う音色がハーモニーを奏でるんだよ」

「あと、外したスタンドをこうやって折りたためるようにした。ティオの大地の太鼓のように出し入れできんからな。これで持ち運びも楽だろう?」

 何と、収納するケースまで用意している周到さだ。

「ありがとうございます。いつもいつも」

『ありがとう!』

『合奏、楽しみだね』

「まあ、なんだ、家賃にしては魔石を貰いすぎているからな。九尾が迷惑をかけているし」

『きゅうちゃん! きゅうちゃんに教えてもらったえいえいおー!やろうよ!』

 すっかり忘れていたのに寝た子を起こしたフラッシュはしばらくリムに付き合わされた。

 白衣の短髪美人が恥ずかし気に腕を振り上げているのはどこか微笑ましかったので、シアンはリムを止めなかった。

『ねえ、シアン、せっかくだからバーチャイムを持って出かけようよ。外で演奏してみよう』

「いいね。ティオはどこか行きたいところがある?」

『うん、これまで行けなかったんだけど、今なら大丈夫そう!』

 いつになく浮き立っている。

「そっか、新たな場所へチャレンジだね」

 ティオは飛翔できてもシアンが耐えられないかもしれない。トレーニングあるのみ、だ。




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