2.幻獣のしもべ団の活動
エディス近隣では初夏を迎え、早々に収穫できる作物が出そろってきた。
「特に今年は豊作だでな!」
「ほんに、ありがたいこった。なんでも、貴光教の娘っ子のお陰らしいな」
「おお、俺も聞いたぞ。緑の手の持ち主とか」
「近隣の村々でも豊作だそうだぞ」
「そんなに広範囲に影響を及ぼすことができるなんて、大したもんだ!」
ニーナの村の仮住まいを尋ねてきたマウロが、村人の噂話を聞きつけて渋い顔をする。
「どうかしたんですか?」
「いや、巷で噂になっている貴光教の緑の手の持ち主ってのがどうもうさん臭くてね」
意味ありげにシアンを見てくるが、何のことかわからずに首を傾げる。
「まあ、良いか。それはともかく、ティオは苛々しているみたいだが、大丈夫か?」
「マウロさんにも分かりますか?」
「ああ。最近では漸く、俺たちしもべ団をシアンの役に立つ人間だと認めてくれていると受け取れるくらいに雰囲気が柔らかくなっていたのにな。自分宛てじゃないとしても、あの殺気は近くで感じていたくないね」
「殺気? そんなに酷いですか?」
余計なことを口にしてしまったらしい。ティオは器用にもシアンには分からぬように殺気を抑えていた様子だ。薄い刃を首筋に突き付けられ下手な動きをすればどうなるか、といった状況に似た一種の緊張感を覚えるものだ。
「先だって僕が毒を飲まされそうになったことや、色々言われたことを腹立たしく感じているみたいなんです。僕が不甲斐ないばかりに、気苦労をかけてしまって」
さもありなん、とマウロは頷く。
「そうだろうな。自分が大事にしている奴が命を狙われたんだ。そりゃあ、腹に据えかねるだろうさ」
そのティオはリムと共に狩りに出かけている。シアンも一緒に出掛けようとしたところ、マウロと村の入り口で遭遇し、新居へ案内した次第だ。マウロはシアンが用事を済ませてくるのを待っていると言ったが、特に急を要することもなかいから、と一人踵を返したのだ。
「ティオの気晴らしも兼ねて、近いうちに遠出をします」
「これからどんどん暖かくなるしな」
それも良いだろう、とマウロが頷く。
「ああ、そうだ。これをどう使うかは任せるが、一応渡しておく」
マウロから預かったのはマティアスの似顔絵だ。
「わあ、とても上手ですね」
「だろう? 最近入団した団員に絵心がある奴がいてな。特徴を掴むのが上手い。人物だけでなく、静物もお手の物だ。重宝している」
ティオやリムも描きたいと言っていたそうだ。
「いいなあ。僕も欲しい」
「実物がいつも傍にいるだろうが」
マウロが呆れた表情を浮かべる。
「それより、あいつに許可したんじゃあ、他の団員が自分用に描いてくれってこぞって願い出そうだな」
新団員も紹介してもらっているが、いかんせん、数が多いのと接する機会が少ない者はまだ顔と名前が一致しない。時の花をかざす幻獣のしもべ団に入団してくる者は結構な数に上るが、家族を養わなくてはならない者や年端も行かない者は審査落ちしている。
新居では食堂兼居間にはローテーブルしか置いていない。野外で使用するテーブルやイスはマジックバッグの中で、狩りに持って行っている。
「すみません、使い勝手が悪いかもしれませんが」
「いや、構わんよ。ティオやリムが使いやすいようにしているんだな」
クッションを勧めながらシアンは頷く。
「家具がなくてがらんとしているでしょう? 物があったら、ティオが気を使うかと思って」
元からあった備え付けの暖炉があるだけだ。ここと竈は流石に煉瓦を組んで造られている。
「空間感知能力が高いから、不用意に家具や置物を壊したりしなさそうだがな」
「あれ、そうなんですか?」
シアンはまだティオの能力を分かっていない様子だ。
「多分な。あれほどの飛翔能力だ。目も体捌きも特級で、急降下で獲物を捕らえる能力があればな。それにしても、殺風景すぎやしないか」
苦笑しながらマウロが勧められた茶に口をつける。
「美味いな。花の香りがする」
「今、色んなお茶を楽しんでいるんです。果実の香りがするお茶とかもありますよ」
シアンはシアンで自分なりの楽しみを見つけていることに、マウロは唇の両端を吊り上げる。それにしても、エディスの英雄がこんな手狭で隙間風が好き勝手している装飾一つない家に住んでいることが面白くない。
第一、マウロは最近噂になっているエディス近隣の豊作だとて、シアンのお陰だと踏んでいる。
アダレードでもカラムの農場が豊作になったり、ジョンの牧場の牧畜が毛艶よく肥えることからも、シアンが精霊の加護を得ていると考えるに至る決め手になっていた。幸運の担い手というか、関わった者の運を向上させる、何らかの力が働いているとしか思えない。
それを、あろうことか、貴光教がかっさらった。
シアンの功績を努力も業績もない第三者が詐称した。それは幻獣のしもべ団でも気づいている者がいて、マウロと同じ見解である。
「シアンがもうちっと自分の功に自覚があるやつだったらなあ」
「兄貴ってそういうの不得意そうですよね」
「そうそう、全く気付かないっていうか、意識がないっていうか」
「俺たちがしっかりしていなくちゃな!」
「だな!」
幸い、ぼんやりな上を疎むよりは、自覚の薄い上司を盛り立てる方向に動いていてくれている。
茶を飲み干したマウロはシアンに言う。
「俺たちは新居探しに力を入れる。今、例の寄生虫異類の足取りを掴むのと同時進行で勧めているからな」
「ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね。ここも結構気に入っているんです。新鮮な野菜や果物が手に入りますし。エディスからそう遠くないですし」
「そんなもん、ティオがいたら少々の距離は気にならんだろうさ」
それもそうだとシアンが笑う。
街中で暮らすよりはのんびりした村の暮らしが性に合うのだろう。音楽をしたくなれば今日のように森の中のセーフティエリアへ出かけていくのだという。
「おっと、ティオたちと音楽をする予定を邪魔したのか。そりゃあ、睨まれるわな」
ティオとリムの楽しみの一つを取り上げたのだ。
「そんなこと」
元々、トリスでフラッシュの工房兼住居に同居していたところ、近隣から音楽の音がうるさいという苦情が入って引っ越したのだ。大らかな村人の鷹揚さに甘えず、森の中へ行ってから楽器を取り出しているそうだ。
「それと貴光教か。黒ローブと繋がっているんだろうが、もう少し突っ込んで調べてみるか」
「本当に、気を付けてくださいね」
シアンに頷いて見せながら意味ありげな目つきをしてみせる。心構えをするように、という意思表示だ。マウロの目配せを察したシアンが先を促すので、NPCパーティ四人組のことを話す。ゼナイドではヒュドラの調査に赴いた際に出会っていると聞いた。
「どうやら黒ローブのことを嗅ぎつけたらしく、その近辺を探っていて逆に返り討ちに遭ったようだ」
「え、大丈夫なのですか?」
驚いてティーカップを受け皿に置く。
「多少痛めつけられて、這う這うの体でエディスから逃げ出したよ」
「そうなんですね」
「ただ、翼の冒険者の噂を集めてはその立ち寄った所に姿を現している」
「分かりました。気を付けます」
「ああ。ティオやリムにも言っておくと良い。彼らに警戒してもらうだけで違ってくるからな」
シアンは頷いた。
それにしても、黒ローブたちにまで手を出すとは迂闊である。
奴らは何をするか分からない連中だ。
非人型異類をけしかけて長閑な村の家畜小屋を襲わせ、魔族の仕業だとでっち上げる強引さと非情さを持っている。黒い布を頭からすっぽりかぶり、面体を隠していることからも得体の知れなさがある。
ジャンとエクトルにはヒュドラとワイバーンの素材を用いた武器防具が出来上がったら、自分を待たずに直接しもべ団に渡してほしい旨を伝えていると言うシアンに礼を述べ、マウロは村を後にした。
魔獣や非人型異類といった危険に富む世界で、とんと足取りを掴ませない寄生虫異類の他、熱狂的な宗教とその関わりが予想される得体の知れない集団を相手取る。
「こりゃあ、腕が鳴るぜ」
多少の危険や緊張感は絶妙なスパイスとなる。ただ漫然と無為に生きるのとは比べ物にならない。
マウロは再び主を得た。やや他とは価値観が異なる、とてもやりやすく、仕え甲斐のある対象たちだ。自然と、この者たちの役に立ちたいと思えた。




