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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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51.様々な尽力/異界人の異能

「ザドクさん、みなさんも、助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、有名税とはいえ、大変でしたね」

 場所を移して、以前イレーヌが働いていた料理店でザドクたちパーティメンバーと再びテーブルを囲んだ。

 いつもの通りティオを店先に待機させると目立つので、今日ばかりは厩舎を借りている。リムも一緒だ。九尾がシアンの護衛として付き添っている。先ほどの件があったから、ティオが離れるのを渋ったが、何とか呑んでもらった。


「しっかし、毒を飲ませようとしたって? 絡むにしてもやりすぎだ」

 ウィルが珍しく料理そっちのけで唸る。

「それを自分で飲むってさあ」

 ヴェラが呆れて手を振る。

「馬鹿が突き抜けたな」

「珍しく、ソールに同意する」

 腕組みをしたロシュが一つ頷いた。

「私たちはたまたま入った酒場で、翼の冒険者絡みで面白い見物ができるから、ってさっきの女の子が客を誘って連れ立って出ていく場面に行き会ったんだよ」

 それで不審に思って念のため、後をついてきて、先ほどの場に遭遇したのだと言う。


「自由な翼のみなさんも、不快な思いをさせてすみません」

「兄貴、止してください」

「そうだ、兄貴の所為じゃない!」

 隣のテーブルに着席した幻獣のしもべ団員が慌てて頭を下げたシアンを止める。

「身内の証言は信憑性がないって言われて役に立たなかったんですから」

「そうです。証言能力が低く決定的証拠にはならないなど、言われるまでもないこと。それをうまく切り抜けることができなかったのはこちらの落ち度です」

 上手く切り返せなかったことを羞恥としている。

「おや、学のある方とお見受けします。幻獣のしもべ団の方々は才能豊かな結社なんですね」

「まあそうですね。色んなやつの集まりですよ」

 難しい言い回しを耳にしたザドクが感心するのを、しもべ団二人組のうち一人がさらりと躱す。ザドクもまたそれ以上は追及しなかった。冒険者のうち、故郷を離れて流離う者の過去はそれなりのものなのだと見当をつけたのだ。


「この件に関しては、私の方からも運営に報告しておきますね。これは見過ごして良い問題ではありません」

 穏やかなザドクにしてはいつになく厳しい表情だ。それにヴェラもウィルも同調する。

「そうだね。自分で毒を飲んでおいて、死んだことを他のプレイヤーの所為にしたんだ」

「しかも、その前に他のプレイヤーに飲ませようとしていたんだぜ?」

 シアンは自分が先に飲んだということは伏せておいた。現在どれほどのプレイヤーが毒の耐性を有しているのか分からなかったからである。

 ザドクたちパーティもしもべ団員たちも大いに憤慨してくれたが、シアンの所為だとでっち上げられている間、憤る幻獣たちや精霊たちを抑えるのに必死だったので、実はあまり聞いていなかった。怒って貰えばそれだけ、逆に申し訳ない気持ちになる。

 後に何らかの折にそのことを知った九尾が言っていた。

『全く相手にされていないどころか、聞いていないなんて……。何だか、シアンちゃんに絡んできた冒険者や吊るし上げようとした女の子が可愛そうになってきました。いえ、シアンちゃんが悪いのではありません、精霊たちとティオとリムを止めるのが先決ですよね。街どころか世界が崩壊しますものね』

 その後、世界平和は君の手に!とか何とか意味の分からないことを言っていた。


「まあまあ、私たち外野が率先して怒ると、本人が怒れなくなってしまうものですよ」

「おう、そうだな。シアンはもっと怒ってもいいぞ!」

 ザドクの言葉にウィルがシアンをけしかけるように言う。

「僕の代わりにみなさんが怒ってくださったから、もう充分ですよ。それより、助けていただいたお礼に、ご馳走させてください」

 言って、料理を注文する。

「いや、災難だったのはシアンの方だからな。今日は俺たちが支払うよ」

「いけませんよ。ちゃんとお礼はしておくものです。自由な翼のお二人も、遠慮せずに好きなものがあれば、どんどん注文してくださいね」


 その後、たらふく飲み食いしたザドクたちパーティが、口々に礼を言って料理店を出ていった後、入れ替わるようにしてマウロが入店した。

「よお、また騒ぎの中心にいたらしいな」

 すぐにシアンを見つけて太い笑みを浮かべながら、向かいの椅子に座る。

「耳が早いですね。あ、それとも、お二人が報告を?」

 シアンは目を丸くし、すぐに気づいて隣のテーブルからこちらへ移ろうとしない幻獣のしもべ団団員二人に視線をやる。

「はい。この店に入る前に、ここにいるということが頭に伝わる様に手はずを整えました」

 路地裏で遊ぶ子供に駄賃を握らせて伝言を依頼したのだと言う。

「流石の手際ですね。そう言えば、知人の密偵の方が自由な翼の技能を褒めていましたよ」

 そんな手法があるのか、とシアンは感心しきりである。

「呼んでいただいてちょうど良かったです。実は、トリスからエディス近隣の村に引っ越したんです」

「ほう、こっちで本格的に活動するのか?」

 マウロが顎に手をやりながら意外そうな顔つきにならう。

「そうですね、どちらかと言うと、あちこちを旅しながら、家探しをする、という感じでしょうか」

 シアンは自分の配慮のなさゆえの騒音問題と一時的にニーナの村に滞在すること、幻獣たちが出した新居の条件などを話した。

「みなさんはこちらに来られたばかりで土地勘はないかもしれませんが、もし、良さそうな家があったら教えていただけますか?」

 九尾の言を受け入れ、幻獣のしもべ団を頼ることにした。マウロやしもべ団員たちはそんな些事を、とは言わず、気軽に請け合ってくれた。

「おう、任せておけ。そういうのも情報収集の一環で引っかかってくるかもしれないからな。肝心な予算は……っと、ヒュドラ退治のギルドの報酬と素材売却とで、上限は考えなくても良さそうだな。それに、ドラゴンの屍退治の方はギルドだけじゃなく国からも報奨が出そうだしな」

 マウロがにやりと笑う。


 ドラゴンの出現に際し、天帝宮からその場に九尾がいたことを国に明かしていた。それは、下手な誤魔化しをするなという釘刺しであったが、九尾が顕現し、街を救うのに助力したと受け取った王宮では弛緩した空気が漂っていた。もはや自分たちは許されたと思ったのだ。

「ギルドや国からも出るんですか? でも、依頼を受けたのではありませんよ?」

 太い笑みが似合う男が面食らって口をうっすら開ける。

「シアン、ドラゴンの屍を撃退した後、ギルドへ行っていないのか?」

「はい。ヒュドラ退治を依頼された際、門番の方に伝言を受け取って出向きましたから、急ぎのことがあればまたそうしてくれると思って」

 第一、最近のエディスの街をゆっくり歩きたいとは思わない。買い物などの目的を済ませれば足早に通り過ぎることにしていた。

「ああ、そりゃあ、緊急の時くらいだ。もしかすると、そろそろその手法を取ってくるかもしれんがね」

「そうなんですね。近いうちに、一度顔を出しておくようにします」

 そういうものか、とシアンは頷いた。

「そうした方が良いな」

「あと、もし報奨が出たとして、国からの方は断ることはできるんですか?」

「断るって、お前……まあ、気持ちは分かるが」

 一角獣を閉じ込めその力を吸い上げることによって国を治めて来た王室から、何も受け取りたくはない。そんなシアンの内心を、幻獣と親しむ姿をよく見て来たマウロは読み取って、頭をがりがりとかいた。

「断ったら、心証を悪くしますでしょうか」

 尋ねてみたものの、シアンとしてはさほど重要な事ではない。ただ、アダレード国と言い、国の中枢とはあまり関わらない方が良いと思うことが立て続けに起きて忌避する気持ちにならざるを得ない。

「んなもん、言い様だろう。既に冒険者ギルドから冒険者として本分を全うした証を受け取りました。この上は身に余りますので私に下賜されようとしたものは被害にあった方にお使いください、とでも言っておけば良いだろう」

 なるほど、と頷くシアンに、先ほどザドクに言葉遣いを感心されたしもべ団が言う。

「ほらね、うちは馬鹿も多いけれど、多少頭を使えるのもいるんですよ」

 と笑った。ほっそりして気弱気にすら見えるが、発言内容はやや過激である。

 なお、シアンはマウロの読み通り、国から報奨を下賜されようとしたが、教わったそのままを言上して、難を逃れた。


「ところで、さっき、シアンが飲まされそうになった毒を用意した結社を抑えている」

 マウロの唐突な言葉に、シアンは息をのんだ。口を開きかけ言葉が出てこなくて深呼吸する。

「先ほどの冒険者のパーティとは別に、僕を殺そうとした者が、しかも団体でいる、ということですね」

「そうだ」

 頷き、すぐには何も言わないマウロに、シアンが落ち着くのを待っていてくれるのを感じる。シアンは飲み物に口をつけ、話の先を促した。

「事の発端は、エクトルのところに数人単位で盗みに入った一団がいたことだ。念のため、しもべ団を二人、エクトルのところに貼りつかせていたんだ。そのうちの一人が応援を呼んで、盗人どもが逃げようとしているところを一網打尽にした」

 その後、問い詰めて盗人たちが「のたうつ蛇」というならず者集団であることや拠点、構成員などを聞き出した。

「翼の冒険者を殺害しようとしている輩に遅効性の毒を渡し、毒が回って死んだ時に自分たちはエディスから脱出しているっていう計画を企てていたらしい。その行きがけの駄賃とばかりに、エクトルの家を始め、金がありそうな所に盗みに入ったり、その他の悪事を働いて、一切合切のほとぼりが冷めるのを、他所で優雅に暮らしながら待っているつもりだったんだってよ」

 好き放題極まる、とんでもない話である。

「よくそんなことまで聞き出せましたね」

「俺たちは色んな技を持っていますからね。そういう質問をするのがうまいのもいるんです」

 しもべ団の一人が答える。こちらは鍛えた体躯にふてぶてしい笑みを浮かべている。


「それで、俺たちが何故こんなことをぺらぺら喋っているかというと、こっちからもシアンはとばっちりを食ったからだ」

「とばっちり?」

「ああ。連中が翼の冒険者を標的にしたのは、俺たち幻獣のしもべ団が気に食わなかったのが理由だ。自分たちの縄張りを荒らされたってとこだな」

「なるほど。それで自由な翼と繋がりがある僕に毒を盛ろうとしたんですね」

 しかも、自分たちが直接手を下さず、他の者を介して本懐を遂げようとして失敗した。

「済まなかった。勢力圏を荒らされるのを嫌がる輩はどこの世界にもいる。あまりにすんなり受け入れられたのも、シアンが先にその土台を作ってくれていただけだってのに、隙があった。浅慮だったよ」

 マウロががばりと頭を下げる。他の幻獣のしもべ団団員二人も同じくだ。

「頭を上げてください。マウロさんたちのせいじゃないですよ。向こうが勝手に気に入らないからってやったことなんですし」

 毒殺まではいかないが、気に入らないから害するという輩はどの世界にも一定数いる。シアンが活動した世界でも陰湿に行われた。


 体勢を戻したマウロに尋ねる。

「今ものたうつ蛇の人たちを確保しているんですか?」

「ああ。エクトルから司法の手にゆだねてもらう。余罪だらけの連中だ。やって来たことはえげつない。恐らく、極刑になるだろうな。これでこの件は結着だ」

 盗みだけではなく、恐喝や殺傷を行う者が集う集団だったようだ。

「奴らに生きててもらっちゃ困る奴がわんさかいるらしい。今までは、後ろ暗いことを依頼して、逆にそれをネタに弱みを握られていたから、警邏もろくに手が出なかったんだ。奴らを撃退するために腕利きの冒険者を雇うなり何なりするくらいしか自衛手段がなかった。それを一網打尽にしたってわけだ」

「自由な翼の名声が上がりますね」

「今回の件があったからな。いっそ、徹底的に名を上げて、下手な文句をつけられないようにした方が手っ取り早い気もするぜ」

 マウロはよほどシアンが毒を飲まされそうになったのが腹立たしいらしく、忌々し気な表情である。考えてみれば、彼ら幻獣のしもべ団はプレイヤーが死亡判定を受けても戻ってくることを知らない。シアンが不在であれば幻獣とのパイプ役がいなくなってしまうことは組織が瓦解することと同じだ。


「あの、今まで説明しなくて済みません」

 そう断って、異界の眠りの縛りがある人間は死ぬと異世界で目覚め、それからしばらくした後、また戻って来られるのだ、という話をした。

「だから、僕はそうそういなくなったりしませんから、大丈夫ですよ」

 シアンとしては純粋に、そういう事情だから彼らが体を張ってまで助けてくれようとしなくて良いのだという気持ちを込めて話した。

「何だ、その最強の異能は……」

「兄貴、すげえ」

「流石は翼の冒険者!」

 マウロたちからしてみれば、とんでもない話である。

「あ、いえ、これは僕だけの異能ではなく、異界人の能力なので」

「なるほど、それで異界人ってわけか」

「そんなの、あり得るのか……」

 マウロは得心した風に頷き、しもべ団団員は絶句する。


 彼らの様子にようやく思い至る。そして、考えなしに話したことを恥じた。

 少し考えてみれば分かることだ。死んでも生き返るなど、それこそドラゴンゾンビでもあるまい。

 彼らはこの世界で命をかけて魔獣などの脅威と向き合い、一つ一つを重ねて堅実に暮らしているのだ。スキルやゲームシステムで簡単に一足飛びに、何でも成し得てしまう自分たちとは違う。

 地道な努力というのは音楽に携わってきた人間としてならば分かる。日々の繰り返しの研鑽が、思い描く旋律を、律動を、和音を作り出す。

 それこそ脳に覚え込ませるほどに何度も練習するのだ。


「はい。ただ、あちらで死亡した場合はこちらへは戻って来れなくなります」

「ふむ。となると、あっちがメインってことか」

 マウロの理解の速さに舌を巻く。

「前にも言ったが、俺ら幻獣のしもべ団はシアンが要だからな」

「そうですよ。俺、今、自分の腕を存分に振るう居場所を与えてもらって、すごくやり甲斐を感じているんです」

「俺らの結社を簡単に空中分解させないでください」

 幻獣のしもべ団員たちに真剣な瞳を向けられる。

「お前ら、ちょっと熱くなりすぎ」

 前のめりのしもべ団員たちを、腕を横薙ぎに振って下がらせる。


「シアンはそんなこと考えなくて良いぞ。お前は好きに動けば良い。俺たちは俺たちで勝手にやっているからよ」

 マウロはのんきに笑うが、シアンはこれほど真摯な意志を無碍にはできない。

「でも、それじゃあ、みなさんの気持ちが」

「いやいや、思い込んじまっているだけだから、気にするな。居心地の良い場所を作ってもらえて感謝しているってだけだ。こいつらの気持ちを知っておくくらいは良いかもしれんが、引きずられる必要はねえよ。あくまでも、しもべ団はこいつらのための結社じゃねえ。幻獣、ひいてはシアンの手が回らないところをフォローする集団だ」

 マウロがいなすように手をひらひら振る。


『いやはや、聡明かつ俯瞰ができる人間ですねえ。きゅうちゃん、感服しました』

 それまで黙って傍観者然としていた九尾が思わず、と言った態で感嘆する。

 九尾はザドクらの前でもあまり注意を引かないように静かにしていた。

「お前らも、玄人ならそれらしくしな。甘ったれたこと言っているから、足元救われてそのツケを首魁に回すことになるんだよ」

「「はい」」

 幻獣のしもべ団二人はマウロの言葉に不満の様子を微塵も見せず、歯切れの良い返事を返した。



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