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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
14/630

14.料理/NPCパーティ

 

 雨の日はティオは気分によっては狩りに出かけるが、シアンはもっぱら料理に取り組む。

 シアンは醤油と味噌を作るスキルを取得できたため、購入することができるようになった。自分で作ってもいいものの、時間がかかる。今はフラッシュのところに居候させてもらっているので作れなくはないのだけれど、ひとまず棚上げしておくことにする。

 それよりもまず、肉を美味しく食べるための調味料作りを行いたい。

 肉。ティオが最も好む食料だ。消費量も多い。

 焼き肉のタレを作ることは以前から考えていた。

 果物の酸味がある方が味わいがあると思う。

 商業ギルドでレシピを購入してきてさっそく取り掛かった。


 醤油に昆布を浸けおきしておく。

 海産物は貴重で、乾物とはいえ、非常に高価なものだ。

 リンゴ、ミカンといった酸味と甘みのある果物と玉ねぎ、生姜、唐辛子、ニンニク、コショウといった香味野菜に砂糖と酒をブレンダーにかける。ちなみに、この調理器具はコーヒーミルみたいに手回しする。魔石を用いた自動のものは高額だ。力のあるリムが嬉々として回してくれる。

 先の醤油と混ぜたら火にかけ、酢とごま油を混ぜ合わせたら完成だ。


 もう一種、焼き肉用のソースを作っておく。

 玉ねぎ、長ネギ、ニンニク、生姜、パイナップル、蜂蜜と醤油を加え、ブレンダーにかける。

 先ほどのより甘みが強いものだ。

 フラッシュにはミンサーを作ってもらい、それをティオが使えるように連動する踏台をも作ってもらった。こちらも手動だ。

 リムは器用でこういった調理器具もお手の物だが、さすがにティオにはシアンが扱うミンサーは小さい。

 要望に応えて、踏台を踏むとその運動でミンサーやブレンダーの取っ手が回る機器を作ってくれた。かゆいところに手を届かせる物を作り出す彼女の錬金術師としての凄みを垣間見た。ちょっとした困ったことを解決してしまえるのだからすごいものだ。本人に言ったら、「ティオもリムと一緒にシアンの手伝いをしたいもんな」とティオの頭をなでていた。

 人に触れられることをよしとしない幻獣の気持ちを汲むことができる数少ない人間で、また、触れることを許されているシアン以外の人でもある。

 ちなみに、リムは背中で踊っていても気にならないどころか一緒に楽しくなるらしい。

 小さな弟には甘いティオだった。

 リムも強く優しい兄が好きで、シアンが自分の世話をするのを真似てティオの世話をする。お替わりをよそってやったり、食べやすいように支えてやったり、実に楽し気にあれこれやっている。

 小さい子が親のすることを真似て兄弟の世話を焼くような、微笑ましい光景だ。


 ティオが降りしきる雨をものともせずにマジックバッグを狩ってきた獲物でいっぱいにして帰ってきた。

 手早く解体する。レベルも上がったし、慣れた作業だ。スキルレベルが低いと寄生虫の被害を受けたり売れる部位を破損させたりなどする危険性がある。熟成は付加価値の位置づけで、大抵のものはすぐに食べることができる。

 魔石を九尾とリムがフラッシュの元へ運ぶ。その隙にティオの濡れた体を光の精霊にお願いして乾かしてもらう。


 早速、ミンサーを使った料理を、というわけでハンバーグを作ることにした。

 ミンサーに肉塊を入れ、ティオがせっせと踏台を踏むと肉が挽かれていく。

 戻ってきたリムが珍し気に眺めている。

 シアンはニンニクと玉ねぎをみじん切りして別で炒める。ボールに牛乳とパン粉を入れ、ニンニクと玉ねぎと出来上がった挽肉から順次混ぜ、卵と塩コショウ、ナツメグと乾燥パセリを入れる。捏ねて成型したものを弱火でじっくり焼く。


 その間にソースを作っておく。トマトを皮をむいて丸ごと水煮し、ブレンダーでペースト状にする。

 バターとすりおろした玉ねぎを炒め、赤ワインを入れてアルコール分を飛ばす。そこへトマトのペーストと砂糖と酒と醤油を加えて煮詰め、水を加えて完成だ。ハンバーグにたっぷりかけて出してやる。


『お肉が柔らかい』

 ハンバーグを食べたティオの第一声だ。

「挽肉にして野菜とかと混ぜているからね。食べ応えないかな?」

『肉汁が多くて美味しいよ!』

 ティオが力強く否定する。

「かかっているソースもいいな。肉料理に幅が広がるな」

 SPの補給とはいえ、やはり旨いものを食べたいフラッシュは魔石も大量に補充され、上機嫌だ。

「フラッシュさんがミンサーや鉄板を作ってくれたおかげです」

『おにくふわふわ!』

「ふふ、リムも気に入ったみたいでよかった」

『きゅうちゃんも気に入りました! お代わりを所望します』

「うん。沢山あるからね」

 一度に多く、または大きく焼くことができるように、フラッシュが鉄板を作ってくれた。

 美味いものを食べるために、料理人の要望に錬金術師が快く答えてくれた結果だ。

 なお、ミンサーは魚や野菜にも使用し、魚のすり身の揚げ団子やポタージュスープなどを作ってみたら、意外と好評だった。肉以外の料理で喜んでもらえるのが素直に嬉しい。


「ところで、シアンは光の精霊と闇の精霊の加護も得たのか?」

 不意を突かれてシアンは持っていた皿を取り落としてしまう。フラッシュは確信を込めて見やってくる。居住まいを正して頷いた。

「僕とリムにつきました」

「やはりそうか」

「あの、何かありました?」

 ため息交じりのフラッシュにシアンが恐る恐る尋ねた。

「先日、大地の属性をつけることができるようになったのだが、今日は光と闇の属性もつけられるようになった」

「フラッシュさんにも加護がついたんですか?」

「いや、加護はそうそう得られるものではないよ。ただ、生産で各属性をつけることができるようになったんだ」

「珍しいことなんですか?」

「いないことはない。しかし、光と闇の属性を付けられる者は一人もいないな」

 しばし沈黙が下りる。こういう時、混ぜっ返す九尾は今は料理に夢中だ。

 フラッシュはシアンの加護の影響で自分にも新たな異能が付加されたのだと思っている。そして、シアンもそうなのだと思う。精霊の及ぼす力とは、かくも甚大なものなのか。

「なんか、あの、色々すみません」

「いや、私も得難い経験をさせて貰えそうだよ。なかなか荷が重いがね」

 乾いた声で笑うフラッシュにシアンは申し訳なく首を竦めた。



ティオ一頭で小さい部屋分のスペースを取るほどの巨躯を誇り、目立つことから、あまり街中を出歩くことはない。久々に串焼きが食べたいというので、リムと一緒に街へ繰り出した。

 狭い道ですれ違う人が至近距離に夢物語に出てくるグリフォンが歩くのを見て口を開けっ放しになったり、呆然となったりする。当の本人は気にせずシアンの隣を歩いていた。リムはティオの背に乗って高い視点から街のあちこちを眺めては素早く動き回っている。リムからしたらティオの背中はちょっとした運動場だ。


 と、突然腕を取られて慣性の法則から体が行き過ぎてよろめく。すぐ傍で囁かれた。

「あんた、シアンだっけか。危ないぞ、噂のグリフォンがすぐ近くにいるってのに、ぼんやりして!」

 驚いて声の方を向くと、初めて街の外へ出た際に同行したNPCパーティーの面々がいた。シアンの腕を掴んでいるのは熱血漢の剣士だ。

「お久しぶりです」

「呑気に挨拶している場合じゃねえ! あんた、ちょっともっとこっち来い。分かってんのか、危ないぞ」

「キュア?」

 立ち止まったシアンを不思議に思い、ティオの背中から飛び立ったリムが近寄ってくる。そのまま自分の縄張りであるシアンの肩に乗る。

「あ、大丈夫だよ」

 シアンは肩に手をやりつつ、リムに声を掛ける。

「と、飛んでる!」

 熱血漢の剣士が驚いてシアンを掴んでいた手を放し、後退さる。

「キュア?」

「ごめんね、ちょっと知り合いに会ったから挨拶していたんだよ」

「何、この仔、可愛い!」

「白くてふわふわ! 羽がある!」

 無口な印象の女性陣が騒ぎ出す。

 黄色い悲鳴にリムが隠れようとして、シアンの背中や腹をたどる。時折羽ばたいてはいるが、魔力浮遊をしているのだろう。何しろシアンは細身で絶壁に近い。

「この仔はリム、あっちのグリフォンはティオです。僕の友人で現在のパーティーメンバーです」

「グリフォンがかっ!」

 シアンの紹介に、熱血漢剣士が絶叫する。

 リーダーの剣士が彼の口をふさぎ、魔法職の男が青くなる。猛獣の傍で大きな音を立てないのは鉄則だ。

「キュィキュィ」

 騒ぎには無関心で、早く行こう、とティオが顔を向ける。けれども、NPCパーティーはそうは思わなかっただろう。

「ひっ……」

 猛禽の鋭い視線に晒され、息を飲み体をすくみ上らせる。

 こちらの世界でまだシアンは馬を見たことはないが、現実世界のサラブレッドは体高百五十センチ超、頭から尾まで二百五十センチ超だ。

 比べてティオは、体高は馬より少し高いだけだが、体長は半身分は大きい。サラブレッドの引き絞った胴回りや細い脚とは比べようもなくしっかり筋肉に覆われている。

 草食動物でも水棲動物でもなく、これほど巨大な体躯の肉食獣であることが恐怖の対象だ。


「悪さなんてしないさ、このグリフォンはな。ちゃーんと行列にも並ぶんだ。そこらのやつより礼儀正しいぞ」

 聞き覚えのある声がする。いつもの屋台の店主が肉を焼く手を止めずにこちらを眺めている。

「あれ、今日はここでお店を出していいたんですか?」

「ああ、引っ越しした。行列ができるから周りに迷惑がかからない場所へ移動しろって商業ギルドからのお達しがあってさ」

「そうなんですね、声を掛けてくれて良かったです。危うく通り過ぎて以前の場所に行くところでした」

 数人列を作っている最後尾に並ぶ。なぜかNPCパーティーも続く。

「この屋台の串焼き、美味しいんですよ」

 とパーティーメンバーに言うも、男性陣はティオの巨躯に、女性陣はリムにくぎ付けだ。

「ピィ!」

 ティオがシアンに同意しながらその腹に頬をこすり付ける姿を見て、大きく肩を跳ねさせていた。

「大丈夫です。ティオ、体のつくりが大きいから顔も大きくて、お腹か背中くらいしかくっつけなくて」

 腹と背中はティオの縄張りだ。ただし、リムは通行可能だ。

「ティオもここの串焼き、好きだもんね」

「嬉しいねえ! さあ、今日は何本焼こうか?」

 シアンの順番が回ってきたが、答えを聞く前に網に乗るだけの串を置く。

「あ、皆さん、お先にどうぞ」

 シアンが順番を譲ろうとすると、NPCパーティーは高速で首を振ったり顔の前で手を振ったりして遠慮のジェスチャーを行った。

 グリフォンの順番を奪うなんて、と声も出ない態である。

「ティオは沢山食べるので、後でいいですよ」

「おう、すぐに取り掛かるからな」

 六人全員が指一本を立てる。

「一本ずつでいいのか?」

 揃って何度も頷く。

「あれ、そういえば、六人なんですね」

「ああ、一人増えたんだ」

「念願の盾職だぜ!」

 そそくさと串を受け取り、グリフォンの視界から外れてようやく声が出た。

「ようやくフルパーティーだ」

「おっ、これ、本当にうまいな!」

 冒険者特有の健啖ぶりですぐに食べ切った。

「行列ができるってのも分かる味だな」

「グリフォン様のお陰で儲けさせてもらっているからな」

「グリフォン御用達ならなあ。一度は食ってみたいと思うよな」

 そのティオは早速串にかぶりついている。

 シアンが差し出す串の肉を、下に歪曲した嘴でいくつかの塊ごと引き抜いて食べる。

 網にあった串を全て買い取り、持参した皿に山積みにして屋台の脇の邪魔にならないところで早速食べる。

 シアンの次はリムが差し出す。

 ティオが食べる合間にシアンとリムも齧った。

 瞬く間に、皿の串焼きが消える。

「いつも沢山焼いてもらってすみません」

「何言ってやがる! こちとら商売だ。大量に買っていってくれてありがたいぜ」


 汚れたリムの口元や前足を拭いてやると、リムも真似してティオの嘴を拭いてやる。

 それを女性陣がうっとりした視線で眺めていた。

「しかし、ちゃんと列に並ぶし、綺麗好きなんだな」

 感心する声に、当の本人はどこ吹く風だ。

「ティオ、大人しく列に並んでいて偉いね、って」

『だって、シアンが言ったんだもの。ティオは強いけど、人間はそれほど強くなくても、それぞれがいろんなことができて、そのできることをし合って集まって生きているだよって。だから、強いからってだけで偉いんじゃないし、好き勝手をしていいわけがない、順番を守らなくちゃ。お肉を食べたいってのはみんな一緒なんだから』

 ピィピィキュィキュィと長く囀るグリフォンに興味津々な面々に、シアンがティオの言葉を伝えると、口を開けたり目を見開いたりして放心した。

「さすがはティオ、よく分かっているねえ!」

 顔見知りの屋台の主が感心する。

「すごいな、ちゃんと分別がある。人間社会をちゃんと分かっているんだな」

「こんなに高度な知能を持っているなんて!」

 NPCパーティーはややグリフォンに馴染んできた。

「キュア!」

 なぜかリムが誇らしげに鳴いた。

「小っこいのは大っきいのが褒められて嬉しかったんだな!」

 これは分かる、と熱血剣士が笑う。

 女性陣からは可愛いと声が上がる。

「皆さんはこれから依頼をしに行くんですか?」

「ちょっと山の方へ行くんで、明日の朝早くに出かけるんだ」

「今日は旅の準備だね」

「遠出するから荷物が増えるー!」

 てんでに声が上がるが、実に楽し気だ。

 そんな彼らと別れ、シアンは街中で食材や調理器具などを見繕った後、下宿先に帰った。




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