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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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47.プレッツェルゲーム/魔族の事情 ~一人でするもん/贔屓だ!~

 エディスの街で「おまけ」だと渡された様々なものの中に、長い棒のようなものがあった。

『これ、なあに?』

 リムが矯めつ眇めつしながら匂いを嗅ぐ。

「それはプレッツェルだよ。焼き菓子だね。捩じれたような結び目の形のを見たことがあるけれど、これは棒状なんだね」

 プレッツェルは大きい種類は柔らかく焼き上げ、小さい種類は硬く焼くのが一般的だが、リムが興味津々なのはシアンの小指よりやや細めで、長さはリムの全長の三分の二ほどだ。

 硬く焼いたプレッツェルは保存性があることから後日に食べようと思ったが、興味を持ったようなので今すぐ食べるかな、と他の頂き物を冷蔵庫に収める。

『プレッツェルゲームをしましょう!』

『なあに、それ?』

 九尾が変なことを言い出し、リムが小首を傾げる。

『解説しよう! プレッツェルの端をそれぞれ対峙した者が口に咥えて同時に食べ進むゲームである! 先に口を離したほうが負けとなる』

 その昔、合同コンパや酒席で行われ、酔っぱらったテンションでキスをしてしまうゲームである。

「へえ、そんなゲームがあるんだね」

 遊びだと聞いてリムがやる気になっているのを、シアンは微笑ましく眺めた。

『きゅっ、シアンちゃん知らないんですか?! くっ、これだからイケメンはっ!』

「え、どういうこと?」

『イケメンにはこんなゲームは必要ないってことですよっ』

 ぷりぷり怒る九尾を他所に、リムがプレッツェルを掲げて見せる。

『シアン、やろうよ!』

 言って、プレッツェルの端を咥える。反対側を差し出す。

 そのままの姿勢でシアンの顔をじっと見つめながら待っている。

 なお、リムは中空で後ろ脚立ちする格好で、シアンが寝そべらなくても大丈夫な高度で滞空してくれている。

 戸惑いつつも、端を咥えた。

 途端に、リムがかりかりと音を立ててプレッツェルを齧り出した。

 齧りつつよく飲み込めるものだと思うほど、小刻みな振動は止むことなく、規則正しくシアンの唇に伝えてくる。

 結構な速度がある、ということはすぐに近づいてくると言うことだ。リムの顔が。

 間近に迫ってくる白い円い顔、円らな瞳に小さい鼻。時折垣間見える歯が鋭く、このまま齧り続けると、シアンの唇が危ないのかもしれないと愚にもつかぬことを思っていると、微かな息がかかり、暖かく湿った感触がある。

『食べ終わったよ!』

『うーん、これは引き分け、ですかね。でも、シアンちゃん、全然食べ進んでいなかったじゃないですか?』


 ぬ、とティオが顔を出す。その嘴にはプレッツェルが咥えられている。

「ティオもやるの?」

 こっくりと頷くと、プレッツェルも上下する。けれど、その端はリムに向けられたのではなく、シアンに向けられた。

「僕と? リムとやらないの?」

『ぼくとティオはシアンとティオの次だよ!』

 プレッツェルゲームを気に入ったのだろうか。それとも満遍なく遊ぶのを良しとしているのだろうか。

『じゃあ、リムはきゅうちゃんとやろうか?』

『うーん、でもプレッツェルばっかりそんなに食べたくないよ』

 シアンの分をほとんど食べたリムが当然の如く断る。

 九尾が尾の毛を逆立てて衝撃を受けている。

『い、いいもん、きゅうちゃん、一人プレッツェルゲームするもん』

 もそもそ食べ始める。

 シアンはプレッツェルを咥えていたのでフォローする余裕はなかった。今回もまた、ティオがこりこりと小気味よい音を立てながらその顔を近づけてくる。嘴に斜めに挟み込むようにして嘴に鼻がぶつかりゲームは終わった。

「ティオ、嘴の先が下がっているのに上手く食べれるね」

 プレッツェルゲームをしている際には斜めの顔を眺めていた。嘴で切り取りながら小さな欠片を口に収めて咀嚼していた。

 鳥は飛行するに適するよう、体重を減らす為に歯さえもなくしたほどだが、鷲の上半身を持つティオは飛翔に魔力による補助を得るお陰か、歯を持っている。

 ティオとリムのプレッツェルゲームはあっという間に終わった。頬と嘴をぶつけ合い、咀嚼に顔を動かしながら、うふふ、と笑い合っている。

 さて、シアンは三度目のゲームを九尾としたかどうかは謎である。



 ディーノに与えられた感知能力は、そのドラゴンが闇の魔力によって作り出されたことを教えた。

 エディスにいる人間の半数の魔力を集めれば或いは、エルフでも有力者が複数集まって何とか、といった程の魔力を有する。それも闇属性に限られるので、ほぼ不可能だろう。

 では、誰が。

 ディーノには心当たりがあった。

 本国の上層部に報告は上げていた。

 しかし、闇の君からの下知を順守するあまり、動けずにいた。その間隙を突かれた。

 他の者が聞けば何を馬鹿なことを、と思うだろう。

 彼ら魔族にとっては闇の君の託宣は絶対だ。今まで魔族に何の意思表示もしなかった闇の君の初めての下知だった。

 そう、上位の者であればあるほど、動けるはずがなかった。

 そこで、ディーノに種々の能力を譲渡された。だから、自分こそがちゃんと動かねばならなかった。それを、報告したからと言って座して手をこまねいていたなんて、ぼんくらすぎる。


 ディーノは以前、リムが苦しんだ時にシアンに何とかならないかと言われて、慌てて薬を探したりしたが、結局役に立たなかった。

 その時の不安げな表情を、リムを抱えたシアンは今度もまた浮かべていた。早く休ませてやりたいという姿に、また苦しむのではないかという懸念を、ディーノでさえ抱いたのだ。

 シアンが無事、神殿に駆け込んだのを見送った後、ディーノはすぐさま本国へと転移陣を踏んだ。

 渋る上の方々に言葉を尽くして、心当たりのある魔族を拘束し、取り調べることを強く申し立てた。

 ことは花帯の君、黒白の獣の君にも関わり、また、彼らを害する目的だったかもしれず、国際問題にも発展しかねない。

 ディーノの具申に上位者たちの意見は紛糾した。

 そこで、花帯の君らのことはともかく、自分たち一族の者が不審な動きをしているので召喚して問いただすのであれば問題ないのでは、と提案し、ようやく首謀者は拘束された。

 とにかく、この件に関してのシアンの安全は確保され、ディーノは一安心したのだった。



 シアンはエディスの街に恐怖した。

 現実世界で注目されることはあったし、特に楽器の演奏など、観客の視線が一斉に向く。けれど、それは演奏を聴くためであり、シアンの普段の一挙手一投足に関してではない。

 しかし、トリスに留まり続け、新しい狩場に行けないのもティオやリムのストレスになるだろう。

 悩むシアンに、九尾が提案した。

『今までもティオは注目され続けていたけれど、一緒に街を歩いていましたよ。自分に向けられなければ良いということでしょう。では、リムをティオの背に乗せるか、もしくは自前の翼で飛んでもらうかして移動して貰えば良いのでは? 要はエディスの街を移動する時だけ、シアンちゃんの肩から降りてもらえば良いのです』

 目からうろこが落ちた。

「そうか、そうだね、きゅうちゃん! リム、それでも良い?」

『うん、ずっとじゃないものね』

「ごめんね、エディスの街を通る時だけね」

 シアンの肩を自分の縄張りだと主張するリムが聞き分けてくれるのに、妙な罪悪感を覚える。

「でも、その間、他のを乗せないでね。きゅうちゃんもダメだよ!」

「はは、もちろんだよ。それにきゅうちゃんは乗らないよ」

 聞き分けたものの、やはり自分のだと主張するのに思わず笑い声が漏れる。第一、生きた狐を乗せるのは無理がある。

『きゅっ! 狐の本毛皮ですぞ!』

「肩には乗らないでしょう? 抱えるか背負うならできるだろうけれど」

『じゃあ、シアンちゃんの背中はきゅうちゃんの……』

「シアンの背中はぼくの」

 ぬっとティオが嘴を物理的にシアンと九尾の間に入れる。そのまま、九尾を脇に押しやりシアンの背中に頭をこすり付ける。

『えー、胸と腹はティオなんだから、背中くらい良いじゃないですか』

『駄目』

 言下に短く却下する。

『ティオー、ぼく、シアンの肩にいる時、しっぽが背中に垂れるんだけど』

 リムがティオを上目遣いで見やる。

『うん、いいよ』

『やったー!』

 可愛い弟の姿に目を細めて首肯すると、喜んで嘴に抱きつく。

『何でリムだけ!』

 九尾が地団太を踏む。

『贔屓です』

 短く即答する。敬語を使ってちょっと嫌味を籠めている。

『なぬっ⁈ 堂々と贔屓宣言頂きました!』

『贔屓ってなあに?』

 ティオの嘴に腹を乗せて、後ろ脚をぶら下げたまま、リムが小首を傾げる。時折黒い翼と一緒に後ろ足の甲がはたはたと動く。

「気に入った人に色々してあげたり、特別扱いすることだよ」

『ティオはぼくが特別?』

『そうだよ』

 リムとティオは至近距離で目を合わせたまま、うふふと笑い合う。

 のけ者にされた九尾はだが、優しい瞳で兄弟を眺めていた。



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