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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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46.漂泊の薬師、貴光教へ/プレイヤーの反応/エディスの勤労少女4

 カレンは足場が組まれ、改修工事が行われている神殿の前に立っていた。瓦礫は撤去され、盛り上がった二の腕を持つ男たちが木材や切り出した石を台に乗せて牛に曳かせて建物すぐ脇に積み上げ、そこからロープに固定して滑車で巻き上げる。

 途方もない作業を一つ一つこなし、まさに積み上げながら、巨大で美しい建造物を造り上げるのだ。

「ようやく建築作業が始まりました。我々も前を向かねばなりません。たゆみなく歩んでいく、ただそれだけです」

 金の長髪を後ろで一括りにして形の良い額を見せた男、ジェフが静かに微笑む。


 カレンは何度かジェフに日ごとに雇われる形で薬の調合や処方を行った。火災に見舞われたわりに支払いは良く、日々の食事のことを常に考えずとも済むようになった。ようやく人心地付いた。

 寝て起きて考えることは口に入れる食べ物のことばかりだった。それが惨めなことだったと、その境遇から這い出すことができてようやく思い至った。空腹は他の思考を全て奪う。

 身震いする。もう、戻りたくはない。


 そんなカレンをジェフは自分の上司だと言ってイシドールに引き合わせた。彼は薬草園で薬草を育てることから薬づくりに着手していると言う。そして、カレンにもぜひ手を貸してほしいと熱心に誘った。

 日々食べ物やそれを購うお金のことを考えずに、ひたすら研究に没頭していられる。夢のような生活だった。


 カレンはその種族特性ゆえ魔力は高いが、魔法操作がうまくなかった。そのため、エルフの里を出て、諸国を巡りながら薬草を手に入れ、薬師として生業を立てた。そうする中で、魔力の少ない人間が器用に色々試すのを知り、妬ましさを抑えることができなかった。しかし、プライドが高いことからそれを認められないでもいた。

 そして、路銀に不自由して困窮した。

 火災に遭ってもすぐに大改修工事に着手できる程の資金を有する組織で安定して働き、報酬を得ることができる。自分の持つ知識や技能で金銭を得ることができる。

 それがどれほど尊く、実現するに難しいことなのかをカレンは思い知っていた。

 躊躇なく頷けなかったのは一瞬、脳裏を垂れ目の軽薄そうな男の顔が過ったからだ。

 しかし、カレンは目を瞑ってやり過ごした。

 恋では腹は膨れない。

 それに、彼はその種族の本懐を取ったのだ。

 カレンは薬師として臨時雇いだった貴光教と長期雇用契約を結ぶ。

「私も前へ進んで行かなくてはならないわ」

 カレンの宣言に、ジェフは標準装備の笑顔で答えた。



 エディスに姿を現したドラゴンが、シアンの連れた小さな幻獣だということがプレイヤーにも知れ渡った。

 あれほど苦労して迷宮のような洞窟を抜け、寒さや動植物の毒、妙な異能を使う異類に苛まれながら、遠路はるばるやってきたのだ。

 国境の迷宮では見かけなかったけれど、後から入って自分たちより先にゼナイド国都に着いて、王宮イベントをクリアした。

 グリフォンで移動ってなんだよ、それ。

 ヒュドラ退治までもしたと言う。

 二つ名まで付いてNPCにすっかり定着している。

 その上、白い小さい幻獣がドラゴンに変身して、ドラゴンゾンビから街を守りましたってどういうこと?

 グリフォンの次はドラゴン?

 おかしすぎるだろう。


 職種は料理人? 戦わないの?

 サブ職種は吟遊詩人? 歌って食べて遊んでいるだけじゃないか。


 ずるいずるいずるい。


 グリフォンかドラゴン、両方っておかしい。どちらかは譲るべき。

 召喚獣でもテイムモンスターでもない? じゃあ、プレイヤーをヤッちゃった後、手懐けたらいいんでない?

 いや、返り討ちというか、近づくこともできない。

 それでは、どうするか。何とかならないか。


 そもそも、このゲームのようなリアリティのあるVRMMOでは、プレイヤー間、もしくはプレイヤーと人型NPCとでは戦闘が行われないよう、国際法で定められている。

 このゲームの中では、NPCの人間に襲われた場合、襲撃者とプレイヤーの戦闘能力によって勝敗が決まる。その戦闘能力は細かい条件付けによって上下する。

 例えば、後ろから首を絞められ、振りほどく場合は相当な膂力や器用さ、精神力、幸運値などが関連してくる。精神力は冷静に事に当たれるか、に関与する。言うなれば、胆力だ。

 襲撃者の目的が殺害であり、襲撃者が各数値の合計で上回れば、プレイヤーは死亡判定される。物取り目的なら所持金やアイテムを奪われる。逆にプレイヤーが上を行くと、襲撃者は倒れ、そのまま死亡する。

 つまり、綺麗に戦闘部分を排除されるのだ。


 では、プレイヤー間ではどうか。

 まず、プレイヤーへ向けて武器を繰り出したり、戦闘スキルや魔法を用いることはできない。力自慢が殺傷目的で殴りつけることもできない。

 しかし、何にでもシステムには穴がある。

 何も知らないプレイヤーに殺害対象をこれこれの場所へ突飛ばせ、と言い、そこに落とし穴があって落ちたらどうだろうか。その落とし穴には上を向いた矢尻が無数にあったとしたら。

 この時点で、そういったトラブルが起きたという報告は、運営側にはあげられていなかった。



 プレイヤーの嫉妬は高まった。

 酒場で酒を飲み、管をまいてくすぶっていた。

 そこへ、声を掛けて来た者がいた。

「あの、あなたたちは翼の冒険者と同じ異界人なんですよね」

 赤毛に近い金髪の吊り目のちょっと可愛い少女に、盃を乱暴にテーブルに置いてみせる。現実世界ではしないことだが、荒くれっぽく見える仕草をやってみたくなる。

「あぁ、でも、あんな抜け駆け野郎と一緒にしないでほしいね」

「そうさ。俺たちは自分らで戦うんだからな!」

「強いやつらに戦闘を押し付けて、料理や歌うしか能のないやつとは違う」

 テーブルを囲んだまだ二十そこそこの若者たちが昼間から、呂律が回らないほどに酔っぱらっている。

「そうなんですね! 凄いですね。自分たちの腕で狩りをしているんですね!」

 頬を赤らめ、勢い込んで言う。

 手放しの称賛に気を良くした冒険者たちは、サンドラと名乗った少女に椅子を勧めて、話し出した。同じ話を何度も繰り返すのに嫌な顔を見せずに相槌を打つ。

「まあ、そうなのですか。私も広場で幻獣たちと一緒に演奏しているのを見かけたことがあります。結構な人が集まっていました」

 サンドラの言葉に苦い顔つきになる。

「そんなの、幻獣たちが楽器を演奏するのが珍しいってだけだろうよ」

「そう言われれば、翼の冒険者のリュートはそれほど演奏が上手いと言う感じではなかったですね」

「そうだろう、そうだろう!」

「ほらな!」

 賛同の声が次々上がり、我が意を得たりと得意満面になって翼の冒険者をこき下ろす。


「本当、腹立たしい人ですね。ね、ちょっとがつんとやってやったらどうですか?」

「そうだなあ」

「そりゃあ、いいな!」

 サンドラの言葉に、どっと沸く。一人を敵に見立てて、その場で連帯感が生まれていた。勤め先のいけすかない上司の文句や愚痴を宴席でこぼして盛り上がるのと同じことだった。

「ね、お兄さんたちなら強そうだし、料理人で吟遊詩人なんて目じゃないですよ!」

「でもなあ、俺たち異界人同士は戦うことができないんだ」

「そうなんですか?」

「人を使っても、大した痛みは与えられないよ」

 騒ぎがトーンダウンする。

 第一、職場の上司を闇討ちするのは想像の中に留めておくものだ。

 しかし、彼らの思考ベースにはここはゲームの世界だという認識と嫉妬と義憤、そして酒の力が後押しした。可愛い女の子に良い恰好をしてあわよくば、という下心もあった。

 だから、サンドラが提案したことに気軽に乗ってしまったのだ。

「あら、ちょうど良い所に打ってつけの人がいるわ。そういうことなら、ねえ、あそこにいる人に相談すると良いですよ」

「誰だあ?」

「しけた面してんなあ」

 評する方も酔っぱらい赤ら顔で締まりのない顔つきだ。

 サンドラはにこやかに言う。

「彼らはのたうつ蛇と言う何でも屋のようなものです。エディスの諸々のことに詳しいので、相談に乗ってもらえば解決するんじゃないかしら。直接手を下さずとも苦しめる方法とか、教えてもらえますよ、きっと」

 その言葉に興味をそそられた様子だ。

 腹に抱えた鬱憤や嫉妬が膨れ上がるのを感じる。

 そういった感情が心地よかった。



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