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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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39.のたうつ蛇2/しもべ団、符丁に高揚/変心

 小心者の方が短絡的かつ攻撃的になりやすいという。

 強者でけんかっ早いのも困りものだが、胆力がないが故にやられるまえに先手を取ろうとするのも周囲にとっては迷惑である。

 のたうつ蛇の団員の一人である彼もまたそういった者たちと同じく卑小な存在で、技もテクニックもなく手あたり次第、くってかかり、自分を大きく見せようとする。大きな態度を取っていないと弱く見られ、生きてはいけないと思い込んでいるのだ。

 のたうつ蛇の中には彼のような性質とは一線を画している者もいて、強者に恐怖を抱く素振りも見せず、危険も保身も関係なく、超然としている。あれは人としてどこかおかしいのだと思う。しかし、それをカリスマだと勘違いして崇め奉っている団員がいることも確かだった。あれに付き合わされれば自分も破滅の一途を辿る。そう分かってはいても、もはや脱退することも叶わない。行先がないし、秘密保持のために消された脱退希望者がいるという噂だ。

 だが、それもどうでもいい。

 特に、酔っている彼は気が大きくなっていた。場所が酒場で、同じ場にいる翼の冒険者がグリフォンと小さな白い幻獣を連れていないことも原因の一つだった。白い犬が足元にいたが、どうとでもなる。それに今は神殿から頭を押さえつけられているとか何とかで、のたうつ蛇の上層部が下手に動くことを禁止していて、鬱憤が溜まってもいた。


 席を立つとよろめいたが、千鳥足も立派な歩みである。

「おうおう、翼の冒険者じゃねえか! ヒュドラ退治をしたんだって? 俺にも分け前をくれよ。何でも素材を二軒にしか売らなかったんだってな。売り先を絞って高く売りつけてぼろ儲けしたんだろう? 莫大な富を得た者は施すのが役目って言うのに強欲だな!」

 翼の冒険者は中肉中背のいかにも大人しそうな男だ。幻獣さえいなければ、自分たちの飯の種どもと同じである。ちょっとすごめば金を差し出すだろう。

 翼の冒険者と同じテーブルについた男が振り向き、片眉を跳ね上げる。どことなく面白がっている風情で苛立つ。

「おい、あんたのことだよ、英雄さんよお!」

 言いながら、肩に手を掛けようとした。すると、軽い衝撃を手の甲に感じる。

「その汚い手をどけな。兄貴の肩に触れていいのは親分だけなんだよ!」

 隣の席から立ち上がった男が眼光鋭く睨みつけてくる。

文句をつけようと口を開くも思いも寄らぬ剣幕に、彼ははたき落とされた手の甲を摩りながら、すごすごと自席へ戻った。

 ざわめいていた酒場はしんと静寂に包まれた。


 後日、珍妙な噂が流れる。

 翼の冒険者にはならず者を束ねる豪放磊落な美しい愛人がいると。

 また、肩によくリムが乗っていることから、服装も毛皮を用いた豪奢なものを着ていると一部の者に間違った印象を抱かれるようにもなった。

 そう言った認識は、エディスの英雄というフレーズから、押し出しの強いイメージが独り歩きすることに繋がる。

 知らぬは本人と幻獣たちばかりである。



 シアンはマウロとエディスで会い、九尾を伴って酒場にいた。そこで、マティアスの隣国での足取りや、その追跡中に遭遇した非人型異類のことを聞いていた。

 酔客にヒュドラ退治を冷やかされて、近くのテーブルに待機していた幻獣のしもべ団団員に助けられる。

 気を取り直して、話を続けた。

 マティアスは村を出て放浪した後、確かに隣国に行ったものの、滞在期間はそう長くはなかったらしい。

「思うに、ゼナイド第二王子に近づくために隣国から来た者という身分が欲しかったんじゃないかな」

 評判が隣国にも及んでいる、と第二王子の自尊心をくすぐる手段にしたのではないかとマウロは踏んでいる。

 隣国での異形の非人型異類の情報は掴めなかったと言う。

「何にせよ、人を宿主にするってのが厄介だな。怪しい動きをする人間全てに張り付くわけにもいかんしな。非人型異類は大百足と遭遇したくらいだが、ありゃあ強すぎだ」

「みなさん、ご無事で良かったです」

 若干一名、アメデは道中で大怪我を負ったが、順調に回復し、普通に振舞っていたので、シアンは気づいていない様子だ。特に報告には上げなかった。

 代わりに、エディスに戻ってきた今は黒ローブを探っており、気づかれる手抜かりはないと話して置いた。


 酒場にはシアンと九尾、マウロの他、隣のテーブルに二名のしもべ団団員がいるだけだ。広場で出会った時には団員はもっと多くいた。

 けれど、九尾とリムが考案したというしもべ団のジェスチャーを披露して見せたら、大興奮となった。

 後ろ脚立ちし、腹を見せる格好で、斜め下から逆側の上方向へ抉り込みながら前脚を振るう。小さくともくっきりとある指を開いていた。その容姿に合いまった高い鳴き声と共に繰り出された仕草は何てことないものだった。

だが、シアンやティオ以外の者に興味が薄い高位幻獣、しかも精霊の加護を持つ者が、自分たちへ向けての合図を考案したとあっては興奮せずにはいられなかったのだろう。

 欲のない、逆に言えば拘りがないがゆえにその関心を買うことが難しい者の行動に、沸き立たずにはいられなかったのだ。

 大騒ぎになり、マウロが何度も怒鳴りつけ、ようやく沈静させ、ほとんどの団員たちに仕事を言いつけて酒場から送り出した。マウロと他二名はシアンに報告するために別の酒場に移動した。辟易したリムは酒場には入らず、外でティオと一緒に待っている。

「うちのトップは団員の掌握ができているな」

「リムですか? きゅうちゃんと一緒にジェスチャーを考えたんだよね」

「きゅ!」

 シアンの足元に腰を下ろした白狐もまた幻獣だと言う。この時期にここにいるということは、件の九尾だろうと見当をつける。

 目の前に座る穏やかで控えめな青年が、事実、エディスの英雄であるということに嘆息せずにはいられなかった。

 なしたことの大きさに理解が及んでいないのは、いつものことながら、危なっかしい。マウロは柄になくシアンを心配してしまうのはこういうところである。逆に、マウロのような男に自然と守ろうという気持ちにさせるところが、シアンの強みでもあると言える。



 壊すのは簡単だ。

 伝承でも高位幻獣の姿を垣間見たり、人が作り上げた物を易々と破壊するものは多く語り継がれている。それは天災と同じく、圧倒的な力にただただ頭を低くして過ぎ去ることを待つしかできない。

 そんな世にも稀な高位幻獣が、慕う者と歌い合う優しい光景、それは手の届かない、自分では作り上げることができない奇跡のような光景だった。だからこそ、守りたい。眩すぎて眺めていることしかできないが、そもそも目にすることができたことこそ僥倖だと思う。

 あの大百足の姿をした知能が高い非人型異類のように利用されても孤独になるよりはましだというのとは違う。でも、なぜか付きまとう切なさがどこか重なるところがあった。


 酔客に絡まれそうになったシアンを助けたのは対面に座っていたマウロでもなく、隣の席についていた自分でもない。シアンをティオたち幻獣に守られているだけの弱い人間だと言っていたしもべ団団員だった。

「お前、兄貴のことを認めていなかったんじゃねえの?」

「いや、体が勝手に動いていた。兄貴マジックだよな! リム様たちも兄貴を助けているから、つい」

 と言っていた。

 つい助けに動いてしまわせるところが兄貴の凄いところだと思う。


 自分も正直、以前は弱い人間だと見下しているところがあった。

 でも、親兄弟からさえどうしようもないと言われ、似たような人間たちとつるむしかなかった自分の心配を当然のようにしてくれる。全くの他人なのに、幻獣のしもべ団員として危険なことをしてくれているから、と。

 シアンは仕事の遂行よりもまずしもべ団員たちの安全が重要だと言っている。

 危険手当も込みの金銭を与えているのに、変わった人だ。

 でも、その変わったところが良い。

 お人よしなほどの優しさが心地よい。

 ぬるま湯につかっているような感じだ。

 外はぼんやりしていたら大けがをする世界だ。それが当たり前だが、時々ぬるま湯につかることが嬉しかった。じわじわと浸透していく幸福感だ。

 シアン当人は守られているだけで何もできないことを、ある意味恥ずかしく思っている。それはしもべ団たちに対しても同じで、命をかけさせて危険なことをさせているのに、自分は強者に守られていると思っている節がある。


 でも、違うのだ。

 グリフォンやドラゴンを教え諭し、彼らにとって種の違う、いわば踏みつけても何とも思わない下等種である人間との共存を難なく受け入れさせた。

 自分にはできない。

 蟻は一生懸命働いているのだから、踏みつぶしてはいけない、と言われても、日々の生活の中、わざわざ蟻の行列に気を使ったりしない。

 でも、料理や音楽を通して、グリフォンとドラゴンに好かれ守られている蟻がシアンだ。

 高位幻獣が甘えている光景を自分たちに見せてくれた。

 この優しい世界を守る一員となれたことを嬉しく思う

 幻獣たちと呑気にしている。

 それで良い。

 それが、良かった。


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