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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
13/630

13.料理/肩縄張り ~ぼくのなの!~

 

 下宿先に帰ると早速、手に入れた乳製品に加工肉、野菜や果物をフラッシュの前に並べた。物々交換、戦利品の確認、楽しい作業だ。

「沢山野菜や乳製品を手に入れたので、おすそ分けします」

「こんなにあってもなあ」

 料理をする時間があれば工房に籠っていたい、というのが実情だろう。

「新しいレシピも試してみますね」

「それが一番ありがたいな。ところで、九尾、お前は何をやっとるんだ」

 フォーエバータスキをかけてポーズをとる九尾だが、オプションが増えていた。スポットライトの他に、歓声もついたのだ。しかも、ちゃんと少し遠くから複数の人間が発するものである。

 無駄に器用で学習能力にあふれている。

(AIってむなしさを覚えたりしないのかな……)

「きゅうちゃんは可愛い狐です」を復唱させられながら思うシアンだった。

「まったく、なんでお前はしょうもないギャグの為に高難度の幻術を使いこなすんだ」

『ちがいますぅ、きゅうちゃんの高い技術をもってして、ギャグに花を添えているんですぅ』

「私の言ったことと変わらんじゃないか」

 歓声に合わせてなんとなく手をたたいていたシアンに向けて、フラッシュはため息をついて見せる。

 主の関心が高いものを主軸に規範を伸ばしていくとそれも可能か。

 それにしても、単純な指標としないところが九尾の複雑な性質を作り上げているゆえんか。


『ぼくもシアンのおてつだいする! りょうり!』

 ぴっと片方の前足を上げて宣言する。

 最近時折このポーズをとるが、九尾のフォーエバータスキをかけたポーズから模倣したのか。可愛いので良しとする。

「リム、料理を手伝ってくれる時は体中綺麗に拭いてからにしようね。後、移動するときは翼を使ってほしいかな」

『うん、わかった!』

「地面にはたくさん菌がいるんだよ。多分、リムやティオは大丈夫なんだけど、僕がその菌がついた食べ物を食べるとお腹を壊したり、病気になるかもしれないから」

『シアン、いたくなっちゃうの?』

 後ろ脚で立ち上がり、顔をできるだけ高く持ち上げ、シアンを見上げて首を傾げる。

「うん、多分、耐性もないし。あ、えーと、僕が弱いから、菌に負けちゃうんだよ」

『きん、シアンにわるいことするの? わるいのがいっぱいいるの?』

「ううん。菌はね、時と場合によって人の害になるというだけだよ。菌が木や草の養分を作って、その草を動物が食べて、その動物を食べる動物もいるんだよ」

『ティオみたいに?』

「そうそう、ティオの狩りみたいに。そうやって、巡り巡って命をつないでいるんだ。自分に返ってくるんだよ。菌はそのままだと僕には毒になるかもしれないけれど、回りまわった先で役に立ってくれているんだね」

『わかった。シアンがいたくならないように、ぼく、がんばる!』

 リムは子供特有の何でも知りたがり、何でもやってみたがる様子を見せた。そして何でも器用にこなす。

 この先、どういうドラゴンに成長するのか楽しみだ。

「ふふ、ありがとう。じゃあ、一緒に料理をしようか」

 トマトは薄く輪切りにし、茄子も同じ大きさに切り、皮に斜めに飾り切りをしておく。

 茄子をオリーブオイルと塩コショウで炒め、耐熱皿にトマトと並べ、上からチーズをかぶせるように乗せる。オーブンで焦げ目がつくくらいに焼き上げる。

 シンプルな調味料だが、素材の味が凝縮された料理だ。


「ティオもリムも猫舌ではないんだな」

「フラッシュさんは猫舌なんですか? チーズを焼いた料理って熱いですよね」

 頷くフラッシュは取り皿に取り分けてさらに匙に掬ったものに息を吹きかけている。

「ああ、でも、美味いんだよなあ」

 その他、パスタにチーズとバター、塩コショウでパスタ・ブォーロを試作した。

 濃厚な味わいが癖になる料理で好評だった。作り手としては嬉しい限りだ。

 食事が済むと、ティオは腹ごなしの狩りに、フラッシュは生産作業に入り、リムはシアンを手伝って片づけをした。


 厨房も食堂も片づけ終わって、リムと九尾と座って寛ぎ雑談する。

「オコジョって暑さに弱いって聞くけど、リムはどうだろうね? ドラゴンだもん、大丈夫だよね」

「キュア!」

 大丈夫、と返ってくる返事に九尾がきゅっきゅっきゅと笑う。

『リムは気にしなくても、シアンちゃんは辛いんじゃないの?』

「僕が?」

「キュア?」

『だって、リムはこんなに毛皮で覆われているんだよ。もっと暑い場所に行ったら……』

 思わせぶりに言葉を途切らせるのに、リムがどうなるの?と首を傾げる。

「確かに、暑い時に肩に乗せていると大変かもしれないなあ」

『えっ、シアンの肩にのれないの?!』

 リムが驚いてシアンを見る。

「リムも暑くてくっつきたくなくなるんじゃないかな」

 空気が重量を持ってのしかかるような熱気を思い出し、シアンは思わず顔をしかめた。

 けれど、リムは自分を拒否されたのかと不安になった。

『シアン、もうぼくを肩にのせてくれないの?』

 シアンの肩に乗り、顔を覗き込む。

「ううん、暑い所に行ったらの話だからね」

『あついとのせてくれないの?』

「暑くなってから相談しようね」

 色よい返事がもらえず、シアンの肩の上を駆け回る。痛みはないが毛が肌に触れてくすぐったい。


 落ち着いて、とシアンは言うことができなかった。必死の形相でリムがとんでもないことを言ったからだ。

『深遠にお願いする!』

「待って、リム!」

 やばい、と九尾に視線を走らせる。結果的にその僅かにできた隙が事態をややこしくした。止めようとするシアンの手をすり抜け、肩から飛び立つと、中空に向かって呼びかける。

『しんえーん!』

 にやにやしながらシアンとリムの攻防を眺めていた九尾はリムの影からするりと抜け出た闇が人型を取るのに、毛を逆立てた。

『闇の精霊……!』

『深遠、あつくなってもシアンの肩にのれるようにして!』

 リムはたおやかな闇の精霊に飛びつき、切々と訴えた。

『シアンと一緒にいたい! はなれたくない! 肩にのれなくなるなんてっ!』

 どれだけ肩に乗りたいんだ、と思わないでもないシアンだったが、慈愛に満ちたまなざしをリムに向ける闇の精霊に、何も言えなかった。

『どうしたの、そんなに慌てて』

『シアン、あついのダメだって』

 説明不足な端的な言い方で戸惑う闇の精霊に補足する。

「僕は気候の変化に弱いから、リムを乗せていると暑さに負けてしまうんだよ」

『シアンがたいへん!』

『人間はそんなに脆弱なんだね』

 どこか感心する闇の精霊に、冒険者としても人としても弱い部類に所属しているだけです、とは言えないシアンだった。

『リムは毛皮で覆われているから、暑さに弱い人には苦痛なのか。では、外気温が高い時はリムの毛皮に触れると冷涼に感じるようにしようね』

 細かい条件付きのピンポイントな効力が、リムに授けられた。

『うん! ありがとう、深遠』

 いとも簡単に闇の精霊に解決してもらい、リムは上機嫌でばいばーい、と消えゆく姿に小さな前足を振る。

 ぎぎぎ、と軋む音がしそうな程ぎこちない動作でシアンに視線を向ける九尾に、明後日の方向を向いて、何も知りません、という意思表示を試みつつ、ああ、ばいばいなんて、どこで覚えてきたんだろう、と思考が現実逃避をする。

『シアンちゃん? ちょっときゅうちゃんにどういうことか話してみようか?』

 もちろん、九尾が追及の手を緩めるはずもなく、洗いざらい話すことになった。


『光の精霊まで! しかも精霊王、三冠達成?! というか、なんでリムはそんなに気軽に呼び出しておねだりしているの! なんでそんなお願いを叶えちゃうの?!』

 九尾ご乱心。

 意外と真っ当な発言をするに、毒を以て毒を制す、戯言に破天荒をぶつけて真面目にする、ということか。単に突込み役に回っただけかもしれないが。

「本当に、深遠はリムに甘いね。よっぽど可愛いんだろうなあ」

 以前、一緒にいられないかと不安にさせた時も胸が押しつぶされる気持ちになった。

 リムの誕生に関わり、健やかな成長を願う気持ちになるのは親のようで面はゆいが、闇の精霊も同じような気持ちを持っているのか。

『甘いとかそんな言葉で片づけないで! 全魔族が尊崇する闇の精霊王を呼びつけておねだりって! 対価もなしに!』

 九尾がばっしばっしと尾を地面に叩きつける。

『ダメだったの? でも、シアンの肩にのれなくなっちゃうの、ぼく、いやだもん!』

『シアンちゃんの肩に乗ると何かあるの? 安寧とか恍惚とかそんな効果でもあるの?』

「人の肩を麻薬か何かみたいに。そんなわけないよ」

 胡乱な気持ちを露わにする九尾に苦笑するが、肩に両前足を置いてふんふん匂いを嗅がれるのには参った。

「ちょっと、きゅうちゃん、何もないって」

『ダメ! シアンの肩はぼくがのるの!』

『乗らない乗らない』

『他のはのっちゃダメなんだよ!』

 九尾が否定しても、懐疑的でへの字口が急角度になり、四肢を踏ん張って、円らな瞳にも心なしか力が入っているように見える。

 かと思うと、高難度超高速もぐら叩きの動きで前へ後ろへ進んだり、反復横跳びをする。静止したかと思えば敏捷な動きを見せる。

「駄目なんだ……」

 流石に九尾は大きすぎて肩に乗らない。生きたままでフォックスの毛皮を乗せることもないだろう。ちなみに、ミンクや最高級品のセーブルはどちらもイタチ科だ。オコジョと同じく。

『シアンちゃんの肩で走り回っているのって、マーキングしているの?』

「僕の肩はリムの縄張りなの?」

『ぼくのなの!』

 縄張りらしい。


 その後、「きゅうちゃん講座~精霊編~」が再び開かれ、光と闇の精霊は双方ともに慈悲と無慈悲をつかさどり、精神の安定や安寧、清浄やしるべを司るが、苛烈や堕落、灼熱や極寒などといった真逆の二面性を持つのだという。

 また、属性としても光と闇は地水火風の四属性の上位とされており、プレイヤーで取り扱えるものはまだいないという。

『しかし、通常は下位神から加護を貰うものなんですよ。それから中位、上位と難易度が上がります。英雄と称された者ですら、上位神の加護を得た者は少ない。なのに、どうしてシアンちゃんは神どころか精霊、それも最上位から貰っているんでしょうかねえ』

 存在するかどうかさえ不明瞭であった者から複数貰っている。

 上位精霊とは全く別ともいえる、力の結晶、各属性魔力の粋のような存在が精霊王であると言われている。

 そのため、上位下位問わず、シアンは神から加護を得ることができないと九尾は言う。

 精霊王に親しくするような存在に、何の加護を渡せようか。

 他の人たちにばれたら大変だ、とシアンに脅しを交えて忠告する。

 ただでさえ、グリフォンや未見の幻獣を連れているのだ。

 シアンとしてもプレイヤーの嫉妬を買いたくない。

 現実世界での嫉妬によって引き起こされた苦い経験がよみがえり、首を竦める。

「しばらくは内緒にしておこうか、リム」

『ないしょ?』

「この家で暮らしている僕たちだけの秘密だよ」

 人差し指を唇に当てると、リムはぴっと片前脚を上げた。

「キュアー!」

『きゅうちゃんもそれがいいと思います』

 九尾も頷く。




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