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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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35.対決、ドラゴンの亜種

 シアンを心配したティオが水面から高めに高度を取りながら進む。確かに、忍び寄られて気づいたら足に食いつかれたら大変だ。強靭な顎で食いちぎられるか、悪くすると水中に引き込まれるかもしれない。

『わあ、大きな丸いテーブルみたいな葉っぱ!』

 水面に直径三メートル以上にもなる葉が浮いている。盆のように縁が十センチほど立ち上がっている。

「あれ、確か、強くて子供が乗っても沈まない葉じゃないかな?」

『そうだよ。縁が立ち上がっていることと、葉の裏の葉脈が葉の重みを分散させていることから浮力が強い。花も大きく、直径は四十センチにもなる。花が枯れた後には一センチ程の種子を作る。水中で発芽するが、水が干上がった時には、土の中で休眠する』

『じゃあ、ぼくも乗れる? きゅうちゃんもティオも?』

 風の精霊の説明にリムが浮き浮きと尋ねる。

「きゅうちゃんは大丈夫だろうけれど、ティオはどうかなあ」

 シアンが首を傾げる。途端に九尾がびくりと体を跳ねさせる。

「きゅうちゃん?」

『ここ最近、またシアンちゃんの料理を食べ続けているので、不安です。きゅうちゃんは絶対にあの葉なんぞには乗りません!』

 沈む恐れがあるのか。


『水中にも食獣植物がいるよ』

 ティオの警告に気を引き締める。

「どんなものか分かる?

『二メートルくらいの細長い茎に二枚の葉が合わさったものがいっぱいついている』

『水草だね。捕虫葉ほちゅうようとよばれる獲物を捕らえる器官が沢山ついている。捕虫葉の内側には無数の感覚毛があり、この毛に獲物が触れると、捕虫葉が素早く閉じて捉えるんだ』

 ティオの言葉を風の精霊が補足する。

「二メートルもの食獣植物」

 シアンが呆然と呟くが、更に説明は続く。

『捕虫葉は両側上部縁に折り返しになったとげがあり、開閉することで捉えた獲物を逃がさない。葉が閉じる速度は五十分の一秒と言われている。その下には吸収毛や消化腺毛などがある』

 この世界では水草も恐ろしいものなのか。アダレードとゼナイドの国境境でも食獣植物に襲われた九尾がシアンの前で身震いする。

『は、早く行きましょう!』

『うん、この先に大きいのの気配がする』

 振るえる声で九尾が言うのに、ティオがあっけらかんと答える。

 目的の対象が近いということだ。

『おう、前門のドラゴン、後門の食獣植物!』

 ドラゴンと並ぶほど、食獣植物を恐れている。一度はその中に収められ、あわや体を溶かされかけたので、無理もない。


 根が水面上に出た木々を両岸に従えた湿地帯を進む。

 ティオが両翼を広げても閉塞感はない幅で並木道のようにまっすぐ続いている。先は曲がっているのか、見えない。水面には高い木々が映り、その中央に細く空の道を映し出している。

『カエルだ!』

『敵意を感じる』

 リムとティオの言葉に目を凝らすと、赤や青、オレンジ、黄色といった原色の色がちらちらと水面の葉の隙間から見える。

 先ほどの盆のような葉の上に乗っているのは、一メートルほどもの巨大なカエルだ。

 赤色のカエルは後ろ足が青く、丸く突き出た目が黒い。

『赤いカエルは昼間活動し、体を半分地中に埋めて待ち伏せする』

 風の精霊の説明に、そんな目立つ色で、半分隠れたところで待ち伏せられるのか、と思わないでもない。

 オレンジ色のカエルは背中に白い縞が入っており、足にもところどころ白い筋が入っている。

『オレンジ色のカエルも昼に活動し、オスは卵を守る際、凶暴になる。しかし、少しでも傷が入ったり、攻撃された無傷な卵を食べてしまう』

 瑕疵があれば生き残る余地なし、ということだろうか。容赦がない。

 青色のカエルは背中は水色に紺色の斑点、手足は鮮やかなコバルトブルーだ。

『青色のカエルは夜に活動する。寝床へ帰るところだね。動きは鈍いだろう。時折幼生を背中に乗せて運ぶが、敵に幼生のみ攻撃されて転がり落ちてもしばらく気づかないぼんやりだ』

 青だから宵闇にまぎれやすいのだろうか。

 黄色のカエルは手足が緑色で黄色い細かい斑点がある。

『どのカエルも毒を持っているが、この黄色の持つものが最も強い猛毒だ。このカエル一匹の毒で人間なら四十人死ぬ。夜に活動し、追いつめられると体表を毒の粘液で覆ったり、飛ばして攻撃してくる』

 獲物へ向けて一直線に跳躍し、長い舌を鞭のようにしならせ、毒を放出する。

 カエルらしく、後ろ足指の間に水かきがあって泳ぎが得意で、のど袋を膨らませ、超音波を発して攻撃する。

 中長距離攻撃をしてくる難儀な敵だ。


『大きいのも近づいて来る!』

『きゅっ! 数が多いと言うのに、厄介ですね!』

『シアンはティオの背中にいて!』

『カエルが多いから、その方が良いね』

 思いもかけず、ティオに跨ったまま戦闘開始となった。しかも、冒険者ギルドから請け負った調査対象のドラゴンと思しき者も近づいてきている。

 シアンは深呼吸して、スリングショットを取り出す。

 これほど多くの敵がいるのだから、数を打てばどれかは命中するだろう。その程度の気軽さでハバネロ弾を放って行く。

 有毒でも、ハバネロは有効だった。シアンは最も強い猛毒を持つという黄色いカエルを狙った。毒の粘液で覆われた体表を持つ者に、直接触れる攻撃などできない。少なくともシアンはそう思った。

「キュア!」

 リムは毒などなんのそので小さく小回りの利く利点を活かして縦横無尽に飛び回っている。

「ピィ!」

 ティオは水底の泥を巻き上げてカエルが飛ばす毒液もろとも下敷きにしたり、岩を持ち上げ、細かく砕いて楔型にして飛ばしている。

 九尾は防御を担当しているのか、まっすぐ飛んでくる毒液が中空の一点でくい、と曲がって別の方向へ飛び散る。


 不意にティオがふわりと上昇する。カエルがむきになって飛び上がるが、優れた跳躍力でも届かない。大きな葉を蹴って揺らし、水面に落ちて派手な水しぶきを上げる。

 その水面に大きな影ができる。幾つもの長い太い筋だ。

 水面からぬるりと巨大な蛇が鎌首をもたげる。

 水が細い白滝を幾つも作る。

 巨大な黒っぽい蛇が次々に姿を現す。ギョロギョロと動く目はティオやリムを捉えている。

 蛇は途中から一本の胴に集合されていた。頭が九つある。長い鎌首をもたげてゆらゆらと揺れ、くねらせ、すい、すい、と素早い動作で左右前後に動く。

『ヒュドラですね。ドラゴンの亜種ですが、ワイバーンよりも強いと位置づけられています! しかし、蟹が助けに来たのではなく、カエルをお供にしているんですね』

 現実世界の神話に登場する。多頭は切り落とされてもまた生えてくるので、切り口を火や焼けた鉄で焼きながら退治した。一説では一つ切り落としたらそこから二つ生えてくるというものもある。そういったプレイヤーの多くが知っている所謂お約束をシアンは知らなかった。

 このヒュドラの血は猛毒であり、ケンタウロスのケイロンの死因でもある。


『この蛇も毒がある!』

 ティオがヒュドラを睨みつけながら警告を発する。ちなみに、彼にとってはドラゴンの亜種はちょっと強い蛇程度の認識である。

 ただし、今は背にシアンを乗せている。ティオにとっては最大かつ最重要な案件だった。

「英知! フェルナン湖に入った時のように体中を空気で覆って防ぐことはできる?」

 シアンは慌てて困った時の精霊頼みをする。爪で引き裂いた際、血が飛び散って目に入りでもしたら大ごとである。

『可能だよ。コーティングしておいた』

「ありがとう」

『きゅっ! 最大の武器をいともあっさり! ヒュドラを倒しきったと思ったらその毒でばったり、というのがセオリーなのに。流石はシアンちゃん、お約束を軽々飛び越えてくれます』

 九尾が混ぜ返すが、戦闘に関していくら念を入れても心配は薄れない。

「英知、このヒュドラは意思疎通はできそうかな?」

『無理だね。それと、君たちを餌だと認識している様子だよ』

 念のため確認はしたが、予想通りの答えが返って来る。


「ティオ、僕は邪魔になるだろうから、どこか木の上にでも移っていようか?」

『駄目だよ、どんな攻撃が飛んでくるか分からない』

『ぼくがやる!』

 リムが勇躍してヒュドラめがけて飛んで行く。

「リム!」

 ドラゴンの亜種とはいえ、体格差が著しい。

 シアンの肩に乗るサイズのリムが家程も大きい八又の蛇に向かっていく様に、スリングショットを強く握る。

 立て続けにハバネロ弾を放つ。いくつか命中し、蛇が激しくのたうつ。あまりに大きくのけぞるものだから、他の蛇も巻き添えを食い、体勢を崩す。そこへリムが前脚を袈裟懸けに振るう。蛇の巨体に対し、あまりに小さい爪は、だが、強靭さと力の強さでは負けておらず、振るった勢いのまま、首を切断する。

『リム、雷で傷口を焼くんだよ! すぐに首が生えてくるから!』

「キュア!」

 九尾のアドバイスに従って、リムが雷を落とす。

 直撃を受けた傷口は盛り上がりを見せていた肉もろともぶすぶすと焼けくすぶる。

 シアンはリムに当たらないよう、また、拡散して影響されないように風の精霊に助けてもらいながら、ハバネロ弾を打つ。

 ティオもまた、水中から引き揚げた泥をかぶせて動きを鈍らせたり、岩を尖らせて放ったりした。

 ティオの放った楔は易々と蛇を串刺しにし、飛ぶ勢いを殺さず巨木に似た太い首を引き千切る。リムがすかさずそこへ雷で追撃する。

 いつの間にか、首はなくなり、八又だけが残っていた。それがゆっくりと倒れ、派手な水しぶきを上げて水底へ沈んでいく。

 現実世界の不死の首は地に埋められ、巨大な石で蓋をされた。その首はいつまでも残っていて、憎しみの念にくすぶりながら夢を見ることとなる。


『ヒュドラの猛毒のせいでその肉は美味しくない。部位によっては薬や魔道具の素材となる。必要なものだけ持って行くと良い』

 風の精霊はそう言いながら、九本の蛇の頭を水から引き揚げてくれた。念のため、千切れねじ切れた断面を光の精霊に焼いてもらい、それをマジックバッグに収める。

「あれ、入った」

 実際にマジックバッグに収めることができたことに驚いた。

 元々フラッシュの家ほども大きい容量だと言われていたが、ヒュドラは全体で家くらいの大きさはある。

 頭の部分だけ切り取ったからかな、と思っていると、風の精霊が思いもかけないことを言う。

『ああ、大きくして置いたから。君ももっと沢山の物資を運ぶことになるだろうからね。大丈夫、人でも魔道具でもその容量を感知することはできないから』

 転移陣登録をする際、持ち運びするマジックバッグも検査を受ける。どれほどの容量かを調べられ、それに応じて移動料を取られるのだ。一見世知辛いが、大容量のマジックバッグで簡単に商品の持ち運びを許してしまってはその商人が濡れ手に粟で儲けることになる。相応の料金を徴収することで、富を持つ者から持たない者へ神殿が循環させているとも言える。

 シアンとしてはマジックバッグの容量が増えたことは有難いし、なぜ一介の冒険者がそんなものを持っているのか、と勘繰られなくて済む。容量分の料金に関しては、余分に喜捨として渡しておくことにする。エディスの神殿などでは転移陣使用料自体を受け取ってくれないのだから、喜捨に上乗せすれば良い。

 気を取り直して、風の精霊に礼を言い、その助言に従って、ヒュドラの解体することにする。

 ただ、湿地帯では足場が悪い。

『じゃあ、運んで行くね』

 気軽に言ったティオが両前足の鋭い爪でヒュドラの胴体を掴み、持ち上げる。

 重さもものともせずに、ヒュドラの残った尾で水面に線を描きながら飛ぶ。

『ヒュドラを運べるんですねえ』

 九尾が感心して言う。

「頭を全て失ったとしても、相当重そうだよね。あと、ヒュドラの毒で汚染された水ってどうしよう。猛毒なんだよね」

 すでに九頭もの蛇が一度は水面に沈んでいる。

『私もできないことはないけれど、水のに頼むと良いよ』

 半ば独り言ちたことに対して、風の精霊が律儀に答えてくれた。

「水の? もしかして、水の精霊?」

『そう、君に加護を渡しているから』

「えっ⁈ 僕に水の精霊の加護がついているの?」



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