32.調査依頼 ~注目の的(自意識過剰)/怪獣対戦/ヒノキの棒でも勝ってしまいます~
シアンがエディスの街門をくぐった際、門番に冒険者ギルドから呼び出しの言付けを預かっていると伝えられた。
久しぶりにエディスの冒険者ギルドに顔を出すと、受付が思わずといった態で立ち上がる。
その顔にさっと走る緊張に、否が応でも何かがあったことが知れる。
回れ右をしたい気持ちを抑えて近寄ると、カウンターを回ってきた受付に別室へ案内された。
硬い表情に、もうしばらく冒険者ギルドには近寄らなければ良かったと後悔する。シアンが巻き込まれると当然のごとくティオとリム、そして今は九尾も巻き添えを食うからだ。
「突然、場所を移していただいて申し訳ございません。ただ、他の者の耳に入れられない話でして」
受付が出ていってすぐに入ってきた年長者の男は全体的に中背で、やや腹が突き出している。にこやかな笑みを浮かべているが、視線は鋭くシアンを観察して入る。
「ご挨拶が遅れました。私はエディスの冒険者ギルドのギルドマスターのオラスと申します。春先の討伐依頼をいち早く片付けていただき、感謝しております」
丁寧な言葉遣いと態度は、流石は組織のトップと言える。
「一度はご挨拶をと受付に申し付けていたのですが、大仰なことはお断りになられると伺っておりましたもので、今日の御挨拶となってしまいました」
「いいえ、エディスの冒険者ギルドのみなさんには良くしていただいています。こちらの方こそ他国への入出国の便宜を図っていただいたにも拘らず、お礼が遅れました」
シアンは一角獣解放に手を貸した報酬として、冒険者ギルドが設置されている国への入国許可書を得ていた。天帝宮から冒険者ギルドに請われてのことだった。幻獣が多く住まう宮からの要望に応えないわけにはいかない。相手は王の統治さえも是非を物申すことができる聖獣を抱えているのだ。
シアンは考えも及ばなかったが、冒険者ギルドではティオやリムはほとんど聖獣視されていた。オラスはその情報網から、翼の冒険者とよく行動を共にしている白狐が九尾であるということも掴んでいたのだ。決定打である。
その九尾は今日は冒険者ギルドに入ってきていない。
『天帝宮が圧力をかけましたからねえ。それできゅうちゃんの正体が判明して、「お前があの偉そうな天帝宮の!」とか、「やだ、あの狐、可愛い見た目をしていて強面天帝宮所属なのよ~」とか言われたら繊細なきゅうちゃんのハートが傷つきます』
さり気なく自分への誉め言葉を差し挟みながらも、そう断ってティオと外に残った。無用な騒ぎを起こさない気配りを読み取ったシアンはリムのみを連れていた。
リムは特にシアンに危害を加えない限り、周囲に興味はないので、会話に注意は払っていない。肩の上で頬ずりしたり、シアンの背中へ垂らした尾を振り、シアンの首を起点に肩の上をぐるりと回る。
柔らかい毛並みは艶やかで、極上の肌触りだ。
「今日は折り入っての依頼があるのです。腕利きの冒険者にしか頼めないことでして」
称賛はより警戒を強めさせる。
「それは指名依頼ですか?」
「その通りです。翼の冒険者にしか頼めないのです」
シアンはティオという移動能力と戦闘能力に優れた幻獣と行動を共にしている。そうであっても、冒険者になって間もなく、経験年数にはベテラン冒険者に遠く及ばない。
「お話を聞いてから受けるかどうか判断します」
そんな自分を持ち上げてまで受けさせたい依頼とは何なのか。
「では、お話します。実は、南方へ行った先にある湿地帯にて発見された魔獣の特定をお願いしたいのです」
「討伐ではなくて、ですか?」
「そうですね……、判明したら早急に討伐隊を組み、差し向ける必要があります。できましたら、その討伐隊にも参加していただきたい」
討伐隊を組むと言うことは大ごとだと見当をつける。春先の討伐実績では到底及ばない相手ということかと思いながら、シアンは確認した。
「特定というのはどういったものでしょうか? 姿かたち、何らかの能力の有無、戦闘能力などを測ってくるということですか?」
「それができるのなら願ってもないことです。武器や物資、討伐隊の規模と陣容も変わってきます」
対象の属性に合わせる他、足は速いのか、皮膚は硬いのかといった諸々のことによって対応する必要があるのだろう。皮膚と言ってもなまくらな剣では歯が立たない魔獣もいるのだ。
シアンは分かっていなかった。グリフォンでさえ危ぶまれる相手である。
「その魔獣というのはそこにいることは確かなのですか?」
「はい、目撃者がいます。ただ、姿を見ただけなので、詳細を確認して逃げることができる偵察隊を送りたいのです。その際、対象の戦力も知っておきたい。その相手というのが、ドラゴンだと言うのです」
「ドラゴン……」
反芻しながらシアンは思わず肩に手をやる。すかさずリムが顔をこすり付ける。少なくとも、これほど柔らかで優しい毛並みの生き物とはまた別の類の、獰猛な幻獣なのだろう。
ドラゴンは蜥蜴に似た体に鋭い爪と牙、皮膜の翼を持ち、炎や毒の息を吐く。所謂ドラゴンブレスである。
このブレスの種類だけでも判明していれば対処しやすいとオラスは言っていた。
ドラゴンは飛翔とブレスが最大の武器であり、更に硬い鱗で覆われた強靭な体、長い尾、爪と牙がある。この世界では魔法を操る者もいるという。
世界最強の生き物である。
『ドラゴン退治は勇者や英雄のお決まりのイベントですけれども、シアンちゃんがそれを受けるとは』
空を駆けるティオの背の上で九尾が顔をシアンの方に向けながら言う。空高く飛びながらそんなことができるのは、シアンたちへの精霊の加護の影響のおこぼれを、九尾が享受しているからだ。
「英雄なんて柄じゃないよ」
楽曲の中で騎士と竜を取り扱ったものがあるので、シアンも知っている。
ちなみに、英雄的なヒーローは知っているが、ゲーム的な勇者が何なのかは分かっていない。
『シアンちゃんはそうですよね』
当の本人は幻獣と精霊たちとのほほんとしている。その幻獣と精霊たちが規格外すぎるのとシアンへの過保護が過ぎた結果を、周囲が驚いて評価しているだけ、というのが九尾の見立てである。そして、その評価をシアンは過大評価だと思っているが、その実過小評価である。上位神以上の力を持っている。
『それではどうしてドラゴンの調査依頼なんて受けたのですか?』
「以前、リムが体調を崩した時、きゅうちゃんが天帝宮にいる聖獣に薬を煎じて貰ってきてくれたでしょう? 僕も薬作成に少し携わるようになって、症状に応じた薬を煎じることができるなんて凄いことなんだとわかってきたんだ」
ゲームシステムとして、プレイヤーは料理人や錬金術師の職業レベルを上げることで薬師という職業につくことができる。薬を使っても、症状に合わなければ目覚ましい効力を発揮しない。けれど、薬師はその職業レベルやスキルを伸ばすことによって、症状に応じた薬を煎じたり、用いることができる。
「ドラゴンなんてそうそう会うこともないだろうから、もし意思疎通できそうなら、ドラゴンの生態なんかを教えてもらえないかな、と思って」
『なるほど。リムがまた体調を崩した時に備えて、何らかのヒントを得ることができるかもしれませんからね』
普段、元気いっぱいのリムが七転八倒を繰り返して苦しんだ姿に、シアンは相当心を痛めて取り乱した。
「もちろん、できれば、だよ? オラスさんの口ぶりだと凶暴な雰囲気だったから。でも、もし意思疎通ができるのなら、何か取っ掛かりを得ることができないかな、と思って。敵対するとしても、話ができたら良いな、と思ったんだよ」
『そうですね。討伐隊に組み込まれてしまっては話をする隙もなさそうですものね』
「うん。それにね、ドラゴンの素材はワイバーンよりも希少価値が高くて薬の材料にも用いられることがあるって聞いたことがあるんだ」
『おお、まさかの殺る気発言! シアンちゃんも過激になってきましたなあ!』
戦闘を避ける傾向にあるシアンの意外な発言に、九尾が沸き立つ。
「えっ、違うよ、その、凶暴なドラゴンで討伐隊に加わったとしても、偵察もこなしていたら発言権が強くなって、薬の材料になる素材を手に入れられるかもしれないかなと思ったんだけど……考えてみれば、僕は戦闘に役に立つ訳じゃないのに、強欲だったかな?」
意外と先まで見据えていた。そして、その薬の作成というのは自分のためではなく周囲の者のためのものだ。
シアンはジャンとエクトルに紹介された薬の工房を訪ねていたが、凶暴な非人型異類を操れるような薬を製作している者やそういった薬自体、あるかどうかわからないとのことだった。
『大丈夫。シアンの代わりにぼくたちが戦うから』
世界最強の生き物に、だが、ティオが気負いなく言う。
『ぼくも!』
リムが中空でティオと並走しながら後ろ脚立ちする格好で、ふんすと鼻息を漏らして気炎を吐く。その体勢でティオの飛行速度について行くのだから、相当器用で能力がある。そして、珍妙な光景だ。そんな、傍から見れば風変わりなことも、シアンたちにはいつものことであった。
『ドラゴン対グリフォン! ドラゴン対ドラゴン! 怪獣対戦‼ これは見逃せませんね!』
戦闘を避ける傾向にあるシアンに反して、幻獣たちは好戦的である。元々、高い攻撃力を持つ上に精霊の加護を得た。そして、持てる力全てでもってシアンを守護しようとする。防御一辺倒ではない。後顧に憂いを残したくないとばかりに、攻撃された瞬間に殲滅体勢に入り、それを可能にする能力を持っている。
九尾など、シアンに攻撃を仕掛けてくる者はこの世界で一番の勇者であり、また無謀の輩の最たる者だと思っている。
『ちなみに、シアンちゃんもドラゴンと渡り合えますよ。スリングショットでやっつけちゃえ!』
軽く言う九尾にシアンは苦笑する。しかし、この場合、九尾の言の方が正しい。傍目には「ラスボスにヒノキの棒で立ち向かう」ように見えるとしてもだ。
世界最強の生物に接近するにも関わらず、何とも呑気な一行ではあった。