30.幻獣のしもべ団2
マウロたち幻獣のしもべ団は風の聖教司からの助言を受け入れ、エディスから離れることにした。
街の暗部「のたうつ蛇」という秘密結社が新興集団のしもべ団を敵視している、というもので、対立する必要もあるまいと、懸案に関しての情報収集を進めることにしたのだ。
しもべ団の首魁であるシアンもまた遠出をすると言って出かけていった。その二つ名のごとくグリフォンの翼で相当な行動範囲を誇る。
彼らの手足となるしもべ団もせせこましい行動をしていては役に立つことはできないだろう。
幸い、翼の冒険者から軍資金と物資をたっぷり与えられている。
多国間を行き来するのに転移陣を用いる際、必ず指定の近接する国境の街へ移動しなければならない。もちろん、防犯のためである。例えば、隣国の国都から直接エディスへ戻ってくるのではなく、隣国とゼナイドそれぞれの国境の街を経て、エディスへ転移する。三回転移陣を用いることになる。例外は、シアンのような国や国際機関に認められた一部の者のみだ。
しもべ団全員がそれを優に行える程の金銭を受け取っていた。
現在、しもべ団員たちはゼナイドの第二王子と彼を唆した人型異類マティアスに寄生していたという非人型異類を追っている。その一環として、マティアスの足取りを辿っている。
今はゾエ村の復興という労働を行っているマティアスは、グェンダルが事情聴取した際、いつ寄生されたか分からないと答えた。
いつからか、頭に別の声が響くようになって、それに答えているうちに、自分の正体を明かしたのだと言う。そして、第二王子を宿主にする際に初めてその姿を見たと話したそうだ。寄生されていた時の記憶が所々曖昧だとも言っているらしい。
「大分、捨て鉢になっていたようだから、自分が非人型異類に寄生されていてもそれが何なのだ、という気持ちだったんだろうな」
同じく、異類に村を蹂躙されたグェンダルはその心情を理解することができるのだろう。だからといって無関係の者を同じ目に合わせるという気持ちは理解しがたいが。
実は、マウロたちはゾエ村の人型異類という新メンバーと合流する前に件の人型異類が幼少に暮らした村を訪ねていた。その損壊ぶりをシアンに報告できないまま、火災の消火活動に雪崩込んだ。エディスを互いに離れる前に話しておいたが、シアンはそうですか、といっただけで、大きな感情の揺れは見せなかった。
一見、中肉中背の何てことのない人物に思われがちだが、こういうところが肝が据わっていると思う。
その胆力に富むシアンはしもべ団員が傷ついたり無理をさせることを厭う。だから、気にせず転移陣を使用するように言われている。有難く、そうさせてもらうつもりでいた。
「下を守る。いやはや、上に立つ素質があるんじゃないか?」
それに人望もあり、マウロたちより先行してゼナイドに入国して早々に、人型異類という強力な新団員をも得ている。人脈をも作り、エディス有数の商人という後ろ盾も持った。
「大げさなことはしたくなさそうな割に、大きなことをしでかしてくれるんだよなあ、うちの上は」
穏やかな風貌で優しい笑みを浮かべる首魁を想起して、喉の奥で笑う。
「お頭、前方に非人型異類がいるそうです!」
アシルとエヴラールと共に周囲の警戒に当たっていたしもべ団員が声を掛けてきた。
「距離と数は分かるか?」
言いながら、草原の先を見やる。ちょうど起伏があるようで報告された姿は見えない。
「六十メートル先、二頭ってところだな」
小柄なエヴラールはいち早く気配を察知する。大体の見当をつけたら詳細を読み取るのに長けたアシルに伝える。良い連係を取れていた。
マウロは頷いてしもべ団員たちを三つに分け、両翼を回り込ませるように移動させる。正面はタイミングを見計らって後から近寄る。餌の役割だ。疑似餌に気を取られているうちに両側から食らいつき、正面部隊も反撃する。
斜面を登ると偵察担当たちが発見した異類の姿を認めることができた。
「あの角に強い異能を感じる」
ある程度近寄ると、強い感知能力を持つロイクが異能を感じ取る。
「遠距離攻撃しそうか?」
「どうかな。可能性は否定できない」
その非人型異類は黒い牛のようにも見え、全身を長い毛で覆われていた。くるぶし近くまで伸びた毛の他は外側から内へ大きく弧を描く角を二本有している。
「体力もありそうだし、長引けば厄介だな。もう片方は分かるか?」
牛のような外見をした異類の近くには豹のようなしなやかな体つきのものが一頭いた。一見草食動物と肉食動物がのんびりしているようにも見えるが、どちらも一般の動物ではない。
「前脚からかすかに感じる」
「かすか、か」
嫌な予感を感じつつ、マウロは足の速い者二人に各々左右の陣営に異能のことを伝達に向かわせる。
両側のしもべ団たちには機を見て攻撃するように言ってある。獣が隙を見せる時は獲物に襲い掛かる時と食事を摂る時だ。
近づくマウロたちに気づいた様子で、落ち着きをなくし始める。牛に似た異類の方が気が短いようで、しきりに地面を蹄でかき、前傾姿勢を取る。豹に似た方はやれやれと言わんばかりで、だが、狙いを定めると爛々と目を光らせしなやかな体を敏捷に動かす。
力を発揮するための一瞬の溜め、その機を逃さず、衝撃波が轟く。
牛に似た異類は横っ面にもろに受けたが、豹に似た異類は辛うじて避け、尾を半ば千切られながらも、痛みを怒りに換えて大きく跳躍し、まっしぐらにこちらに向かって来る。
「敵ながら良い判断だ」
マウロたちも迎え撃つ準備を行う。
「尾は短くなったけれど、前脚の異能でバランスを取っている」
ロイクが異類を凝視しながら言う。
「まあ、異能を封じられただけでも御の字だな」
まずは小手調べ、投網を行い、勢いを削ごうとするが、後ろ脚のばねで飛び越えられてしまう。魔法を放ってけん制するが、さほど威力がないのを見て取って、避けることよりも近接することを選んだようだ。そのまま一気に駆け抜ける。
「全員、散れ!」
前方では牛に似た異類が残った一本の角でしもべ団を引っ掛け投げ捨て、暴れている。本来であれば、突進して角で突き刺し、振り回すのだろう。
悲鳴と怒号が行き交う。
豹に似た異類はすばしっこく、矢は当たらないものの、勢いを削ぐことはできた。
怯む様子を見せる豹に似た異類に向けて、アメデが剣を振るう。
獣特有の緩急のついた鋭角な曲線の動きに良くついて行っている。半円形の包囲網を築いた際、それは起こった。
アメデに牙で食いつくことが叶わず、後退した豹に似た異類が怯んだのは見せかけとばかりに突如飛びかかる。ふるった前脚の爪が伸びた。
一メートル程も伸びた爪がアメデの胴体に食い込む。
「がはっ」
「アメデ!」
アメデは脇腹に食い込んだ爪を、身体を大きく鋭く捻ることでへし折った。
異能を用いたとしても、とんでもない胆力だ。普段の女性を口説く姿からは想像もつかないが、これもアメデの一面である。
折られた怒りに狂って手あたり次第周囲の人間に食いつこうとする。もう片方の脚の爪がうっすらと光り伸びる。しもべ団員たちがそれを見てじりじりと後退するが、アメデは逆に前へ出て、剣の腹で爪を滑らせ、火花を散らしつつも勢いを削いでいなす。
「体内に取り込むってのは何も口の中から放り込むだけじゃないんだぜ!」
言って、がっと異類の頭をわし掴む。そのまま、取り込んだ魔獣の異能を当の魔獣に注入する。腹に食い込んだ爪から異能を抜き取っていたのだ。
アメデの掌がうっすら輝く。
先ほどとは比にならない程、異類は無茶苦茶に頭を振る。すぐにアメデの手は外れたが、脳天に直に異能を流され、自ら激しく揺すったことから、相当のダメージを受けている。
「まあ、取り込んだのが短時間だったから威力は弱まっているがな」
激しく動き回ったことで三半規管の平衡を失った者特有の蛇行をする異類を、アメデが難なく一刀両断する。
大きな音をたてて倒れ、砂塵がもうもうと舞い上がる。
前方の方でもわっと歓声があがり、もう一頭も仕留めたことが見て取れた。
「手当するよ」
速やかにしもべ団団員二人がアメデの治療を行う為に近づく。
「ありがとう。手慣れているね」
砂が舞う場所からアメデに肩を貸しながら移動させるのに、ロイクが駆け寄って手を貸す。
すぐさま服を脱がせ、止血と消毒に取り掛かるしもべ団員に他の団員が薬と水や布など必要なものを取り出して渡していく。
「頭の親分の兄貴がしもべ団団員が怪我をすると心配するからな」
「兄貴が心配したらお頭の上司が心配するからな」
ややこしい呼び名にこんがらがる。もともと、しもべ団員たちはマウロを頭とするはみ出し者が集まった集団だった。マウロが翼の冒険者に助けられたことから、彼らの手下になり、ドラゴンのリムを頭の親分、お頭の上司と呼んでいる。シアンはその兄貴だ。
むさくるしい男たちが幻獣を慕う様子はやや腰が引けるが、自分も同じ穴の狢だろう。
「リムは随分シアンを大切にしているからな」
手当を受けながらアメデがさもありなんと頷く。
「リム様やティオ様が兄貴と楽し気にしている光景は眩しくて目が眩んでしまいそうだよ」
「あの光景は穏やかな兄貴だからこそ見られるんだな」
「お前じゃあ、ああはならねえよな!」
「お前こそ!」
言い合うが、治療の手は止めない。
「他に怪我人がいたら手分けして治療に当たってくれ。偵察担当は周辺の警戒!」
深手を負った者を順に確認しながら、マウロは声を張った。
「おう」
「合点!」
「了解」
口々に返答し、自らの仕事を行う。
後方で隠ぺいの異能を用いて気配を絶っていたリリトも駆けつけ、包帯を巻くのを手伝う。
強行軍でゼナイドの隣国近くまでやって来たが、弱音を吐かずによくついてきている。聞けば十代半ばを過ぎており、ロイクとそう歳は変わらないそうだ。小柄なのでもっと幼いかと思っていた。
先日、ロイクが言った通り、アメデが緊張を緩和させ、ロラも何くれとなく気を配っていた。
リリトと共に後方で待機していたグェンダルがやって来た。彼は戦闘能力は高くないが、兄であるゾエ村村長を助けていただけあって、物資の管理や情報分析などの後方支援で役立ってくれている。
「この近くではないか?」
「ああ。警戒は怠らないようにしよう」
まっすぐ隣国に入り、シアン拘束事件の首謀者の一人、マティアスの足跡をたどり、どこで寄生虫型の非人型異類に取りつかれたのか分析する予定だった。しかし、異様な姿を持つ非人型異類の情報を得たことから、少し道を外れ、念のため、噂を確認しておくことにしたのだ。
あちこち旅をしたと言うアシルが先導する。
マウロはこの国へは来たことがあったが、そう詳しいわけではない。アダレードからやって来たしもべ団員のほとんどは初めての土地だ。
毒を持つ動植物に関して人型異類たちが教えてくれるのでありがたい限りである。
「シアン様々だな」
「うん?」
「いや、あんたたちみたいな有用な者たちをしもべ団に引き入れてくれていてさ。お陰で後続の俺たちがやりやすい」
グェンダルが何とも言えない顔になる。
「シアンは私たちにも良くしてくれている。困窮していた時に手を差し伸べてくれた。した方はそれをさしたるものだとは思っていないだろうが、そのお陰で助かった者は後々まで覚えているものだよ」
流石はよく人を見ている。だからこそ、幻獣のしもべ団に入団したのだろうが。
「分かるな。シアンは意外と簡単にやってのけて、何てことないと思っているからなあ」
「ああ。そこが危なっかしくもある」
「そこは幻獣たちが常に傍にいるから大丈夫だろう。幻獣ができないことを俺たちがやれば良いしな」
それは、騎士を辞めくすぶっていたマウロが持った、確固たる目標だった。やりがいを感じてもいる。嬉しい誤算は、マウロを慕って行動を共にしていた者たちが、小さく外見が可愛いとしか言えない幻獣に下ることを忌避しなかったことだ。それどころか、リムの役に立つことへ、呆れるほどの情熱を抱いている。
思い入れがあり過ぎると現実を受け入れにくくなるものだが、今のところ、シアンもろとも安穏とした空気を醸していることを丸ごと受け入れている。
シアンが会うたびにしもべ団員の安全第一だと心配してくれているからだろう。
「あれも人望かね」
「上に立つ者がすべからく覇気や知性に富んでいるべしでもないだろう。強烈な光はまた濃い影を作る。シアンはその影こそに手を差し伸べるような存在だと思うがね」
マウロの呟きにグェンダルが答える。
確かに、シアンと幻獣たちが呑気にしている様子は陽だまりのような暖かさを感じさせる。けれど、シアンは光や陰など線引きせずに、この世界に関わっているように思う。
「はみ出し者だろうと人型異類だろうとお構いなしだからな。ま、幻獣に好かれやすいのが最たるもんだな」
「強者だからこそ、分かる何かがあるのかもしれないな、シアンには」
「自画自賛か?」
言われて面食らったように目を丸くし、グェンダルは噴き出した。マウロも釣られて笑う。
アダレードにいた頃には別の国で人型異類と言葉を交わして笑い合うなんて予想だにしなかった。