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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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29.幻獣のしもべ団1

 

 ロイクは無邪気な笑顔をすると良く言われた。

 幼い頃ならいざ知らず、もう成人した男が無邪気なはずはない。そう見えるというだけだ。

 知能や感情を持つ生き物が邪気を抱かないと考えるのは無理がある。

 それが可能なのが精霊だと思っている。

 世界に存在する各属性の粋たる存在だ。だからこそ、水は水らしく、大地は大地のまま、風は風のごとく、ただ在るだけだ。

 それらが意志を持ち人型を取り、言葉を交わすことができる。

 何て途方もないことだろう。

 どんな筋道も道理も手立ても通り越して、世界の真理に触れることができるのだ。

 自分たち一族が持つ異能など取るに足りないものだ。


 ロイクは自分がその異能を持ちつつ、精霊を感知する能力をも自身が兼ね備えていることに感謝したい気持ちになった。何に対してかと言えば、世界に対してだ。神に祈るべきだろうが、それよりも、世界を構成する力の源である精霊に謝意の念は向いた。体調を崩しやすいなどといった副作用は取るに足りないことだ。

 いつしか、精霊に対して尽力したいという気持ちなった。

 具体的に何をしようということを考えた時、身近なことから行った。村のむやみやたらな拡張計画を押し止め、森林伐採を植樹と並行して進め、動植物を追い立てることを急激に行わず、緩やかな移住を促し、汚水処理のろ過装置の製作設置を具申した。

 そういった案を出しただけで、現実的な諸問題は大人たちが思考錯誤し、製作してくれた。にもかかわらず、流石は村長の長子、先見の明があると褒めてくれた。聡明な村人だったということもあるが、何より村長の権が強かったこともある。


 強面の父は幼い頃から無邪気だと言われる笑顔で話すと、必ず耳を傾けてくれた。

 精霊たちが村の事業を喜んでいると言うと、相好を崩した。

 そう、村の周辺にいた精霊たちが喜んだのだ。

 村人たちは精霊の祝福を得たと自分たちの苦労が報われた気持ちになった。

 なのに、精霊たちはふいとどこかへ行ってしまった。

 その時の喪失感は体の一部を失ったようだった。

 しばらく失意の底にいたロイクを両親や弟妹を始め、家に仕える者だけでなく、村人たちも心配した。執事の息子のアメデなどは自分を連れ出して近隣の街の花宿に連れて行って執事に大目玉を食らっていた。

 でも、その短い外出が存外気晴らしとなった。

 あちこちへ出かけるようになり、その期間と距離は加速度を増して長くなった。

 再び明るさを取り戻したロイクに両親は何も言わなかった。弟妹たちは寂しがったが、交易や収穫量、文化などの情報を多数仕入れては父に報告していたからだ。村長の子として周辺の情報を得ていると言う体裁で路銀さえくれる始末だった。

 アメデは腕が立つことと、執事曰く「無駄に世慣れている」ことから、ロイクの従者として同行を強いられた。危険な世界の旅だが、本人は本人なりに楽しんでいるようだ。女性と見れば口説かなければ礼儀に反すると思っているアメデにとっても、出会いの機会を多く得ることができているそうだ。


 そして、とうとう隣国へも足を延ばすようになり、他の人型異類とも知り合った。隣国は人型異類を弾圧したこともあったそうで、旅路では異類であることを隠していた。

 危険を冒してもやって来た価値はあった。

 ゾエという村の人型異類は強力な攻撃力を持っていた。

 手の甲にある痣から強力な衝撃波を生むのだ。

 その狩りの光景は圧巻だ。

 動物として強大な力を持っていれば、何らかの欠点で均衡を保とうとするのだろうか、彼らは強力な武器があるのと引き換えに極端に視力や聴力が弱い。そんな射手の弱点を補いように彼ら一族の中から、遠くを見ることができる者が現れた。後に、かすかな音を拾い、気配を察知し、感知能力を高めるようになった。

 うまくできているものである。いや、この過酷な世界を生き残るために環境に応じて変化を遂げてきたのだ。

 痣を持って生まれなかった者が小さいころから訓練することによって身に着けたのだ。


 今もまたロイクの眼前で、射手と観測者のバディと呼ばれる組みとなって様々な試みを行っていた。

 鼓膜を破らんばかりの腹の底を叩くような轟音がする。

 接近してきた魔獣が直撃をくらい、どうと横倒しになる。

「ナイスアシスト、クロティルド」

 長身美女のロラが笑顔を見せる。

「すげえ、一発で仕留めやがった!」

 騒ぐのはロラと同じく成人してしばらく経ってから射手となったベルナルダンだ。追い抜かれてなるものかと、励んでおり、お調子者の性格が良い方へ作用している。

「ベルナルダン、お前ももっと引きつけていればあのくらいできる」

 さり気なくフォローとアドバイスを盛り込むのは、ベルナルダンのバディであるアシルである。茫洋とした雰囲気からは想像もつかないが、旅をした経験があることから、その実しっかり者だ。

「クロティルドの観測が良かったからだよ!」

 すかさずロラのバディである観測者クロティルドを持ち上げるのはエヴラールで、彼はクロティルドの夫ガエルのバディであり、同じ観測者だ。

 生死を共にするバディは強い絆が生まれる。逆にそれがなければうまく機能しないとも言える。

 けれど、クロティルドは夫とバディを組むエヴラールに嫉妬しており、褒められても聞こえない振りをする。

 旅路の空の下、少しでも仲良くなろうとしているのだが、男性にしては小柄で可愛らしいと言える容姿がまたクロティルドの嫉妬に拍車をかけるのだ。

 今もまた、彼女の夫であるガエルが、エヴラールの肩を叩いて慰めているのを睨みつけている。

 夫婦とは異なる絆を築く二人に、そこに恋愛感情はないと知りつつも嫉妬を抑えきれず、バディである夫を失った際、痣もちとなったロラのバディとなると言い張り、旅について来た。


 彼らはエディスの英雄とも称される翼の冒険者が率いる幻獣のしもべ団、自由な翼という結社の一員だった。

 驚いたことに、ロイクはそれを知る前に当の翼の冒険者と出会っていた。

 エディスでグリフォンと白い小さな幻獣とともに楽器の演奏しているのを見たのだ。

 高位幻獣はその高い感知能力で精霊と接することもあると言われており、何らかの情報を得られないかと考えたロイクは言葉を交わしすらした。

 その翼の冒険者はゼナイド王室が虜囚としていた一角獣解放にも尽力したと言う。それに、少し話しただけだが、穏やかで温かみのある人柄に触れたし、何より幻獣たちに慕われている姿に、ロイクもまた幻獣のしもべ団に加入することにした。

 聞けば、白い小さな幻獣はドラゴンだと言う。

 この先も高位幻獣と知り合えるかもしれない。


「お前さんの異能も凄いと思っていたが、ありゃあ、とんでもねえな」

 翼の冒険者に代わってしもべ団を束ねるマウロが片腕を腰に当て、もう片方の手で髪の毛をかき混ぜながら近寄ってくる。

 ロイクの一族は他者の異能を取り込むことができる能力を持つ者を輩出する。

 例えば、毒を持つ非人型異類の一部を摂取して、その毒を特定の相手に向けて放出することができる。敵に爪をたててやれば、毒を送り込んでやることができる。

 自分で作り出すわけではないので、毒の量に限りはある。けれど、取り込んだ毒によって自身が害されることはない。

 体質によって取り込める異能とそうでないものがある。

 体の中に取り込むことによって、出し入れ自由の武器を手に入れたことになる。

 一族の中でもどんな異能をプールしているかは特に話し合うことはない。外敵から身を守る武器なだけあって、狩りをする際には申告し合って協力するくらいだ。そうそう強力な攻撃手段をいくつも保持していることもできない。

 ロイクもまた道中に非人型異類から特殊能力を得ていた。そして、アメデと共にしもべ団たちにどんな異能を使えるか話してもいた。一緒に戦う者たちと共有して置かないと戦闘においてどんなことが隙となりかねないかわからないからだ。

 特にマウロには一族の狩り以外ではオープンにしない傾向を話はしなかったが、手の内をさらけ出したロイクとアメデを評価してくれている。流石は上に立つ人間といったところである。強力な異能があるというよりも、隠し事をしないことの方に重きを置いている風なのが、組織を束ねる者の苦労が窺える。


「それにしても、お前さんの連れ、何とかならねえか?」

 流石に夫を亡くしたばかりのロラを口説くことはなかったが、リリトに華やかな笑みを見せながら話しかけている。

 幻獣のしもべ団には人間の女性もいる。もちろん、アメデは自分の信念に則って口説いていた。

「リリトも男性が多い中でアメデの軽口には助けられているよ。それにあっちの緩衝材にもなっているしね」

 視線で示したのはガエル夫妻とエヴラールだ。

「そう言われればそうなんだが」

 エディスの街中でも相当楽しんでいたアメデである。

「悪いやつじゃないし、そうそう下手を打って揉め事を起こすこともない」

「まあな。それに腕の方は確かだしな」

 言ってにやりと笑う。こういう切り替えの早いところがやりやすい男だった。


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