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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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21.火事2/頼もしい後ろ盾

 そうこうするうち、異様に手際が良い者たちの尽力で、延焼することなく、火事を消し止めることができた。

 マウロが桶リレーと放水、放土を止め、高位聖教司に事態収束の宣言するよう促した。

 聖教司の力強い短い文言に、わっと歓声が上がる。

 街の人々が煤けた顔をくしゃくしゃにして、しもべ団員たちの肩を叩いて感謝する。中にはゾエの人型異類たちと笑顔で語り合う者もいる。アメデは女性から水の入った杯をもらって喉を鳴らして飲んでいる。

 皆一様に疲れ果ててはいるが、最小限の被害に食い止めたことは共通認識だ。連帯の達成感に沸く中、悲嘆の声が上がる。

「おお! いと尊き至高の神のシンボルが!」

 小尖塔の頂上の飾り、貴光教のシンボルである光を集めて美しく輝いていた頂華が、地に落ちていた。

 それを見た貴光教聖教司らが青ざめている。彼らもまた自分たちの神殿を守ろうと頑張っていた。白い貫頭衣が黒く汚れている。

 神殿は美しい円形の薔薇窓も熱で割れ、ところどころ溶け落ちた残骸があるのみで、見る影もなかった。

「魔族が火をつけた!」

「魔族の仕業だ!」

 明るく暖かい歓声に沸いていたのが差し水をされたように鎮静する。

「お前らの仕業だ」

 ぼさついた髪、衣の端を焦がした貴光教の聖教司が、汗と煤まみれで奮闘したディーノとジャン親子とを指さして弾劾していた。目を血走らせた異様な風体に、周囲は及び腰になる。

「この方たちはこんなになってまで力を尽くしてくれたんですよ」

 大地の聖教司がなだめるのに、貴光教の聖教司は青筋を浮かべてまくしたてる。

「火を放っておきながら消火作業に参加して、無関係を装うなど悪辣極まりない! 流石は魔族の所業だ!」

 唾を飛ばして、完全に決めつけている。

 魔族憎しで何もかも魔族の仕業だと言うのに、周囲の人間は及び腰になる。

「お待ちください、この方たちは市庁舎前の広場でずっと我らとともにおりました」

「無駄に多い魔力を用いたのだろう!」

 周囲がざわめく。

 魔族が魔力を多く所有することは周知だ。人の身でありながらも一族から神を排出し、人の範疇ではない異類とされてきたのだ。


 以前、エディス近隣の村で見た貴光教の聖教司を想起させる。ああ言えばこう言うで何としてでも自分の思う通りに事の成り行きを決着させようとしていた。

 あの聖教司もまた強引に魔族に罪を擦り付けようとしていた。

「英知、火事の原因が何か分かる?」

 シアンは親しい人が弾劾されているのを見ていられなかった。事態を迅速に収拾すべく、風の精霊を頼る。

『調べてみる』

 少しの間を置いて、風の精霊は語る。

『凹鏡が多く保管してあった部屋のカーテンが出火原因だね』

 凹鏡が光を集める性質から、貴光教では重用されてきた。そして、それらを集めた部屋へ差し込んだ陽光が鏡に集束され、カーテンを発火させた。いわゆる収斂火災しゅうれんかさいである。

『以前にも何度かそういった火災が発生している』

 これは日差しの強い夏に発生しやすいと思われがちだが、その実、冬や春先に起こりやすい。太陽の高度が低く、室内に陽光が差し込みやすいためである。

 この陽光の集束は強烈で、鉄を溶かすこともある。また、燃えやすいものはものの数分で発火することもあるという。


 シアンは風の聖教司に近づき、炎の聖教司ならば、発火元が分かるのではないかと伝える。

 風の聖教司は頷いて炎の聖教司に声を掛け、連れ立って喚く貴光教の聖教司に何やら話している。

 九尾の幻想魔法から出て来たシアンに、ティオとリムが身を寄せてくる。

「ティオ、お疲れ様。リムも大活躍だったね」

 二頭の頬をそれぞれ撫でると、幻獣たちは嬉し気に目を細める。

 小さく愛らしい容姿のリムや、近寄りがたいティオまでもが子猫のように懐く様を、しもべ団が満足気に眺めていた。

「やっぱり、締めはこうでなくちゃな!」


 貴光教の神殿付近で指さしてあれこれやっていた聖教司たちがぞろぞろと戻って来る。

 先ほどの風の聖教司がわざわざやって来てシアンに報告する。

「貴光教には鏡の間という部屋があり、その部屋のカーテンが発火したようです。そこには凹鏡を纏めて保管してあったそうです」

「そうですか。凹鏡が光を集める性質があるから、貴光教では重要な場所ですね。ですが、

 そこへ差し込んだ陽光が鏡に集束され、カーテンを発火させのではないでしょうか」

 さり気なく風の精霊が説明してくれたことを盛り込んでみる。知ったかぶりをしている気になってばつの悪い心持になるが、事実に導くためだ。世話になっているディーノやジャン親子の冤罪を晴らせるのなら、何のことはない。

「ああ、どうして今まで気づかなかったのか。確かに、過去、そういった事件がありました」

 流石は知識を司る風の聖教司は過去の事例にも詳しかった。そう言えば、と口々に語り出す。

「でも、夏でもないこの時期に起こり得るのでしょうか?」

「冬や春先の方が太陽の位置が低くて光が差し込みやすいのでは?」

 大地の聖教司の疑問にも、先んじて説明を受けているシアンはそっと回答を与える。

「なるほど! 過去の事例にて、いつ起きたのか調べてみます」

「貴光教もそういった事件があったことから、よくよく気を付けるように他の属性の神殿から注意喚起されていたのです。ですが、彼らは光を何よりも尊ぶ。その教えをないがしろにしろとは言えません。光を集めるのは立会人がいる際、また、短時間で、と話していたのですが、何ともはや」

 言いつつも、風の聖教司はシアンを矢面に立たせることなく、貴光教の聖教司に出火原因の話をしに行った。


 ティオが傍にいるせいか、シアンに周囲の視線が集まっている。その中に鋭い物を感じて、ふとそちらを見やる。

 先ほどまで風の聖教司や貴光教の聖教司と現場検分をしていた炎の聖教司だ。シアンに向けられる表情が険しい。

 しかし、風の聖教司の話が不服で声を荒げる貴光教の聖教司に気を取られるうち、忘れてしまった。

 風の聖教司が収斂火災であり、魔族は無関係だ、つまり自分たちの監督不行き届き、過失であるということを、穏やかだが強い言葉でこんこんと話したことによって、徐々に受け入れつつあった。

 自分たちの不始末を魔族に擦り付けていたのか、と周囲の視線が冷たく尖る。しかし、そんなことは何のそので開き直っている。

『自分の首を絞めるとはこのことですなあ』

 九尾の呟きに頷かずにはおれなかった。

『トマトのおばちゃんが言っていた火事除けの植物を植えればいいんだよ!』

 赤や茶、紫といったとりどりの色彩の花をつける寒さに強い多肉植物のことを、リムは覚えていたようだ。

「そうだよね、火事が起きないように工夫しなくてはね」

 リムの言葉に全くだとシアンは深く頷いた



「ディーノ、怖い顔してどうした?」

「いや、おやっさん、ちょっと気になる顔があった気がしたからさ」

 ディーノは消火活動が終わった疲労を見せずに、暗い路地の方を睨んでいる。それをジャンが怪訝そうに見やる。貴光教の聖教司に絡まれても平然としていたのに、それを上回る何かがあったのだろうか。

「あの方が何でまた……。まずいな、本腰入れて調べておくか」


 へらへらしてどこか頼りないと思っていたディーノは、シアンと出会って変わった。

 トリスで細々と経営していた店の客として現れたシアンが、全魔族の尊崇を集める闇の君の加護を得た。崇められることに慣れぬ花帯の君に対して、余計な手出しを差し止められた。既に出会っていたディーノだけはしばらくの間、かの君と接することができる唯一となった。

 冒険者として不慣れなかの君の助けになりたいと、色々入用なものを揃えて勧めてみたりなど、精を出していた。同じく闇の君の加護を受けた幻獣、黒白の獣の君のために、とブラシやカトラリーなど、最高級品質のものを用意して、必要だと言われればすぐに渡せるように準備していた。

 それは時機を見てこんなものが入荷しましたよ、と勧めるつもりでもあったものの、シアンたちが必要だと思うまでは強く勧めることもなかったと言う。

「必要な時にすぐさまお渡しすることができるように備えているだけだからさ。遠慮深い方だから、恐縮されそうだ。それは申し訳ないからな。準備だけは怠らないようにしているんだ」

 シアンやリムの嗜好を類推して色々集めるのは殊の外楽しい事なのだと語るディーノは頼もしく思えた。彼もまた生粋の魔族だったのだ。闇の君が心を分けた方に尽力するという僥倖に力いっぱい応じようとしていた。

「いやでも、ブラシはともかく、まさかカトラリーを必要とされるとは思っていなかったからな。物凄く嬉しかった。あと、スリングショットなんていう意外なものを欲しがられるとは思わなくて。上の方を通じて依頼したら、本国の職人が勇躍して励んでくれたよ」

 ディーノの店には高性能のマジックバッグでもって様々な商品をストックしているそうだ。シアンたち限定の製品を。

 シアンは身に着けるものにこだわりがないので、良いものをさりげなく勧めて身に着けてもらえるようになると嬉しいと語った。


 そんなしっかりしてきたディーノの不穏な呟きに、しかし、ジャンは気づかなかった。シアンが姿を現して気遣わし気にこちらへやって来たからだ。

 ジャンは満面の笑みでシアンの無事を喜んだ。

 自分ひとり安全な場所でいることへの罪悪感を抱いているようだが、そんなことを感じる必要はない。シアンの安全は何物にも代えがたいものだ。彼の幻獣は肉体的にも強靭でちょっとやそっとのことでは傷つかないが、シアンは違う。自分の安全を最優先してほしいものだ。



 アレンたちパーティやフィルはしもべ団を大いに評価した。

「エディスの街の隅々までを知り尽くしているな」

「ああ。水場はともかく、土や砂、桶なんかをあんなに大量に素早く手に入れるなんてな」

「人員整理や指導も凄かった」

 それはエディスの街の者も同じだったようで、しもべ団がグリフォンや白い幻獣といった翼の冒険者たちを支援する集団だと知ると、感心しきりで、入団するにはどうすればいいのか、という者までいた。

 シアンは戸惑った。

「エディスでは結社に属する者が多いから、入団する垣根は低いんだ」

 結社とは同じ目標を達成するために、また、自己実現を目標とした集団のことであり、不安定な生活を送る中、心の拠り所を探して結成されることもある。

「強い上にシアンに甘える様は可愛い幻獣たちだ。しかも、エディスを何度も救った英雄だろう?」

「そんな翼の冒険者たちに連なる集団なら入りたがるだろうさ」

「幻獣は癒されるからな。まさしく心の拠り所だ」

 アレンとキャスが言うと、ベイルが力強く頷く。

「そうなんですね。じゃあ、幻獣のしもべ団という通り名もそろそろ変えた方が良いでしょうか。しもべってちょっと酷い言い様ですものね」

 大所帯になって知名度も上がってきたのならば、もう少し耳障りの良い名称の方が良いのではないか。

「いやいや、しもべでも大丈夫だろう」

「そうそう。もう定着しているし」


 そうこうするうちに、とうとう、幻獣のしもべ団エディス支部が発足の成り行きとなった。今のところ決まった拠点はないが、今後の活動状況次第では持つことになるかもしれない。

 これにはジャンとエクトル、三属性の神殿が後見に名乗り出た。流石に、大地、風、水の三つもの属性の国際的機関である神殿の権力を背後に持つことは憚られる。

 丁重に断りを入れ、ジャンとエクトルはエディスで活動することからも、ありがたく助力を受け入れることにした。エクトルの人柄はジャンが保証してくれた。マウロもエクトルならば、とその人柄を即座に見抜き、グェンダルもその評判から願ってもないことだと強くシアンの背中を押した。

 商人たちにしても、あちこちの情報が手に入ることは得難いことのようだ。

 各属性の上位神の信仰篤い聖教司たちは、シアンに後ろ盾を断られたものの、陰に日向にしもべ団を支えようとするようになる。

 マウロたちは既知のつもりでいたものの、改めてシアンたちの人望に驚きつつ、身の引き締まる思いだった。

 当のシアンはくれぐれも危ないことはしないようにと念を押し、幻獣のしもべ団員たちは首魁の訓告に嬉し気に答えていた。


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