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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
112/630

20.火事1 ~ファン集団/入団希望者/今、知りました/危険人物~

 

 演奏の余韻を共有したり、近況を語り合っている所へ、慌ただしく駆け込んできた者が、聖教司を見つけてあたふたと助けを求める。

「大変だ、し、神殿が燃えている! 貴光教が!」

 一瞬の沈黙の後、辺りにどよめきが起きる。

「ああ、聖教司様がこんなに! た、助けて下さい!」

 仕える神が異なる聖教司たちが固まっているのは珍しいことだ。ここで彼らが集まっていたのは不幸中の幸いと言えたかもしれない。

「行きましょう。延焼による被害を防ぐのは我ら神に仕える者の務めです」

「俺たちも行こう。冒険者として役に立つところをアピールしておこう」

 聖教司たちとアレンが宣言し、皆、頷いた。

「大人数で行っても邪魔になるからな。しもべ団の半数は人の避難に回そう」

「俺たちは異能がある。消火化活動の方に回ろう。聖教司様たちも消火をお願いします」

 マウロとアレンが場を仕切る。

「遠話でプレイヤーに連絡を。各自の能力で避難と消火に分かれるように伝えてくれ」

 フィルが言うと、プレイヤーたちは移動しながら遠話を始める。シアンは知人プレイヤーと言えばザドクたちやコリンくらいしかいない。彼らは今日は用があると言っていた。

 幻獣のしもべ団員たちはマウロの指示に従い、機敏に、しかし目立つことなく的確に動く。


 神殿に近づくにつれ、慌てふためく人たちが増える。逃げ惑う人は大きな流れを作り始めた。

「ティオに先導してもらった方が良いかな?」

「いや、首領にやらせるわけにはいかない」

 人の多さにキャスが呟くと、マウロが首を横に振る。

「エディスの英雄の露払いは任せろ!」

「燃える! 親分の上司の兄貴を先導!」

「かっけー!」

「俺、潰されてもいい!」

「お前が潰されてもリム様は守る!」

「ティオ様には指一本触れさせない!」

「「「「「やるぜ!」」」」」

 無言でアレンたちに見つめられるが、シアンはもはや慣れた。乾いた笑みを返すのみだ。

「しもべ団ってティオとリムのファンの集いなのか」

「しっ、言ってやるな」

「でも、相当な手練れのファンね」

「高位幻獣が腕利きの密偵を何人も持つって最強じゃね?」

「そこにうまい料理と音楽が加わる」

「俺、しもべ団に入る」

「まあ、待て。加入条件がある。入れないかもしれんぞ」

 何故、皆、しもべになりたがるのか。そして、団員のデメリットは確認しなくて良いのか。

『きゅうちゃんは仕えられる側ですよね。高位幻獣ですし』

「入団します」

 つい先ほどパーティメンバーを諫めたアレンが即答した。

 ベイルとダレルも入ると続く。

「フラッシュはシアンと同じく仕えられる側よね。パーティの過半数が入るなら私も入ろうかな」

「俺も面白そうだから入る。密偵として学べそうだし」

 エドナが迷う風で言うが、キャスもまた乗り気だ。男性陣全てが同じくだ。

 プレイヤー初のしもべ団員誕生か。

「俺も入りたい」

 フィルが加わる。

「ザドクたちにも声を掛けてみるか」

 トッププレイヤーが集うしもべ団。

「コリンにも話しておく」

「幻獣を間近で見れるし、立場は逆転するが、入団するテイマーはいそうだな」

 斜面を勢いよく転げる雪玉のようにどんどん話が大きくなっていく。眩暈がしそうだ。

 シアンが断る前に貴光教の神殿に到着した。



 半透明なオレンジ色の蛇が大量に円柱の狭間やアーチから身をくねらせ、舌でちろちろと建物を嘗め上げる。黒煙を大量に吐き出している。

 円形のステンドグラスにまでも、炎の手が届かんとしていた。美しい無数の曲線と色彩とを組み合わせて作られた窓が無残に焼かれようとしている。

 熱が煙が、物体化して襲ってくるようだ。

 目や鼻、喉の粘膜を強く刺激する煙が充満している。火災現場での死亡は焼死ではなく煙による中毒死の方が多い。


 幻獣のしもべ団は素早く、野次馬の整理、水場の確保、近隣の建物への避難の呼びかけや老人子供など機敏に動けない者への介助に散る。

 井戸や噴水からバケツリレーならぬ桶リレーで水を運んでかける。

 風の聖教司と水の聖教司が協力して水を的確に狙ってかけていく。見習の時から高い天井や細かい装飾の掃除を行っていた彼らにとってはお手の物だ。

 それを見て取ったしもべ団員たちはすかさず、聖教司たちの足元へ水の入った桶を置いていく。

 大地の聖教司は砂をかけて炎の勢いを殺す。

 すぐさましもべ団員たちが砂や土をどこからか集めてくる。

 素晴らしい連係プレーだ。


 アレンたちプレイヤーもスキルと魔法を活かして消火活動と救助活動を行っている。

 ベイルは大きな盾をかざして火の粉から逃げ惑う人間を守り、アレンは火の魔法で炎の方向を人から逸らし、エドナは怪我人の治療を行い、キャスはしもべ団員に混じって迅速に動いている。ダレルは桶リレーで活躍し、フラッシュは風の聖教司たちと風の魔法を振るっている。

 ティオも砂や土をかけ、リムは逃げ惑う人の心を落ち着かせ、高温になった神殿、建物自体を冷やす。


 見れば、風と水、大地の聖教司だけでなく、炎の聖教司もいた。彼ら聖教司は共通してくるぶしまである袖付きの貫頭衣を着ているのは共通しており、そこに属性独自のアイテムや色彩を身に着ける。

 貴光教ならば貫頭衣の前身頃の中央に金、銀、黄、橙といった色の筋が染め付けられる。また、帯状の布を首にかけて前へ垂らす。この色は服の筋の色とは異なるのが通常である。

 大地の聖教司は様々な石が縫い付けられ、水の聖教司は色とりどりの染色、風の聖教司は刺繍がされている、といった風である。用いられる石や色や刺繍の形は地位によって異なってくる。

 腰に帯を幾重にも巻きつけ、脛までの短めの裾の下、ズボンやブーツが見える格好は炎の聖教司のものである。

 その帯は赤、橙、黄、白、青といった色があり、これもまた位によって異なる。

 橙色や黄色の帯をつけた聖教司が懸命に炎の乱舞を押し止めていた。

 炎は周囲に上昇気流を呼び、その周りに風を呼ぶ。

 その性質はだが、今日は何故か風を集めることはなかった。お陰で、炎はそれほど大きくならずに済んだと言える。


 シアンは桶リレーに参加しようとしたが、下手に動くとティオとリムの気を削ぐと言われ、邪魔にならない場所、九尾が操る幻影の中にいた。

 自分だけ安全な場所で事の成り行きを見守るのは合ったのだ。それでみなは納得した。

 九尾もまた、強くそうするように勧めた。シアンに何かあっては精霊たちがどうなるか、考えるだに恐ろしいと囁かれては従うしかなかった。

『例えば、シアンちゃんが吟遊詩人として精神を落ち着け、体力が持続できるような効果のある楽曲を奏で、民衆のパニックを防ごうとしたとします』

「えっ、吟遊詩人ってそんなことできるの?」

 驚くシアンに九尾が胡乱な視線を向ける。

『……シアンちゃん、吟遊詩人として戦闘したことはないのですか? 精神に及ぼす補助魔法が使えるでしょう? 闇の精霊王の加護があるなら、相当な威力がありますよ。おまけに風の精霊王の加護があるから、及ぼす範囲も凄まじいのでは?』

 それだけで戦闘を圧倒できる。

「ええと、その、ティオとリムの戦闘に補助する余地はなかったから」

『使ったことはない、と?』

「うん……、あっ、トリスで起きたスタンピードの時に使ってみれば良かった」

 今更ながらに気づいた。


『と、とにかくですね、シアンちゃんが楽器をかき鳴らしたとします』

「う、うん」

 九尾が気を取り直して話を戻したのに、今度は頷くだけにとどめておく。

『先ほど言ったように、効果は抜群でしょう。しかしですね』

 ずい、と後ろ脚立ちした九尾が前足の指を一本立てて突きつけてくる。

『あまりにその楽曲が楽しければ、ティオもリムも戻って来て一緒に演奏しようとするでしょう』

「ああ」

 あり得そうで首肯する。

『そうするとどうなります? 戦線は維持できません。大きな戦力ダウンとなります』

 愉快な例えではあるが、言わんとしていることは理解した。シアンが危険に晒された場合でも、ティオもリムもまず最優先で助けようとする。そうすると、他に穴が開く。

『いいですか、シアンちゃんはいわば精霊やティオたちの心臓とも言える存在です。強力かつ必要不可欠で、弱点でもあります』

 要を比喩的に心臓と表現することはよくあることだが、自分がそれに該当するとは思えない。そそれが表情に出ていたので、九尾が後ろ脚立ちし、ぐい、と顔を近づけて力説する。

『ティオやリムに精霊の加護がついたのもシアンちゃんが契機ですよ。精霊にしろ、幻獣にしろ、強力な力を持つだけあって、何物にも捉われなかった存在がシアンちゃんを要に動き出しました。そして、何より、彼らに変化を与えることができる絶後の存在なんですよ?』

 九尾は今一つ反応が鈍いシアンに、焦れた様子で言い募る。

『心臓はハート、心や感情をも意味します。彼らにそれを教えたのは他でもないシアンちゃんです。ならば、失う哀しみを、傷つけられる痛みを、彼らに与えることを考えるべきでは?』

 それは常に考えていた。プレイヤーとして、常にこの世界にいられないということと、ティオもリムも精霊たちもシアンが傷つくことを厭うことからだ。

『シアンちゃんを強者に守られているだけの卑怯者だと言う者もいるでしょう。ティオやリム、精霊たちはそういった口さがない者にシアンちゃんが傷つけられるという発想はできない。でも、シアンちゃんはそれを乗り越えてほしいと思います』

「うん、ありがとう。そうだよね」

 穏やかに笑うシアンに、九尾はとっくに腹を括っているのだと知った。それでも消火活動に参加しようなどという素振りを見せるのは、線引きの見定めがまだ甘いというところか。

「でもね、僕が悪く言われると、ティオもリムもその人に攻撃的になるし、英知は実際攻撃しようとするんだよ」

「きゅっ……!」

 精霊の加護を得た高位幻獣と精霊の王たる者に攻撃されて無事な存在がいるだろうか。

『風の精霊王はともかく、ティオとリムが攻撃すれば、被害甚大は必至!』

「英知は周囲に被害は及ぼさないだろうけれど、相手は再起不能になりそうでそれはそれで……」

『強者に守られる苦悩。贅沢だとは言い切れないものがありますなあ』

「ある意味、僕って危険人物だよね」

 乾いた笑いが漏れる。

 当人は自分を無害だと思っているが、その実、膨大な魔力を所有している。自覚がないだけだ。

『きゅうちゃんも今のエディスで目立つのは好ましくありません。それに、貴光教とは関わらない方が良いですしね』

 貴光教が黒ローブとつながっている疑惑が払拭されない中、頷かざるを得ない。

 そして、吟遊詩人としても強すぎる効果を発揮すると不審に思われ奇異の目を向けられそうなので、補助魔法も封印しようと心に決める。



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